ツンデレと海 その4
・ツンデレが新しい水着を買いに行くのに男が付き添ったら、の続きの続き

「うん…… こんなものかな?」
 試着室で自分の選んだ水着に着替え、鏡を見つつ私は何度も自分の姿を点検していた。
「お尻の肉は、はみ出したりしてないよね。っていうか、スカート付いてるから、多分見
 えないとは思うけど、一応……」
 何といっても、別府君に見てもらうのだ。変な所を見せるわけには行かない。
「でも……やっぱ、恥ずかしいなあ……」
 今まで、彼にはほとんど制服でしか会っていないから、こんなにボディーラインをはっ
きりと見せることなんてなかった。けれど、水着である以上、それすら隠すことなんて出
来る訳が無い。
「委員長、マダー?」
 チンチン、と陶器の音を鳴らして友田さんが急かす。ていうか陶器……? そんなもの
持ってたかな?と疑問に思うが、あまり待たせても仕方が無い。
 うん。仕方が無い。
 仕方が……
――ううううう…… や、やっぱり恥ずかしいよぉ……
 外では別府君が待っていると思うと、足がガクガクと震えてしまう。試着室を出るのが怖い。
 と、しびれを切らしたのか、友田さんがニュッと顔だけ出して来た。
「何だ。着替え終わってんじゃん。何やってんの?」
「え? えーと、その……一応、確認を……」
 モジモジしつつ、言い訳にならない言い訳を言うと、彼女は私の手をパシッと掴んで引っ張った。
「え? きゃっ!! わっ!! ちょ、ちょっと!!」
「グズグズしてたってしょうがないでしょ。ほら!! さっさと出る!!」
 あっという間に、私は試着室から引き摺り出されてしまう。
「あ……!!」
 出た瞬間、別府君と目が合った。カアアッ、と頬が熱くなる。
「はい。そこに立って。しゃんと背筋を伸ばして、前を見る」
 友田さんは私を別府君の真正面に立たせると、あごを軽く持ち上げ、肩をグイッと反らせ、
そしてお尻をパンッて叩いた。
「ちょ、ちょっと……やめてよね……」
 抗議する私に、彼女はニコッて笑って答える。
「姿勢はよくしないとね。縮こまってたんじゃ、どんなにいい水着を着たって可愛く見えないわよ」
 確かに、言っていることは間違ってないと思うけど……
 私はチラリ、と別府君を見た。
――こ……こっち……見てる……
 体が、自然にギュッ、と硬くなってしまう。
「ほら。ただ突っ立ってないでポーズでも取ってみたら? こんなのとか」
 友田さんは腰に手を当てて、体を横向きにしたり後ろを向いたりして腰を少しくねらせる。
「い……いいよ、そんなの……」
 私がやってもカッコ良く見えないし、と心の中で付け足す。
「じゃあさ、いっその事こういう萌えポーズでも取ってみるとか」
 両手を胸元で組み合わせ、お尻を突き出してみせる。
「い、いい……いいよ! そんな事しないから!!」
 本当にやらされかねないので、私は全力で拒否を貫く。
「それじゃあつまんないじゃない。ねえ、タカシ」
 不満そうに友田さんが別府君に同意を求めるが、彼はボーッと私の方を見ながら返事も
せずに突っ立っている。
「ちょっと、どうしたのよタカシ?」
「え? あ、ああ……」
「何ボーッとしてんの? ちゃんと委員長の水着見てあげてる?」
「ちゃんと見てるよ。つか、見てたからこそ、その……なんだ……」
「アンタにしては歯切れ悪いじゃん。はっきり言ったら?」
 呆れたような友田さんの口調に、別府君は恥ずかしそうに、こう、口にした。
「いや……だからさ…… 何つーか……委員長……可愛いなって思ったから……思わず
 ボーっとしてた。そんだけだよ」
 最後の方は照れ隠しなのか、ちょっとだけぶっきらぼうな口調だった。
「だってさ。委員長」
「……………………」
――今……何て言ってた?
「もしもし? 委員長?」
――可愛い……可愛いって? 私が?
「委員長。こら、返事しなさい」
――うわーっ!! うわーうわーうわーうわーっっっっ!!!! どどど、どうしよどうしよどうしよ!!
べ、別府君に可愛いって、可愛いって言われちゃったああああああ!!!!!
