こここい、ろく!

―ベルが鳴る。
早朝。少しずつ顔を出す朝日に照らされ、朝靄にけぶる叢雲の街並み。
その一角のとあるマンションの一室で。俺こと荒巻 新はベッドの上でまどろんでいた。
眠っているわけでもなく、それでいて起きて居ない。
そんな夢と現が交じり合うこの一時を暖かく柔らかな日差しに包まれながら味わう。コレを至福と言わずなんと言おうか。
―ベルが鳴る。
眠る事は俺の趣味の1つだ。とりわけ寝具のチョイスや睡眠時における環境への拘りはちょっとしたものだったりする。
さりとて、枕が変わると眠れないというわけでもないのだが。
話を戻そう。そう。俺にとってこの時間は一日の中で最も大切であり貴重であり希少なのである。
―ベルが鳴る。
そんな一時を例えば…例えばである。
”早朝と言う非常識な時間に鳴り響く携帯の着信音(初期設定のままなのである)”によって邪魔をされたら。
ただでさえ人は眠りを第三者によって不当に妨げられたら。不快に思い、或いは怒りを覚えるのが常識的な反応だ。
―ベルが鳴る。
ならば。睡眠と言う行為を趣味としてこよなく愛する人間―要は俺だ―に対してそんな事をしたら。
殺意を抱かれても。というかもう殺されても文句を言えないと思うのだがどうだろうか。
と、明確に思考が出来ている辺り(冷静では無いが)すっかり目が冴えてしまったと言う事であり。
それがさらに憤りを増す結果となる。
―ベルが鳴r―
俺はベルが鳴り続ける携帯を乱暴に引っつかみ、手早く携帯を開き通話ボタンを押し。
「死ねっ!!!!!!!!!」殺意を込め叫ぶと即座に電話を切った。
直後、再び着信。液晶画面を見ると、草薙 恋とあった。
こんな時間に何の用事だろう?俺は溜息を付き電話に出た。彼女の電話とあっては出るしかない。
何故かって?それは―
俺は彼女の『彼氏』だから。この関係が始まってからそろそろ1週間になる。
…とは言っても、フリだけどな。

「『死ね』だなんて朝の挨拶にしてはとても斬新ね。貴方の特殊極まりない語彙には驚かされるばかりだわ」
通話ボタンを押して最初に聞こえてきたのは痛烈な嫌味だった。
「…っ。し、知った事か。俺の眠りを妨げた奴は万死に値するんだよ。と言うか、お前に言われたくはないぞ」
「朝の6時に電話をかけてくる非常識さに比べれば大した事は無いんじゃないか、なあ?」
「…うっ」痛い所を突かれたのか、呻くような声を出す恋。
「人間として必要最低限の良識と常識を身に付けた方が良いのではないか、と庶民の立場から苦言を呈させて頂く」
目には目を、歯には歯を。嫌味には嫌味を。これはハムラビ法典に則った正当な行為だ。…大人気無い?それがどうした。
「とはいえ…『死ね』は流石に言い過ぎだった、悪いな。…まさか最初の電話もお前だったとはな」
「言い訳をさせて貰えば。さっきは頭に血が上ってて、誰からか確認とかしてなかったもんでな」
「もしお前だと分かってたらもうちょっと言葉を選んでたさ」
「…そう?」
「ああ。なにせお前は。俺の…恋人、だからな」
「そ、そうね…恋人…だものね…んもう…ちゃんと誰からの電話か確認しなさいよ…」
「まあ、フリだがな」
「…………………………そうよね」
そうだ。今の所『声』の表記がない理由を一応説明しておこう。『声』は普通の音声の様に何らかの媒体を通して伝える事が出来ない。
要は電話越しでは『声』は聞こえないし、テレビに映る人からも『声』は聞こえてこないのだ。ラジオも同様。
「で?何の用事だ?俺の睡眠時間を奪う程重要な話なんだろうな?下らないと少しでも思ったら切るぞ」
