ツンデレが媚薬を使ったら その1

 お昼休み。御飯時に女の子が集まって会話するとなると、決まって男の子の話がでる。
まあ、正直あたしからすればはた迷惑極まりない訳だが、ある意味逃れられない宿命と言うべきか。
『ねーねー。3組の荒巻君さー。聞いた? 渡辺さんと付き合い始めたって』
『うっそお? 何それー…… あたし、密かに狙ってたのにー』
『無理だって。アンタのルックスじゃあ、荒巻君の目にも留まらないよ。彼なんて今まで
も引く手数多だったろうし』
『でもさー。何で渡辺さん? 彼女、超が付くくらい奥手だし、可愛いっちゃ可愛いけど、
でも十人並みだと思うけど』
『それがさー。そういう所がいいらしいんだって。男の子って分かんないなあ。あーあ。
あたしも彼氏ほしーい』
『そういえば、山田君は10人目のアタックに失敗したって噂よ。あんた、付き合ってあげれば?』
『じょうだーん。一緒にブーンとかさせられそうだもん。やーよ、そんなの』
 友達同士が会話に花を咲かせる中、あたしはただ黙って御飯を口に運んでいた。こうい
う時に口を挟むと決まってロクでもない結果になる。
 と、その時、友人の一人である友香があたしの方を向いてニヤッと笑った。
『いいよねー、かなみは。別府君がいるんだしー』
『何でここでアイツの話題が出てくんのよ。関係ないでしょ、あんな奴』
 出来るだけ冷静に答えつつ、食事を続ける。ここでムキになったらお終いだ。けれど、
友香はそんな事お構い無しに話を続ける。
『またまたまた。あたし達の前だからって遠慮する事無いのに』
『遠慮なんてしてないっつーの。何でいつもいつもこういう話になると、タカシの話が出てくんのよ』
『だってねえ……付き合ってるんでしょ?』
 友香の隣りにいた眼鏡の子が聞いてくる。あたしは即座に大声で答えた。
『付き合ってない!!』
 あたしの返答に、みんなが一斉にあたしの方を見る。

『だって……ねえ? 朝は大抵一緒に来てるし……』
『帰りだって一緒に帰る日多いし……』
『よく、勉強とか一緒にしてるみたいだし……』
『そう言えば、こないだ偶然会ったよね。あれ、映画見に行くって言ってなかったっけ? 
どう考えてもデートだよね?』
 みんな、一様に顔を見合わせてうんうんと頷いてから、声を揃えて言った。
『『『『どう見ても恋人同士です。本当に有難うございました』』』』
『違うっちゅーのっっっっ!!!!』
 あたしは肩を怒らせ、髪の毛を逆立てて怒鳴った。
『家が近所だから、朝は大抵時間が一緒になるし、帰りだって方向同じだもん。あくまで
成り行きで一緒に行き帰りすることはあるけど、別に約束してる訳じゃないし、それに、
その……勉強だって家が近いから便利ってだけだし、映画はたまたまあたしがお母さんか
らタダ券2枚貰って、あたしはその……ていうか、最初は友香を誘おうかと思ったんだけ
ど、友香はホラー嫌いでしょ? で、他に誘える子もいないし、一人でホラーてのも何だ
し、で、タカシにあげようとしたんだけど、どうせ2枚なら一緒に行かないかって言われ
て、それで仕方なく……』
『どう聞いてものろけよね』
『うん。のろけだと思うよ』
『間違いなくのろけですね』
『まあ、同じく幼馴染のあたしから言わせて貰うけど、のろけてると思うわ』
『結論。今の言い訳は間違いなくのろけであると判断されました。よって二人は付き合っ
てると認定されます』
 ビシッと指差されて、あたしはキィッ!!と歯を剥き出した。
『もうっ!! 違うって言ってるでしょ!! 何であんな奴とあたしが付き合ってなきゃ
いけないのよ!! いい加減にしてよね!!』
 怒りに震えるあたしの肩を、宥めるように友香がポン、と軽く叩いた。

