・ メイドツンデレを映画に誘ってみたら(その5)

「芽衣」
『何ですか? タカシ様』
「そんなに急ぎ足で行く事もないんじゃね? 何も時間が決まってるわけでも無いんだし」
『じっ……時間がもったいないじゃないですか。万が一、のんびり歩いているうちに上映
時間が来たりしたら、次の上映までの待ち時間も無駄になってしまいますし』
「急いで行ってもその可能性はあるんだぜ」
『そ……それはそうですけど、でもその場合はどのみち次の上映時間までは同じですから、
無駄にする時間は変わらないじゃないですか。得にはならないかもしれませんが、少なく
とも時間を損にする事はありませんから』
「そりゃ、そうだけどさ。けど、せっかく二人で渋谷に来たんだし、もう少しのんびり歩
いたっていいんじゃないか? 何も人込みを縫うようにしながら歩く事ないじゃん」
『わっ……私は、タカシ様と肩を並べてのんびり歩く趣味はありませんから』
「手は繋いでるのに?」
『指を握ってるだけです!! さっきも言いましたけど、すっ……好きで握ってる訳じゃ
ありませんから……』
「それにしては、随分としっかり握ってるよな」
『タカシ様がはぐれない様に握っているのに、離れたりしたら意味がないじゃありませんか』
「だったら手を握った方がもっとしっかり握れるからいいのに……」
『これが最大限の譲歩なんです!! それとも、タカシ様は私の手が握りたいとでも仰る
んですか?』
「わ、分かったから睨むな。それはそうとして、芽衣。何か体調でもおかしいのか?」
『は? な、何故ですか。変な事を仰らないで下さい』
「いや。手の平が随分と汗を掻いてるからさ。どうしたんだろうと思って」
『え――? そ、そんなの、知りません。別に私はどこもおかしくなんてありませんから。
ちょ、ちょっとお待ち下さい』
「ん? どうかしたのか?」
 ゴシゴシ……
『こ、これで宜しいのでしょう? 不快な思いをさせて申し訳ありませんでした』
「いや。別に不快とまでは言ってないけど」
『他人の汗が気にならないはずありません。ご無理をなさらないで結構です』

『(ハァ…… ダメだ、私……たかが指を一本握ってるだけなのに、緊張して、頭がクラク
ラする……身体も熱いし……こんな状態で手なんて握ったりしたら、倒れちゃうかも…… 
ううん。こんな事じゃダメだ。もっとしっかりしないと)』
「おーい。芽衣」
『(このくらい、普通に受け流せるようにならないと、今後、お側でお仕えなんて出来る訳
無いもの)』
「芽衣ってば」
『え? な、何ですかもう!!』
「ちょ、ちょっと。何でそんなに怒ってるんだ?」
『さっきからくだらないことでいちいち声を掛けるからです。少しは黙って付いてくる事
くらい出来ないのですか?』
「いや、でも……」
『でも、じゃありません!! ただでさえ慣れない街で道案内をしているんですから、邪
魔しないでもらえますか? お話しでしたら、後でいくらでも聞いてあげますから』
「分かったよ。黙ってろ、って言うんなら、そうする」
『分かってくだされば宜しいです。失礼な口の聞き方をして、申し訳ありませんでした』
『(あああ……やっちゃった…… いくら緊張して動揺しているからって、タカシ様に当た
ってはいけなかったのに。タカシ様はご好意で声を掛けて下さっているのに……私はいつ
もいつも、自分の事ばかり優先で…… こんな事じゃあ、本来なら、メイドの交代を言い
渡されても仕方ないと言うのに。いくらお優しいタカシ様でも、こんな事を続けていたら
…… せめて、映画を見た後くらい、仲良くお話して、それで挽回出来ればいいけど……な……)』

〜10分後〜

『(あれ? おかしいな……こんなに遠くはない筈だけど……)』
「どうかしたのか? 芽衣」
『は? な、何ですか。タカシ様』
「いや。何か急に立ち止まってキョロキョロしてるから」
『何でもありません。ちょっと場所を確認していただけです。別に、何も問題はありません』

