こここい、にっ!

県立叢雲高校2Fの一角にある2年A組教室にて。転校生である俺は教壇に立たされていた。
<何だ、男かよ…>と『声』でぼやき露骨に意気消沈する男子。
<んー…甘く見て中の上?><そこそこの顔だし、60〜70点かな>と『声』で俺の顔の寸評を下す女子。
俺に対して遠慮のない『声』が次から次へと俺の耳に飛び込んでくる。
コレが口で直接言われているなら、煩い、厚かましいと辟易する所なのだが。
実際の所、彼ら・彼女らは考えてるだけ。思っているだけなのだ。思考・妄想・想像に遠慮など無いし、普通する必要が無い。
俺にはそれが『声』として聞こえてしまうだけだ。加害者なのは寧ろ結果的に「盗み聞き」をしている俺だろう。
「さて、荒巻君からも挨拶してもらえるかな?」と、俺の傍らに立つ女性が俺に挨拶するよう促す。
教室への道すがら受けた自己紹介によれば、彼女はこのクラスの担任だという。渡辺と言うらしかった。
年は20後半と言った所だろうか。少し濃い目の化粧が結婚適齢期を逃しかけ、焦っているのを如実に物語っている。
「…どーも。荒巻 新です」やる気のない声で、俺。おざなりに頭をさげる。
<何だコイツ…>という『声』が聞こえる。挨拶を終えた俺は、自分の座席へと歩きだす。
これまた奇遇な事に、草薙 恋の隣だった。昨日出会い心惹かれた少女。その、隣。
<一緒のクラスだなんて…偶然、だなぁ…でも、嬉しいかも>彼女の『声』に、密かに同意する。
学校、クラスが一緒なだけでも驚きだ。だというのに、かてて加えて席まで隣。陳腐だと分かっていても奇跡と言う言葉を使いたくなる。
嬉しくないと言えば、嘘になる。そんな事を考え心の中で苦笑いしたその時。
「あ、荒巻君?ちょっと待ってー!?」渡辺先生が俺の裾を掴み呼び止める。
「…何でしょう?挨拶ならもう終わったはずですが」いかにも鬱陶しそうに、俺。勿論、この反応も予想通りである。
「もうちょっとほら、なにか言う事はないの?」
「在りませんね」即答する。
「あ、あれれー?先生そんな事はないと思うよ!?」<は、恥ずかしがりやなのかな…?>
不安げな『声』。そんなに心を痛めないで下さい、先生。俺はただ、皆に嫌われる為の第一歩を踏もうとしているだけなんです。
嫌いな人間の事を知ろうと思う奴なんて居ないし、距離を置くようになれば俺の能力がバレるリスクが減りますから。
だから、先生が気に病む事なんて何もないんですよ―
だが、俺はそんな思いを表に出す事なく。さらに悪役を演じ続けていく。

「なら先生。何を言えば良いですか?」
「そ、そうね。自己紹介として自分の事を少し話すといいと思うわよ、うん」<そう。相互理解こそ友好の第一歩!>
その通りですよ先生。だけど俺の場合”一方的に俺だけが相手への理解を深めてしまう”んです。
知る必要のない、知りたくもない事まで。相手がどんなに知られたくないと思おうと。いや、思えば思う程知ってしまう。
「自己紹介というと…趣味とか好物とか、そういうことですか?」無論そんな事は言えず。俺は代わりにそう問いかける。
「その通りね。それじゃあ早速―」
「嫌です」渡辺先生の言葉を遮り、俺は即答した。
「な、何故っ!?」腕をぶんぶんと振る。とてもいい歳した大人の言動とは思えない。
「会ったばかりの人間に、自分のプライベートな情報を話すつもりは在りません」
「だ、だから仲良くなる為にまずは自分から…」
「嫌だと言っています。俺は勉強をする為にここに来たので。慣れ合いをする為ではないですから」それを言った瞬間。
ビキリ、と音がしたような錯覚を覚える。加速度的に教室の空気が悪くなっていく。
「で、でもね…?」それを察した先生はなお何かを言おうとする。それに先んじて、俺は。
「まだ、何か?」言い、軽く眉根を寄せる。まるで睨み付けるように。失礼な態度を取ってスイマセン、先生。
「ひうっ!?…な、なんでもないです…」<なんて鋭い目つき…例えて言うなら…切れたナイフ?>誰が出川哲郎か。そして何故敬語。
「…なんでもないなら、席につかせていただきますので」俺は自分の席へ歩を進め、着席した。
もう先生は、俺に何も言っては来なかった。ただ、捨てられた子犬のような目で俺を見送るだけだった。
クラスメイトの『声』を聞けば。目論見通り、慇懃無礼な俺に対して悪印象を持ったのが分かったが。
<どうしたっていうのかしら…>という恋を初めとする疑問の『声』も数多い。今の所嫌悪半分戸惑い半分、と言う所か。
最初はこんなものだろう。何か「きっかけ」があれば良いのだが…と取りとめも無くつらつらと考えていると。
チャイムの音。どうやら授業が終わったらしかった。(1時限目は俺の紹介もあってHRになったらしい)
取り合えず人気の無い『声』があまり届かない所へ行こう、と考え立ち上がる。
「新君」教室のドアまで辿り着いた所で、声がかけられた。
振り向けば、そこには恋が居た。

