ツンデレと海 その3

・ツンデレが新しい水着を買いに行くのに男が付き添ったら(の続き)

「ううん……」
 色とりどりのカラフルでかつ、派手な水着の並ぶ売り場の一角で、私は正直どれにしよ
うかと考えあぐねていた。
――柄物はやっぱ、似合わないよね。ネイビーのストライプか、このピンクのにしようか……
 ちなみに、水着のタイプはタンキニっていうのかな?上半身がタンクトップになってる
ので、下はパンツとスカートを選べるような。これだと、露出も少ないし、スカート履け
ば腰の太さも目立たないかな、なんて思って。だって、やっぱり恥ずかしいもの。男の子
に――特に、別府君にボディラインを見られるのは。
「どお? ある程度目星ついた?」
 真剣に選んでいると、後ろから友田さんに声を掛けられた。彼女はさっきからビキニ中
心に熱心に試着しては別府君に判断を仰いでいた。仲の良さそうな二人を見ると正直嫉妬
するが、幼馴染だし、仕方が無いか、という諦めの気持ちも湧き起こったりする。
「あ…… うん。その、まだ決まってはいないんだけど、その……ある程度は……」
 私が頷くと、友田さんは私が持っていた水着へと視線を落とした。
「どれどれ? お姉さんがチェックしてあげるから、よく見せてくれる?」
「え? い、いいよ。そのくらい自分で選ぶから…… 子供じゃないんだし……」
「ダメよ。どうせ目を離すと委員長の事だから、保身に走って地味目の水着選ぶに決まってるもの」
 私が手に持った水着を彼女が掴む。完っ璧に自分の性格を見透かされてる事を苦々しく
思いつつ、私は水着を離した。
「これだけ? 他には?」
 聞かれるがままに、候補に挙がってる2点ほどを彼女に差し出す。友田さんはそれを一
つ一つじっくりと眺めてから、三つまとめて私に突き返した。
「却下!」
「……そ、そんなに無下に言わなくたっていいじゃない。これでもその……真剣に選んでるんだし……」
「ダメよ。ダメダメ。確かに可愛い水着だけど、これじゃあ男の子の心は掴めないわ」

「べ、別に、男の子の心なんて掴まなくたって……いいもの……」
「またそんなことを言って。今日はあたしが調教してあげるって言ったでしょ?」
「いい、いい!! 断固としてお断りします。ていうか、私、頼んでないし」
 彼女に任せておいたら、どんな水着をチョイスされるか分からない。派手派手な水着な
んて着る気もない私は必死で拒否の姿勢を貫く。が、そんな私を完全無視して友田さんは
店の外れの方でポツンと立っている別府君の方にスタスタと歩いていく。
「ほら、タカシ。アンタ、そんなところで何やってんのよ」
「何やってるも何も、さすがに俺が堂々と店内で物色してたら変態じゃねーか」
「キャラ的に合ってなくもないんじゃない?」
「俺は山田じゃねー。少なくとも羞恥心という言葉は知っているつもりだ」
 ポンポンと飛び出す二人の会話を聞くと、やっぱり友田さんを羨ましく思ってしまう。
「どうでもいいから、ほら。ちょっとこっち来なさい」
 何のためらいも無く、彼女は別府君の手を握るとぐいっと引っ張って、私のいる方へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てよ。いきなり引っ張んなって……」
 友田さんはこっちへ戻ってくるなり、私が選んだ水着を手に取るとぐいっ、と別府君に突きつけた。
「委員長が選んだ水着。どう思う?」
 さすがの別府君も、これには困ったような顔つきで水着と友田さんと私を代わる代わる見た。
「いきなり言われてもな……感想の付けようもないし…… でも、委員長がこれがいいっ
 つったんなら、俺が口を出す必要も……」
 戸惑いながら言う彼に、友田さんは怖い顔をして別府君を睨みつける。
「アンタねえ。いいの? 高校生活最後の夏。二度と委員長の水着姿なんて拝めないかも
しれないのよ? その機会をこんなお茶を濁すような水着で棒に振っても」
「ううむ……そりゃ、確かにその……見たいには見たいが、本人の意思ってもんがなー」
 へっ!?と、喉から出掛かった叫び声を、私はギリギリの所で押し隠した。
――見たい……? 見たいって、その……何を? 何をって、そんな、話の流れからすると、
  えーと、その……こういう露出度の低い水着じゃなくて、その、ビキニ、とか?

