・メイドツンデレを映画に誘ってみたら(その8)

〜映画終了〜

「う〜ん、っと。結構いい映画だったなー。さて、芽衣。行くか」
『……………………』
「どうした? またボーッと呆けてんのか」
『失礼な事……ぃわないで下さ…… 呆けてなんて……ません……』
「どうしたんだよ。ていうか、何で向こう向いて……」
『ちょっと待って下さい。その……すぐ……済みますから……』
「もしかして……お前、泣いてんのか?」
『!!!!! だっ……大丈夫です。別に泣いてなんていません』
「別に、無理して我慢する事ないんだぜ。映画に感動して泣けるって、それだけ感受性が
豊かだって事だからな」
『も、もう平気ですから……(ゴシゴシ……) それに、タカシ様にそのような事を語られ
たくありません』
「その言い方は酷いよな。せっかくフォローしてやってんのに」
『別にフォローなどしていただく必要はありません。それに、ちょっとラストでうるっと
来ただけで、そんな泣いたなどという大げさな事ではありませんし』
「目、真っ赤だぞ」
『へ、平気です。というか、そんな風にジロジロと私を見つめないで下さい』
「誰が見たってすぐに分かると思うんだが……」
『……どうせ、子供っぽいって思っていらっしゃるんでしょう?』
「は?」
『たかが映画くらいで大泣きして、って…… どうせ私は単純で、子供っぽいですよ。フン』
「誰もそんな事言ってないだろ? いくらなんでもそりゃ、被害妄想ってもんだ」
『言ってなくても心の中ではそう思ってらっしゃるんじゃないですか? タカシ様はいっ
つも私をからかってらっしゃいますし』
「勝手に決め付けんなよな。誰もそんな事思ってないし」
『嘘です。私に先手を打ってそう言われたからそう仰っているだけでしょう?』
「違うよ。だってその……普通に、感動できる映画だったし…… 俺はあまり映画や小説
やドラマなんかで泣く方じゃないんだけど、これは結構泣きそうだったし」

『…………本気で、言ってらっしゃるんですか?』
「ああ。だから、別に泣いたって恥ずかしい事でも何でもないと思うぜ」
『……タカシ様は、どこで感動されましたか?』
「は?」
『今の言葉がごまかしでないのなら、お答えできるかと』
「そうだな…… ゲイカップルが、愛の告白をするところ……とか?」
『そんなシーンはありません!! ちゃんと見てらっしゃったんですか?』
「……人の死ってのはさ。やっぱ……悲しいよな」
『は?』
「けどさ。あの、ラストに死んじゃった病気の人がヒロインの娘に言ってたじゃん。人生
ってのは、旅をしているのに似ているって。みんな、目的地が違って、迷ったり、出会い
があったり別れたり。だけど、終われば家に帰る。帰り道では、楽しかった出来事や途中
で出会った、素敵な人達の事を思い出しながら帰るから、だから自分の事は心配しないで
いいって。自分の事より、残されるその娘の事を思いやれる彼を見てたら、ちょっとグッ
と来た」
『……………………』
「どうした? 無言で俺のこと見つめて? もしかして、ちょっと感心したりした?」
『誰がですか!! ふざけた事ばかり仰っているかと思ったら、急に真面目に感想を言い
出したりしたもんだから、ちょっと面食らっただけです』
「たまには良いこと言うな、とか思って、惚れ直したりとかしない?」
『お、思いません!! というか、何で私が惚れ直したりしなきゃならないんですか!!
そもそも、元からその……ほ、惚れたりなど…………してません……から……(///////)』
「最後のは冗談だからさ。ムキになって怒るなって。そんなに顔真っ赤にしてると、かえっ
て怪しく思っちゃったりするぜ」
『や、止めてください!! そんなの………… 大体、冗談にしても度が過ぎます!!』
「ゴメンゴメン。もう言わないからさ」
『そう言って、いつもいつも同じ事を懲りずに繰り返してばかりで……嫌いです!!』

