こここい、いち!

電車に揺られながら、窓の外をぼんやりと見ていた。
そこに見えるは見慣れぬ景色。だがいつかは見慣れる事になるであろう景色。
なぜ俺がそんな見知らぬ地へ脚を踏み入れようとしているかといえば、有体に言えば引越しの為だった。
俺はある事情から、1つの街や学校に留まることなく引越し・転校を繰り返している。
その事情を説明するとなると『俺には特殊な能力がありそれが発覚するとマズイ事になるから』と答えるしかない。
そして、俺がこんな境遇に陥っている最大の原因である俺の能力だが―
「乗車券を拝見します」俺の後頭部めがけ、声がかけられる。
振り向くと、そこには車掌が立っていた。頭に白髪の混じり始めた初老の男性だった。
その言葉に逆らう理由も無く、俺は唯々諾々と乗車券を黙って彼に渡す。すると。
<なんだ、愛想の悪い。まったく…近頃の若者と言うのは礼儀がなっとらんな>
不躾かつ無遠慮な『声』が聞こえる。
何故黙って渡した位でそこまで言われなければならんのか、と言いたい所だが俺は何も言わない。
別に俺はこのオッサンに対して怖くて物申せない小心者ではないし、ことさら平和主義と言うわけでもない。
彼は別にその台詞を口に出して言ったわけではないからだ。
そう、コレが俺の能力。
昔事故に遭って生死の境を彷徨って以来、俺は人の心の声が聞こえるようになったのである。
分かりやすく言うなら…人の思っている事、人の考えている事が『声』として聞こえる、と言う事だ。
それはまさに『声』であり壁や障害物、あるいは距離を隔てれば聞こえ難くなる。
また、その想いが強ければ強い程大きい音として聞こえてしまうのである。

それは兎も角。俺は車掌のオッサンに多少の不快感を覚えた事などおくびにも出さず、乗車券を返して貰おうとした。
だがその時、俺のバッグの中で何かがモゾモゾと動く。
「ん?」車掌のオッサンの訝しげな声。マズイ、流石にアレを見られたら少々面倒な事になるかもしれない。
俺は多いに慌てていたが、どうにか落ち着いた様子を取り繕う。そしてバッグから携帯電話を取り出し、ボタンを押す仕草をしてみせる。
<成る程、携帯か…>再びオッサンの『声』。どうやら誤魔化せたらしかった。心中でホッと溜息をつく。
「…おい、もう良いぞ」俺はオッサンがいなくなったのを確認すると、バッグに向かってそう言った。
すると、再びモゾモゾとバッグが動き僅かに空いたジッパーからそれは顔を出した。それは、白猫だった。
<うう…苦しかったぁ…酷いよ、新>と心の声で、白猫。ちなみに説明しておくと、新と言うのは俺の下の名前だ。
フルネームを荒巻 新(あらまき あらた)という。今年17歳になる高校2年生だ。
「お前が宅急便で送られるのを嫌がるからだろうが」小声で言葉を返す。
本来俺に聞こえるのは人の心の声だけで他の生き物のは聞く事が出来ないのに、何故かこの白猫だけは心の声を聞く事が出来た。
自分と会話で意思疎通の出来る人間が珍しいのだろう。ある時ふらりとやって来て以来、俺の元に居付くようになった。
名前はエミュ、と言うらしい。昔は誰かの飼い猫だったのだろうか。俺と出会う前の事を基本的にコイツは話さないので分からない。
そうだ、勘違いしている奴もいると思うので予め言っておく。
俺は人が思ったり考えたりする事によって生ずる心の声を聞けるだけで心が読めるワケではない。
テレパシーと違い他人の心と繋がるわけではなく、あくまでも一方通行なのだ。
分かりやすく言うなら俺はラジオで他人は放送局、と言った所だ。
だからこいつは隠したい事・話したくない事は俺の前では考えず『声』として出さない。
どうやったらそんな事が出来るのだろう。器用なものだ。
そういえば『あいつ』も、この能力を知ってたから俺の前ではそうしてたっけ。そう、今はもういない『あいつ』は―
<…新?>怪訝そうかつ心配そうな声で聞いてくるエミュ。
「何でもない。…少し、昔の事を思い出してただけだ」