は、はうううううう……
う、嘘だよね。別府君がそんな、私の水着姿に興味持つ訳なんて……で、でも男の子なら
やっぱり見てみたいのかな…… い、いやその、私のをっていう訳じゃなくって、女の子
一般に対しての事なんだけど、そう言ってくれるって事は、最低ギリギリでも興味を持っ
てくれるレベルではあるってこと……だよね? も……もし、だよ? もしもそうなら……
それだけでも……う、嬉しい…… あ……で、でも……もしかしたら、多少はリップサー
ビスも混じってるのかな…… よく考えてみると、本人の目の前で見たくないだの興味な
いだの言わないよね……そっか……そういう事か…… おまけに、万が一興味の対象内
だったとしてもどうせ……こんな貧弱な体つきじゃあがっかりさせちゃうだけだよね……ハア……
「こら」
 ゴチッ!!という音とともに、私は頭部に衝撃を感じた。
「いたっ!!」
 反射的に声を上げて頭を押さえ、衝撃の来た方へと顔を向ける。
「全く、妄想に耽るのも大概にしてよね。こっちとしてはいい迷惑だわ」
 呆れたような友田さんを、私はキッと睨みつけて抗議する。
「だ、だからって殴る事ないじゃない。それもグーで。痛かったんだからね!」
「だって、声掛けたのに全く反応しないんだもの。生半可な事じゃあ現実に引き戻せないかなーって」
「そんな事無いもの。た、確かにその……考え事はしてたけど、で、でもちょっと肩を叩
 くとか、それくらいで十分だし。あと、妄想って言わないでよ。べ、別に変な事考えてた
 訳じゃないんだから」
「あれ? タカシに水着姿見られるシーンを想像して『別府君に見られちゃうなんて恥ず
 かしい……けど、嬉しい……』とか考えてハァハァしてたんじゃないの?」
 当たらずとは言え遠からずな指摘に、体温が一気に倍くらい上昇する。
「しっ……ししししし……してないしてないしてないっ!!!! そんな馬鹿なコトかっ……
 考える訳ないじゃない!!」
 それから私は別府君の方を向くと、必死で訴えかけた。

「ホントにホントだからね!! と、友田さんの言ってることなんてその……根拠の無い
 デタラメの大嘘なんだから!! 信じて、お願い」
 別府君は困ったような顔をして頭を掻く。
「いや、まあ……普通に考えればそうかとは思うけどさ……」
「でしょでしょ? だから……」
 しかし、別府君はニヤッと笑って付け足した。
「何か必死で違う違う言ってる委員長見てると、あれ?もしかしてマジ?とか思っちゃったりして」
「へっ!?」
 ドキッ、と心臓が脈を打つ。と、友田さんが私の肩を抱いてグイッと引き寄せた。
「ふっふっふ…… 墓穴を掘ったわね、委員長。動揺することそれすなわち、自分で認め
 てるようなものよ。多分今の委員長をウソ発見器に掛ければ、メーターが振り切れて煙が
 上がるわね」
「そんなことないもの! て、適当な事言わないでよね。嘘なんて、そんな……全く、付
 いてないもの」
 少なくともハァハァはしてなかった、と自分に言い聞かせる。
「そんな事言ってるけど、タカシはどう思う?」
 ごく自然に、友田さんは話題を別府君に振る。やめて、そんな事別府君に答えさせない
でよ、と心の中で彼女に抗議する。
「え? 俺? いや、まあー、普通に考えれば千佳の言う通りなんて有り得ないんじゃね?」
「そっかな? この動揺っぷりを見ているとそうとしか思えないんだけど」
「せいぜいが、男の前で水着姿見せるなんて恥ずかしくて困ってるってとこだと思うんだ
 けどなあ。委員長ってめちゃくちゃ奥手そうだし」
 友田さんは、両手を腰に当てると、ハアッ、と深くため息をついた。
「分かってないなあ、タカシも…… 確かにこれじゃあなかなか進展しないわ」
「ばっか、何言ってんだよ。進展も何も…… なあ、委員長」
 慌てて二人の関係を否定しつつ、別府君が私に振る。
「そ……そうよ。別にその……何もないんだから」
 同意しつつも、彼に否定された事が何だかすごく心に響く。分かってる事なのに。

