こここい、ご!

俺がこの県立叢雲高校にきて早二ヶ月近く。
既に季節は夏。強い日差しが照りつけるも、海から程よい加減で吹きつける潮風が暑さを和らげ快適な空間を造りだしている。
期末テストを終えた俺、荒巻 新は屋上に上り煙草を吸いつつくつろぐ。
宿題も既に片付けてあるので後は夏休みを待つだけだった。
このテの物は溜め込むだけ溜め込んで8月末に懊悩するのが常なのだろうが、俺は何時転校するかも知れない身の上。
宿題・課題の類は可能な限り早く終わらせるのが習慣として身についていた。
この習慣自体はいち勉学の徒としては褒められるべきなのだろう。が。
身辺整理をして何時そこを離れても良い様に常に後くされの無い様にしている17歳の若者と言うのもどうなのだろうな、と思う。
と言っても結局は俺の『声』を聞く力の所為という結論に行きつくのは毎度の事で。結果軽く欝になるのもやはり毎度の事だ。溜息。
閑話休題。やるべき事を終えた俺は、後顧の憂いのないすっきりとした気分で憩いの一時を満喫していた。
そう、つい先ほどまではそうしていた筈なのだが―
「「はぁ…………………………」」<どうしよう…><どうすっかなぁ…>
クラスメイトである草薙 恋と橘 銀弧。
2人の陰鬱な溜息と『声』の二重奏がそんな俺の束の間の安らぎをぶち壊しにした。
「煩いぞお前ら。煙草が不味くなるからとっとと此処から出て行け」まあ元々不味いのだが。
「いいじゃねえかよ〜。屋上に来て綺麗な景色でも見て傷心を癒そうとしたって良いだろ?」
「黙れキモい」
「ひでぇ」
「此処は貴方だけの場所じゃないでしょう。そんな事しか言えないのなら黙ってて」<もう、人が悩んでるって言うのに>
冷たい言葉。黙って無視しても良かったのだろうが、それだと彼女の言いなりになっている様で癪だ。
とはいえ恋に直ぐに問いただすのも憚られた俺は。
「…………………………テストの点数でも悪かったのか?」取り合えず銀弧に聞いてみる。事情も分からん事にはどうしようもない。
「あ……俺はそう。ちとヤバくてな。この調子だと年度末に追試受ける破目になっちまう」
この学校では、一年を通してのテストの平均点が赤点だった場合、初めて補修と追試がセットになるのである。
そして追試に落ちると問答無用で留年。その為一個一個のテストが後半になっても響いて来るので油断が出来ないと言う訳だ。

「そんな事だろうとは思ったよ。精々2学期以降に挽回するんだな」
「ヤな言い方するなよ。つっても学年5位のお前に言われちゃ、返す言葉もないか」<羨ましいったらありゃしないぜ>
「…大した事じゃない」十分言葉を返してると思うのは俺の気の所為か?ともあれ、本当に大した事じゃない。
と言うか、褒められた事ではない。俺の能力が分かってるなら既に察して貰えただろう。
ハッキリ言ってしまえば俺はこの力を使ってカンニングしたのである。でなければ俺の脳みそで学年5位なんて取れるか。
無論ズルであり反則なのだが、俺の意思とは無関係に聞こえるのだから仕方ない。この力の事を話すなんて論外だしな。
だが、云わせて貰えばただでさえこの力は普通に生活する上ではデメリットの方が多いのである。
コレくらいの役得には目を瞑って頂きたい。…言い訳に聞こえるだろうか?まあ言い訳なのだが。
「謙遜も過ぎると嫌味だぜ、シン」<こう言う所が珠に傷なんだよな。コレから先、他の奴らとやってけるかな…心配だなぁ…>
この期に及んで他人を気遣うか。ある意味こいつらしい。苦笑するのをこらえるのが大変だ。
「別に嫌味と取っても俺は別に構わん」俺にとっては寧ろその方が好都合と言える。