「なにか用でも?草薙さん」
「…恋で良いわ。それに取ってつけたような敬語は止めて。イライラするから。…聞きたい事があるの」
<コレくらいは寛容になるべきよね。口は悪いけど、根は良い人みたいだもの>アレで寛容になっているつもりらしい。
「聞きたい事?メルアドか?それともパンツの色でも教えればいいのか?」
「人を変質者みたいに言わないで」初めて会ったとき変質者扱いしたのはどこのどいつだ。
「聞きたいのは…その。さっきの自己紹介の事なんだけど」
「成る程。それで?俺の自己紹介がどうかしたのか?」
「どうかしたのか?じゃないわ。幾ら何でも…あれは無いと思うのだけど」
「人前でああ言う事を話すのが苦手ならそう言えば良いじゃない」
「わざわざ先生を困らせたり、怯えさせたりする事は無いでしょう?…まあ、気持ちは分からないでもないけど」
<だよね>気まずげに言った恋の台詞に頷くクラスメイト一同。
後に聞いた話によれば。ウチの担任は『思わずいぢめたくなる教師NO.1』なのだとか。
まあそれは兎も角。俺は恋に言葉を返す。良いタイミングで彼女が「きっかけ」を作ってくれた。と思いつつ。
「俺は言いたい事、言うべき事を言っただけだ。それの何が悪い?」
「悪いに決まっているでしょう?もう少し回りに気を使いなさい!せめて角が立たないよう言葉を選ぶとか!」
「慣れ合いをするつもりはないと言っただろ?なんで仲良くするつもりも無いのにそんな事しなきゃならない」
「仲良くするつもりはないって…でも昨日は…!」<私の事…可愛いって褒めて暮れたのに…>
「フン。ちょっと優しい言葉かけてやったくらいで調子に乗らないでくれ」
「全く。こんな面倒になるならあんな事言わなきゃ―」そこまで言った所で。
パン!乾いた音が教室に響き渡る。恋が、俺の頬を張っていた。
「最低…!」<少しでもドキドキして…馬鹿みたい…私…!>目の端に光るものを浮かべ、吐き捨てるように言う。
彼女は憤懣やるかたなし、と言った風情で自分の席へと戻って行った。
『声』を聞けば。今までのやり取りを聞いて、完全に俺に対する評価は地に落ちたようだ。計算通り。計算通りではある、だが―
「痛ぇなぁ…」頬を押さえ。俺は誰にも聞こえないように呟き、教室を出た。

