「ハメられた…くぅっ…馬鹿姉!」

夏、臨海学校。
男どもの熱気渦巻く中、更衣室で柊 千奈美(ひいらぎ ちなみ)はまたしても絶対零度に凍り付いていた。

「…透け水着しか…っ、入ってないぃぃ!」

前夜、姉の不敵な笑みを疑うべきだった。
姉の「いってらっしゃい。気をつけて☆」という言葉に疑問を持つべきだった。
普通の水着と透け水着。両方あるから大丈夫、という安心感は、逃げ場の無い絶望感に変わっていた。

「……ううっ…。どうしよ…こ、これ…着て」

まがりなりにも臨海学校。
サボって見学の理由―――すんません、水着がエロいんで休みます。
どう考えても通る言い訳ではない。
そして何より彼女自身のプライドがそんな逃げを許さない。

「…いくわよ、柊 千奈美。負けるなあたし」

そして彼女は、清水の舞台―――その三倍くらいの高さから飛び降りた。
透けてぴちぴちのエロ水着で。
「うあああ…死ぬ…死ぬ! 恥ずかしくて死ぬぅ…」

ここは山だっただろうか―――千奈美はそう思う。
辺り一面、キノコタケノコ収穫祭。
いやぁ、立派なのが生えたねぇ、と農家のおじさんも大喜びだ。
右も左も男子の血走った目、血走った海綿体で溢れかえっている。
男子トイレはのっぴきならない事情で長蛇の列だ。

「生き地獄ぅ…。こんな…あたしってば大変態じゃない…」

後悔後悔後悔。
どうしてこんな選択をしたのだろう。
何を期待した? 見得? それとも自身があった?
左手で胸を、右手で下半身を。
そうやって隠す仕草が余計に男を興奮させる。
更衣室を出る時にシャワーを浴びたのが大失敗だった。
濡れた身体は余計に素肌と水着の距離を狭めてしまう。
乳房の形、乳首の色、臀部のラインどころか、ヘアの形まで。
全てが男子の好奇の目に晒される。
性欲、肉欲、猥雑で淫蕩。全てのドロドロした感情が自分に向けられる。
体中が紅潮し、ついには羞恥心で立っていられなくなった。

「…なによぉ。みるなぁ…。みないで…お願い…っ」

身体が熱い。
しゃがみ込むと、余計に股間の一点が浮き彫りになる。
当然男子の視線はそこに集中し、千奈美もそれを痛いほどに感じた。
「ううっ…。お願いよぉ…。みないでぇ…」
「だったら―――そんな水着着るなよ」

溜まった涙が瞳から溢れる一歩手前だった。
ふてくされたようなその声が、千奈美の理性を引き戻す。

「ほら、俺のタオル。結構でかいから、これで隠せ」
「うぁ…別府ぅ……」

温かい感触が背中に降りる。
そっとかけられた大きなバスタオルを、抱きしめるようにして千奈美は全身をくるんだ。

「……アンタの…せいだからね…っ」
「その言い草はないだろう。俺は別に…」
「アンタが観たいって言ったから買ってきたのよっ!」

思わず振り返って怒鳴る。
目と鼻の先に、別府貴士の驚いた顔があった。

「…っ! あ、アンタのせいじゃないわね…。あたしが馬鹿なだけよ」
「まさか、休み時間の俺の言葉…真に受けて」
「違うわよっ! 別にアンタのことなんか…気にしてない。ただ、あっと言わせてやろうと…」
「皆さっきからアッとか、ウッ、とか言ってるぞ。トイレ、みたか?」
「馬鹿ぁ! 別に男子の気を引こうとしたんじゃないっ!」
空気の読めない別府の発言に、再び怒鳴り声を上げる。
今日に始まったことではない、いつものやり取り。
ただ、いつもと違う状況が、千奈美から少しだけ余裕を奪っていた。


「じゃあなんだよ…」
「別にっ! 姉さんの策略に引っかかっただけ! …あんたには…関係ない」
「姉さん?」
「……あんたには関係ない」

目の前が暗かった。
自分の失敗と別府の無神経さ。入り混じった感情が思考を閉ざしていく。
タオルを巻いたまま立ち上がる。別府の困ったような顔が視界に入り、少しだけ胸がざわついた。

「タオル……借りてくわ。あたし…旅館戻るから。じゃ……」

そして、そのまま何も言わず浜辺をあとにしていた。
羞恥と怒りで混沌とした胸の奥で、タオルケットに残る、中途半端な温かさだけが、知覚できた。


------------------------------------------------------------------


「ばかばかばかばか!馬鹿ぁ!」

臨海学校宿舎。
浜辺の趣きある旅館の一室では、一時間くらいそんな奇声が続いていた。

「ばかばかばか! 別府の馬鹿! 姉さんの馬鹿ぁ!」

電気も付いていない一人の部屋。
水着も着替えず、借りたタオルに包まりながら、部屋の隅でひたすら呪詛を吐き続ける。
それはもはや、臨海学校の怪談として語られそうなほどに禍々しい。