「下らなく無いわよ…多分。ええとね―」
そう言って、恋は用件を切り出した。
「―ああ。わかった。助かる。それじゃあ、学校で」恋の『用件』を聞いた俺はそう締めくくると電話を切った。すると。
《こんな朝っぱらからどうしたのさ、新》眠そうな『声』で俺にぼやきかけてくるのは。
俺の飼いね―もとい、相棒と書いてパートナーと読む関係であり同居”猫”であるエミュだった。
俺が『声』を聞く事の出来る唯一の人間以外の生き物でもある。

「…恋から電話が来たんだ」
ベッドから立ち上がり。寝汗で湿ったシャツを新しい物と交換し、制服を羽織る。
此処まで目が冴えたら二度寝はムリだ。朝飯食ったら朝のニュースでも見て時間を潰そう。
《ふふん、彼女からモーニングコールって奴?隅に置けないアンチクショウだね、新》
「違う。下らない、どうでもいい内容だ」ボタンを止め、ブレザーのネクタイを締める。
《あれぇ?可笑しいなぁ?確かさっき『下らないと少しでも思ったら切る』って言ってなかった?》
わざとらしく小首をかしげ揚げ足取りをするエミュ。猫のクセに妙に小賢しい奴め。
「こんな時間にかけてくる必要がある様な、大した内容じゃないってだけだ」きまりの悪さが、自然と口調をぶっきらぼうなモノにする。
世界中で大人気を誇るビーグル犬の絵が書かれた箱に入っているシリアルを皿に適当にぶちまけ。それにこれまた適当に牛乳をかける。
コレが俺の朝飯である。味気ない―というか正直マズイ。コレを買って食べているのはただ単に手軽だからだ。
《言い訳しちゃって。ボクにだけは素直になっていいんだよ?笑ったりなんかしないから、さ》全く…猫が猫撫で声出してどうする。
「やかましい。というか彼女じゃないって言っただろ。お前には事情を話した覚えがあるんだがな」
《ああ、フリなんだっけ。いっそホントに付き合っちゃえばいいじゃない。ボクは相棒についに春が来たのが嬉しくて嬉しくてもうね》
「…馬鹿言え。出来る筈が無いだろう」シリアルをバリボリと咀嚼する。
《何でさ?君が『マジで付き合わないか?』って一言言うだけでOKなのに。彼女の気持ち、君が分からないはずないだろう?》
「…そうだな。恋の俺に対する気持ちは分かりすぎるくらい分かるし俺だって憎からず思ってる。好きなんだろう。きっと」
《ならさ―》
「でも、ダメだ。俺に人を好きになる資格なんぞ無いし、なっちゃいけない」俺はかぶりを振る。
「俺が居なかったら…夢は、死ななくてすんだんだ。あいつは俺が殺したようなもんだ」
そう、それはかつて俺が犯した過ち。
自分の様な普通では無い人間が人を好きになってしまったという、取り返しの付かない罪。
その罰は、最愛の人間の死だった。
「そんな奴が人並みに恋愛だって?おこがましいにも程がある」俺は自嘲の笑みを浮かべた。

《そんな事、ないよ。人を好きになる事に理由とか資格とかそんなのどうでもいいんだよ》
《君が相手を好きで。相手が君を好きならそれでいいじゃない。他に何が居るの?》
「…夢と同じ事を言うんだな。お前は」あいつも確かそう言って、俺の事を好いてくれた。俺の力を知って、尚。
《ほら見なよ。その子が君を好きだったのなら。その相手が自分のこと引き摺って辛い想いをして欲しくなんて無い筈さ》
《少なくともそんな悲しそうな顔をして欲しいなんて思って無いよ、絶対》暖かい言葉。不意に涙が出そうになる。
―嗚呼。この猫はなんて良い奴なんだろう。なんだかんだ言って何時も俺を気にかけてくれるのだから。猫なのが勿体無い位だ。
「…有難うな、エミュ。…だけどな」