『(タカシ様は……私の本当の気持ちなど、微塵も気付いていらっしゃらないから……あん
な事を冗談として仰る事が出来るんだろうな…… そもそも、今更、かっこいい言葉の一
つくらいで惚れ直すなど大間違いだって言うのに。惚れ直すも何も……私はずっと……タ
カシ様に、惚れっぱなしなのだから……)』
「ところで、芽衣は何に感動してそんなに泣いたんだ? 俺が感想を言ったんだから、芽
衣のも聞かせてくれたっていいだろ?」
『わ、私ですか? 私はその…………不本意ながら、タカシ様と、同じです……』
「そうか。やっぱりあのセリフは良いよな。その、不本意ながらってのが気に掛かるけど」
『だだだ、だってその……タカシ様とご一緒だなんて、何かその……ゃ、じゃないですか……』
「むう。でも、あのセリフはこの映画の肝と言ってもいいだろ? あそこで感動した人は
多いと思うぞ」
『私もそう思いますけど、でも、やっぱりその……嫌じゃないですか』
「いや。そこで同意を求められても困るんだけど」
『それに、泣いたのはそれで感動したからじゃないですし……』
「え?」
『ラストにあのセリフがあって、感動して、でエンドロールが流れたじゃないですか。そ
れで、もう終わりだと思っていたら……最後の最後で、モノローグで、彼の死が告げられ
て、そしたら何かもう、涙が……』
「ちょ、ちょっと待て。また泣いてるぞ」
『も、申し訳ありません。思い出したら、また……い、今拭きますから……』
「ほれ。俺のハンカチ使えよ」
『け、結構です!! 自分のありますから……気になさらないで下さい』
「もう涙でグショグショじゃねーか。ほら。こっちの方が綺麗だから」
『……タカシ様の使い古しじゃないでしょうね?』
「そんなもん渡すか!! 芽衣が綺麗に洗ってくれたそのまんまだから」
『分かりました。お借り致します……』
『(タカシ様のハンカチ……本当は、使い古しの方が……なんて、何考えてるんだろ私……)』

 ゴシゴシ……
『済みません。もう大丈夫です』
「そか。そのハンカチは芽衣に貸しておくから、ずっと使ってていいぞ」
『有難うございます。逆に、私の使い古しをタカシ様に持たせる訳には参りませんし』
「言っておくが、変な事に使おうとか、そんな事考えたこともねーからな」
『む。先手を打ってそういう事を仰るあたり、非常に怪しいですね。まさか、そのような
事を想像なさったりとか……』
「するか!! 本当に芽衣は疑り深いな。全く」
『タカシ様が疑われるような行動をなさるのが悪いんです。私のせいではありません』
「なあ、芽衣」
『何ですか? タカシ様』
「ふと、思ったんだけどさ。俺がもし、死んだら……芽衣は、どうする?」
『は? い……いきなり、何を言い出すんですか!! 急に話題を変えないで下さい。つ
いて行けないじゃありませんか!!』
「ゴメン。上手く切り出せなくて。さっきから、聞くタイミングは窺ってたんだけど、な
かなか切り出せなくてさ。ちょっと無理矢理になった」
『タカシ様はいつもそうです。ご自分の中で話を完結させて、急に違う話題を持ち出した
りなさるので、聞いている方としては戸惑うばかりです』
「だから謝ったろ。今回ばかりは自覚してるし。で、さっきの質問の答えは?」
『質問……って、何でしたっけ? 正直、あまりに話題が変わり過ぎたので、よく覚えて
なくて……』
「俺が死んだら……或いは、死ぬと分かったら、芽衣はどうするのかな、って」
『タカシ様……が……?』
「うん」
『…………申し訳ありませんが……その質問にはお答え出来ません』
「何で? 答えづらい質問だった?」
『……そんな事……考えた事もありませんし……考えられません。有り得ません』
「有り得ない事はないと思うけどな。人間、何が起こるかわからないし」