アレから。俺は人気の無い場所を探した結果、屋上に居た。
初夏とは言うものの、今だ春の名残を色濃く残す麗らかな日差し。
潮の匂いの混じる爽やかなそよ風。
視線を遠くに向ければ、空と海の鮮やかな蒼。綺麗だ。
こんな居心地の良い場所なのに人っ子一人居ない。屋上のドアに貼られた『立入禁止』の紙に感謝だ。
老朽化していたのか、鍵がバカになっていて簡単にここへ出る事が出来た。
が、どうにも複雑な気分になる。『屋上』という場所は俺にとって浅からざる因縁のある場所だから。
遡る事数年前。俺の能力が発覚した事によってある事件が起こった。
その現場が、当事在籍していた学校の屋上だった。そんな訳で、どうにも色々と要らん事を考えてしまう。
もし、俺の能力がバレなかったら。あんな事件は起こらず、俺が各地を転々とする事も無く。
『あいつ』と一緒に今も笑って日々を過ごしていたのではないか―
…なんて、馬鹿らしい。仮定の話をしたって意味は無い。それで何かが変わるわけではないのだ。
だから、俺はあんな悲劇を繰り返したくない。その為なら幾らでも嫌われ者になってやる。
だが、それでも。先程の恋の顔を思い出す度、心が沈むのが分かる。彼女のあんな顔は見たくなかった。
敵意も悪意も慣れっこな筈なのに。俺を責めるあの子の声とその眼の涙が脳裏にこびり付いて離れない。
「…ああするしかなかったんだ。仕方ないよな…」頭を振り陰鬱な考えを追い出し、手摺が無いので給水塔に力無く寄り掛る。
手持ち無沙汰になった俺は、ポケットから赤白2色にカラーリングされた煙草の箱を取り出す。箱には『Marlboro』のロゴが。
その中の一本を咥え火を着け、吸う。不味い。思わず顔を顰める。
体にヤニのニオイが染み付いてる様な、素行の悪い奴を普通の生徒は敬遠するだろう―
という頭の悪い浅知恵から始めた習慣だが、こればかりは未だに好きになれない。咳き込まなくなっただけ進歩なのだろうが。
大体この煙草だってコレが気に入っているワケではない。初めて自販機で買う時たまたま目に付いただけなのだ。
俺は無理やり煙草を吸い続け、その長さが3分の1位になった頃。
「おおっと学校の屋上で煙草を吸ってる不良転校生ハッケーン」軽い口調の声が聞こえた。

振り向くと、其処には1組の少年少女が。どちらも2−Aの生徒だった。
長い髪を三つ編みに纏めた少年はその珍しい髪型から良く記憶に残っている。
声からしてコイツが俺に声をかけたのだろう。人懐っこい笑みを浮かべている。
もう1人の少女の方と言えば、その少年の背中に隠れる様にして此方を覗き込み様子を伺っていた。
緩やかなウェーブのかかった髪を頭の左右で束ねている。そんな髪型が童顔気味の顔とうまくマッチしていてなんとも可愛らしかった。
携帯電話を片手に持ち、それがまるで命綱だと言わんばかりに強く握っている。壊れるぞ。
「お前は…ええと」名前はなんだったろうか。一応座席表では見たのだが…
「銀弧。橘 銀弧(たちばな ぎんこ)。皆からはギコって呼ばれてる。ヨロシクな」少年―いや銀弧か―は名乗った。
「ホラ、しぃもちゃんと挨拶しろよ」銀弧は背後に隠れる少女を俺の目の前へと引っ張り出した。
<と、どうしよう…こ、怖いよー…でも…>しぃと呼ばれた少女は不安げな『声』を上げつつしばしの間あたふたとしていたが、 突然凄まじい速さで携帯のボタンを押していく。そして、作業が終わったか手を止めると俺に向かって液晶画面を突き出してきた。
【萩原 椎奈(はぎはら しいな)です 始めまして】<まだ話すことは出来ないけど。挨拶、挨拶!>
どうやら携帯のメールやメモ帳機能を使った筆談(?)で会話するらしい。それは分かったが、何故。
「…なんで話せな…じゃない。なんで口で言わないんだ?」問うと。ビクゥ!と震えて、素早く銀弧の背中に隠れる椎奈。俺が何をした。
「あー…気ぃ悪くしないでくれ。こいつ、失語症なんだよ。あと、軽い対人恐怖症。人見知りに毛が生えた様なもんだけどな」
「家族か親しい一部の人間以外は今みたいに拒否反応が出ちまって、な」
「こいつ前に男にそのー…アレだ。色々…あってな」<流石に乱暴されかけた、何て言えないよな>
「そうか」それは他人にペラペラ言える話題じゃないな。俺はただそれだけ言って頷いた。
「スマン。詳しくは言えねえんだ…」申し訳なさげな銀弧。
「お前らの秘密なんて、どうでもいい。それが知られたくない事なら、尚更な」
人には知られたくない事の1つや2つ、必ずあるものだ。それを無理に知ろうとすれば、必ず誰かが傷つく。
俺は、それを誰よりも知っている。
「お前…いや。何でもねえや。悪ぃ」<折角気ぃ使ってくれたんだ。これ以上言うのは野暮だよな>別に其処まで考えてはいないが。
【悪気は無いんです ごめんなさい】その一文が打たれた携帯をそ〜っと突き出す椎奈。
悪気があってたまるか、と言いたい所だったがそれを言う程俺はデリカシーの足りない人間ではない。
…いや待て。俺は嫌われようとしてるんだから、寧ろここはずけずけと文句をいうべきじゃないのか?