 友田さんは私たち二人を交互に見ると、諦めたように首を振った。
「まあいいわ。ところで委員長。サイズ、教えてくれる?」
「ええっ? な、何で、そ、そんな事を?」
 突然の質問に私は戸惑った。友田さんは、フフ、と意味ありげな笑いを浮かべてそれに答える。
「このままじゃあ、時間の無駄だからね。あたしが委員長に似合うとーっても可愛いスペ
 シャルな水着を選んであげる」
「ええっ!! い、いいよ、そんなの。その……私、自分が選んだ奴で……」
 必死で拒否する私に、友田さんはニッコリとわらって付け加えた。
「うん。だからね。委員長の選んだ水着と、あたしが選んだ水着と、両方試着してみてタ
 カシにどっちが似合うか選んでもらうの」
 彼女の提案に、私はピキッ、と凍りついた。それからみるみる体温が上昇していく。
「だ……だめええええっっっ!!!! やだやだやだ、そんなの!!」
「ええっ!! 俺がかよっ!!」
 二人が同時に友田さんに抗議の声をあげる。一瞬、私と別府君は顔を見合わせた。それ
から慌てて二人は同時に視線を逸らす。
「へえ〜。仲良いね、お二人さん」
 悪戯っぽいような笑みを顔に貼り付ける彼女に、あううう、と私は恥ずかしさの余り、
縮こまってしまう。それから、懸命に、小さな声で否定する。
「ち、違うわよ……今のはその……偶然で……」
「だから仲良いねって言ってんの。ま、それはいいとしてタカシ。アンタ、何が不満なの?」
「え? いや、だってさ。それって俺が決めちゃっていいのかな? 委員長には委員長の
 好みがあるんだろうし……」
 そうそう。やっぱり別府君はこういう所はちゃんとしているな、と私は言葉こそ出さな
かったが、内心で頷いていた。それに、特に今は気を使ってくれているのが私に対してな
ので、何とはなくポワッーと嬉しさが込み上げて来る。
 が、しかしそれは、友田さんには全く通用しないようだった。彼女はもう一度、ハア……
とため息をつくと呆れたような口調で切り返した。

「肝心のアンタが何言ってんのよ。大体ねー。どんなに綺麗事言ったってさ。結局、女の
 子の水着姿なんて、男の子にアピールする為にあるようなもんだから。でなきゃ、露出度
 の高い水着なんて必要ないでしょ?」
「そうなのか?」
 胸を張って自説を高々と論じる友田さんを前に、別府君がそっと私に耳打ちする。私は
ふるふると首を横に振った。
「ちちち……違うと思う。少なくとも私はその……男の子にアピールしたいなんて思わないし……」
「そこ! お黙りっ!!」
「は、はいっ!!」
 突然友田さんにビシッと指を指されて鋭い声で咎められ、私は反射的に背筋をピン、と
伸ばしてしまう。
「それが綺麗事っつってんのよ。ま、あたしに任せておけば、委員長もきっと、開眼するわよ」
 どうあっても私は、エロイ水着を着させられてしまう運命にあるのだろうか。自分では
どうしようもないので、藁にも縋る思いで私は別府君に声を掛けた。
「あ……あのさ、別府君」
「ん? 何? 委員長」
「何とかして……友田さん、止めてくれないかな」
 しかし、私のお願いを彼は即答で、一言の下に否定した。
「無理。ああなったら、千佳を止めれる奴はいねーよ。まあ、諦めるんだな」
「そ、そんな…… 何とかしてよ。幼馴染なんだし」
 懇願する私に、別府君は困ったように頭を掻いた。
「何とかするってもな…… せめて、委員長が選んだ水着の方を選択するくらいしかして
 あげられねーけどな」
――ううううう…… 結局、友田さんが選んだ水着を着て、別府君に見せなきゃならないのか……
 それを思うと、今から恥ずかしさが込み上げてくる。けれど、せっかくの別府君の提案
だし、蹴飛ばす訳にもいかない。
――せめて、海に行く時に着ないだけでもマシかあ……
 諦めて私は、小さく別府君に頷き返した。

「じゃあ……その…… し、仕方ないから……その線でお願い……」
「オッケー」
 そう言った別府君は、何故か意気消沈した感じだった。どうしてなのかは私には分からなかったが。
「何を二人で仲良さそうにこそこそと話ししてんのよ。時間ないんだから。ほら、委員長。サイズ!」
 観念した私は、小さく頷くとたどたどしく自分のサイズを友田さんに言った。
「え、えーっと……その……上から、な……ななじゅう……」
「ちょっと待った!!」
 友田さんに大声で制止されて、私は驚いてビクッ!!と肩を縮み込ませた。
「ど、どうしたの?」
「委員長、まさか、タカシの目の前で自分のスリーサイズ言うつもり?」
 友田さんの言葉に、一瞬訳分からず呆然とする私。そして、ゆっくりと彼女の指差す方
を見ると、別府君がごまかすように横を向く。
「やっ…………やぁぁぁああああああっっっっ!!!!!」
 ようやく気づいた私は、恥ずかしさの余り大声を上げてしまう。
「い、いいい……今、べっ……別府君、聞いてたでしょ! て言うか、そのまま聞くつも
 りだったでしょ!!」
「いや、だってさ、聞こえてくる物はしょうがないんじゃ……」
「耳を塞ぐなりなんなりしてくれれば良いのに……もぉぉ……バカアッ!!」
「いや、だってそもそも委員長がいきなりあの場面で言うとは思わなかったし、つか俺のせいかよ!!」
「やだあああ……もう……知らないっ!!」
 恥ずかしさで身悶えする私と困り果てる別府君を尻目に、友田さんは一人で大爆笑していた。


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