・メイドツンデレを映画に誘ってみたら(その10)

「ふう…… 着いた着いた」
『あの……宜しかったのですか? タカシ様』
「ん? 何がだ?」
『タクシーのお支払い……ご自分のカードをお使いになられたようですけど……』
「ああ。今日の払いは全部、俺の小遣い用のカードから払うからいいんだ。それなら月の
上限内でしか使えないわけだし、芽衣が言う無駄遣いにもならないだろ?」
『た、確かにそれはそうですけど……何だか、全部奢って貰っているみたいで、気が咎め
ます。私も、自分のお小遣いくらい持ってますから、自分の分は自分で払います』
「気にすんなって。ほら、入るぞ」
『はい。でも……』
「ん? どうした?」
『お店、貸切の札が下がっているんですけど……』
「あれ? ホントだ。予約しておいたはずなんだけどな。まあいいや。馴染みの店だから、
ちょっと中入って聞いてみるわ」
『本当にキチンと予約なされたんでしょうね? するつもりでうっかり忘れていたとか、
別のお店と勘違いなさっていたとか、そのような事はないでしょうね?』
「さすがにそれはないって。どれ……」
 ギッ……
[あら、タカシ君。いらっしゃい]
「こんにちわ。今日って……店、やってるよね? 何か貸切って札が下がってたんだけど」
[うん。だから、貴方達が予約客よ]
「ええっ…… いや。俺達、二人だけだし、何もわざわざ貸切にしなくても……」
[もちろんランチタイムは普通に営業してたわよ。だけど、1時過ぎたら客足も途絶えちゃっ
たしね。それなら、もういっそ貸切にしとこうかって思って]
「済みません。もしかして……気を使わせちゃいました?」
[ぜーんぜん。さ、どうぞ。そちらの娘も……って、もしかしたら、タカシ君の彼女かしら]
『なっ!!(///////////) ちっ、違いますっ!! 私は――』
「ああ。学校の友達だよ。たまたま映画の話題で盛り上がったから、今日一緒に見に行く
事になっただけで……付き合ってるとかじゃないから」

[あらら。随分奥手なんだ。こんな可愛い子目の前にして、粉一つかけないつもり? そ
れとも……余計な事言っちゃったかしら?]
「いや。まあ、その……俺は、理亜さんみたく、自由に恋愛できる立場じゃないから」
[今更、政略結婚も何もないでしょうに。タカシ君だって、好きな人と一緒になる権利く
らいあるわよ。親なんてのは、お互いの気持ちが固まってから最後に納得させればいいん
だから]
「そういう気楽な考えが羨ましいよ。まあ、俺も何でもかんでも親の言いなりになるつも
りはないけどさ。でなきゃ、一人暮らしなんてしないし」
[そうそう。その意気よ。頑張れ青少年。若いうちに精一杯楽しんでおかないとね、後か
ら後悔するぞ、と]
「まあ、そういう理亜さんは、いまだに独身な訳ですが」
[余計な事は言わないっ!! さ、いつまでも立ってないでお席へどうぞ。今日はもう貸
切だからね。美味しいランチをご馳走してあげるから]
「それはどうも。期待してるよ」

『タカシ様、随分と親しいのですね。あの女性の方と』
「ああ。理亜さんはあの性格だからな。常連客にはみんなあんな感じだよ。俺も叔父さん
に連れて来られたその日から、もう随分と打ち解けて話せるようになったし」
『……お綺麗な、方ですね』
「芽衣から見てもそう見えるか? だよな〜。あの美貌で、料理の腕は本場のイタリア仕
込で叔父さんが自分の経営するホテルの料理長にスカウトしようとしたくらいの腕前。そ
の上、大学は青学だぜ。まあ、ここにいてもやりたい事は出来ないからって2年で中退し
たらしいけどさ」
『……随分と、よくご存知でいらっしゃいますのね』
「叔父さんがおしゃべり好きだからな。それに、理亜さんも自分の事とか別に隠さずにい
ろいろとしゃべってくれるし」
『……タカシ様は、ああいう女性が好みですか?』
「そうだなー。好みといえば好みだな。というか、あれだけの容姿と才能に満ち溢れた女
性だからな。憧れない男なんてほとんどいないと思うけど」
『そうですね。まあ、タカシ様では不釣合いでしょうけれど』