「あいつの気持ちを代弁するような物言いは止めてくれないか。お前は夢じゃないんだから、な?」
「それに仮にそうだとして。俺が俺の事を許せない限り、俺は―エミュ?どうした?」
《あ…ううん。なんでも…ないよ?そう…だね。そうなんだよ…ね。ボクは…如月 夢ちゃんじゃ…ないもんね》
《そうだよ。ボクは彼女じゃないんだよね。そんな分かった様な事言っちゃダメだよね…ゴメン…ゴメンよ…新》
《…彼女は此処には居ないんだものね…本当に、ゴメン…》
意気消沈した様子でゴメン、と震える『声』でしきりに謝るエミュ。こいつがこんな状態になった事など今まで無く、俺は大いに慌てた。
「スマン…そこまで落ち込むなんて思わなかった!…お前を責めるつもりはないんだ」
「…お前の言葉自体は有難いんだ、本当に。…だから、その…あんまり気にしないでくれ」
しどろもどろになって必死に弁解する俺を見て、エミュは落ち着きを取り戻した様だった。
だから。愚かしくも、俺はこいつがこんな反応をした理由に気付けなかった。
俺はその事をずっと後悔し続ける事になる。と言っても、それはもう暫く先の事なのだが。
《良いよ。新が言ったのは事実だからね。でも、誰だって好きな人のそんな様子は見たくないんだよ?》
「…そうなのかもしれないな。ま…考えておくさ。今はムリだがいずれ―な」
《そっか。それより、電話の内容ってなんだったのさ?》俺の言葉に納得したのか。素っ気無い返事を返して、話題を変えるエミュ。
「ああ、それがな―」大仰に肩を竦め、俺はエミュに電話の内容を話した。
《そりゃあ…確かにわざわざこんな朝早くにするような内容じゃあないね》呆れたような『声』のエミュ。
「…だろ?」言って、俺テレビの電源を入れた。占いコーナーの真っ最中だった。
「魚座は…………………………っと、げ。1位だ」顔を顰める。このコーナーで良い運勢の時は逆にロクな事が無いんだがなぁ…。
〜恋愛運が絶好調!今日は重大なイベントが在りそう!気になるアノ人と急接近のチャンスかも!?〜
「…嫌な予感がする」女子アナの頭の弱そうなキンキン声に、不安げに1人ごちた。

「…ふぁ」バスに揺られながら、俺は欠伸をかみ殺す。やはり睡眠時間が減るのは堪える。
「…眠そうね?」
「誰のお陰でこうなってると思ってる。…全く、弁当の事なんぞ事前に聞いとくべきだろう」
そう。電話の内容とは今日の昼食に関わる事だった。曰く、今日から弁当を作ってあげから昼食の準備は要らないだとか。
好きな具はあるか、とか。普通にご飯でいい?それともサンドイッチかおにぎりの方がetcetc。
「結構根に持つのね。…悪かったとは、思ってるわ」<うう…怒らせちゃったよ…>
「…それを聞く事自体は悪く無いがな。時と場合を弁えた方が良いと思うぞ」
「煩いわね、仕方ないでしょう。昨日は聞きそびれてしまったんだから」逆ギレかよ。溜息。
「まあいい。それにしてもなんで急に弁当を?作る理由も無いと思うんだが」
「一応は協力してもらっているから。その礼よ」
<貴方に私の手料理を食べてもらいたかったの…なんて、言えたら苦労しないわよね>
素っ気無い口調とは裏腹に随分とまぁいじましい事を。…少し申し訳なくなってきたな。
「…別に礼など期待してなかったんだがな」
「嫌なら食べなくて結構よ。他の人に上げるから」<余計な事、しちゃった…かな?>
「いいや。貰える物は貰っておくさ。食費が浮くのは大きい。それは、助かる」
「だから、その……………………有難う」言ってから、妙に面映くなり目を逸らす。