「そうか? 何か、迷子の子供のように見えたぞ」
『バカな事を仰らないで下さい!! だ、誰も道に迷ってなんかいません』
「いや。傍目に見ても、思っていた場所と違う所に来て動揺しているようにしか見えないんだが」
『ま、またそうやってからかって私の不安を煽ろうとしても無駄ですから。それじゃあ、
行きますよ』
「待った」
 グイッ
『きゃあっ!! な、何をなさるんですか!! いきなり腕を引っ張らないで下さい。抜
けたりしたらどうするおつもりなんですか!!』
「そんな強くは引っ張ってないぞ。芽衣が勢いよく歩きすぎなだけだ」
『私、別にそんなに勢いよく飛び出したりなんか――いえ。はなはだ不本意ですが、タカ
シ様がそう仰るのでしたら、それでも宜しいです。それよりも何で、腕を引っ張ったりな
さるんですか!! また何かのイタズラですか?』
「あのまま行ってたら、いつまで経っても映画館には着かないぞ」
『え……?』
「こっちだ」
『ちょ、ちょっと!! 手を離して下さい!! どこへ連れて行く気なんですか!!』
「どこへって、映画館だろ? ここで右に曲がれば、ちょっと遠回りにはなったけど、映
画館の真正面に出られるからな」
『そ、そんなはずありません。だって、確か道なりに真っ直ぐ行けば左側にあるって……』
「109のところの三叉路で大通りを右に入ってからな。多分芽衣は道玄坂っていう地名だけ
で行こうとしてたんだろうけど。でも、ちゃんと地図で確認したんじゃなかったっけ」
『だ、大体の場所は覚えているつもりだったので…… それに、タカシ様を放っておいた
ら何されるか分かりませんから、簡単にしか確認しなかったんです。そんなことより、映
画館の場所をご存知でいらしたのに、一言も教えて下さらないなんて酷すぎます』
「そりゃ、女の子をエスコートするのに場所も知らないじゃどうしようもないからね。そ
れに、ちゃんと教えようとしたのに、芽衣が聞く耳持たなかったじゃないか」
『え? 教えようとしたって、いつの事ですか? くだらないおしゃべりばかりしてて、
そんな事、一言も言っては下さらなかったじゃありませんか』

「言おうとはしたさ。けど、芽衣にくだらないおしゃべりばかりは止めて黙って付いて来
るよう言われたろ? だから黙ってたんだけど」
『あ………… で、でもそれは、タカシ様にだって責任はあります!! それまでのタカ
シ様のお話が余りにもどうでも良い事ばかり話されるから……だから、その……』
「ただでさえ馴れない街での道案内に四苦八苦してるところを邪魔されたくなかったんだ
ろ? でも、それ以前に、知らないのに知ってるフリをして、格好つけたりするから悪い
んじゃないのか?」
『う…… で、でも、それはその……タカシ様が、馬鹿になさるような事を言うから……』
「最初に芽衣が俺の事を世間知らずだって馬鹿にしたんだろ?」
『それは馬鹿にした訳じゃありません!! 歴然たる事実じゃありませんか』
「でも、芽衣だって実際は同類じゃないか。そこを格好つけて知ったかぶりをした挙句に
人の話も聞こうとしないって……どうよ?」
『そ、そんな畳み掛けるように非難されなくてもいいじゃないですか!! 私だって、自
分の発言にそれなりに責任を感じて、道案内を買って出たんですから……』
「ま、何にしろこれは、メイドとしては失態だよな?」
『む……た、確かに……その……け、結局は辿り着けなかった訳ですから……その、申し
訳……ありませんでした……』
「よし。芽衣も認めたところだし、これは罰を与えないと」
『へっ…… ちょちょちょ、ちょっと!! お待ちくださいタカシ様!! 罰ってどうい
う事ですか!!』
「メイドとして失敗したんだから、罰を与えられたとしても何の不思議もないだろ?」
『冗談ではありません!! いいい、今までそんな事、一度もされたことはなかったでは
ありませんか。それをこんな場所でなんて……いつからタカシ様はそのような鬼畜で冷酷
非情な人間になられたんですか!!』
「あれ? 俺は今ここでなんて一言も言ってないけど? そうか。芽衣はこの場で罰を受
ける事を望むのか」
『ちっ……違います違います!! そんな事断じて望んでなんていません!! そうやっ
て私の言葉尻を捉えて遊ぶのは止めて下さい!!』
「まあ、俺は鬼畜で冷酷非情な主人らしいからな。そう言われたからにはそれに相応しく、
この場で罰を与えないと」

