・メイドツンデレを映画に誘ってみたら(その7)

『お待たせ致しました』
「よお。随分と長かったな」
『んなっ!? 何を失礼な事を言っておられるのですか!! 女の子は大体男の人より時
間が掛かるものですから、別に普通です』
「そうか? いつも芽衣がトイレ入ってる時間より随分と長い気がしたけど……」
『何でそんな事が分かるんですか!! まさか普段から私がトイレ入る時間を計っておら
れるとでもいうのですか? もしそうならタカシ様は変態です!!』
「するかアホッ!! 一緒に暮らしてれば、何となく感覚的に分かるだろが。たまたまか
ち合って待ってる時だってあるし」
『だからと言って、私のトイレの時間をいちいち気にすることないじゃありませんか!!』
「待っていれば気になるだろ? 逆の立場で考えてみろ。俺が15分もトイレから出て来な
かったらお前だって気にならないか?」
『わ……私は15分も入っていません!! いい加減な事言わないで下さい!!』
「今のは例えだから。実際そこまで正確には時間計ってないし」
『む……と、とにかく、私に対してだけではなく、女性にそのような事を言うのは失礼極
まりません。今後は自重してください』
「分かったよ。反省する」
『そうやってすぐ気軽に謝罪するところを見ると、反省しているとはとても思えませんが』
「そうか? ちゃんと反省しているんだけどなー」
『信用出来ません。まあ、今のところはこれ以上は言えませんけど……今度、このような
事を仰ったら許しませんから』
「許さないって、どんな風に?」
『は?』
「芽衣は許さなかったら俺にどうするのかなーって? 俺の親父か執事の真藤さんにでも
報告する? 俺のセクハラに困っているって言えば、本家に戻してもらえるかもしれないぜ」
『ええっ!? わ、私は別に、そこまでするなどとは言ってません!! タカシ様の傍に
お仕えするのは私の、その……義務ですから…… 仕事を放棄する訳には行きません!!』
「職場環境を変えるのは仕事放棄とは言わないだろ」
『ダメです!! 他のメイドならいざ知らず、私は、その……ダメなんです!!』
「じゃあ、他にどんな事をする? 許さないって言うんなら行動で示さないと」

『そ、それはですね……その……』
『(どうすればいいんだろう……? 私の仕事を放棄せずに、タカシ様を懲らしめるなんて
……徹底的に無視する、とか……? お食事も全部別々で、お買い物に付き合ってくださ
るのも禁止。日常会話は必要以上のことはしないって……違う違う!! そんなの、私へ
の罰みたいなものじゃない。タカシ様は私が言えば、きっと平然と過ごしてしまうでしょ
うけど……私はそんなの……もう、無理だもの……)』
「どうした? そんなに悩む事か?」
『今言います!! そうですね。えっと、その……例えばですね、一週間ずっと……タカ
シ様の嫌いなおかずばかりでお食事を作るとか……』
「クッ……ククク……あっははははは!! 何、その可愛らしいおしおきは」
『笑わないで下さい!! 出来る範囲内の事で精一杯考えたんですから!!』
「でも何か、悪い事をした子供に対するお母さんの罰みたいな感じじゃね? それって」
『いいんです!! タカシ様は行動原理そのものが子供みたいなものですから、私もレベ
ルを合わせただけです』
「そっかそっか。まあ、その程度の事なら安心できるな。芽衣から一生口を利きませんと
か言われたらさすがにどうしようかと思ったけど」
『そ、それはその……私も考えましたけど、実際問題、タカシ様にお仕えする以上、どう
しても話さないわけには参りませんし、それにタカシ様の事だから、その程度のことでは
懲りずに私をいじって来るだろうと思いますから』
「そうか? 芽衣に業務的な会話以外一切無視を決め込まれたら、俺的には結構辛いんだ
けどなー」
『(そうなんだ……タカシ様も、私と日常会話するのが、楽しいって思って下さっているん
だ…… あらためて、こう言われると何か……嬉しいな……(/////////))』
「まあ、そうはならないと知ってホッとしたよ。さて、そろそろ行くか」
『……………………』(ホワーン)
「芽衣。おーい、芽衣ってば」
 ツンツン
『んきゃんっ!! 突然何をなさるんですか!!』
「いや。そろそろ時間だから行こうぜって言ってんのに全く反応がないからさ」
『だからと言って頬っぺた突付くことはないじゃありませんか!!』