『諦めなさい、かなみ。あんたがどう言おうと、周りから見れば付き合ってるとしか見えないわよ』
『ああ、もう……友香までそんな事言って…… 何でみんな分かってくれないのよ』
 と、その時、胸ポケットの携帯がヴィーッ……ヴィーッ……と振動し始めた。
『何よ全く、こんな時に……って、メール?』
 折りたたみ式の携帯をパカッと開き、私はメールボックスを開く。
――タカシからだ……
 それだけ確認すると私は慌てて携帯を閉じた。誰かに見られたりしたら大変な事になる。
幸いにして、誰にも見られぬままに済んだと思い、私はホッとため息をついた。
 しかし、甘かった。
『別府君ね?』
 友香の鋭いツッコミに、私は心臓をドキッとさせると、ウッと少し体を引く。
『ち……違うわよっ!!何であたしがアイツと――』
 反論しかけた言葉は、一斉に湧き上がった黄色い声にかき消されてしまった。
『キャーッ!! かなみ、ホントに? 見せて見せてよ』
『やだ。男の子からのメールってどんな内容なの? 私、まだ付き合ったこと無いから分かんなくて』
『いいなあ〜。男の子からのメール。あたしも欲しいいいいっっっ!!!!』
『ほら、かなみ。みんなにも少し、幸せを見せてあげなって』
 ダメだ。この子達、あたしがどうこう言うより、既に理想の世界を築き上げてしまって
いる。とにかく、何とかして抑えないと、そのうち勝手に携帯を取り上げて中を見かねな
い。それだけは何としても避けないと。何故なら、メールの相手はほとんどがタカシだっ
たから。まあ、色気の無い、連絡メールばかりなんだけど、それでも誤解を呼ぶのには十分だ。
 私は、スーッと大きく息を吸い込むと、彼女達に負けないくらい大声で私は叫んだ。
『うるさいっっっっ!!!!』
 ピタッ、と一瞬騒ぎが収まる。それを確認してから、私は言い訳に入った。
『だっ……誰も、タカシからのメールだなんて一言も言ってないでしょっ!! か、勝手
に決め付けないでよねっっっ!!!!』

『じゃあ、誰からのメールだったの? それくらい教えてくれたっていいでしょ?』
 友香のツッコミに、私はピタッと動きを止めた。
『う……えっと、その……お、お母さんからだもん。夕御飯の材料に、豆腐とひき肉勝っ
てきてって……』
 しかし、友香はそんな事で引き下がらなかった。
『じゃあ、別に見せてくれたって構わないでしょ? 今ココで話せる程度のことだったら』
『べ……別に、普通そんな……メールの中身をいちいち見せたりしないでしょ?』
『じゃあさ。あたしの携帯のメールフォルダ、見てもいいよ。お互い交換こなら問題ないし』
『遠慮しとく。別に友香のメールなんて興味ないし』
 ヤバイ、と私は焦った。どう考えても、友香の方が二枚も三枚も上手っぽい。
『そこまでして隠すなんて、ますますもって怪しいわよね〜』
 友香の言葉に呼応するかの如く、他のみんなも頷く。
『だよねー。あー、羨ましいーっ!!』
『全く、ここまで来たら観念して認めちゃえばいいのにー。かなみったら強情だから』
『違うって言ってるでしょ!! しつこいな、もうっ!!』
 ニヤニヤ笑いながら追求してくるクラスメート達を睨みつけて怒鳴ると、私はガタン、
と音を立てて席を立った。
『あれ? かなみ、どこ行くの? もう授業始まっちゃうよ』
『トイレッ!!』
 大元の元凶である友香をキッと睨んで吐き捨てるように答えると、私はわざとダン、ダ
ン、と大きな音を立てて教室を出て行った。