それに気付く頃には既に言う機会を逸しており、俺は憮然と黙り込むしかなかった。
<あっちゃあ…機嫌悪くしちまったよ…しぃを連れてきたの、失敗だったか…?>
<す、凄い怖い眼でこっち見てるよー…。これは怒ってるかなー?>
顔を見合わせ気まずげな『声』で呟く2人。別に怒っているわけでもないのだがまあそれを伝える義理は無い。だがまあ、コレくらいは。
「…俺の目つきが悪いのは生まれつきだ。そんな露骨にうろたえてるな。鬱陶しい」と憮然とした面持ちのまま、俺。
「そ、そうか?なら良いんだが…うん。お前やっぱり良い奴だな」
「はぁ?」俺は思わずそう言っていた。何をどうすればそんな結論になるのだろう。
「だって今の、お前の様子見て気まずくなってた俺達を気遣ってくれたんだろ?」
「違う。人の精神状態を勝手に判断されたのが気に入らないだけだ。フォローの為なんかじゃない」
【やっぱり フォローしてくれたんだ】<人は見かけによらないよー>それは俺の顔が怖いって事か?
「違うったら違う!」なんか変な方向に話が進んできたぞ。
「照れんな照れんな。変だとは思ったんだよ。転校初日でナベちゃんにレンに喧嘩売るような真似してんだもんな」
「要はアレだろ?恥ずかしくなってテンパってるの誤魔化す為に憎まれ口叩いちまったんだろ?」得心顔で、銀弧。
<素直じゃ、ないなー>何処と無く温かみの混じった『声』の椎奈。
ひょっこりと顔を出した所を見ると俺に対する拒否反応とやらが薄れたらしい。親しみが増したって事か?なんてこった。
「勝手に人の行動理由の解釈をするな。もういい。教室に戻る」と、ドアに歩み寄る俺に。
「あーちょっと待った。お前の歓迎会する事にしたから、明日の放課後予定空けといてくれよ」
「別にしなくていい。というか、今俺を『歓迎』する奴なんてあのクラスにいないだろ」
「だな。だから俺と椎奈が歓迎会をやってやろうって、皆に呼びかけたワケだ」
「…なんでまたそんな酔狂な。俺がどんなヤツかも知らないのに、よくそんな肩入れ出来るもんだ」
「大丈夫さ。良いヤツの目をしてるからな、お前」その言葉に、俺の記憶の扉がこじ開けられる。
―大丈夫だよ。だって良い人の目をしてるもん、アラタは―
…『あいつ』と同じ台詞を言いやがって。だが、いちいちそんな事は言わず、俺は。
「…何言ってんだかな。俺はもう行く」そう言ってドアを開けた。

