ツンデレが媚薬を使ったら その5

『いや……いやあっ!! 見ないで!! お願い!!』
 半狂乱になって私は叫ぶ。
『【タカシに見られた。タカシに見られた…… タカシに……おっぱいを……】』
 羞恥心と自分に対するやり場のない怒りと、恐怖心がごちゃごちゃになって私を襲っていた。
「かなみ、落ち着け!!」
 タカシが声を張り上げる。怒鳴ったと言うのではなく、私の上げる叫び声にかき消され
ないように大声で言ったのだろう。しかし、その言葉は、私の耳には全くと言っていいほ
ど届かなかった。
『違うの違うの違うのっ!! これは違うのっ!! だからお願い……こっち……見ないでよっ!!』
 タカシの方を見ることも出来ず、私は目をギュッと瞑り、顔を床に向けたままで私は叫
んだ。私が全くタカシの声を聞いていない事を悟ったのか、タカシの声が止む。と、気配
でタカシがゆっくりと立ち上がるのを感じられた。
「ヒッ!!」
 私は思わず息を呑み、僅かに顔を横に向けてタカシの様子を窺おうとした。しかし、眼
の端にタカシの足が見えただけだった。タカシが何をしているのか全く分からず、けれど
もこれ以上顔を上げることも出来ず、私は身を固くしただけだった。
 と、その時、私の体にバサッと、何かが掛けられた。
「ほれ。これ被ってろよ」
 手で触れてみると、毛布であることが分かった。私はゆっくりと顔を上げる。と、私の
傍に屈み込んで、優しそうな顔をするタカシが、そこにいた。
「取り合えず、それで体隠せるだろ?」
「……あ……」
 私は、また顔を伏せた。こんな優しそうなタカシの顔を見るのは久し振りなのに、その
優しさが私には怖かった。
『【タカシ……あたしのこと……軽蔑してないかな……淫乱な女だって……頭の足りない
子だって……慎みのない女だって……】』
 優しい顔の裏で、タカシが何を思っているのか? それを思うと、私は恐ろしくて、歯
がガチガチ鳴るほどだった。どうしても、頭の中は悪い方へ、悪い方へとしか進んで行かない。
『【今まで……あたしの方が、散々タカシの事をいろいろ言ってきたのに……あたしがこん
なんじゃ……愛想尽かしたり……されちゃったり…… ヤダよ、そんなの……】』

 と、その時、私の耳に気遣うようなタカシの声が聞こえてきた。
「お前さ……ホント、今日、どうしたんだよ? 一体……何があったんだ? そんな事す
るような奴じゃないだろ? その……事情あるなら……話してみろよ」
 その言葉に甘えるかのように、私は、つい言ってしまった。
『違うの…… 違うの、違うの!! アレはあたしじゃない!! あたしなんかじゃな
い!! クスリが……』
 私は、ハッとして口を閉ざした。しまった。クスリの事は言わないようにしようと思っ
ていたのに、つい口走ってしまった。どうしてかと言うと、聞かれても答えようがないから。
 タカシが最後の言葉を聞いていませんように、と心の中で願う。が、それは空しく、タ
カシはすぐにこう聞き返した。
「クスリ? クスリって……何だ?」
 タカシの問いに、私は答えられなかった。押し黙ったまま、丸くなって体を震わせていた。
『【あ……ヤダ……また、熱くなって……】』
 極度の動揺が過ぎ去ったせいだろうか。再び体の感覚が鋭敏になって、あちこちが疼き
始めた。毛布を払いのけたい気持ちを、私は懸命に抑える。
「何の薬だ? 風邪薬とか、頭痛薬とか、そんなんじゃないよな?」
 タカシの問いに、私は頷いた。しかし、それだけで、自分からは一言も声を発しなかった。
「じゃあ、どんな薬を飲めばあんな風になっちま――」
 タカシの言葉が途切れる。多分、何のクスリかは気付いたんだろう。タカシは、自分の
思いついた事を私に問い質してきた。
「まさか……媚薬とか……?」
『……………………多分』
 小さな声で、勇気を振り絞って、私は言いづらそうに答える。何故なら、どう見たって
その効果は明らかだもの。それに、それしか私の痴態を自分の意志でないと証明出来る答
えはない。
「何で……そんなクスリ飲んだんだ? 知ってて飲んだのか?」
『そんな訳ないでしょ!! 知ってたら……飲む訳、ないじゃない……』
 そこは即座に、ムキになって否定した。
「だったら、何で……」
『友香から貰ったの。飲んでみたら、その……良い事あるよって……体に害はないから、って……』

