西暦1999年12月30日

私は夢を見ていた。
幼い頃の夢。
お父さんの膝の上で夢中になってその日あったことをしゃべっていた。
お父さんはにこにこしながら私の話を聞いてくれてる。
私はそれが嬉しくてますます話すことに夢中になる。
それでもお父さんはにこにこしていた。

だんだん私は眠たくなってしまう。
お父さんがおやすみっていってくれてる。
私はおやすみなさいって言おうとしてその顔を見上げる――

そこで目が覚めた。
カーテンの隙間から朝の光が差し込んでくる。
目に映るのはぼやけたいつもの天井。
外が騒がしい。お祭り騒ぎはまだ続いているようだ。

懐かしい夢を見たな。
身を起こしベッドから起きると、一つ伸びをする。
朝食のパンをトースターにセットし、痛いくらいに冷たい水で顔を洗う。
そう、これは夢。
お父さんはもういない。
もう一万年も前に他界したのだ。
トーストを頬張りながらまだはっきりしない頭を使って考えた。
どうして今更こんな夢を見るのだろう。
そりゃあお父さんが死んじゃった時は毎晩夢に出てきた。
大好きだったから。
でも最近は全然見なくなってた。
――大人になったから?
仕事が忙しかったから?
……違うな。
忘れようとしてたんだろうな。きっと。
朝食を済ませ、寝巻きから仕事着に着替える。
手早く弁当箱にご飯と昨日作っておいたおかずを詰め、ピンクの包みにくるむ。
こうしていつも同じ日常を送ることで思い出さないようにしてたんだろう。
「今度久しぶりにお墓参りでもしてみようかな……」
玄関の鍵をかけて家を出る。
いつもの道をいつものように歩く。
いつもの日常。

本部に到着して自分の席に座る。
建物は閑散として相変わらず人の気配はなかった。
こんなおめでたい時に真面目に出勤してるのなんて私くらいなもんか……
どうせ仕事もないんだしサボってもよかったかな。
でも家にいたってすることがあるわけでもないし、今更あの騒ぎに混じっていくのも気が引ける。
「書類整理でもしよう……」
目の前のノートパソコンを開く。
ウゥンという起動音。
こんな日に私なにやってんだろ。
カタカタカタ……
こんなことやったってルークたちに追いつけるわけじゃないのに。
カタカタカタ……
閣下の歌聞いてみたいな。
カタカタカタ……
そういえばアイツ今日もくるのかな?
カタカタカタ……
カタカタカタ――

   ◆

ふと時計を見る。11時。
まだ二時間しか経ってない。
つまらないことをしている時は時間の流れが遅い。
一息ついてコーヒーを入れる。
……とりあえずこれを終わらせたらしばらく休憩にしよう。

最後の作業に取り掛かりはじめた時、
コンコン。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「入室を許可する」
私はパソコンから目を離さずに言った。
「失礼します」
入ってきたのはタカシだった。
一瞬作業の手が止まる。
だが、すぐに作業を始めながら言った。
「今日は何のようだ?」
少しばかりタカシの方を見遣ると、
手を後ろに回して申し訳なさそうにしているのが見て取れた。
「お仕事中でしたか……申し訳ありません。失礼しました……」
といって出て行こうとする。
「待て、何のようだと聞いている」
「いえ、大したことじゃないんです。ほんとに」
「大したことかどうかは私が決める。言ってみろ」
タカシは頭をかいてうーん、と少し思案した後言った。
「あの、一緒に食べませんか?昼ごはん」

「ひ、ひるごはん?」
「はい。今日は食堂はどこも休みでしょう? だから今日は自分で弁当作ってきたんですよね」
そういうと、後ろ手に持っていた包みを出す。
「そんなことのためにわざわざ来たのか? 一人で食べればいいだろう」
「それはちょっと寂しいし、ご一緒できたらいいなー、と思ったんですが……」
といってバツが悪そうにする。
「でもお仕事があるならまた今度にします」
「ま、待て!」
私は気付いたらドアノブに手をかけるタカシを必死で止めていた。
「あと三十分、いや二十分待て!」
タカシは少し驚いていた。
が、すぐにいつものあの笑顔になって、ありがとうございます、と開きかけたドアを後ろ手に閉めた。
「そこのソファーにでも座って待っていろ」
私は声に平静さを取り戻して言った。
タカシが素直にソファーに腰掛けるのを横目に確認する。
よし、早く終わらせよう!
さっきの二倍以上のスピードで作業が進んでいく。

とはいっても流石に二十分で終わる分量ではなかった。
――まずい。
時間内に終わらない!