で。時は移り、放課後。
俺は街の探索と夕食の買出しを兼ねて街をぶらついていた。…まあ、夕食と言っても弁当を買うかインスタント食品なのだが。
コインランドリーやドラッグストア。スーパーやコンビニ等、生活していく上で重要な施設の位置は把握。
ゲームセンターや漫画喫茶。などの暇つぶしに使えそうな施設などの配置も分かった。
好きな弁当屋のチェーン店があったのが確認できたのも嬉しい収穫だ。そんなこんなで、ほくほく気分な俺は帰途につこうとしていた。
その時だった。前の方で、聞き覚えのある話し声。眼をやると、やはり見覚えのある3つのシルエット。恋と銀弧と椎奈だった。
「あいつら…なんでこんなトコに…!?」思わず発したその一言に。
「ん?」<何かしら?>恋が振り向く。慌てて路地裏に逃げ込み、壁に張り付く。そしてそっと3人の様子を伺う。
「ああ、なんでもないわ。ちょっと何処かで聞いたような声がした様な気がしただけ」と、携帯を差し出す椎奈に向かって言っている。
恐らく液晶画面には【どうしたの?】とでも書かれていたのだろう。
「そか。で、それでシンがどうしたって?」シンって誰だ?
「ギコ。彼の名前の読みはあらた、でしょ。読み方を変えるんじゃないの」俺かよ。っていうか3人で俺について何話してたんだ。
「いいじゃん、そっちの方がカッコ良いだろ?ん?なになに…」
「【それじゃまるでかませ犬ッぽい】?はは、確かに」椎奈、アンタって人は。
「それで?早く話の続き聞かせてくれよ。しぃだって、気になるだろ?」その言葉に椎奈がこくこくと頷く。
「わ、わかったわ…それでね。新君があんまり酷い事言うもんだからこう、バシー!って叩いたの」
「ま、そんな事言ったんなら、しゃーねーわな」と、苦笑し銀弧。同意だがお前が言うと妙にムカツクのは何故だ。
「全く…最初会った時は良い感じの人だと思ったのに…」
「別に、その認識はまだ間違っちゃいねーと思うけどな」 「なんで、そんな事言えるの?あの会話を聴いてたでしょう?…ああもう。思い出しただけで腹が立ってきたわ」
「だってさ。お前に酷い事言ったのはホントだけど。その時のアイツ、スゲー辛そうな顔してたんだよ」
「多分本人も気付いて無いだろうけどな。なんつーか、何かに歯を食いしばって耐えてる様な。そんな感じ」
「じゃあなんで?あんな事を言ったのは何故?」<何であんな事を?わからない…わからないよ…>
「照れ隠しだってのと後は…まあ、なんか事情があんだろ」
「そう…なの?」

「ああ。俺がしぃのあの事についてさ、ちっとボカして言ったんだわ」
「普通さ、そんな風に誤魔化されたら聞きたくもなるだろ?なのにさ」
「シンの奴、なにも聞いてこなかった。アイツも多分、聞かれたくない色んなモン抱えてんだよ、きっと」言って、遠い眼をする。
コノヤロウ。俺みたいに『声』が聞こえるわけでも無いのに、なんで其処まで察しがいいんだろう。
…いや。案外、それが普通なのか。『声』が聞こえるくせに、こんな不器用な振る舞いしかできない俺がダメなのかもしれん。
「誰にだって在るんだろうな、そういうの。俺の中学時代とか、しぃのあの事」
「お前なら親が『クサナギ』の社長って事とか」コレには驚いた。
クサナギ。日本人なら誰でもその名前位聞いた事がある、日本有数の工業系コングロマリットだ。
本社がここにあるのは知っていたから名字を聞いた時もしや?と思ったが。まさか本当に其処の娘さんだったとは。
「…特別扱いされたくなかったのよ」少し俯き、恋。
「知ってる。要はアイツもそうなんだろ。多分、それが普通のヤツよりちっとばかし…重いん、だろうなぁ…」
「だってよ。わざわざあんな面して、先生やお前を含むクラスの連中を敵に回さなきゃいけない事情って何だよ?」
「正直、想像もつかねえ。だからこそ放っとけないんだよ。誰からも手を差し伸べられないで独りぼっちって、結構堪えるからな」
「…それで?とどのつまり貴方は何が言いたいの?」<そんな事言われたら、嫌いになれないじゃない…どうしろって言うのよ>
「ドライだなぁお前。…要は、さ。仲直りした方がいいんじゃねえのって事」
「多分こっちから折れないとアイツ、ずっとあのままだぜ」
「でしょうね。…分かったわよ。確かに叩いたのとか少しやりすぎかな…とは思うし。謝って上げなくもないけど」
「そかそか。しかし…お前が他人の男をそんなに気にかけるなんて…あ、好きになったとか?」からかう様に言う銀弧の台詞に。
「ばっ…!バカ!そんな訳無いでしょう!?そんな…わけ…」<あるの…かな?これって好きって事…なのかな…?>
再び俯く恋。顔は見えないが、見るまでも無いだろう。きっと、真っ赤だ。
畜生。なんで俺みたいなヤツを其処まで気にかける。なんで…好きになるんだよ。
どうやって、こんな気持ちの良い奴らから嫌われろって言うんだよ…。
心の中で1人ごちたその時。事件は、起こった。


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