ツンデレと海 その2

・ ツンデレが新しい水着を買いに行くのに男が付き添ったら

――結局…… 来ちゃうんだよなあ……
 次の日、指定された時間の15分前に駅前に着いた私は、ロータリーの時計台を見つつ
ため息をついた。
 私の欠点その91「押しに極端に弱い」
――しかも、律儀に時間より15分も前に着いちゃうなんて…… これじゃあ、まるで楽し
みにしてたみたいじゃない……
 ハア……と、もう一度ため息をつく。
――ここまで来たら……もう、覚悟を決めなくちゃいけないのかな? でも……別府君に
見せるための水着なんて……どんなのを選べば……
 そこで、ハッと我に返って、頭をブンブンと振る。
――違う違う違う。ななな、何も、別府君に見せる為に買う訳じゃないもの。みんなと
一緒に海に行くのに必要だから買うだけだから。でも……けけ、結局見られちゃう訳で、
そうしたらやっぱ少しは意識しないと……って、だから、そんなんじゃなくて……
 その時、私は自分を見つめる視線を感じて我に返った。恐る恐る、視線の先へと頭を向ける。
「委員長、やっほー。おひさー」
「ととと、友田さん!? な、何で? き、来てるなら一言声掛けてくれれば……」
「いやいや。何か考え事に耽ってるみたいで、声掛けづらくって……」
「ウソばっかり。ホントは私のおかしな姿見て笑ってただけでしょ?」
「へー。自覚はあるんだね。さすが委員長」
 うぐう、と私は絶句した。ただでさえ恥ずかしいのに、切り傷に塩を塗るような言葉を
はっきりと言うなんて。
「まあ、でも、こうやってちゃんと来るところは偉いよねー。しかも、約束の時間よりも
早く。もしかしてホントは楽しみにしちゃったりしてたとか?」
 いたずらっぽくイヒヒ、と下品な笑い方をする彼女に、私は勢い良く首を左右に振った。
「そそそ、そんな事ある訳ないじゃない!! ただその……成り行き上とはいえ、約束し
 ちゃったんだから、時間はちゃんと守らないと……」
 たどたどしく反論したが、彼女はまだ笑みを張り付かせたまま、楽しそうに言った。

「はいはい。分かった分かった。委員長は真面目だもんねー」
 その態度にちょっとムッとして、私は口を尖らせて文句を言う。
「か、からかわないでくれる? その……あんまりそういう事言うなら、私、帰るから……」
「あーっ!! ゴメンゴメン。ウソウソウソ。ちょっとした冗談だって。今日は委員長の
 為に来たんだから、機嫌悪くしないで」
 両手を合わせて拝むように謝罪するが、私にはどうもその態度が信頼ならなかった。て いうか、
絶対、彼女は私をおもちゃにして遊んでる。
「べ、別に私の為だったら……そんな事しなくてもいいのに……」
 本心からそう言ったのだが、それを聞くと友田さんは呆れたように鼻を鳴らしてため息をついた。
「まだそんな事言ってんの? いい加減観念しなさいよ。せっかく委員長の水着選びの為
 にタカシまで引っ張り出して来たってのに」
「別に、別府君なんかに選んでもらわなくたって…………え…………!?」
――タカシって……別府君だよね? 引っ張り出してきた? え? え?
「ほら。いつまでそんな後ろの方で観客ぶってんのよ。こっち来なさいって」
「お前らの漫才に入っていけなかっただけだっつーの。つか、誰もついて来れないって」
 友田さんの後ろからひょこっと現れた男の子の姿に私は驚愕した。
――えええええええええええ!!!!!!!!
「よお。委員長」
「こ、こんにちは。別府君。じゃなくって、えと、その……あの、ど、どこにいたの? いい、今まで」
「どこも何もずっと千佳の後ろにいたけど? もしかして気づいてなかったとか?」
 後ろって…… どこにも物陰らしきものは存在しない。ていうか、私には突然煙のように
別府君が現れたとしか思えなかった。
「あああああ……それは、その……えと……っていうか、もしかしてずっと、友田さんと
一緒にいたの? 今北……じゃない。今来たとかじゃなくて」
「そ、そうだけど……何か?」
 ピシッ!!と私の中で何かが壊れる音がした。