『うぅ……わ、分かりました。私も別府家のメイドです。本意では無いとはいえ失態を演
じたのは事実ですし……そ、その……タカシ様がなさりたいようになさって下さい……』
「お? 意外と素直なんだな。もう少し文句を言われるかと思ったが」
『し、仕方ないじゃありませんか。どんなにタカシ様が極悪非道人とはいえ、主人である
事には変わりありません。メイドである以上、ご主人様の言い付けは守らねばなりません
から、こうなっては身の不運と諦めるしかありません』
「そうか。なら、遠慮なくやるぞ」
『ど……どうぞ……』ビクッ……
 グイッ
『――――え?』
「ほら、行くぞ」
『!!!!!(//////////) きゃあっ!! ななななな、何をなされるんですか!!』
「何って、罰を与えるって言ったろ」
『かっ……かかかかか、肩を抱く事が……ばばば、罰なんですか!?』
「ああ。芽衣は嫌だろうと思ってさ。それとも何だ。もしかしたら嫌じゃないとか?」
『い……嫌に決まってるじゃないですか!! おまけにこんな人の多い道で!!』
「人目に付くからこその罰だろ? こうしてれば、恋人同士に見えるかも知れないし」
『こっ……(////////)!! じょじょじょ、冗談ではありません!! すすす、すぐに離し
て下さい!! 私とタカシ様なんて、その……ふ、不釣合い過ぎます!!』
「不釣合いって、俺が芽衣に相応しくないってこと?」
『逆です!! 人物の問題ではなく、身分がその……ち、違い過ぎますから、だからその、
恐れ多くて、ですから、早く解放して下さい!!』
「身分なんて関係ないって。俺がしたくてしているんだから、芽衣はただ我慢してればい
いのさ。それより大声出すのを止めてくれないか? このままだと恋人同士じゃなくて俺
が変質者だと思われちまう」
『ここ……こんな酷い事をするのが、へ、変質者でなくて何なんですか!!』
「むぅ…… まあ、そう思ってくれても構わんけど、警察沙汰になったら芽衣もやっかいだろ?」
『タカシ様は一度か二度は警察のご厄介になった方がいいんです』

「ちょっと待ってくれ。そりゃいくら何でも言い過ぎだろ」
『そんな事はありません。まあ、その……今、タカシ様が捕まったりしたら、私も責任を
問われますから、仕方なく言う事を聞くことにしますが』
『(ダメ…… 黙ったら、途端に、意識がタカシ様の身体の方に行ってしまって…… 体温
が……匂いが……ぁぅぅ……)』
「どうしたんだ? 芽衣」
『ふぇっ!? な、何が……ですか?』
「何か、体が物凄く熱いぞ? おまけに足元も若干ふらついてるし。具合でも悪いのか?」
『タッ……タカシ様に抱かれたりすれば、その……ぐ、具合も悪くなります!! 当たり
前の事を仰らないで……ください……』
「そうか。なら、どっかで休んだ方がいいか?」
『けっ……結構です。ば、罰なのですから……多少は我慢しないと…… 本当に酷くなっ
たら、その時は言いますから』
「そうか。なら、ゆっくり行くか」
『ゆ、ゆっくりって……!?』
「いや。芽衣のペースに合わせようと思ったんだけど、何か問題でもあるか?」
『だって、その分……その……ば、罰の時間が長くなるじゃないですか……』
「ああ。そうか。でも仕方ないだろ? どのみち急げないんだし。まあ、芽衣がギブアッ
プすれば許してやらないことも無いけど」
『む…… た、タカシ様に許しを乞うなど、真っ平ゴメンです……』
「ホント、強情だな、芽衣は。ま、そういうならこのまま行くとするか」
『あ……あの……タカシ様……』
「ん? どうした、芽衣」
『(ダメだ……このままじゃ、足元がふらついて……)』
『ちょっと……失礼して、宜しいですか?』
 グッ……
「おお。なかなか大胆だな。芽衣みずから、腰に腕を絡めてくるとは」
『タタタ……タカシ様のせいで、上手く歩けないから、その……仕方なくですからね。本
当はこんな事……その……したくないんですから……』
「分かった分かった。じゃあ、これで歩けるんだな?」

『は……はい……(////////////)』
「よし。それじゃ行こうか」
 コクン……
『(こ、こんな街中でタカシ様と密着して歩くなんて……恥ずかし過ぎて死んじゃいそう……
ああ……で、でも……いっそこのまま……ずっと、このままでいれたら……なんて……(//////////)
わ、私ってば、何を考えているんだろう。そんな、分不相応なことを……絶対
おかしい。で……でも……幸せ……だな……(/////////////))』


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