「それ以前に、自分の事すらちゃんと出来て居ない人間が他人の事をとやかく言うのは―」
言いかけた言葉を、目の前に付きだされた携帯電話に遮られる。
携帯を突き出してきたのは、緩やかにウェーブのかかった髪をツインテールにした女の子。
やはりクラスメイトであり、橘 銀弧という人間の絶対不変的オプショナルパーツ、萩原 椎奈だった。
その液晶画面には、【ギコも落ち込んでるみたいだし、あんまり責めないで欲しいよー】と打ち込まれていた。
「別に責めてるわけじゃない。ごく当り前の事を―」再び携帯が突き出され、口をつぐまざるを得ない俺。
【確かに新君の言う通り自分の事を顧みないで他人の世話ばかり妬きたがるお人よしでお節介なド低脳だけど大目に見て上げて、ねー】
「俺其処まで言ってないんだが…」
「ま、そんな事どうでも良い事は置いといて、だ」
「置いとかないでくれよ〜俺にとっては一大事なんだよ〜。そんな事言われたら寂しくて死ぬぞ俺」
「ウサギかお前は。さっさと某写真週刊誌の表紙に帰れ」
【それを言うなら青いウサギだよー。それよりギコ、ちょっと静かにして欲しいよー】
「どうせ俺なんて…くすん」屋上の隅に座りこみのの字を書く銀弧。三つ編みにした長い髪が潮風で寂しげにぷらぷらと揺れていた。
その状態のままにしておいた方が都合が良さそうので放っておく事にする。

「―でだ」
【うん】<大体なに聞かれるか想像つくよー>
「…アイツの方はどうなってんだ?アイツまでテストって事は無いんだろうが」恋に聞こえない様小声で椎奈に尋ねる。
【ギコと一緒にしちゃ可愛そうだよー。学年3位だよ?】
「確かにそうだな…」実の所俺が学年5位を取れたのは恋の『声』を聞けた事による所が大きい。
【心配、なのー?】
「そんな訳あるか。あんな調子でここに居られたらウザくて堪らん。それだけだ」
【ふぅーん】<いつもの事ながら素直じゃないよー。似た者夫婦って奴だねー>勝手にカップリングするな。
【だけど私も聞いて無いんだよー。気になるのなら直接聞くしかないんじゃないかなー?】
<恋ちゃんも多分そうして貰いたい筈だよー>そんな事はとうに分かっている。というか。
<思い切って話しちゃおうか…でも…>などと声で呟きつつチラチラと此方を見られればイヤでも分かる。
「…仕方ない。面倒だ、ああ面倒だ、面倒だ…」ぼやき恋に向き直る。
こんなのは柄じゃないし出来る事ならこいつらとも距離を取るべきだと言うのに。
<とか言いつつ話を聞いてあげるんだから。やっぱり新君、根は良い人だよー>
やかましい、とそんな椎奈の『声』に心中で悪態を吐き恋に問いかけた。
「―恋」
「…何」<心配、してくれてるのかな?ふふ…>笑うなら声を出せ。顔に出せ。
笑顔のお前より綺麗で可愛い女などそうは居ないと言うのに。勿体無い。
後お前の心配なんぞするわけないだろう。してないに決まっている。
多分。恐らく。きっと。
「見ていればさっきから暗い顔をしているが―」
「え…」<私をずっと見ていたって…嘘、やだ…どうしよう…>
なにやら都合の良い解釈をしているようだが構わず俺は問いの続きを口にした。
「―生理か?」
殴られた。

「行き成り何を言っているのかしら?」引きつった笑みを浮かべ俺に問い返す。
努めて冷静な態度で居ようとしているらしいが、額に浮かぶ漫画の様な青筋や震えた手は抑えきれない彼女の怒りを如実に表している。
「いやだから生r―」言い終える前に殴られた。
「次同じ事聞いたら命の保障はないから」
「…成る程そう言う事か。今のは俺の落ち度だ、謝ろう」
「分かれば良いわ」<でも、どうして男ってこうデリカシーが無いのかしら>