「どうしたんだ? 委員長」
「よく分かんないけどさ。またあっちの世界へ行っちゃったみたい」
――おおおおお……も、もちつけ……じゃなかった、落ち着け、私。こここ、これはその、
さっき決めた作戦の為にそう言ってくれたんで、何もきっと本心からじゃ…… あああ……
でも……でもでもでも……別府君の口から可愛いって言ってもらえるなんて……
 フーーーーーーッ…………
「ひみゃうっ!!」
 首筋に生暖かい吐息を感じて背筋をゾクゾクッとさせ、思わず私は変な叫び声を上げてしまった。
「にゃ、にゃにすんのよ!! ききき、気持ち悪い」
 おまけに言葉を噛んでしまい、変な言葉遣いになってしまう。その様子に、別府君も
友田さんも大声で笑い転げる。
「だってさ……またトリップしてるから…… でも、こんな面白いリアクションしてくれるとは……」
「面白いって……友田さんが変な事するから悪いんでしょ!!」
 ムッとして文句を言う私に、彼女は笑いを収めると、今度はニヤニヤとイヤらしい笑顔を浮かべてくる。
「エヘヘッ…… でもさ、委員長って首筋、弱かったんだね。今度からここを重点的に
 責めてあげるから」
「やめてよねっ!! 今度したら、もう口聞かないからっ!!」
 友田さんに本気で怒ってから、私は今度は別府君の方を向いた。彼はと言えば、まだ腹
を抱えて笑っている。
「酷いわよ、別府君も。人がイタズラされてるのを見て喜んでるなんて、最低」
 睨み付ける私を見て、ようやく彼も苦労して笑いを収めた。
「いやいやいや。ホント、あんまりにもいいリアクションだったし、それににゃ、って可愛すぎだろ」
「ううううう……」
 また可愛いって言われて、私は思わず言葉を失ってしまい、真っ赤な顔でただ別府君を
睨みつける事しか出来なかった。
「ゴメンゴメン。にしても、千佳も委員長のリアクション引き出すの上手いよな。今のク
 ラスになってから、委員長がこんなに感情表現するのなんて見たことないもん」
「えっへっへー。任せといて。あたしに掛かれば委員長も、一時間でタカシの目の前でセ
 クシーポーズ取るようになるから」
「ならないっ!! しないしないしないっ!! そんなの、あ、有り得ないからっ!!」
 一生懸命否定しつつ、私は本当に友田さんに掛かればそこまでさせられるのでは、とい
う思いに駆られ、背筋がゾッとした。
――友田さんの方が10枚も20枚も上手だし、本気で掛かられたら……
 自分がベッドの上で別府君に向かってしなを作るシーンを想像する。
――うわっ!! 無理、無理無理無理、絶対無理!!
 そんな事になったら、そのまま倒れてしまうだろう。心臓麻痺で。
「さあ。前座はこのくらいにして、いよいよ本命よ。タカシもねー。委員長の選んだ水着
 くらいで可愛いなんて言ってたら、次はショック死するから」
 どんな水着を選択したのかは私にもまだ分からないけど、今の言葉を聞く限りじゃあ、
とっても良くない予感がする。
「そうか? 委員長が選んだ水着だって十分に可愛かったし、お前が無理矢理押し付ける事も……」
「甘い!! 女の子の気持ちを大切にするのも大事だけどね。時にはガツンと自我を押し
通さないと、委員長みたいに気弱で優柔不断でグズでそのくせ素直じゃないような女の子
とだと、10年掛かっても進展しないわよ」
 今、何気に物凄く酷い事を言われたような気がするが、私が突っ込んでもどうせ口では
勝てないだろうから黙っておく事にする。
 別府君もうむむ……と唸り込んだまま黙ってしまう。それを見て取ると友田さんは自信
たっぷりに胸を張って言った。
「まあとにかく、あたしの選んだ水着を委員長が着てみてから判断してよね。約束なんだし」
「あ、あの……やっぱり、着るの?」
 気が進まずに確認すると、彼女はキッと私を睨みつけて言った。
「この期に及んで逃げるつもりじゃないでしょうね?」
「うっ……」
「委員長がこの先、楽しい青春時代を送れるか、引きこもりのままで空しく30代を迎える
 かの瀬戸際がここだと思いなさい。いいわね?」
 彼女の強い口調に反駁出来ず、私はあー、うー、と曖昧に返す事しか出来なかった。
「さあ。分かったら委員長はさっさと試着室に入って」
「え? あの……まだ水着が……」
 友田さん選択の水着をまだ受け取っていないのでそう聞くと、彼女は平然と答えた。
「タカシにも着てもらってからのお楽しみにしたいからね。取って来るから委員長は先に
 試着室に入って今の水着を脱いで待っててよ。あと、タカシは少しあっち向いててくれる?」
 不安と恐怖と羞恥心を抱えつつ、私は試着室へと戻った。そのまんま、鏡に映った自分の姿を見る。
――ハア……可愛くなんて……ないよね…… でも……
 さっきの別府君のセリフが脳内で繰り返しリフレインされる。
――それでも、お世辞にでも別府君は私のこの姿を見て可愛い、って言ってくれたんだ。
エヘヘ……
 鏡を前に、ちょっとポーズを取ってみせる。
――可愛い……のかな? 思い切って、やってみた方が良かったかな? そうすれば、
その……少しは、女の子として意識して貰えたかも……
「委員長、お待たせ」
「ひゃうっ!?」
 突然の友田さんの声に、私はびっくりして飛び上がった。
「ん? どったの?」
 振り向いてみたが、試着室のカーテンはそのままだった。どうやら、外から声を掛けて
きたらしい。私はホッ、とため息をついた。鏡を前にカッコ付けてる所なんて見られたら、
また何て言われるか分からない。
「委員長。さてはまた妄想に耽ってたんじゃないでしょうね? うら若い乙女がそんな事
 してちゃダメよー」
「そ、そんな事してないもの。それに、妄想って言わないでよ。何か、私が変な事考えて
 るみたいじゃない」
「あれ? タカシとのムフフ、な事考えてんじゃないの? まあいっか。とにかくこれ」
 私が反論する間もなく、カーテンがちょっとだけ開いて彼女が水着を手渡して来た。
「うっふっふ。コレを着れば、委員長も人生観が180度変わることは間違い無しよ」
 渡された水着を確認して、私はビシッ、と凍りついた。
――な……ななななな……何これ…… こ、こんなの着るの……?