「失礼な。てか、何かお前、機嫌悪くないか?」
『別に、機嫌など損ねてはおりません。そう見えるとしたら、タカシ様がご自分に何かや
ましいところがあるとお考えだからではありませんか?』
「いやあ。俺は別にやましいところなんて無いけど、芽衣は超不機嫌に見えるぞ」
『そうですか。ご自分に心当たりが無いのでしたら、私の事なんて気になさらず、お食事
を楽しめば宜しいじゃありませんか』
「なあ、芽衣。怒らないで聞いてくれるか?」
『何ですか? 私は使用人なのですから、そのように心配りをなさらずとも、言いたい事
があれば、どうぞおっしゃって下さい』
「じゃあ、言うけど……その……まさか、お前……理亜さんに、嫉妬してたりとか……じゃ
ないよな?」
『なっっっっっ!!!!!!(////////////) なっ……なななななな……何をそんなバカな事
を仰るのですか!! 何で私が嫉妬とか……有り得ません!! 絶対に!!』
「ちょ。声でかいって。貸切とはいえ、理亜さんはいるんだぞ。芽衣の召使言葉を聞かれ
たら何だって思われるぞ」
『あ…… し、失礼しました。けれど、何だってまた、友達だなんて紹介なさったんです
か。ややこしい事この上ありません』
「こんな場所にメイドを連れて来た事を説明する方がよっぽどややこしいわ。あの人もこ
んなところでお店なんて開いてるけど、もともとは上流階級のお嬢様だしな。ひょっとす
ると、芽衣の事を俺が特別に目を掛けてるメイドだと思われるかも知れんし」
『特別に……って、どういう事です?』
「つまりだなー。その、手を付けちゃった子とか……そういう事だ」
『手を…… じょじょじょじょじょ、冗談じゃありません!! 例え誤解にしても、その
ような事を他人から思われるだけで不快です!!』
「だろ? だったら、無難に学校の友達くらいにしておいた方がいいだろ。恋人同士って
事はさっき否定しておいたし、まあいいところ、アプローチ掛けてる子くらいにしか思わ
れないよ」
『でも……言葉遣いとかはどうなさるんですか!! 友達同士の会話としてはあまりにも
不自然過ぎます!!』

「俺は別に全然自然に話してるからな。あとは芽衣が上手い事ごまかせば、何とでもなる
んじゃね?」
『私が……って、どうすれば宜しいんですか。まさか、タカシ様に対して失礼な口の利き
方をする訳には参りません』
「うーん……全部を直せってのは無理だろうけど、敬語くらいなら、こういう話し方をす
る女の子って事で通るんじゃないか?」
『呼ぶ方はどうすればいいんですかっ。タカシ様なんて呼んだりしたら、誰がどう聞いて
もおかしいです』
「君付けで呼ぶのが一番いいと思うけどな。様を君に変えるだけだから、そう無理な事で
もないだろ?」
『無理ですよそんな……タカシ様をそのような無礼な呼び方で呼ぶなんて……』
[会話が盛り上がっているところを失礼するわね]
「わあっ!? び、びっくりした。理亜さん。急に声掛けないで下さいよ」
[あらあら。女の子とのお話に夢中になっていて、全然気付かないだけじゃない。こっち
も、話しかけるタイミングに苦労したわよ]
「も、もしかして、俺達の話……聞こえてました?」
[まさか。そりゃあ断片的には聞こえるけど、お客さんの会話にわざわざ聞き耳を立てた
りはしないわよ]
「ああ。そうですか……」
[何々? 聞かれるとマズイような事なの?]
「ちょ。別にそんな、大した事じゃありませんから。てか、会話に聞き耳立てないとか言っ
て、思いっきり興味津々じゃないですか」
[話してくれる分には、全然問題ないもの。まあいいか。タカシ君も、そういう隠し事を
するようなお年頃になったという事で]
「からかうのは止めて下さいってば。隠すって言うか……別に人に話すほどの内容じゃあ
りませんから」
[はいはい。そういうことにしておきましょうか。で、そんな話をしに来たんじゃなくて、
と。コホン。ランチメニューのコースですが、前菜の後はパスタとピザがチョイス出来ま
すが、いかがなさいますか?]