「それじゃ、改めて聞こう」
「ええ」
「アノ日か?」
今度は蹴られた。
「…言いなおしただろうが。何が悪い?」
「全部よッ!!!!!」何故か激昂する恋。
「ふむ。ともかくどうやら違うらしいな。それなら、何があった?」
「最初からそう聞きなさいよ…」げんなりとした面持ちで突っ込む恋だった。
「―見合い?」彼女からそう聞いた俺は鸚鵡返しに問い返した。
「そうなの。親…と言うかお父さんに縁談を持ちかけられたの」
「で、それが嫌で溜息ついてたと。はぁ…阿保らしい」わざとらしく肩を竦めつつ、俺。
「何が阿保らしいのよ。こっちは真剣に悩んでるって言うのに」
「嫌なら断れば良いだけの話だろう。そんな簡単な事で解決するのに何を悩む必要がある?」
「それで済むんなら苦労はしないわ。問題は相手がある大企業の息子さんなの」
「ウチのお得意さまなのよ、その会社。向こうはかなり乗り気らしくて。それじゃ、無下に出来ないじゃない」
「それならそれで見合いするだけすればいい」
「その上で『ワタシハアナタニフサワシクナイワ、アナタトハオトモダチデイマショウ』って断れ」
「何でカタコト…?」

「兎に角、それも却下。見合いそのものも正当な理由無く断る事は出来ないし、もし見合いを受けたりしたら―」
「もうその時点で決まったようなものよ。なまじ大企業と大企業の結びつきだもの。私達の思惑なんか無視されるわ」
「まあ、お父さんは私の為を思っているつもりなのだろうけど。『私に相応しい相手を探してやるー』って躍起になってるの」
<それもこれも、姉さんが家を出てった所為よ。もう…>
なにやら複雑な家庭事情を抱えているようである。正直俺の知った事ではないのだが。…まあ、気にならないといえば嘘になるが。
その事についてそれとなく聞きだすべきか気遣って黙って居るべきか俺が葛藤していると。
「ところで…ね」伏し目がちに恋が話しかけてきた。
「新君は…どうなの?」
「どうなのって、何がだ?」
「私が見合いするかもしれないって事についてどう…思う?」その口調のさり気無さとは裏腹に、瞳には期待の色が込められていた。
<気になったり、するのかな…。落ち着かなくなったりするかな…。して、ほしいな…>
つまりは、あれか。俺に焼き餅を妬いて欲しいと。いや、其処までは行かなくとも、自分の事を気にかけて貰いたいと言う事だろうか。
だとすると、正直リアクションに困る。
確かに彼女が得体の知れないお坊ちゃま(脳内で悪趣味な成金野郎に変換済み)のモノにでもなってしまうと思うと―いや。
仲良く談笑しているのを想像しただけで穏やかならざる気分になるのは事実。
だからと言って、俺に何か出来る事が在るわけもない。無駄に期待を抱かせて好感度を上げるのも業腹だ。
「どうでも良い。お前が誰と見合いしようが俺の知った事じゃない」俺は努めて素っ気無い口調で、言った。
「…そうね。普通はそうよね」<やっぱり…か。はぁ…>
「話を聞いてくれて有難う、もう良いわ。この事は1人で考えるから、少し静かにしててくれる?」
「そうかい、それならそれで―」
「私は静かにしてと言ったわ」<もう、聞きたくない>にべにも無い反応。それを理不尽だと思いつつ仕方ないな、とも思う。
だからと言うわけでは無いが、恋の言う通り、口を閉ざす俺。辺りに満ちる気まずい空気。

その重苦しい雰囲気にいっそ此処から出て行こうか…と考えていたら。
「オイオイ、何シンまで景気の悪い顔してんだよ。お前目つき悪いんだからそれはマズイって、な」
銀弧が俺と恋に話しかけてきた。こいつにしては珍しく空気を読まない行動だな、と思う。