時計を見ようと顔を上げるとこっちを見ているタカシと目が合った。
「な、何を見てる!?」
上ずった声を挙げてしまった。
「仕事をしてるカナミ様もかっこいいなー、と」
「……ずっと見ていたのか?」
「ええ、することもないですしカナミ様の――あたっ」
手元にあったボールペンを投げつけておいた。
もう、なんで見てるの!?信じらんない!

その後パソコンのスクリーンに隠れるようにして作業をしたおかげで、
結局たっぷり一時間かかってしまった。

   ◆

「ちょっと早いかなーと思ったんですが、丁度いい時間になりましたね」
私は今、本部の屋上にきている。
一応は立ち入り禁止という名目があるのだが、そんなことを律儀に守るものはいない。
お昼時の屋上は普段なら食事を摂る人たちで結構込み合っているのだ。
だが、今日は誰もいない。
そりゃそうだ。この建物自体に誰もいないんだから。
「誰のせいで遅くなったと思っているんだ。まったく……」
正午を少し過ぎたくらいの屋上は冬といえど寒くは感じない。
――いや、少し暖かいくらいか?
ふと奥のほうに眼をやると何かおかしな機械が設置されている。
換気扇かな? 室外機にしては変な形だけど……。
タカシは私の視線に気付いたのか説明してくれる。
「あれですか? エアコンですよ」
「エ、エアコン?」
「そうです。どういう仕組みかは知りませんが、なんでも屋外でも使えるものだとか。もちろん夏は冷たい風がでます」
よくみれば周りには椅子やテーブルなどがたくさん置いてある。
立ち入り禁止という名目はどこにいったのやら。
「――ちなみにエアコンを置いたのは、閣下です」
「はあ?」
間の抜けた声を出してしまった。
「『我輩はここを愛している。であるからここを我輩のエル・ドラドにするのだ、フハハハハ』とかなんとか……」
タカシが声色を真似して説明する。
「……」
「そして、あれが閣下の指定席です」
といって私の後ろを指差す。

どーん、という効果音が聞こえてきそうなほど立派な、玉座。
その前には輸入品であろう精巧な細工の施された木製のテーブル。
その上にはくすんだ赤を基調とした厚手のテーブルクロスにこれまた立派な銀の蝋燭立て。
どっかの貴族の食卓か。
アホだ。あの人は。

「まあとりあえず座りましょう。あそこが景色もよくていいと思います」
玉座と反対側にある席、エアコンの近くに私たちは腰を下ろした。
なるほど、ここからは魔都ビターバレーの中心部が一望できる。
あちこちにパレードの人だかりがあり、いたるところからカラフルな煙が上がっている。
群集が道路に沿って蠢くさまはまさに、見ろ、人がゴミのようだ。
まだ昼だというのにキャンプファイヤーも見える。
ビル全体から激しい炎がふき出して――。

「――あれ、火事じゃないのか?」
タカシは私が指差す先を眺めながら自分の弁当包みを広げる。
「ほんとですね。……まあ今日は無礼講だし、いいんじゃないでしょうか。そんなことより食べましょうよ」
そういう問題か?
まあ火事くらいで悪魔が死ぬとは思えないし、ここに延焼してくることもないだろう。

「いただきます!」
「いただきます……」
今日のお弁当は芋の煮つけとハム、卵焼き、ほうれん草のお浸し、それとご飯。
「それ、自分でつくったんですか? すごいですね」
感心したような口調で言う。
「当たり前だろう。そのほうが食費も浮くし、なにより体にいいからな」
「私は料理はダメなので……。ほら、これほとんど冷凍食品ですよ」
といって弁当箱を見せる。
「ふん……だらしがない貴様らしいな。そんなものばかりだと、いつか体を壊すぞ」
「あはは、そうかもしれません。でも自分では作れないし、作ってくれる人もいないですからね」
そういいながらも自分の弁当をかきこんでいる。
「そうやって、一人寂しく老いていくのだろう。嘆かわしいな」
タカシはあはは、と情けない笑い声を挙げた。