<そっ…か。そ、それよりもさ〜もうちょっと冴えたやり方もあったと思うよボクは>
<ボクの様な可憐な乙女を狭いバッグに長時間押し込めるなんて最低だよね。君の血は何色だよ?>
「誰が乙女だ。お前は『女』じゃなくて『メス』だろうが。猫が、この駄猫が」
<…新?よっぽどその顔をこの爪で引き裂かれたいみたいだね?>
「お前こそついに三味線の材料になる決意を決めたみたいだな」しばし睨み合う俺とエミュ。
それからしばらくして、『間もなく停車いたします、次は叢雲、叢雲―』というアナウンスが聞こえた。
それをきっかけににらみ合うのを止める俺達。
叢雲。コレから俺が暮らす事になる街の名前。ここにはどれだけの間居られるだろうか?と益体も無い事を考えてしまう。
「行くか。…もう少しだけ我慢しててくれよ、エミュ」
<ぶー…ま、仕方ないから我慢してあげるよ。その代わり夕食奮発しないと許さないからね>
「わかったわかった。…はぁ」答えつつも溜息をついてしまう。
なぜならば本人が<ボクは他の猫と違ってグルメなんだよ>
と言って決してキャットフードを食べず、俺と同じモノを食べようとするからだ。故に食費が嵩む。
全く。なんともコストパフォーマンスの悪い猫様である。
<…なんか今失礼な事考えただろ>
「別に」猫だけに野生の感と言う奴だろうか。妙に鋭い。
そんなやり取りをしながら、俺は電車から降りた。駅から出た所でいつもの様にちょこん、と俺の肩にエミュが乗る。
駅から出ると、少し強い潮風の香り。それが漂ってくる方向に顔を向ければ、蒼い海が街路樹越しに俺の目に飛び込んでくる。
「海か…綺麗なもんだな。…少し散歩して行くか?」
<賛成。今日は天気も良いし、楽しそうだしね♪>俺は肩に乗る相棒に同意を取ると、歩道を外れ砂浜へと降りた。
地方自治体がしっかりしているのかそれともボランティアが盛んなのか。あるいは住民のモラルが高いのか。
砂浜は思ったよりもゴミが少なく綺麗なものだった。ここは良い街なのかもしれない。
少し気分を良くした俺は足取りも軽く砂浜を歩いていたのだが。
「…ん?」前方に人がいるのを発見して、俺は足を止めた。

其処に居たのは1人の少女だった。
<ヒュー!こりゃまた、いいカラダしたマブいスケだぜ♪…なんちゃって>お前は何時代の生物だ。
だがまあ確かにエミュの言う通りで。
胸の辺りまで伸びた綺麗な黒髪。同年代の少女よりほんの少し高い身長。
すらっとした長く細い足、小さめの頭。腰周りもかなり細い。
豊かな胸以外無駄な肉の無い、均整の取れたシャープなシルエットだった。
それをモデル体型と言うのは少々言い過ぎなのかもしれない。だが、それでもなんと言うかその…見事と言うか眼福というか。
だがそれよりも。俺が惹きつけられたのは…その横顔。
フレームレスのデザイン性が高い小さめの眼鏡をかけ、水平線を見据えている。その大人びた顔はただただ綺麗だった。
10人の男とすれ違えば、8〜9人は確実に振り向くのではなかろうか。
ここで韜晦しても無意味なので率直に言わせて貰う。俺はその横顔に――魅せられていた。
<なに、この人…?>此方を振り向いた彼女から訝しげそうな『声』が聞こえる。
当然と言えば当然のリアクション、か。携帯を出して110番通報されなかっただけマシだろう。
「こ、こんにちは」…挨拶してどうする、俺。とは言うものの、他にする事も思いつかないのだが。
「海を見ながら歩いてたらたまたま視界に入っただけなんだ。不快だったなら、悪かった」
「…そう。<本当かしら?怪しいものよね>」納得したような返事だが、全く信じて居ないのが『声』で分かる。無理も無いが。
<はぁ…。男の人にはてんでモテないのに、何でいつもこんな変な人の注目ばっかり集めちゃうんだろ…>
「誰が変質者だ…」
「―え?」
「あ、いや。なんでもない」いかん、思わず声に出てたか。小声だったようで聞こえてなかったのが幸いだ。
「それよりも、こんな所であんたは一体何をしてるんだ?たった一人で」
誤魔化す為に俺は尋ねる。もちろん本気で気になっていた、というのもあるが。
「別に…海を見ていただけよ。今日は天気も良いし、見晴らしもいいから」
「買い物帰りに近くを通ったから。バス停が近いのよ、ここ」
「成る程」得心顔で頷く俺だった。