だが、後になって考えて見ればこいつなりに空気を読んだからこその発言だったのだろうと思える。何故かって?それは直ぐ後に分かる。
「目つきが悪くて悪かったな。と言うか何時の間に復活しやがった」
そんな銀弧だったが、椎奈の言う通り脅威の立ち直りの早さでテンションを元に戻すと再び口を開く。
「さっきから2人の話を聞いてたんだけどよ。レンはお見合いの話を巧く断れないから悩んでんだろ?」
「ええ」<今はそれだけじゃないけど…もう別にいいもん。どうせ新君は私の事なんかどうでもいいんだから>
すっかりへそを曲げていらっしゃるようで俺としては苦笑いを堪えるのが精一杯です。
「其処でだ。俺ってばその問題について画期的な解決方法を考え付いちゃったワケだ、コレが」得意げな顔でいう銀弧。
「…その方法って何だ?」物凄く嫌な予感がするんだが。
【勿体つけてないで早くいってよー!】
「分かった分かった。要はさ、お見合いの話を断る為の巧い口実があれば良い訳だよな?」
「確かにその通りだな。だがそれが分からないから恋は悩んでいるんだろ」
<今はそれだけじゃないもん…>拗ねるような恋の『声』はこの際聞かなかった事にしておこう。
「待て待て、最後まで聞けって。で、その提案だが…レン、お前彼氏は居なかったよな?」
「ええ。居ないわ」<気になる人なら…居るけど>そこでチラッと俺を見るな。くすぐったい。
「良し。なら…レン。お前さ、誰かと付き合っちゃえ」…はぁ?何を言っているんだコイツは。
言葉の意味と意図が理解出来ず思考が停止する。だが当事者たる恋はそうも行かなかったようで。
「ちょ、ちょっと待って。つ、付き合う!?」少なからず動揺しているのか少しどもりつつ、恋。
<つ、付き合うってのは彼氏彼女の関係って事よね…?>
で、何故また俺をチラ見する?バレてないとでも思ってるのかこのコムスメは。

「そ、そんな事急に言われても、困るわ」幾らか平静さを取り戻した恋は、至極真っ当な意見を口にした。
「悪い悪い。言い方が間紛らわしかったか。別に本当に付き合えって言ってるわけじゃない。フリでいいんだよ、フリで」
「あー…成る程」「そう言う事」【納得したよー】銀弧の言葉に俺達は三者三様の言葉と共に頷く。
好きあっている相手がいると言う事であれば向こうも引き下がるだろう。
恋曰く『お父さんは私の為を思っている』らしい―要は居なくなった姉の分も溺愛されていると言う事だろう―から、
そう言う話になれば恐らくは無理強いはしないだろう。思ったよりまともな意見で少々驚いた。
「言いたい事は分かった。悪くない手だとも思う。…だが誰が彼氏役をするんだ?お前か?」
「ムリムリ。俺恋の親父さんと…ああ名前は刃(じん)さんっていうんだけどな?顔見知りでさ」
「俺達3人の事も良く知ってるから即バレる。その手はアウト」苦笑し、銀弧。
「じゃあ他に心当たりは無いのか?」若干の苛立ちを込めた声で、俺。
「居るぜ」<とびっきり最適な奴がな♪>
「…だから誰だって聞いている…!」俺の言葉に銀弧は短く、こう答えた。
「お前」<つかシンしかいないだろ>
「…はぁ?何で俺が。他にクラスメイトとかの男がいっぱい居るだろうが」
「ちっちっち。ダメダメそれじゃあ。お前は気付いて無いかもしれないけど」
「恋には俺とシン位しか身近な関係の男なんていないぜ?」そう言えばウチの男連中、恋に対しては若干距離を置いていた様に思える。
彼らにとって恋は一見(あくまでも一見である)完璧な美少女であり、その上日本有数の大企業のお嬢様だ。
彼女を高嶺の花と遠巻きに見るしか無かったとしても、それを責めるのは些か酷というものだろう。