「…っ!さ、最初からそう言いなさい。気が利かない人ね」恋も照れ臭くなったかそっぽを向き。
<う、うわーうわーうわー!有難うって、有難うって言われちゃったよ!や、やた…っ!>
言葉とは裏腹に『声』で嬉しそうに言いつつ、照れ臭そうに頭を人差し指で掻いたり突然ニヤ付いたり。
「どうした?…良く分からんが落ち着け」明らかに挙動不審になっている恋に声をかけるが。
「な、何を言ってるの!?私は冷静よ!絶対に、完全無欠にこれ以上無いくらい落ち着いてるの!ど、何処に目をつけてるのかしら!?」
裏返った声でそんな風にまくし立てる様に言われてしまうと、俺としては黙って肩を竦めるしかないわけで。
やれやれ。それが落ち着いてるって言うんなら辞書の『落ち着く』という言葉の項目を全面書き換えしなければいけないな。

とまあこんな調子だった為。バスから降りた時点で俺は甚だ疲れ果ててしまった。朝からコレでは先が思いやられる。
対照的に、恋はいやに元気と言うかツヤツヤしていると言うか。ひょっとしてこ奴に何か吸い取られてるのだろうか、俺。
今日の一時間目は居眠り決定だな、等と思いつつげんなりとした顔で学校に向かって歩きだそうとしたのだが。
「待ちなさい」恋に突然服の裾を掴まれ、俺は危うく転んでしまいそうになった。
「…何だよ?」苛立ち混じりの声で問う。いい加減俺をそっとして置いて欲しい。
「私達は付きあって居るのよね?」
「違うだろ。フリなだけであって付き合って無いだ…っ!!!!?」途中で台詞が中断されたのは恋に思い切り足を踏まれたからだ。
「つ・き・あ・っ・て・い・る・の・よ・ね?」笑顔で(目は笑っていないが)俺の足をぐりぐりと踏みにじる。
「…お、オーケー。付き合ってる付き合ってる。少なくとも表向きそうなってるな」あまりの激痛に額に脂汗が浮かぶ。
「表面き?何を言ってるのかしらこの男は」踏みつける足に更に力と体重を込めてくる。痛い痛い痛い、足が千切れる!
「だ、誰もが羨むアツアツラヴラヴカップルであります!サー!」涙目になりながら言うと、ようやく恋は納得し足を退けた。
「宜しい。誰が聞いてるか分からないんだから変な事言わないで頂戴」
<何よ、いちいちフリだとか表面きだとか。…そんなに、私と付き合うのが嫌なの?>
嫌なわけがない。だけどな、俺にはマトモに男女交際が出来ない理由があるんだよ。それに事実関係を明確にするのは大切だろう?
と思いはしたものの。それを言ってしまえば再びややこしい事になるのは明白だった為、俺はそれを胸の内に留めて置くだけにした。
「で、付き合っているとして。それでお前は何が言いたい?」
「まだ引っかかる物言いをするのね…。まあ良いわ。朝貴方も言った事だけど、付き合ってるって事は…ここ、恋人同士ってことよね?」
「そうなるな」何を当り前の事を。
「だったら、ね?一緒に歩いてる時は……………………手くらいは、繋ぐべきだと思うの」
「いや、別にいいだろ…。付き合ってても手を繋がないカップル位掃いて捨てる程いるぞ」
「ダメよ。出来るだけ親密な関係に見える様にしておかないといけないわ」
「『あれ?実はそんなに仲が良く無い?付き合ってるってのは間違い?』なんて思われて、其処からフリだって事がバレるかもしれない」
「もしそれが廻りまわって両親の耳にでも入ったらお終いなの、アウトなの、ゲームオーバーなの。どう、納得した?」
<ふっ…我ながらさりげない提案と無理の無い理屈。ナイスよ、私!>
「…………………………」なんだろう。誰かを好きになる事で、人は此処までアホの子になってしまうのだろうか…?