「……あたしの、馬鹿…」

一通り罵ったあとに吐くのは、そんな自虐。
日はもう既に落ち、他の生徒はもう寝静まろうかという時間。
彼女は昼の一件以来、誰とも顔を合わせることなく閉じこもっていた。

「折角の臨海学校…勿体無いことしちゃったな」

別室では時折楽しい声も聞こえてくる。
一人ぼっちの静寂の中、寂しさと惨めさだけが募っていた。

「別府は…何してんだろう…」

どうしてその名が出てきたのか、千奈美自身にもわからない。
馬鹿で鈍感で空気も読めず、ただ阿呆で愚鈍なクラスメイト。
そういう認識だった筈なのに。

「……別府」

クリスマス、バレンタイン、終業式や文化祭。
ことあるごとに絡んでくるお節介。
腹立たしいことばかりだったけど、不思議と嫌いになれない男。
どこか芯の通った、優しい男だということを判っていたからだ。

「……別府ぅ…」

風が揺れる。
海から漂う、潮の香りだった。
ただ一つ、おかしい事があった。
千奈美は閉じこもる時に、窓を閉め切っていたということ。

「―――呼んだか?」

「え…。べ…別府?」

いい加減に着流した浴衣と、風呂上りのボサボサ髪。
別府貴士が、そこに居た。
よっこらせ、と窓枠を乗り越え、室内に侵入する。
部外者が見たならどうみても暴漢の侵入だった。

「心配したぞ。ずっと出てこないし、ドアには鍵掛かってるし」
「ど、どこから湧いて出てきたのよ」
「ん」

指差した先には、外れた窓。
作りの古い旅館だからこそ出来た芸当だった。

「ここ二階なのよ?」
「まぁ、対面の部屋から窓を伝ってちょいちょいとな。時間掛かったぞ」
「…馬鹿?」
「馬鹿はないよな。折角助けに来たってのに」
「頼んでないし、困っても無いわよぉ…」
「―――似合ってたよ、水着。可愛かった」
「え? あ、え?」

突然の言葉。
ささくれた心に吹く潮風のような短い一言が胸に降りる。
別府の顔は、彼女が見たことのないくらい真面目で、優しかった。

「そりゃ、ちょっと過激かもしれないけどさ。……良いと思ったよ。なんか、頬染めてるお前も可愛かったし」
「…な、何言ってんのよ。いきなりっ」
「いや、昼間言えなかったな、と思って。言いにきた」
「それだけを?」
「それだけを」
「なんのつもり?」

「お前のこと―――好きだ、ってこと」

言い切って、別府はにっこりと笑った。
その顔に千奈美の全身が火照る。鼓動が早くなる。
全て持っていかれそうな口説き文句。
揺れる。震える。どこかに飛びそうなほど騒ぎ出した思考。

「―――ばっかじゃないのっ!」

その罵倒とともに、千奈美は別府に抱きついた。
いつもと同じ罵倒、いつもと違う暴挙。
そして思考は破綻する。

「なによっ、いつも馬鹿にしたりからかったりしてる癖に!
 いきなり窓から暴漢紛いに入り込んできて、愛の告白!?全然空気読めてない! ロマンティックじゃない!
 もう、馬鹿馬鹿っ! アンタなんかしらない! アンタなんか!
 っ…あ、アンタなんかぁ…っ……好きっ!」

そうして口付けた。
問答無用で爆ぜる理性。押し寄せる感情が全てを奪う。

「あたしもアンタのこと好きよっ! 悪い?
 今まで散々悪し様に罵ってきたくせに手の平返して好き好き好きって言ってるの!
 悪い!? あたしは、アンタが好きなのよぉ…っ!」

爆発した、と別府は思った。
自分はとんでもない爆弾の導火線に嬉々として火を点けていたのだと知る。
首に回された千奈美の手が苦しいくらいに締め付ける。
密着した互いの身体が、溶け合うように温度を上げる。

「キスさせなさいっ! させて? ねぇ、いい?」
「お、おう…」

そしてキスの雨が降る。
唇に、頬に、額に、瞼に、耳に、鼻に、髪に。
鳥の雛が餌をついばむ様―――というには余りに激しいキスの嵐。
別府の顔が濡れた唇に蹂躙されつくした後、
最後にもう一度唇に千奈美が口付けた。

「ん……ちゅ…れろ…っ…はぁっ」
「ちょ、おま…舌っ…?」
「んんっ…ぷはっ。…キスしていいって言ったもん」
「いや、それにしてもホップステップというものがだな…」
「…別府、好き」
「…うぁっ…んん…ちょっ…ちな…」
「すき……やっとつかまえた…んんっ…ふぁ……逃がさないから…」