『ふう……全くみんな、しつっこいんだから。特に友香。アイツの粘着っぷりと来たら、
もう……将来は絶対芸能リポーターね。間違いないわ、うん』
 独り言を言って私は個室のドアを閉めた。けれど、別に本当にトイレに行きたい訳じゃ
なくて、ただ皆から逃れる為の言い訳だったから、私は便座に腰掛けたりはせず、閉めた
ドアに背を預けると、ポケットから携帯を取り出してメールを確認する。
 タカシからのメールの中身は、今日、何時に家に来ていいかという確認のメールだった。
明日から中間テスト。定期考査の前は必ず、二人でどちらかの家に行って勉強するのは中
学の頃からの習慣で、今では当たり前になっている。内容を確認して、私は小さく呟いた。
『もうちょっと、書くことあってもいいのに…… 気が利かないんだから』
 あまりにも事務的な内容のメールにちょっと寂しさを感じる。もっとこう、何かあって
もいいのに。数学頼むな、とか、お前古文大丈夫か?とか。もっとも、タカシは必要の無
い限りメールなんてくれないし、くれてもホント、実務的な内容に終始するんだけど。
 私は、返信を打ち始める。
[帰ったらすぐ来なさいよ。アンタの為に裂ける時間なんて多くないんだから、さっさと
終わらせちゃうんだからね。あと、帰りに傍に寄って来るのは止めてね。お陰で皆から誤
解されちゃって大変なんだから。いいわねっ!!](女子高生らしく絵文字等が入っている
と脳内変換してください)
 送信ボタンを押そうとして一瞬躊躇う。何か、ちょっと物言いがキツイような…… け
れど思い直して私はそのまま送信ボタンを押した。
『【べ、別に嘘じゃないしね。それに、あたしがキツイこと言うのは今に始まった事じゃな
いもん。きっとタカシだって分かってくれるわよ】』
 携帯をポケットにしまう。私はフウ、とため息をついた。これでタカシを自分の部屋に
上げるのは何度目だろう? 一番最近から思い直して、私は考えるのを止めた。ビデオや
マンガ、CDなどの貸し借りだけを入れると、週に2日は来ていると思う。自分がタカシの
部屋に行った回数はもっと多い。なのに、未だにキスはおろか手を繋いだ事だって何かの
勢いで握手した時くらい。二人っきりでいる時間は多いのに、距離はちっとも縮まらなかった。

『やっぱ……あたしかな。原因は……』
 早い話が臆病なのだ、と思う。幼馴染から……先に進むのが怖くて……今の関係に安穏
としているから……前に進みそうな事が起きかけると、ワガママ言って話を逸らしたり先
延ばしにしたりしてしまう。
『今日も……ダメ、だろうな…… せっかくお母さん達……いないのに……』
 本当に本当の二人っきりという状況に、一瞬胸をときめかせる。しかし、すぐに諦めの
念がそれを否定した。どうせ自分の事だから、適当にごまかして、お茶を濁して、勉強が
終わったら、とっとと追い出しちゃうんだろう。
『このままじゃ……ダメ、なのにな……』
 自分でも分かってる。このままごまかしごまかし関係を続けていたら、いつか崩れちゃう事を。
 だけど……やっぱり、怖い。
 と、その時、お昼休み終了の予鈴が校内に鳴り響いた。
『いっけない。遅刻しちゃう』
 一応水を流し、手を洗って廊下に出る。と、そこに立っていた女子生徒の一人が待ち構
えていたように手を上げた。
『はあい、かなみ。長いトイレだったわね。そんなに太かったの?』
 ニコニコしながらサラリと下品な事を言う友香に、私は眉を逆立てて怒鳴った。
『違うわよっ!! 誤解を生むような表現は止めてよねっ!!』
『じゃあ便秘なんだ。もうちょっと野菜を摂らないと……』
『それも違うっ!!』
 私がいくら顔を真っ赤にして怒っても、彼女は平然として気にも留めない。仕方なく、
ウーッ……と涙目で睨みつけていると、彼女はケラケラと笑い出した。
『ゴメンゴメン…… 知ってるわよ。メールの確認でしょ? 別府君からの』
『だから、それは――』
 違う、と言いかけて、私は言葉を切った。友香の人差し指が、そっと私の唇に押し当て
られたからだ。
『あたしだってねえ。付き合い長いんだから分かるって。今日も一緒に勉強するんでしょ? 違う?』
 次から次へと言い当てられて、私は一瞬言葉を失った。しかし、親友の友香にすら素直
になれない私は、激しく首を振る。
『違うわよっ!! 中学の頃とは違うんだし、何でこの年になってまで、タカシなんかと
仲良くお勉強会を開かなきゃならないのよっ!!』
『違うんだ? じゃあ今日、他に予定あるの? 無いんならあたし、勉強しに行ってもいいかな?』
『――え?』
 突然の提案に、私は面食らった。拝み込むように、友香は私に頼み込む。
『いいでしょ〜。今回、数学ヤバイしさ。かなみ、得意じゃん。教えてくれたら今度お返
しにミスドでも――』
『ごめん』
 友香の言葉を遮って、私は謝罪の言葉を口にした。自分でも驚くくらい素早い、拒絶の
一言。その後のフォローの言葉が見つからず、私はオロオロしながら言い訳の言葉を探す。
『えっと……その……今日は、ちょっとその……家庭の事情がありまして……』
 しかし、友香は私の言葉にみるみる頬を緩め、やがて堪えきれずに吹き出した。
『プッ……あはっ……あははは……かなみ可愛い……』
『ちょっ……な、何がおかしいのよ!!』
 何故か気恥ずかしさを感じつつ、私は彼女を問い質した。まだ笑いが収まらず、ヒッ、
ヒッ、と呼吸音を鳴らしつつ、友香は両腕で腹を抱えた。
『だってさあ……かっ……かなみ……分かり易過ぎだって……ハハハ……そんなんじゃ……
ゴメ……ちょっと待って……』
 どうやら、今の彼女に何を言っても無駄なようなので、私は呆れて彼女が笑いを収めるのを待った。
『で……何なのよ?』
『ゴメンゴメン。あまりにもかなみが分かり易い嘘付くからおかしくってさあ』
『う……嘘じゃないわよっ!!』