とてもとてもとてもやるせない気分になった俺は、おざなりに恋に手を差し出す。恋ははにかみながらその手を取るのだった。

視線が痛い。
バスから降り学校へと近づいて行くに連れ増して行く好奇と嫉妬と羨望と憎悪の視線が。
男女比は大体女6:男:4と言った所だ。こいつ、クールぶってる所為か女の方がモテるのである。本人は辟易しているが。
『声』に関しては言うまでも在るまい。コレについてはあえて描写しないでおこう。というか、したくない。
そんな事をしたら行数が幾らあっても足りなくなる上に、この話が間違いなくR指定どころかX指定になってしまうからな。
特に女性の嫉妬や嫌悪から来る『声』は本気で引く。俺がこの力を得て最も後悔するのが、女の怖さを嫌と言う程思い知らされる時だ。
だからこそ。”それが全く無かった”夢に惹かれたわけなのだが。
閑話休題。そんな状況に置かれていたので、校舎に向かって1歩ずつ歩みを進める毎に俺の精神力がガリガリと音を立てて削れて行く。
正直、辛い。非常に辛いが…
仕方ないことなのだろうな、とも思う。
今まで浮いた話の1つも無かった校内一の美少女が男とこれ見よがしに手を繋いでいたら。注目を集めてしまうのも至極当然だろう。
かてて加えて、恋人繋ぎ(手と手を交差させるように手を繋ぐアレ。恋の要望)なのだから、尚の事である。だからと言って―
キリキリと俺を苛む胃痛と引き換えに得るモノが、隣の美少女の柔かい手の感触だけなのは微妙にわりに合わないと思うのだがどうか。
「なあ…恋」俺はこの状況を打開すべく口を開いた。
「何?手を離したいって言いたいのなら却下よ」<そんなの絶対イヤなんだから>
先手を打たれた…。
「まあ待て、別にお前と手を繋ぎたくないワケじゃない。ただ周りの目が気になってな…どうにも居心地が悪い」
「ふぅん、そうなの」<新君ってば、そんな事言うんだぁ…へぇ…そんな苦しい言い訳をする位、嫌なんだねぇ…>
抑揚の無い声と底冷えのする『声』に戦慄を禁じえなかったが言ってしまったからにはもう引っ込みが付かない。
「そうなんだよ。取り合えず親密だと思わせる事には多分成功してるわけだし、今日はこの辺で―」
「分かったわ。手を離してあげる」俺が言い終わる前に恋は手を繋ぐのを止めた。聞き分けの良さが返って不気味だ、とそう思った瞬間。
「ほわぁっ!?」奇声を上げる俺。こいつ、腕を絡ませてきやがった。と言うより腕に抱き付いて来たと言う方が適切だろうか。
まあそんな事はどうでも良い。問題なのはこの状態だと腕だけでなく恋の『ある部分』までもが密着している事だ。
そう。あの雨宮先生程では無いにしろ平均を大きく上回るサイズの胸が。その豊かな膨らみが俺の肘に当っていた。

「恋…あ、当ってるぞ…胸が」
俺の全神経が肘に集中。そのマシュマロのような魅惑かつ未体験の感触に俺のハートは最初からクライマックスだゼ!
「あらそう?私は気にならないけど」<っていうか当ててるのよ。それくらい分かりなさいよ>
「俺が気になるんだよ!」って言うか確信犯かよ!
「いいじゃない、私は貴方の言う通り手を離したわよ?」<代わりに腕を絡めちゃいけないなんて言ってないじゃない>
詭弁だ…小学生レベルの屁理屈だ…。
<…新君のって、お父さんよりかたーい>
『腕』が抜けてるぞ『腕』が!重要な一文字を抜かすんじゃねえ!物凄く卑猥な意味に聞こえるだろうが!
…マズイ、恋の『声』に突っ込みを入れている場合じゃない。
最早俺に注がれるのは嫉妬とかを通り越し殺意に近いモノになりつつあった。恐怖で背や額をとめどなく伝う冷や汗。
<ふふ…困ってる困ってる。酷い事言った新君が悪いんだから。コレくらい然るべき罰よね>
困ってるんじゃない!迫り来る脅威に恐れ戦いてるんだよ!ああもう何も知らない奴は気楽で良いよな全く!
何が運勢1位だ…やっぱりロクな事がない…
「くそ…全くもって徹頭徹尾完全無欠に面倒だ…」
「何か言った?」
「いいや別に…」
結局の所。恋が一緒に居たからか、それとも此処の生徒が自制の利くモラルの高い連中揃いだったのか。
無事俺は五体満足で教室まで辿り着く事が出来た。
…それでも生きた心地がしなかったわけだが。
ともあれ、自分の席に着きようやく人心地の付いた俺は何の気兼ねも無く居眠りに興じるのだった。
渡辺先生の「あれれー?新君ー!?お、起きてくださーい!?」と言う涙声による訴えは、この際無視させてもらう事にしよう。
どうせコレが一時の安らぎであり、朝のゴタゴタなど恐らく序の口もいい所なのだろうから。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system