ぷつん。
観念、覚悟、煩悩、淫欲、欲情。様々な言葉が別府の脳裏に浮かぶ。
しかし、そのどの漢字も書けない事に気付いて吹き飛んだ。
―――理性が、飛んだ。

「きゃっ…!」

押し倒す。
月明かりと、ほんの僅かな旅館の灯かり。
照らされる、二人はどちらも笑顔。
別府は、少しの照れとてんこ盛りの想いを混ぜて吐き出した。

「好きだ、千奈美…」
「…貴士…っ」

そして何度目かの抱擁と接吻。
勢いのままに、というよりも勢いしかない二人はそのまま、敷きっ放しの布団に倒れこんだ。

「……して、貴士…。して欲しい」
「いいのか?」
「野暮なこと訊かないでよ…。して欲しいって言ったんだよ。
 滅茶苦茶にして。アンタが好きなだけ、貪ってよ…。どれだけしてもいい。何しても、汚してくれたっていい。
 好きなんだもん…。好きって気付いちゃったもん。爆発しちゃったの。切り替わっちゃった。
 もう……アンタ無しじゃ駄目。アンタのあたし。アタシのあんた。
 ……もう駄目だあたし…。好き過ぎて破裂しそう。だから……だからね?」

―――責任とって。

「千奈美っ!」
「あんっ…きて……いいよ…」

そこからは獣欲だけが支配する、本能の世界。
お互い貪るように身体を求め合った。
貴士の手の平が、柔らかい千奈美の乳房を包み込む。
ぐにぐにと円を描くように愛撫すると、甘い喘ぎが漏れた。

「そうっ…っあ、もっと、触って…もっとっ…もっと犯してっ」

暴走は止むことなく、勢いを増す。
剥ぎ取るようにして脱がせた水着を投げ捨て、
貴士は千奈美の乳房を言われるがままに犯した。
人差し指と親指で挟み、硬くなった乳首を転がす。
頻繁に漏れる甘い声を聞きながら、そっと口付けた。

「あっ…。気持ち…いいよぉ。あん、やぁっ…溶けそぉ…」
「可愛いよ、千奈美」
「うれし…あんっ、あっ、いい…っ。もっと言ってぇ…」
「可愛いよ。可愛すぎて、俺がどうにかなりそうだ」
「いいよ。どうにかなっても。
……どうにかなって、あたしを滅茶苦茶にして欲しいよ…」

ぶちぶちぶち。
その一言で、物凄い勢いで貴士の脳内を破裂音が駆け抜けた。
既に彼の股間は痛いくらいに勃ち、膨張している。
抱き合っているだけでも射精しそうなくらいの快感が押し寄せていた。

―――艦長! 過充電です! このままでは砲身が保ちません!
―――ええい! 耐えろ! 無駄撃ちするわけにはいかん!

「…すごいおっきくなってるね、貴士の」
「うあっ!」

びくんびくん
千奈美の細い指先が貴士の一物に添えられた瞬間だった。
ニ、三度の蠕動の後にとめどなく迸る精液。
それは巻きついた指先をためらいなく、白く汚していく。

「う……あ」
「…あ…これ、貴士の…すごい熱い…」
「す、すまん…」
「何謝ってんのよぉ。嬉しいよ、出してくれて…。苦しそうにしてたもんね…。すごく固くなってた…」
「いや、これ、恥だから…」

そう言い捨ててそっぽをむく貴士。
艦長による必死の消火作業むなしく、船は沈んだ。
彼の胸の中で艦長が叫んでいた

―――ソーロー!ソーロー! もうこの船は終わりだ!
   撤退し、以後持続力の演習に力を注ぐ!

「ごめんな、汚して」
「そんなことないよ…。んっ…れろ…すごく…おいしい」

指に出された液を、舌で舐めとる恍惚とした表情の千奈美。
唇に、頬に付着した精液が、その顔を更に官能的に染め上げる。

「えへへ、舐めちゃったよ。あたし、貴士の精液飲んじゃった」
「……」
「妊娠したらどうする?」
「しないしない。そんなんで妊娠してたまるか」
「……ふふ」

温かい感触が貴士の股間を這う。
見れば、千奈美の指が精液で汚れた貴士の一物を握っていた。
撫でる度にくちゅくちゅと響く淫音。

「じゃ、妊娠させて…」
「ちな…」
「貴士の、精液…もっと欲しいよ…」
「うぁ…」

怪しげに微笑んで、千奈美は貴士の一物を上下に擦る。
萎えかけていたそれは、みるみる内に怒張を取り戻していった。

「元気になったね…。えへへ…」
「お前…人が変わってないか」
「変わるよ…あんたの好きなように、貴士のお好みにあたしは変わってあげる」
「た、助けて」

―――この戦況において撤退は許されんぞ、若造!
    敵は前にしか居らん! 骨は拾ってやる。突貫せよ!

そして、若い二人の終わらない夜がはじまった。
引き返すことはない。
ドツボにドツボを重ねる、破天荒で直情的な祭りの夜。

彼女は笑った。
彼もまた、笑った。

月明かりも、潮の匂いも、二人にはもう届かない。
完膚なきまでに閉じられた、二人だけの世界。
馬鹿げた水着が運んだ、そんな世界。


二人だけの、夏だった。


--------------------------------------------------------------------------

FIN


前へ  / トップへ
inserted by FC2 system