・メイドツンデレを映画に誘ってみたら(その3)

『ハァ……着てはみたものの……こんな格好で、タカシ様の前に……やだ、どうしよう。
すごく、緊張する…… 怖い……』
「おーい、芽衣。まだか?」
『せっ…… 急かさないで下さい!! 今、参りますから!!』
『(う……こ、これ以上、タカシ様をお待たせする訳には…………)』
 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ……………………
『(勇気……出さないと……)』
 カチャッ……
『す……済みません。お待たせ……致しました……』
「遅いぞ。いくらなんでも着替えに20分って、時間掛け過ぎじゃ……な……ぃ……」
『女性は、支度に時間が掛かるんです!! 大体、タカシ様が悪いんじゃありませんか。
私の格好に文句付けて、着替えろとか仰るから』
「う……い……いや、その…… まあ、いいや。と、とにかく出掛けようぜ。もう随分、
時間が経っちまったし」
『え……?』
『(タカシ様……私の格好……無視、された……? どうして? タカシ様……思ったより
も、ご不満だった……とか?)』
「どうした、芽衣。突っ立ったままで」
『タッ……タカシ様』
「何だ?」
『あのっ、その……何も、無し……ですか?』
「へ? 何も、って……?」
『この格好です!! タカシ様がこれを着ろって言うから仕方なく着たのに、一言も無し
で放置って酷過ぎます!!』
「あ……い、いや……その……スマン。まあ、似合うと思うよ。うん」
『ぅ……も、もういいです。無理に仰って頂かなくても。出掛けましょう。これ以上グズ
グズしていても、時間の無駄ですから』
「そ、そうだな。行くか」

『(……やっぱり……タカシ様から見ても、イマイチだったんだな。感想もおざなりだった
し…… ハア……だから、あれほど嫌だと言ったのに…… それなのに、今日一日、この
格好だなんて……憂鬱だな……)』
「(ヤバイ……余りの可愛らしさに、言葉を失っちまったぜ。いつもなら、褒め言葉くらい、
いつでも言えるんだけどな。芽衣の事だから、絶対、勘違いしてるだろうな。けど、今か
ら褒めたって空々しいだけだしなぁ。芽衣……スマン……)」


「ふう……やっと着いたか。電車で来ると、結構遠いんだな」
『日頃、お車でしか移動なさらないからです。タカシ様は贅沢過ぎかと思いますが』
「そんな事言ったって、渋谷なんて別に用事ないしな。パーティーとかでホテルに行くの
に近くを通るくらいで。芽衣は来たことあるのか?」
『そんな暇、ある訳ないじゃありませんか。日頃、メイドの仕事だけで手一杯だと言うの
に』
「なら、人の事言えないだろ。自分だって来た事無いんだったら」
『少なくともタカシ様と違って、遠いという認識だけは持っておりますから。一緒になさ
れては困ります』
「そんな地図上の知識だけで偉そうに語られてもな。何か釈然としないものがあるんだが」
『キチンと知識を得ておくことは重要です。タカシ様は普段、遠出をなさる時は運転手付
きのお車でお出掛けになられるのですから呑気に構えていらっしゃいますが、私達はそう
は参りませんもの。自分でキチンと行く先を把握しておかなければ、目的地にはたどり着
けませんから』
「じゃあ、芽衣は映画館までの道のりは頭に入っているんだよな?」
『当然です。タカシ様にエスコートしていただく事など、初めから期待しておりませんから』
「なら、今日は一日、芽衣にエスコートして貰うかな」
『えっ? わ……私が、ですか?』
「そこまで言うのなら、渋谷の情報くらいキチンと得ているんだろ? なら、芽衣に任せ
たほうが安心だしな」
『も……もちろんです。初めての場所に、下調べもせずに来るなど、以ての外ですから』

「なら決まりだな。とりあえず映画館までは芽衣に着いていく事にするから、宜しく頼むよ」
『う……わ、分かりました』
『(あああああ……どうしよう…… つい、あんな事を言っちゃったけど、ちょっと映画を
見に行くには場所が遠い、ってこと以外、何も分からないのに…… でも、今更、ほとん
ど道なんて分からないとは言えないし……ハア……)』

『何か、物凄く人が多いですね』
「そりゃそうだろ。休日の渋谷だからな」
『何を知ったような口を聞いておられるのですか。タカシ様だってよく知っておられるわ
けじゃないのでしょう?』
「まあな。車で通ったくらいで。芽衣こそ休日の渋谷は人が溢れている事は知らなかった
のか? ちゃんと調べたんだろ?」
『むっ。も……もちろんです。けど、その……この人の多さは予想以上で……というか、
一体どこからこんなに人が湧いてくるんですか!! 正直信じられません』
「そりゃあ、都内でも有数の繁華街だからな。日本中からと言っても過言じゃないだろうな」
『全く……何で好き好んでこんな人の多いところに来るのか分かりません。ホントに、馬
鹿げてます』
「お前だってその一人なんだけどな」
『私はタカシ様が来たいって言うから仕方なく来ているだけです!!』
「まあ、俺だって人込みが好きな訳じゃないけどな。見たい映画がここでしかやってない
から仕方なく来ているだけだし」
『そんなのはタカシ様の勝手じゃありませんか。振り回される私の身にもなって下さい』
「分かった分かった。とにかく、いつまでも駅で立っててもしょうがないし、行こうぜ。
道案内、してくれるんだろ?」
『う…… わ、分かりました。迷わないでしっかり付いて来て下さいよ!!』
「あ、ちょっと待てよ。芽衣」
『何ですか? しっかり付いて来て下さいと言ったではありませんか。そんな風に立ち止
まられては困ります。はぐれたりしても知りませんよ』

「いや。それはいいんだけどさ……」
『良くありません。一応使用人である以上、主人を放っておくわけにもいきませんし、ま
た余計に無駄な時間を取られるじゃありませんか』
「いや。そうじゃなくて……そっち、逆方向じゃね?」
『え?』
「俺もネットで一応地図見てきたんだけどさ。道玄坂の方だからハチ公口だろ」
『あ……えっと、その……ちょっと方向間違えただけです!! 都内は同じような景色だ
から、方向感覚が狂いやすいんですよ』
「……大丈夫なのか?」
『タカシ様に心配されるほど私は落ちぶれてはいません。余計な事言わずに大人しく付い
て来て下さい』


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system