 ムキになって否定するが、友香は一向に信じてくれないようだ。まあ、確かに無理があ
るのは私にも分からないでもなかったが。
『はいはい。分かったからもういいわ。で、そんな素直じゃないかなみちゃんに、あたし
からのプレゼントがありまーす』
『プレゼント?』
 訝しげに、私は聞き返した。友香は、ポケットをまさぐり、小さな小瓶を取り出すと、
私の目の前に突きつけた。
『じゃーん!! これよ、これ』
 友香が出したのは、薬のようだった。小瓶の中には、カプセルがゴロゴロと入っている。
『……何、これ……?』
 私が興味を持ったのが嬉しかったのか、友香は得意そうに胸を張った。
『これはね。素直になれる薬よ』
『はあ?』
 思わず私は呆れたように聞き返した。素直になれる薬? そんな物があれば確かにタカ
シにも積極的にアプローチ出来るだろうけど、そんな上手いこと出来るような薬はないか
ら苦労するんじゃない。それをいとも簡単に言われても、半信半疑にならざるを得ない。
『あ。かなみ、信じてないでしょ?』
 友香が口を尖らせて不満そうに言うので、私は素直に頷いた。
『当たり前でしょ? そんな薬あったら、誰だって苦労しないわよ』
 しかし、友香はニコニコしながら、私に薬を差し出した。
『はい。これあげるから試しに使ってみて。大丈夫。非合法なドラッグとかじゃないから』
 私は、押し付けられた小瓶を見た。見たところ、それは風邪薬とか、そういった類の薬
にしか見えない。
『ホントにこんなので素直になれるなんて信じられない。そ、それに……大体、あたし、
使う必要なんてないもん』

 途中で気が付いて私は慌てて付け足した。こんな物に興味を持っているなんて知られた
ら、それこそ彼女の思う壺かもしれない。が、友香は意外と執着せず、あっさりとこう言った。
『まあ信じる信じないとか使う使わないとかはかなみの自由だけど。とにかく貰っとくだ
け貰っといてよ。ね?』
 私は薬と彼女を代わる代わる見つめた。と、その時授業開始を告げるチャイムが鳴る。
『っと、かなみ。さっさと戻ろっ!! 授業、始まっちゃう』
『あ、ちょ、ちょっと待ってよ!!』
 駆け出した友香の後を慌てて追いつつ、私はポケットに小瓶を捻じ込んだのだった。


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