「お。急に接客トークに」
[当然でしょう。お客様だもの。まあ、うちは常連のお客さんが多いから、そんなには気
を使わなくて済むけどね]
「いいのかよ。客商売がそんなんで」
[一応空気は読めるつもりよ。まあ、一度だけ、初めてのお客さんですっごく気難しい人
がいて、もの凄く不機嫌にさせたことがあったから、確かに気を付けないといけないんだ
けどね]
「やっぱ、難しいよな。クレーマーみたいな人だって世の中にはいるし」
[そうね。でも、高校生に心配される程じゃあないわよ。それに、このお店だって道楽で
やってるような物なんだから、ちょっとやそっとの嫌な事くらいは楽しみの一つだと思わ
なきゃ。さ、選んで選んで。ちなみに、タカシ君は分かってると思うけど、私の料理は全
部お勧めだから、どっちを選んでも後悔しないわよ]
「そうだな…… 芽衣。お前はどうする?」
『え? あ……はい…… それじゃあ……えっと……私は……パスタの方を……』
[ふーん]
『え? あの……な、何か……?』
「どうしたんだよ。急にニヤニヤして」
[いやいや。タカシ君てば、さりげなく呼び捨てで呼んじゃったりして。これで彼女じゃ
ないって言われても、ちょっとなー]
「なっ!?」
『ちっ…………違います違います違います!! そんな……かかか……彼女とか……そん
なんじゃありませんてば!!』
[ふーん。彼女じゃないのに、親しげに名前でなんて呼ばせてるんだ]
『えっと……それはその……タカシさ……君、は……がっ……学校では、ほ、他の子にも
その……こんな感じなので……私だけじゃなくって……』
[そうなの?]
「はは……まあ。俺も周りも、何となく、こんな感じで受け入れられてるって言うか……
まあ、親の七光りかもしれないですけど……」
[まあ、モテそうだもんねー、タカシ君は。普通の女の子なら、むしろメロメロになっちゃうか]
6
「いや、そんな…… 呼び捨てって言っても、その……クラスの一部の親しい友達だけですよ」
[まあ、いっか。で、タカシ君は?]
「じゃあ、俺もパスタで。で、メインは俺は肉料理で」
[かしこまりました。で、彼女さんは?]
『で、ですから!! その……私は、彼女ではありませんってば……』
[んー。今のはそういう意味で言ったんじゃないけどな]
『えっ? あ……いや、その…………(////////////)』
[確かに、誤解するような言い方で申し訳なかったわね。顔、真っ赤にして、意識させちゃっ
たみたいで、ごめんなさい]
『あぅ……いえ、その…………』
[で、メインディッシュはどうなさるの?]
『あ……わ、私は……その……魚の方で…………』
「あの、理亜さん。彼女、こういうの慣れてないので、あんまりからかわないでやって欲
しいんだけど」
[みたいね。まあ、せっかく二人で料理を楽しみに来てくれたのを私が雰囲気壊しちゃ申
し訳ないし、ちょっと自重するわ]
「ゴメン」
[謝る事はないわよ。私が悪いんだし。それでは、少々お待ち下さいませ]


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