 タカシの追求に、咄嗟に私はこう答えてごまかした。うん。我ながら上出来だと思う。
重要な部分だけを上手く誤魔化して言えたのだから。
 私の答えに、タカシはちょっと呆れたようにため息をついた。
「お前……それで、どんな効果があるかも分からずに飲んだのかよ? 普通、ヤバいとか
思わないか?」
 恥ずかしさで、更に体が熱を持つ。私は掛けられた毛布をギュッと手で掴み、身を固く
して堪えた。
『だって、市販薬だから安全だって言うし、どんなクスリか試してみたい、って思って……
それで、ちょっとだけ……』
「やっぱバカだ」
『うるさいっ!!』
 頭頂部まで真っ赤になって私は叫んだ。そんな事自分が一番良く分かってる。けど……
どうしようもないじゃない、とも思う。だって、一度くらい、タカシの前で素直になって
みたかったんだから。
 タカシは、小さくクスッと笑みを漏らすと、今度はちょっと恥ずかしそうに額を手で掻
きながら顔を横に逸らして言った。
「と、とにかくよー。服、直せよ。俺、出てくからさ」
『え…… あ……うん……』
 小さく、私は頷いた。タカシは優しい。こんなおかしな事をした私にも、こうやって気
を使ってくれる。それなのに、何だろう? この感情は。
 嬉しさよりも――痛みの方が――大きいなんて……
 何故か、私は服を直すのがひどく躊躇われた。クスリのせい? 自問自答してみたが、
それも違うように思える。
『【タカシは……あたしの体に……興味ないの……?】』
 フッと湧いたこの思いを、私は打ち消そうとした。
『【ううん。違う。だって、さっきはタカシだって興奮して――】』
『【女の子だって、あそこを弄られればイヤでも感じるじゃない。ましてや男の子だったら、
興味ない子でも体を押し付けられたら、立つ事くらいするんじゃ――】』
 相反する二つの思いがせめぎ合う。しかし、いくら私の中で問答しても答えなんて出る
訳ない。むしろ、悪い方、悪い方へと思考が流れて行ってしまう。

 知りたい……タカシの気持ちを……
 私は、顔を上げてタカシを見た。すると、タカシが机の上の勉強道具を片付けて、帰り
支度をしている姿が目に入る。
『ちょ、ちょっとタカシ…… 何してんのよ? まだ勉強は途中じゃ――』
「さすがに今日はもう、ちょっと無理だろ。このまま二人きりでいてまたマズイ事になっ
たらヤバいしさ。一旦帰るから、落ち着いたら電話くれよ。また様子見に来るから」
 私は、呆然としてタカシを見つめた。
『【帰っちゃう……の? こんな体のあたしを……そのままにしておいて?】』
 心のどこかでは、理解している。これが、タカシの優しさなんだと。だけど、この優し
さは、私だけに向けてくれるものなの? ううん。違う。例えば、上半身裸の女の子がい
たら、タカシはきっと、どんな子にだってこうするはず。
『【タカシにとって……あたしは……他の大勢の女の子と変わらない? ううん。そうでな
にしても、結局は……大切な……幼馴染でしか……ないの?】』
 片付けを終え、タカシが立ち上がった。うずくまったままの私を覗き込むと、心配そうに気遣った顔で見つめる。
「大丈夫……だよな? ホントはもうちょっといてやりたいけど、今のお前、やっぱ薬の
せいで動揺してるみたいだし、間違った事になったら……お前も、後で嫌な思いすっかも
しれないから……取り合えず、一度帰るよ。な?」
『【あ…… 帰っちゃう……? タカシ……帰っちゃう……の?】』
 私は無言のままタカシを見つめる。タカシも私を見つめていた。少しの間、沈黙の時が
流れる。そして、やがてタカシが上体を起こした。
『【ダメ…… 今帰られたら……きっと、もう……二度と、こんな事……出来ない。今しか
ないの…… 今しか……】』
「それじゃあ、またな」
 そう声を掛け、タカシは私に背を向ける。その動きは、とてもゆっくりに見えた。まる
で、時間の流れがそこだけ遅くなったかのように。
 そして、その動きに引き寄せられるように、私は体を起こした。
『【行かせちゃ……ダメ…… ダメ――ダメだ。】』
 タカシがドアの前に立つ。そしてノブに手を掛けようとする。止めないといけない。制
止しないといけない。想いははじけ飛び、堪えきれず、私は叫んだ。
『ダメ!!』


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