『いいえ。少なくともこの先の人生にとってタカシ様は私にとっての全てですから。です
から……タカシ様が死ぬなどと言う事は私の今までの……そして、これからの人生全てが
意味の無い事になってしまいます。だから……有り得ません。絶対に』
「芽衣……何も、そこまで思いつめた考えを持たなくても……俺が死んだからって何も、
これまでの人生が無駄になる訳じゃないし、ある意味で言えば、決められたレールから外
れて自由に生きる選択肢が出来るわけだし……」
『いいえ!! 私の人生はタカシ様と共にあるものだと決まっています!! だからそれ
以外の事など思いもよりません。それは考えてはならない事です!!』
「うーん……その頑固なところは、芽衣らしいといえば芽衣らしいな…… それに、そこ
まで俺の事を思ってくれるってのは何ていうか、男冥利に尽きるような……何にせよ、有
難い事だと思うけどな」
『え、えっとその…… いいい、言っておきますけど!! 私は生まれた時からタカシ様
のお傍に仕えるよう、そう教育され続けてきたからであって……べ、別にタカシ様が好き
だとかそんな……こ、個人の感情は一切入っておりませんから!! そこのところは勘違
いなさらないで下さい!! 宜しいですね!!』
「何もそんなに一生懸命になって言い訳しなくてもいいのに。むしろ、逆に怪しく思っちゃうぜ」
『な……何も怪しい事などありません!! タカシ様がその……変な勘繰りをなさらない
ように、事前に釘を刺しておいただけです』
「どっちかって言うと勘繰ってくださいと言わんばかりだけどな」
『違います!! そんな事あるはずないですから。どうしてタカシ様はそうやって意地悪
な発言ばかりなされるのですか!!』
「芽衣は完璧なように振舞ってはいるけど、結構隙があるからな。つい突っ込んでみたく
なるというか」
『だ、誰もそんな風に意識して振舞ってなどいません。失礼な事を仰らないで下さい。そ
れに誰にだってその……失敗したり自意識過剰になったりとか、あるじゃないですか。何
もその……私だけではありません。タカシ様が殊更に弄るから、余計その……ムキになる
だけで、タカシ様さえそのような言動をなさらなければ、私など、至って普通です』
「普通……ねぇ……」
『何ですか!! その微妙に含んだような物言いは!! タカシ様は失礼にも程がありま
す。そういう所ははっきり言ってキライです』

「ハハハ。分かった分かった。芽衣に嫌われちゃ敵わないからな。少しは自重するわ」
『そう言って少しも反省なさらないところもキライです』
「うーん。鋭いところを突くなぁ。さすが、俺の事をよく見ていてくれているな」
『仕事上仕方なくです!! あと、あっさりとお認めにならないで下さい!! もう……』
「さてと。そろそろ出るか。いつまでも長居する場所じゃないし」
『ちょっと待って下さい』
「ん? どうした? またトイレか?」
『違いますっ!! どうしてそんなにタカシ様はデリカシーがないんですかっ!! さっ
きも散々文句を言ったというのに、ホントにちっとも懲りてらっしゃらないですから!!』
「冗談だって。で、何?」
『え、えっと……ですね、その…… タカシ様は、私が死んだら……どうなさいますか?』
「え?」
『だ、だからその……さっきのタカシ様の質問のお返しです。タカシ様は、その……どう
いうお気持ちになられるのかなって……』
「知りたい?」
『べ、別に私が知りたいとかそういう訳じゃありません!! ただ、その……私だけが答
えるのって……ズルイじゃないですか。だからその……平等に、タカシ様にもお答えして
もらおうと思っただけです。それだけですから!!』
「芽衣が知りたくないんなら、別に答える必要ないんじゃないかなあ?」
『ダメです!! 私がお答えした以上、タカシ様にもキチンと答えて頂かないと』
「芽衣、確か回答を拒否したんじゃなかったっけ? 俺が死ぬのは有り得ないって言って」
『そ、それも答えの一つです。というか、私の事はいいですから、早く仰ってください』
「何かさー。物凄く不公平感が充満しているような気がするんだけど、俺だけ?」
『タカシ様だけです!! それに、私だって一応、その……真面目に考えたんですからね!!』
「うーん……そうだなぁ…… 身体の一部を永遠に無くすような……そんな感じかな。或
いは、重要な器官が二度と使えなくなるような、そんな感じだと思う。少なくとも、もし
かしたらそれ以上の喪失感……だろうな」
『なっ……!?(////////) ばっ……馬鹿な事を……仰らないで下さい!! そんな、悩み
もしないでそんな事を軽々しく…… おっ……お世辞を言うにも程があります!!』