「それで?なぜ貴方はこんな所を?」
「それなんだが、今日引っ越して着たばかりでな。引越し先へ行く前に色々見て回ろうと思ってた」
「駅から降りて直ぐにこの綺麗な海が眼に入ったから、少し散歩しようと思っただけだ。…これでいいか?」
「え、ええ…まあ」<何か言葉にトゲがあるなぁ。…私、疑わしそうな目をしてたし、気を悪くしちゃったのかな?>
その通りだともお嬢さん。とは言っても、俺のこの話し方は何時もこんなものだが。
「まあ、そろそろ俺は行かせて貰うさ。それじゃあな」俺はその場を後にする為に適当に別れの言葉を言うと。
「私も行くわ。そろそろバスの時間も近いしね」
「そうなのか。それなら俺もバスに乗るとするか。ついていっても構わないか?」
<やっぱり、この人…?>あくまでも変質者扱いか。
「そんな目で見ないで欲しいんだが。別につけまわすつもりなんかない」
「べ、別にそんな風に見てなんか居ないわ。失礼ね<か、勘違いだったのかな。だとしたら…怒ってるかな?>」
「俺がついていくと言ったのはバス停の場所が分からないからだ。他意は無い」
「そういう事、だったの」<やっぱり勘違い…。悪い事、しちゃったな…>いや、そこまでヘコまんでも。
「そう言う事。さて…」言って、踵を返した瞬間。
べしゃ、という小さな音が背後から聞こえた。振り向くと、少女が砂浜に顔を埋めるように突っ伏していた。
その片方の足元に、流れ着いたらしい流木が。それに足を引っ掛けて転んだらしい。
<また転んじゃった…。服は砂だらけだし口の中がジャリジャリするよぅ>
「ほらよ」『声』で愚痴りながらあくまでも無言でクールに立ち上がろうとする彼女に手を貸す。
<いい人、なのかな>やはり無言で俺の手を取る彼女。『声』からして俺の株は少し上昇したらしい。
「ハッ。案外ドジだな、あんた」だから俺は言う。嘲る様に、嗤う様に。
「そ、そんな事!たまたま…よ」<前言撤回、やっぱりヤな奴!そんな事言わなくてもいいじゃない…!>
そうだよ。俺はいい人なんかじゃない。だから、こうやって距離を置くのが彼女の為だ。
そうしないと『あいつ』みたいに―
「どうしたの?一緒に来るんじゃないの?」声が聞こえた方向を振り向けば、既に数歩先に少女が。
<どんな奴だったとしても、困った人を見捨てるわけには行かないわよね>どうやら彼女は思った以上に良い子だったらしい。
「悪いな。少しぼーっとしてた」俺は適当に詫びると、歩く彼女の背を追いかけた。