作ってくれる人か……
お母さん、元気かな?
しばらく会ってないな。
最近シャンソンを始めたとか言ってたけど……
たまには帰ってこいって言ってたし、お父さんのお墓参りの帰りにでも寄ってみようかな。
食べながら考えていると、目の前でもじもじしている男と目が合った。
「なんだ? トイレか? 行って来ていいぞ」
「いえ、そうじゃないんですけど……。あの、足りなかったみたいです」
「は?」
「ご飯です。いつも作ってるわけじゃないので量がわからなかったんですね」
あはは、と恥ずかしそうに笑う。
「ちょっと買ってきますね」
席を立とうとするタカシを
「ま、待て!」
私はまたも、引き止めてしまった。

「み、店は開いてないんじゃないのか? ほら、こんな騒ぎだし。
 えーと、その、わ、私の弁当を分けてやるから……な?」
タカシは驚いている。
私も驚いている。
なんでこんなことを言ったのか。
「あ……か、勘違いするなよ!?
 別に、き、貴様に食わすために作ったわけじゃないんだからな!?
 なんていうか、ほら、哀れというか……。
 大体、今貴様がいなくなったら、私一人こんなところで、バカみたいではないか!」
最後の方は声が上ずってしまった。
違う違う!
こんなこと言いたいんじゃなくて――
「いいんですか? もらっちゃって」
「か、構わん。私はもうお腹がいっぱいだからな……」
目を輝かせていってくる。
「ラッキーだなあ。まさかカナミ様の手料理を食べれるなんて……」
「て、手料理?」
「え? そうですよ? さっきも言ったとおり私には作ってくれる人はいませんからね。
 こんなところで女の子の手料理を食べれるなんて幸せだなあ」
頭に血が上ってくるのがわかる。
――て、手料理って!
ただのお弁当じゃないの!
何いってるの、コイツ!?
あっ、もういただきまーす、とかいってるし!

「や、やっぱり気が変わった! 私が食べ――あっ」
弁当箱を奪い返そうとする時にタカシの箸をふっ飛ばしてしまった。
「す、すまない」
タカシは床に落ちてしまった箸を拾うと
「別に大丈夫ですよ。こうやって拭いておけば……」
といって自分の弁当包みで箸を拭いだす。
「それは汚いだろう! ……仕方ない、私の箸を使え」
「いいんですか?」
ちょっと驚いたように聞き返してくる。
「ああ、今のは私が悪かったからな……」
自分でも不思議だ。
なんであんなに子供っぽいことをしたのだろう?
私は頭がおかしくなってしまったのか?
祭囃子に混じって警告音が聞こえてくるようだ。
いや、あれは消防車のサイレンか。
「じゃあ、ありがたく使わせていただきます!」
そういって私の弁当の残りを食べだす。
オーバーなヤツ。

「ほの芋の煮ふけ、おいひいれすね〜」
芋を頬張りながらにこにこといってくる。
「……物を食べながらしゃべるんじゃない」
おいしいと言われて嫌な気はしない。というか嬉しい。
「味付けなんか絶妙ですよ! 煮具合も崩れもせず硬くもなく……。こんなにおいしいのは初めてだなあ」
口の中の物を飲み込むと幸せそうに言った。
「す、少し味付けが薄いかなと思ったんだが……」
タカシは次の芋を口に入れながら
「わらひ、薄味がふきなんれすよね。……ゴクン、だから、この味が、最高です」
「そ、そうか……?」
幸せそうに私の弁当を食べるコイツを見てると、
自分の顔が緩んでくるのがわかる。
ダメだダメだ!
しっかりしろ! カナミ!
軽く自分の頬を張って落ち着かせる。
やっぱりこの男といると調子が狂う。
こんな情けない姿、コイツには見せられない!