「別にからかってるわけでもお世辞を言ってるわけでもないよ。直感的に、フッと、例え
ば、交通事故とかで芽衣を永遠に奪われたらって考えたら、自然に出てきた言葉だから」
『嘘です!! そんな事ありません!! そんな……』
「何で俺が嘘を言わなくちゃならないかなぁ? というか、いつも芽衣には嘘つき扱いさ
れるけど、どう言えば信じて貰えるんだか」
『だっ……だってそんな……私は、ただのメイドに過ぎないんですよ? 仮に私がいなく
なっても、お世話できる代わりの者は幾らだっています!! 変えの効かないタカシ様と
は訳が違います!!』
「馬鹿言うな。確かにメイドなんていくらでも雇えるけどな。でも、芽衣は一人しかいな
いんだ。大体、メイドでありながら本気で怒るわ、主人の言う事は聞かないわ。でもいつ
も俺にとって一番良いように考えてくれて、言わなくても必要な事は全部やってくれるそ
んなメイドは他にいないぞ」
『そっ……それはその……タカシ様が、あ……余りにもだらしなさ過ぎるので、必然的に
そうなってしまったというか、別に私でなくとも、タカシ様のお世話をしていれば誰でも
そうなると言うか……』
「そんな事はないだろ。普通のメイドなら、自分の仕事の領域をキチンと守ってそこを完
璧にこなす事を考えるだけだし、ましてや主人との間に波風を立てそうなことは絶対にしないぞ」
『そ、それは……普通の雇われメイドならそうでしょけど、私はその……さっきも行った
とおり……生涯、お傍で仕えなければならないので……ですから、その……タカシ様がだ
らしないと、わたしの人生そのものに関わる訳ですから……』
「ほら。何だかんだで芽衣だって思ってるじゃないか。普通のメイドとは違うって」
『そ……それはそうですよ。そもそも普通のメイドなら、タカシ様について行けず、一週
間で自分から退職願を出しますもの』
「俺ってそんなむちゃくちゃやってるかなぁ……」
『御自分で自覚してらっしゃらない所が一番質の悪いところです』
「ま、ダメな主人であることは認めるとしよう。いろいろと迷惑掛けてる事は事実だしな。
でも、これで納得してくれたろ?」
『な……何が……ですか?』
「こんなダメ主人に、誠心誠意仕えてくれる芽衣は、俺にとって何者にも変えられない、
かけがえのない人だってことを」

『なっ!!!!!(///////////) あわわわわ……』
「あれ? もしかして、ちょっと照れちゃったりなんかした?」
『いや……その…… 馬鹿な事を仰らないで下さい!!!! 誰がその……照れてるって
言うんですか!! そうやって私をからかって困らせて……だからキライなんです!!』
「ハハハ……ごめんごめん」
『そうやってすぐに心にもない謝罪をなさるし。い……いいですか!! 確かにその……
タカシ様の仰る事はみ……認めざるを得ませんし……それに、その……メイドとして、ご
主人様にそのように仰っていただける事は……本来であれば、か……感謝すべきことだと
は、その……思います。けど…………………』
「けど……何?」
『その……わっ……私は、その……………………す、少しも嬉しくなどはありませんから
ねっ!! それだけは誤解しないで下さい!! 宜しいですね!!』
 ツカツカツカツカツカツカツカツカ。
「わ、分かった……って、芽衣。どこ行くんだよ。ちょっと待てって」
『き、決まってるじゃありませんか!! もう用事は済みましたもの。帰るんです!!』
「あ、おい!! ちょっと待てってば!!」

『(タカシ様のバカ!! 真顔であんな事を仰るなんて…………私はもう……胸が破裂し
そうなほどに苦しいというのに…… でも……でもでもでも……タカシ様が、私の事をあ
んな風に仰っていただけるなんて信じられない……私の事を、唯一無二のように……ああ
あ、ダメだダメだダメだ!! 考えちゃダメ!! 考えれば考えるほど、嬉しくて……だ
らしない顔になってしまうもの。そんな変な顔、タカシ様に見せられない。さっきだって
……さっきなんて、あそこで無理矢理歩き出さなかったら……きっと、嬉しさの余り、抱
きついてしまっただろう。タカシ様をギュッとしたくて……タカシ様に、ギュッとして欲
しくて…… でも、ダメ。それをしたら、きっと私は壊れてしまう。もっともっと、タカ
シ様の愛を求めてしまいたくなる。そうなったら、終わりだ。私達はもう、この関係では
いられなくなってしまう。私は、あくまで、タカシ様のメイドで……愛情の全てを、誠意
に変えて、一生、タカシ様のお側に仕え続ける。それでいいのだから……それだけで……
幸せなのだから…………)』


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