バス停に辿り着く。思ったよりも近かった。
少女はベンチに座り俺は立ちつつバスを待っていると彼女が話しかけてきた。
「何処に行きたいの?間違ったバスに乗りたくはないでしょう?」<相手は何も知らないんだから、しっかりしないとっ>
「叢雲の中心街に行きたい。そこに俺が住む事になる部屋があってな」
俺の言葉に返事をする様子のない少女。だが声を聞いてみれば、彼女のアタマの中はどえらい事になっていた。
<えっ嘘なんで行き先が同じなのコレってどう言う事偶然それとも運命もしそうなら大変な事ねめくるめくドラマチックなラブストーリー の始まりとかきゃーどうしよう参ったわ驚いちゃったでも少しドキドキするかもだってそれはきっと素敵なサ…あーもう困っちゃう!>
少し落ち着け。なんでその程度でそこまで思考を飛躍させられるんだ。というかサ…ってなんだ?物凄く気になるぞ。
「どうしたんだ?いきなり黙り込んで」
「えっ!?あ、いや…な、何でもないわ」<しまった。ちょっと考えすぎちゃった>ちょっとじゃないだろ。
「まさか、行き先が同じとか?」
「っ!そ、そうよ」<なんで分かっちゃうの!?もしかしてエスパー!?>当たらずとも遠からずなんだがまさかそんな事言えない。
「一応言っておくが、俺はあんたの行き先なんて知らなかったぞ。単なる偶然だからな。ストーカー扱いは勘弁してくれ」
「五月蝿いわね。分かってるわ、その位っ」<んもう!いちいち癇に障る言い方。根に持つなんて大人気ないったら!>
『声』からして、どうやら完全にへそを曲げたらしい。彼女の言葉の後、バスが到着し俺達の目の前に停車する。
そっぽを向いた彼女と肩を竦めた俺はバスへと乗り込む。俺は整理券を受け取り、少女が座る座席の1つ前に座った。
少し話したとはいえ、出会って間も無い年頃の少女の隣に平然と座れるほど俺の面の皮は厚くない。
かといって、下手に離れた位置に座ればまた変な勘ぐりをされるかもしれない。
「全く、面倒くさいもんだな…」ポツリ、と1人ごちる。
「何か言った?」
「いや別に…そうだ。俺の名前は荒巻 新だ。荒川の荒に巻物の巻。そして新しいと書いて新。あんたの名前は?」
「今のままじゃ何て呼んだらいいのか分からない」そう問うと。
「…………………………」急に押し黙ってしまった。だが何事か『声』で呟いている。
俺はその『声』に耳を澄ました。

<ここは言った方がいいわよね…でもこの名前あまり好きじゃないし…>
どうやら彼女は自分の名前にコンプレックスがあるようだ。だが聞けない事には此方も困るのでさらに問いかける。
「どうした?もしかして変な名前なのか?世歩玲(せふれ)とか煮物(にもの)とかサンダーストロンガーとか」
「そこまで変じゃないわ!…………………………レン、よ」
「レン、ね。…どんな字なんだ?」
「そこまで答える義理はないわ」
「別にそれくらい良いだろう」
「嫌よ。それを知らなくても呼ぶ事位出来るでしょう?」あくまで答える気の無い様子。にべにも無い、とはこの事だ。
「なんでそこまで頑なに拒否するのかね…」
「だって…」<だって、言ったら絶対笑われるもの。恋愛の恋、だなんて>
成る程。だがなぜそれで笑われると思うのだろう。特別可笑しい名前でもないと思うのだが。
「だって?」
「詮索屋は嫌いよ」同感だが、そこまで言われると少しカチンと来る。
「あくまで教えないというなら、当ててやるだけだ」
<うっわー…分かってるくせに。いーんけーん>と、俺をなじるエミュの言葉は無視。お前も楽しんでるだろ。『声』で分かるぞ。
「余計な事、しないで」
「そうだな…」俺はわざとらしく考え込んでいるフリをする。
「人の話を聞きなさい!」激昂し、声を荒げている。柳眉を逆立てている様子が目に浮かぶようだ。
「恋愛の恋、とか。どうだ?」いかにも当てずっぽうで言って見ました、と言う口調で問いかける。
「…その通りよ」憮然とした声で、恋。最低な奴、と罵倒されるのを承知で言おう。非常に胸がスカッとした。
「何故分かったの?」
「女の子の名前に使われそうな漢字でレン、て読む漢字を適当に挙げただけだ」『声』が聞こえるとも言えず、俺は適当に答えた。
それ以降俺は話す話題も無く(積極的に話す気が無かったのもあるが)、無言で流れ行く街並を眺めていると。
やはり無言だった―とは言っても俺に対する文句を『声』で延々と聞かされはしたが―恋が唐突に口を開いた。