「――ところで」
ハッと顔を上げるとタカシは箸をまじまじと見ていた。
「これってさっきカナミ様が使ってた箸ですよね?」
「それはそうだろう。私だってそれがないと食べられないからな」
いきなり何を言い出すんだ、コイツは。
私が使っているのを見ていただろうに。
少し黙った後、にやっと笑った。
な、なんだ?

「これって、間接キスですよね」

   ◆

「待ってくださいよ〜 冗談ですってば〜」
情けない声を出して後ろからタカシがついてくる。
左手で頬を押さえながら。
ドスドスという音が聞こえそうなくらい私は乱暴に歩いていた。
――バッカじゃないの!?
何が間接キスよ!
うつむきながら歩いたいたのは
火照った顔を誰にも見られたくないというせめてもの自尊心からだった。
……まあどうせ誰もいないんだけど。

部屋について自分の椅子に座る頃、
ようやく落ち着いてきた。
ふう……
思いっきりビンタしちゃった。
大丈夫かな。ほっぺた腫れてたな。
でも、アイツが悪い!
……あー、またかっこ悪いとこ見せちゃった。
あんなこと言うから……。

私は男の人と付き合ったことがない。
こんな性格だから素直になれないし、
仕事では『鋼鉄の女』だもの、誰も寄ってこない。
自分でもウブだと思う。
でも耐性がないんだもの、仕方ないじゃない!
……ていうかそもそもなんでこんなに恥ずかしく思う必要があるの?
作戦中なら給水瓶からの回しのみなんてよくあることじゃない!
直接口唇と口唇をつけるならともかく……口唇と……
あーもう! 考えたらまた恥ずかしくなってきた。
ダメダメ!『鋼鉄の女』に戻るのよ、カナミ!

ひとしきり考えた後、表情を引き締めて
アイツが来るのを待っていた。
――遅い。
ずっと後ろを付いてきていたはずなのに。
もう帰っちゃったのかな。
ちょっと不安になる。
帰るなら一言言ってけばいいのに。

そうやって考えてそわそわしているうちに、来た。
お菓子の袋とお茶を持って。
「……なんだ、それは」
「何って……お歳暮にもらったやつですけど」
「そうではなくて、ここで何をする気なんだ」
「えーと、もしよかったらお話したり、しませんか?」
コイツ、懲りてないな……。
いや、そうでもないのか?
心なしか少し焦っているようにも見える。
……そっか、コイツは約束を守ってくれてるんだ。
「ふふっ……いいだろう。付き合わせてもらおう」
昨日から調子を狂わせられっぱなしだったのでちょっとだけ気分がよかった。
「本当ですか!? じゃあ準備しますね」
そういうといそいそと応接用のテーブルに煎餅とお茶を用意しはじめる。
そんな姿を見て心が温かくなる。
「……ありがとう」
「え? 何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもない。さっさと準備をしろ!」

   ◆

お茶会は三時間にも及んだ。
昨日は私が話をしたということで今日はタカシにしゃべらせてみた。
するとしゃべる、しゃべる。
同僚の話に始まって、仕事、趣味、生活、生まれや家族、
果ては政治や経済についてなど色々なことをしゃべっていた。
私も話を振られて話すこともあったが、もっぱらタカシがしゃべっていた。
かなり長い時間聞いていたが、苦痛ではなかった。
むしろ、楽しかった。
自然と笑顔になってしまう。
不思議だった。
あんなに張り詰めていた自分が嘘みたい。
家の名前に負けないように、
嫌な上司にバカにされないように、
私はいつも頑張っていた。
部下の前では非情な『鋼鉄の女』になりきっていた。
どう思われようが気にしない、
そうしてやっていればいつか報われる日が来るって。

「――というわけでこのデフレスパイラルを乗り切るために企業は……、って聞いてます?」
「あ、ああ」
タカシが心配そうにこちらを見てくる。
途中からすっかり考え込んでいた。
「カナミ様――」
そういうとおもむろに立ち上がってテーブル越しに私の両肩に手を置く。
真剣なまなざしが私を見据える。
え? え?
な、何この展開!?
心臓は飛び上がり16ビートを刻む。
真顔でタカシは徐々に顔を近づけてくる。
思ったより整った顔をしてるじゃない……
――ってそんなこと言ってる場合じゃない!!
ちょ、も、もしかして、まだ、私は――!?