「っつーわけで。適任はお前しかいないわけなのだよシン君」なあにがシン君、だ。ただの消去法の結果俺が残っただけだろうが。
「どうだ?人助けだと思って協力してやっちゃくれねーか?」<巧く行けばフリをしている内に親密になってフリじゃなくなるかもだぜ>
ああ。そう言う意図もあるのか。中々に抜け目の無い奴である。ふと気になり、恋の方を見ると。
其処には、草薙 恋という人間の形をした茹でダコが一匹。声を聞けば、
<あ、新君と…つ、つつ付き合う…はぅ…あうぅ…>最早『声』を出すのも覚束ない様子だった。
フリだと銀弧から先ほど聞かされた筈だと言うのにこの激的な反応。つくづく見てて飽きない奴だ。

まあいい。恋の様子を見て愉しむのも良いが、言うべき事を言わねば。答えは、既に決まっているのだから。
「…断る。なんでそんな事しなきゃならん」きっぱりという。本当の所、俺だって快く引き受けたいさ。
でも、ダメなんだよ。この力がある限り、俺と関われば遠からずロクでもない目に遭うだろうから。…夢のように。
「えっ!?…そ、そんな事言うなよシン〜別に減るもんじゃないだろ?」宥めすかすように、銀弧。
<ヤバ…こいつは想定の範囲外だぜ>焦った様子の『声』。頭が回るわりに考えの浅い奴だ。
「…あのな、いいか?此処に来た日に言ったが、俺は慣れ合いをする為にこの学校に通ってるわけじゃない」
「なのになんでこいつの為に、わざわざ好き好んで厄介事にかかわらなきゃいけないんだ?面倒なのは御免だ」
恋を指差し、言う。少し言い過ぎなのかもしれないが、コレくらい言って突き放して置いた方が今後の為だ。
「それに、だ。俺がそんな事をして何かメリットがあるのか?何か得るものとかあるって言うのか?」
「シン、仲間内の助け合いってのは損得でするもんじゃないだろ?」尚も食い下がってきた、だから俺は。
「俺はお前達の仲間になったつもりなんて無い。馴れ馴れしいんだよ」そう、吐き捨てるように言った。
「―ああそうかよ!お前がそんな血も涙も無い冷血人間とは知らなかったぜ!」俺の言葉に突如激昂する銀弧。
「もうお前なんかにゃには頼まねぇ!他のもっと協力的な言い奴を探させてもらう!」そう言って踵を返し屋上を出ようとする銀弧。
俺は煙草を一吸いし、その後姿を黙って見送り―
「追いかけて来ないのかよ!せめて呼びとめろよ!?」振り返った銀弧に何故か突っ込まれた。
「意図が見え見えなのに引っかかるか馬鹿」実際は、『声』で考えている事が丸分かりだっただけだが。
「だとしても、そこは『悪かった。さっき言った事は取り消すから行かないでくれぇ』って泣きつく所だろ!?空気読めよ〜」
「…今まで言う必要もないと思ってたがあえて言おう。お前アホか」
「チッキショー…この手もダメか…なあ、どうすれば頼みを聞いてくれるんだよ?」
「逆に聞かせてくれ。どうすればお前は引き下がる?」平行線を辿る俺と銀弧のやり取り。これは長期戦になるかと思ったその時。
「…もう言いわ」熱も冷めたのかすっかりいつも様子に戻った恋は、抑揚の無い―それで居て何処か寂しそうな―声で、言った。
「確かに新君には関係の無い事だもの。行きましょう?2人共。他の人探すのなら早くしないと。時間が惜しいもの」
<そう…関係ないのよ。新君にとってはただのクラスメイト。私が勝手に彼の事、気にしてるだけなんだから>
恋の『声』に。違うと、そうじゃないと言いたいのを懸命に堪え俺は3人を見送った。

ようやく1人になった。コレでゆっくりくつろげる。その筈なのに。
妙に胸がモヤモヤする。…当り前だ。アレは俺の本意じゃないのだから。