「何か言いたい事でもあるんじゃないの?」
「はぁ?」脈絡の無い恋の問いに俺はすっとんきょうな声で返事をしてしまった。いきなり何を言い出すんだ。
「どうせ…こんないかにも女の子らしい名前、似合わないとでも思ってるんでしょう?可愛げないものね、私」
<さっき転んだみたいに馬鹿にされるに決まってるもの。だったら先にこっちから…!>
成る程。それがコンプレックスの原因か。確かにそんなクールにしていれば、彼女が言うみたいにからかわれる事もあるのだろう。
だが、俺は知っている。『声』が聞こえる、俺は。
彼女は少しドジで人より想像力が逞しくて。でも人並みに可愛げのある―普通の女の子だ。
だから、コレくらいのお節介は良いだろう。バス停まで案内してくれた、礼だ。
「そんな事は無いだろ」振り向き、言う。
「―え?」
「可愛げがないなんて、そんな事は無いって言ったんだ」
「あんたは十分に可愛いだろ。外見も中身も」真顔で言う。こんな台詞を冗談めかして言える程、俺は器用な人間じゃない。
俺の言葉に驚きに軽く目を見開く恋。
直後、まるでアンモニアを垂らしたフェノールフタレイン溶液の様な勢いで彼女の頬が真っ赤に染まって行った。
<う…ぁ…か、可愛いなんて…そんな事言われたの、初めて…>
<やだな…どきどきしっぱなしだよ…顔、赤くなってるんだろうな。恥ずかしいなぁ>真っ赤な顔のまま。恋は、俯く。
「顔、真っ赤」言い終えた俺はもう何も言わず前を向いた。
「黙りなさい…!」と言う声を背に聞きながら。
「―あ」<何か、言わなきゃ>その俺の背中に恋が何か声をかけようとしたその時。
アナウンスの声が、目的地に着いた事を告げた。声かける機会を逸した恋はもうそれ以上何も言わず、俺とバスを降りた。
「俺はこっちだから、ここでお別れだな。今日は、助かった」
「別に。大した事じゃ無いわ。それより…その…新…君…あ、あり…がと…」再び顔を真っ赤にして、恋。
<嬉し、かったなぁ…。可愛いなんて、言われた事なかったから>その純情な『声』を聞きながら、思う。
ああ―そうか。あんな事を言いたくなったのは案内の礼とかそんなのじゃなく。
恋と名乗る少女に、俺は少なからず心惹かれていたんだ―

「それじゃ、また」<会えると…いいな>
「―そうか。それじゃ、さよならだ」またな、とは言わず。それきり振り返らず。俺は歩きだす。
もう会わないほうが良い。惹かれているから、余計にそう思う。不幸にしてはいけない。
『あいつ』のような目に遭わせてはいけない。このまま別れれば、二度と会う事は無いだろう。それでいいのだ。
<…あれでよかったの?新…>俺の肩に乗りながら、エミュ。
「いいんだ」
<でも、あのコがどうなるかなんて分からないじゃないか。夢ちゃんみたいな目になんか―>
「『あいつ』の事を、その名前を言うな…!」
<…ゴメンよ、新>
「謝る程の事でもない。こっちこそ言い過ぎたな、悪かった」俺達はそれ以上何かを言うことなく、新たな自宅へと歩いていった。
これで、全ては終わり。あとはいつも通りの日々が始まる筈だった。だが、俺のそんな予想は見事に外れる事となった。
翌日。俺が通う事となった高校の教室で。
「「…………………………!」」<な、なんで新君が此処に!?>俺達2人は揃って固まっていた。
まさか同じクラスだったとは。在り得ないわけでは無いが、なんと言う偶然だろう。
「彼が転校生の荒巻 新君ですよー…って、あれれー?どうしたのですか?荒巻君、草薙さん」
俺の傍らに立つ教師が不思議そうな目で俺と恋を見る。
「「何でもありません」」返事が見事にハモった。というか、恋の苗字は草薙と言うのか。
やってしまった。新生活の一番最初から盛大につまづいてしまった。
これから、どうしたらいいものか。俺はコレからの日々の事を考え、心の中で頭を抱えた。
だがそれと同時に、彼女との再会を喜んでる自分を自覚していた。
こうしてプロローグは終わり、物語がゆっくりと動き出す。
草薙 恋という少女の、1つの恋の物語が―


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