「まままま、待って!! まだ、あの、こ、心の準備が――!」
「飲みませんか?」
そういってにこっと笑う。
私は、
「ふぇ?」
と、相当間抜けな声を出していたはずだ。
「これからお酒飲みませんか?
 どうせ仕事もないんだし、屋上も開いてます。こないだお歳暮でたくさんお酒とおつまみもらったんですよ。
 倉庫に保管してあるんですけど、街もお祭り騒ぎだし、どうですか?」
あ、お酒の誘いね。
そりゃそうだよね。
いくらなんでもいきなりそんなことはしないよね……。
ホッとしたというかガッカリしたというか。
――って、なんでガッカリする必要があるの!?

……まだドキドキしてる。
タカシの方を見るといつものにこにこ顔だ。
なんか腹が立ってきた。
コイツ、全部狙ってやってるんじゃないのか!?
「……付き合わせてもらおう」
「本当ですか? よかった! 断られたらどうしようかと――」
「だが、そのまえに……」
「え?なんで……す?」
私の殺気に気付いたらしい。
目におびえの色が映る。
私は左手を握り締めた。
「一発殴らせろっっ!!」

   ◆

屋上に出てみると空は茜色から紫色に変わりつつあった。
夕日に照らされた雲が影の輪郭を作って西の空を流れていく。
遠くに見える山と空のコントラストが鮮やかで、
私はしばらくそれを眺めていた。
相変わらず街は祭りの真っ只中だ。
風に乗って太鼓の音や笛の音が聞こえてくる。

そこに両頬を腫らしたタカシが大きな箱を抱えてやってきた。
日本酒が三升、ウィスキー二本、ワインが二本、缶ビールが一ケースに、焼酎が一本、
それにイカさきや柿ピーなどのおつまみ。
流石に重そうだ。
「ご苦労」
「ふぅ……やっぱ重いですね」
そういって額の汗を拭った。
あれだけの荷物をもって階段を登ってきたのだから当たり前だ。

私たちは昼食の時に座った席に着き、それぞれ缶ビールを手に取った。
冷蔵庫に保管してあったのかよく冷えている。
「よし、じゃあまずは乾杯しましょう」
「そうだな、では閣下の地球征服を祝って――」
「うーん……」
不満そうだ。
「何だ?」
「いや、それは間違いなくおめでたいんですけど……」
何か考えている。こんな日に他に何に乾杯するというのか。
やがて閃いたのか、顔を上げる。
「私とカナミ様が仲良くなったことを記念して、乾杯っ!!」
そういって私の缶に自分のビールをぶつけ勝手に飲み始めた。
「こ、こらっ! 勝手に決めるな!」
タカシは気にせずにおいしそうにビールを飲んでいる。
私も仕方なくビールに口をつける。
爽やかな苦味が口いっぱいに広がって、炭酸の清涼感が喉を通り抜け胃に落ちていく。
「ぷはーっ! やっぱり仕事の後のビールはおいしいですね!」
無邪気な笑顔で言う。
「お前は今日何もしてないではないか」
というと、
「あれ? そういえばそうかもしれません、あははは」
と屈託のない笑いを上げる。
……この顔を見ると何故か安心してしまう自分がいる。
どんなことを言っても受け入れてもらえそうな、そんな気がしてくる。
そしていつの間にか笑っているのだ。

「あれ? もう一本開いちゃいましたか。私も負けていられませんね!」
そういって残りをクッと一気に飲み干す。
「ふふん、命は大切にしろよ? 私についてこれるものはなかなかいないぞ」
もう一本のフタを開ける。
タカシももう一本を開けながら
「そう言っていられるのも今のうちです。悪魔教会最強と謳われた実力を見せてあげましょうか?」
不敵に笑った。
「吠え面をかくなよ?」
私も笑った。


その後も一進一退の攻防を繰り広げた。
しかし、日本酒をあけ、ウィスキーに突入した辺りから記憶がない。
いつまで飲んでいたのかは分からない。
気がついたら家のベッドで横になっていた。


――おやすみなさい。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system