「あー。ふにふにして柔らかかった」
『誰も感想なんて聞いてません!! 理由を聞いているんです!!』
「ん? だって、一番無難だし。それに何か、芽衣のほっぺも突っついて欲しいって訴え
てたように見えたしさ」
『そんな訳ありません!! はっきり言って拒絶反応起こしてます!!』
「そこまで言わんでも…… まあいいや。とにかく行こうぜ」
『もう!! とにかく、今後はいきなり頬を突付くのも禁止です。分かりましたか?』
「分かった分かった」
『(本当にもう……タカシ様ってば、いつも心臓に悪い事ばかりなさるんだから…… でも、
私も……タカシ様の言葉にドキドキして、ボーッとしちゃう癖、何とかしないとな……)』


「結構空いてるな。休日のお昼前だし、渋谷なんだからもうちょっと混んでるかと思ったけど」
『テレビでの宣伝とか、全然と言っていいほどやってませんからね。マイナー映画の好き
な人じゃないと存在すら知らないんじゃないですか?』
「かもな。にしても、芽衣は何でこの映画に興味を持ったんだ?」
『私はもともと、ホームドラマや恋愛物が好きですから。派手なアクションや映像なんか
より、人の内面をきめ細かく描いた作品が好きなんです。まあ、話題作だからといってそ
れだけで拒否するわけではありませんけど』
「確かに、芽衣が借りる映画って、知らないのが多いよな」
『そういうものにこそ、名作が隠れていたりするんです。とは言っても、私が心打たれる
ような作品に、万人受けするものは少ないんですけど』
「分かる分かる。人の心に強烈に訴えかける作品って、映画に限った事じゃないけど、好
き嫌いが激しく分かれたり、好きな人以外からは駄作扱いされたりするんだよな」
『そうなんです。私が雑誌を買うようになったのも、日本でDVD化されるもの自体そう多
くはないですし、それにレンタルとなれば尚更入荷し辛かったりするので、最初は情報集
めのためだったんです。でも最近は見ない映画でも雑誌の評論を見たりするのも楽しかっ
たりしますけど』
「よかった」

『は? 何がですか?』
「やっと、今日、芽衣が楽しそうに話してくれたから。このまま一日不機嫌なままだった
らどうしようかと思ってた」
『え? あ……そ、それはその……不機嫌なのは、タカシ様が変なことばかりなさるから
ですよ!! 私だって、これは見たかった映画ですから、楽しみな事は楽しみですもの』
「つまり、不機嫌だったのは全部俺のせい、と?」
『その通りです。今頃になってお分かりになられたのですか?』
「そうか? きっかけは全部芽衣の自爆のような気もするけどなぁ。確かに傷口を突付い
て弄って広げたのは俺だけどさ」
『そのような事はありません。何故なら、私が不機嫌な理由、ですから、タカシ様が変に
突付かなければ機嫌が悪くなりようがありませんもの』
「なるほど。納得したわ」
『さて。そろそろ始まりますから、お静かに願いますね』
「分かってるよ。ガキじゃあるまいし」
『タカシ様は時々、小学生の子供みたいなイタズラをなさいますので、念の為にと思いまして』
「多分それは、お互い様だからだろ? 芽衣にそういう隙があるから、こっちとしてもつ
いついやりたくなっちゃうんだよなー」
『全っ然悪いという自覚がないじゃありませんか!! もう後2年もすれば、成人なされ
るというのに、いつまでも子供のままでは世話をする私の身が持ちません』
「ああ。ほらほら、分かったからさ。映画、始まるって」
『もう!! そうやってすぐにごまかそうとなさるんですから!!』
「(そうやって、怒る姿が可愛いから、ついいじりたくなっちゃうんだよな。ホントに)」



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