――い……ゃあああああああああああっっっっっ!!!!! ててて、てことは、わ、私 が妄想に
  身悶えしてるのを別府君も見て…………
「あああああ…… バカバカバカッ!! もう最低っ!!」
 自分の愚かさ加減に、思わず声を発してしまう。よりにもよってあんな所を別府君に見
られちゃうなんて、今すぐにでも死にたい。ていうか、死ね、私。
「……え? え? バカとか最低って……俺、何か悪いことしたの?」
 私の言葉を自分宛と捉えたのか、別府君が呆気に取られたまま聞いてくる。
「ううん。タカシは気にしなくていいと思うよ。多分、自分の事を言ってるだけだと思うから」
 横で、クスクスと笑いながら訳知り顔に友田さんが含みを持たせた言い方をする。正直、
フォローしてくれたのはいいけど、全然嬉しくない。
「何か、全然訳わかんねー。つか、俺の居場所なくね?」
 私は思わずコクコク、と頷いてしまう。
「うう…… やっぱり邪魔な訳?」
 何か、別府君、ちょっと落ち込んだみたいだ。けれど、本音を言えばその通りだった。
いや。別府君といられるのは嬉しいけど、彼の目の前で水着を選ぶなんて出来っこない。
恥ずかしすぎて。と、いうか友田さんは何を考えているんだろう?
「別府君は……何で、付いて来たの?」
「いやー。実は俺も良く分からん。千佳にちょっと付き合えって言われて無理矢理引き摺
 られて来たから」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「聞いてねーよ。さっさと説明しろ」
 サラッと流す友田さんに、別府君がかみ付く。
「つまりさー。今日は委員長の水着を買いに来たんだけど、あたしだけじゃなくて
 男の子の目もあった方が参考になるかな、って思って。ほら。こんなのでも一応男子だし」
「こんなのってどういう意味だよ」
「言葉通りの意味よ。ね。委員長もせっかく水着買うんだからどうせなら、男の子の目を
 引く水着にしないとね」
 さりげなく同意を求めようとする彼女に、私は大げさに首を横に振って反論した。

「い……いいよ。そんな、その……別に、別府君に見てもらおうなんて思ってないし、
ていうかむしろイヤだし……」
「委員長って、普段大人しそうに見えるけど、結構キツイよね」
「え?」
 急に真面目な口調になった友田さんの言葉に、私はえっ、と顔を上げる。顔を見ると、
ちょっと怒ったような顔つきをしている。そして、困惑した顔つきの別府君の姿が視界に入った。
「なあ。委員長が嫌だって言うんなら、俺、やっぱ帰ったほうが……」
「タカシは黙ってて」
 戸惑い気味に言う別府君をピシャリと一言で抑え、彼女は私の方を向いた。その様子か
ら、私は自分の言葉で別府君を傷つけてしまったのだと悟った。
「あ…… えっと、その……私……」
 口の中でモゴモゴと呟くが、弁解の言葉が浮かんで来ない。と、友田さんが私の腕を掴んだ。
「委員長。ちょっとこっち」
「きゃっ!!」
 無理矢理引っ張られて、私は小さく悲鳴を上げた。そのまま隅っこの方へと連れられる
と、友田さんはクルリ、と体を私の方に向けた。
「で、どういうつもり?」
「どういうつもりって……」
 もちろん質問の意図は分かっているけれど、私は咄嗟にはぐらかそうとしてしまった。
もちろん、そんなごまかしは彼女に通用するはずも無い。
「決まってるでしょ? タカシに見られるのは嫌だ、って。それって、本心から言ってるの?」
 苛立った声で詰問されて、私は言葉に詰まった。何とか、たどたどしく言葉を返す。
「だ、だってその……す、じゃなくて、えっと、その…… お、男の子に水着姿を見せる
 のなんて恥ずかしくて……」
「どのみち海に行ったら見せるんじゃない。て言うか、いつの時代の淑女よ」
 呆れたように言われて、私はちょっと腹が立った。
「仕方ないじゃない。だって、そんな……今まで、男の子と海行くとか無かったし……
 それに、海でならともかく、水着選んでもらうって事は、わざわざ、その、見せる事になる
訳だし……それに、その……私の体なんて、男の子が見て喜ぶようなものじゃないし……」