本当は。恋がそんな顔をしているのは嫌だ、と言っている自分が居る。
なら、力になれる事ならなってやるべきなのか、と真剣に考え初めている。
まさか、本当に俺はこいつの事が好きになってしまったのだろうか。
惚れてしまったと、言うのだろうか。あんな悲劇が起こるかも知れないのに、彼女に接せずにはいられない位。
夢を死なせ、俺1人がのうのうと助かって以来「誰とも関わらない」と決めた筈なのに。
人を好きになった程度で揺らいでしまうほど脆い決意だったのだろうか。
だとしても、そんな事は草薙 恋という人間には関係在る筈が無く。嗚呼、全く――面倒だ。
煙草を吸いつつそんな事を意味も無くつらつらと考える。
そうしていると、煙草一本吸い終えてしまった。もう一本吸おうと煙草の箱を取り出す。が。
「あちゃ、切らしちまったか…」箱の中身は空になっていた。
不味い筈なのに吸えないとなると妙に落ち着かない。すっかり立派なニコチン中毒者になってしまった事に苦笑する。
買い足しに行くか迷っていると、煙草の箱が差し出された。其処から煙草が一本突き出ていた。
「コレで良かったら吸う?」そう言い、煙草の箱を持つのは。黒縁眼鏡にナイスなバスト。この学校の養護教諭である雨宮 稲穂だった。
「…仮にも生徒の健康を気遣うべき養護教諭が生徒に煙草を勧めていいんですか?」
「注意するなんて無駄な労働はしたくないのよぅ。ま、他のセンセに見つからなくて良かったわね、荒巻」
「というかやーよ生徒の健康管理なんて面倒臭い。その位自分でやればいいのよぅ」
「うわ己の職務と存在意義を全否定したよこの人」ダメ教師此処に極まれり、だ。
「五月蝿いわねぇ。で、吸うの?吸わないの?」ホラ、と再び煙草の箱を突き出す雨宮先生。
「じゃあ一本…ゲホゴホッ!?な、なんだこれ…!?」俺は箱から煙草を一本取り出し、咥えて吸いつつ火をつけ―思い切りむせた。
「やー赤マルなんて吸ってるガキンチョにピースはちょっと早かったか」<まだまだお子ちゃまねぇ>せせら笑うような『声』。
「ピース…凄いの吸うんですね、先生」俺の吸ってるマルボロより相当きつい煙草だ。そりゃあむせるってもんだ。
「学生時代レストランでバイトしててね。そこの店長の息子さんがこれ吸ってたの」

「アノ頃は先生のウケ良くする為に優等生演じてたんだけど…そうしてると結構疲れちゃってね」
「ストレスが溜まる度に分けてもらっては一人でこっそり吸ってたのよぅ」<思えばお酒もアノ頃から呑み始めてたっけ>
「成る程。優等生だった先生なんて想像つかないです」俺の言葉に。先生は今の知りあいは皆そう言う、とからからと笑い。そして問う。
「―で?さっき草薙たちとナニがあったわけ?アンタは煙草の礼にそれを話す義務があるから拒否は認めないわよぅ?」
「理不尽だ…まあいいですよ。話せばいいんでしょう話せば。実は―」俺は先程あった事の顛末をかいつまんで話した。
「…ふぅん。アンタも強情ねぇ。その位やってやりゃあいいのに」
「そんなの俺の勝手でしょう。それとも『生徒同士仲良く助け合いましょう』なんて説教でもするつもりですか?」
「だから言ってるでしょ。無駄な労働はしない主義なの。荒巻みたいな奴に説教したって時間とカロリーの無駄よぅ」
「結構言いますね先生」と言うか話していて気付いたが、この人は『声』が殆ど聞こえないな。
とは言え、何も考えてないわけではなさそうだ。思った事をそのまま口にするから『声』を出す必要性があまり無いだけか。
「でも、頼みを断った事で、少しでも悔いが残るのならさ。引き受けておいても損は無いんじゃない?」