「本音はそれか」
 途中で口を挟まれて、私は言葉を止める。それから、自分が口にした事を思い出して、
カアッと体を火照らせた。
――し、しまった…… また余計な事言っちゃった……
「早い話が、自分の体に自信が無いから、タカシが見ても喜ばないし、かえってがっかり
 させちゃうかも、ってそう思ってるわけだ」
「あ……あう……」
 ストレートに真実を突かれて、私は何も言う事が出来なかった。
「正直、委員長はもっと自分に自信を持った方がいいと思う。自分で思ってるほどスタイ
 ルだって悪くないし。ただ、もっと背筋を伸ばしてシャンとしないと、せっかくの美人が
 台無しだよ」
「……美人じゃないし。そんな分かりやすいお世辞言われたって、自信なんか付く訳ないと思う」
 友田さんが私に何を求めているのか、私にはさっぱり分からなかった。一生懸命に私と
別府君を結び付けようとしているようにも思えるが、それは迷惑にしか思われないだろう。
私ではなく、別府君にとって。
 ただ一つ、確実な事は、また彼女の苛立ちが募り始めているという事だけだった。
「行くわよ」
 急に、もう一度私の手首を強く握ると、彼女は再び私を引き摺って、別府君の待つ方へ
と歩き出した。
「ちょ、ちょっと!! イタッ!! そんなに強く引っ張らないで」
 乱暴とも思える彼女の行為に私は文句を言ったが、彼女は聞く耳持たずに私を引っ張る。
「こうなったらもう、実力行使よ」
「え? な、何? どういう事?」
 彼女の呟きが分からずに私が聞き返すと、彼女は後ろを振り返ることなく、呟くように言った。
「委員長には今日は派手な水着をたっぷりと試着してもらうから。それでタカシを萌え殺せば、
 少しは自信も付くでしょ」
 その言葉に、私はピキッ!!と凍りついた。握られた腕に力を込め、それ以上引っ張られない
ように体を踏ん張る。

「無理無理無理無理!! そ、そんなの、絶対に無理だから…… お願い。やめて――あうっ!!」
 抵抗空しく、一瞬力を緩めた彼女のせいでバランスを崩したところを再びズルズルと
引っ張られていく。
「ここまで来たからには観念してもらうわよ。ふっふっふ……今日はお姉さんがたっぷりと
 調教してあげますからね」
「調教ってそんな……ていうか、友田さんもしかしてS……」
「ったく……いつまで待たせるんだよ。女同士でコソコソと長話してんなよな」
 いつの間にか、別府君の所まで戻ってきたらしく、私の言葉は、途中で雲散霧消した。
「ゴメンゴメン。その代わり、今日はたっぷりといい思いさせてくれるって。委員長が」
「へ? 委員長が?」
 別府君が、キョトンとした顔つきで私の方を見る。私も一瞬、呆然とし、それから慌て
て、全力でそれを否定しにかかった。
「ちちちちち……違う違う違う!! 私、そんな事言ってないっ!! しないしないしないっ!!
 絶対にそんな事しないってば!!」
 あああああ。もう、何て事を言うんだ、彼女は。私はブンブンと首を振りながら叫んだ。
全身がカアッと熱く火照る。恐らくは首まで真っ赤になっていたに違いない。
「またまた、照れちゃって。そんな事言ってるけど、今日で今までの内気な自分とおさら
 ばするって言ってたじゃない」
「言ってないそんな事!! と、友田さんが勝手に言っただけで、私そんなこと約束してないし!!」
「なあ、委員長。何か、千佳の口車に乗せられてるんだったら、今のうちにはっきり断っ
 ておいたほうがいいぞ」
 いまいち流れに乗り切れないながらも、別府君が忠告してくれる。
「そ、そんなこと別府君に言われなくても分かってるから!! だから、その……と、
 とにかく期待なんてしないで!! お願い!!」
 何かもう、回らない頭で思いっきり懇願する。別府君はううむ……と腕組みしながら
考え込むように言う。
「けどなあ……委員長がいい思いさせてくれるってのも……ある意味おいしいかも……」

「だから、その……あ、有り得ないって言ってるでしょ!! お願いだからその……期待
 しないでよ……」
 と、その時、友田さんが私の手首をがっしりと握ると、グイッと引っ張った。
「ほら。もう観念しなさいな。時間は無限じゃないんだから。行くわよ。ほら、タカシも」
「ああ。まあ、良く分からんけど、何となくここは千佳の口車に乗った方が俺的には楽し
 いとみた。そういう訳で委員長。楽しみにしてるから」
「や、やめて、お願いだから!! って、友田さん、引っ張らないでよ!! じ、自分で
 歩けるから!!」
 こうして、私は囚人よろしく、水着売り場へと引っ立てられて行ったのだった。


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