「悔いって…なんでそんな風に思うんです?」確かに。コレで良かったのかと言う思いが全く無いと言えば嘘になる。
「んー?なんかすっきりしない顔してるから。後は勘」女の勘って奴か。オソロシイ。
「あのね荒巻。その時やりたい、やるべきだって思った事はその時やってこそ意味のあるモンなのよぅ」
「時が経って『それ』が色あせて大した事の無い様に思っても。イコール『それ』が無価値なものだなんて事絶対無いの」
「もしかしたらアンタにも断らざるを得ない理由があったのかもしれない。それでも」
「アンタがやりたい、やるべきだって少しでも思ったのなら…状況が許す限りそれに全力を尽くしなさい。それが青春ってものよぅ」
「…結局説教じゃないか」
「あっはっは、ゴメンネー。ま、私も一応先生だからって事で」
「…参考位にはしておきますよ。どうも有り難うございました、と」言い、俺は立ち上がる。
「お礼はいつか酒でも奢ってくれれば良いわよぅ?」
「アンタは酒さえあれば何でも良いのか」
「勿論。酒さえあればなんでもいいわよぅ!」グッ、と親指を上向きに立てつつ凄くエエ顔でいいやがった。ダメだこの人。
「…考えておきます」
「いややっぱ酒だけじゃダメね。酒とつまみと煙草とイイ男と―」
俺はこのダメ教師を張り倒した。

恋達を探し、学校中を歩くも何処にも居ない。放課後だから既に帰ったのか、と思い玄関に行くと。
やはりと言うかなんと言うか。状況は芳しいものではないらしく、沈鬱な顔をした恋達3人が居た。
「なんだ、その様子だとまだ協力してる奴は見つからないみたいだな」そんな3人にシニカルな笑みを浮かべ、俺。
「シンか…んや、見つからないっつーか…」<フリとはいえ恋がお前以外の奴と付き合うかっつーの!>
自惚れるわけではないが、それもそうだろうなと思う。
「なにか問題でも?」
「…んや、何でもね。こうなったら別の方法でも考えるかって相談してたトコ」
「そうか。それは大変だな」笑みを崩さず言う。
<お前が断らなきゃこうはなってねえっての!>その言葉を胸の内に留めて置けるこいつは案外人間が出来ているのかもな。
【新君、お願い。恋ちゃんの為に付き合ってくれないかな?本当にフリでいいからさ】
「止めなさいよしぃ。ギコも話す必要なんて無いわ。新君には関係の無い事でしょう」『関係の無い』と言う所を協調して言う恋。
「…そうだな、関係ないな」
「なら話す意味なんて無いじゃない。引き受けてくれないんだから頼んだって無駄よ」
「それとも何?フリとはいえ私と付き合ってくれるっていうの?」<そんなの、在り得ないけどね…>
「ああ。お前と付き合ってやる」
「ほら御覧なさい。聞かずとも分かりきった事…って、え?」
「聞こえなかったのか?付き合ってやるって言ったんだ」
「良いのかシン!?でもなんで急に…」
「お前達の様子を見た雨宮先生に問い詰められてな。正直に話したら『友達の頼みくらい聞いてやれ』って言われたんだよ」
「断ったら腕の骨を折られそうな勢いだったんでな。骨折なんて嫌だから仕方なく協力してやるさ。あくまでも『フリ』だがな」
<…言い訳くせぇ。ま、いいか><またいつもの照れ隠しだよー。でもへそ曲げるといけないし、黙ってよ>ご名答だが妙に腹が立つ。
「ま、そう言う事だ。これから…」言いつつ、恋の方を向いた瞬間。
「…………………………はぅっ」真っ赤な顔で倒れる恋。
慌てる銀弧達を尻目に。俺は苦笑しつつ倒れた恋を『彼氏』らしく抱き上げるのだった。
無論お姫様抱っこで。


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