 友田さんの選んだのは、黒のビキニで、胸元と腰にリボンが付いている。問題は、ブラ
の布地の部分で、胸全体を覆うには程遠い。パンツもローライズっぽくお尻の線ギリギリ
までしか隠れない。ハイレグやマイクロビキニといったほとんど布地の無いような水着で
はないものの、色っぽさを強調するような水着である。
――無理。絶対に無理。こんなの……着れる訳無い……
 こんなものを試着して出て行っても、恥を晒すだけだ。
「あ、あの…… 友田さん?」
 カーテン越しに、外にいる友田さんに声を掛ける。
「何? もう着たの? どうよ、あたしが厳選して選んだ水着は? 可愛いと思わない?」
「う…… いや、その……ちょっと、派手じゃ……」
「何言ってんのよ。露出度はごく普通でしょ? ていうか、そのくらいは露出させないと、
 タカシをがっかりさせちゃうわよ?」
「べ、別に別府君を喜ばせようなんてこれっぽっちも思ってないんだからっ!! そ、
 それに、その……見たってどっちみちがっかりすると思うし……」
「そんな事ないわよ。っても、あたしが言っても信じて貰えないか。まあ、来て見て貰え
 ば分かるわよ」
「いいってば!! と、とにかくその……こんなの着れないから」
 私は水着をハンガーごと引っ掛けると、着ていた水着も脱いで服を着ようと下着を探した。
「あれ? おかしいな? 下着……どこやったっけ?」
 困惑する私に、待ち構えたように友田さんが話しかけてきた。
「ふっふっふ…… どーせ、こんな事になるだろうと思ってね。ちょっと細工をしておいたわ」
「ほえっ!? ちょ、ちょっと!! 一体、何をしたの?」
「うん。あたしが選んだ水着を着るまでは、委員長の下着、預からせて貰うわよ」
 !!!!!!!!!!
 思わず私は絶句した。それから、カーテンを僅かだけ開けて手を伸ばす。
「ウソ!? か、返してよ!!」
「だから、ちゃんと約束通り水着を着てくれたら返すって。ていうか、あんまり身を乗り
 出したらおっぱい見えちゃうよ」
「ひゃ……やあっ……!!」
 慌てて私は、試着室の中に引っ込んだ。だいたい、いつの間に下着を取られたんだろう? 友田さんが中を見ていたのなんてほんの一瞬だし。
 うーん、と頭を悩ませる。自分が隙を作った覚えは……た、確かに、下着を脱いだまま床に
置いておいたのは失敗だったけど、こっそり忍び込んで気づかないほどバカじゃないし……
とにかく、結果として友田さんに盗まれてしまった事には変わりない。私は今度はどう
やって取り戻そうかという事に頭を切り替えた。
――と、とにかく何とかして水着を着ずに済む方法は…… 私が選んだほうの水着をも
  う一回着て、取り戻しに行くか……ううん。だめだめ。これじゃあ、返してくれないもの。
最悪、水着のままで追いかけっこなんて、目も当てられないし……
水着案を切り捨て、今度はハンガーにかけた私服に目を向ける。
――下着なしで無理矢理外に出るか……で、でもそうしたら、彼女のことだもの。別府君
  に『タカシー。今、委員長、ノーパンだよ』なんて言われたら…… やあああああっっっっ!!!!!
そんな事知られたら、二度と別府君の顔見れなくなっちゃう!! ううううう……
 どうにも、状況は圧倒的に私に不利なよう。というか、何で私がこんな目に遭わなくちゃ
ならないんだろう。
 と、嘆いてみても始まらず、私はもう一度、友田さんから手渡された水着を見た。
「これ……着るの……?」
 しみじみと見つめて、首をブンブンと振る。
――むむむ……無理だよ…… 大体私、こういうのが似合うタイプじゃないし……
 はあ……と、ため息をつく。
「でも……着ないと、いつまでたっても、下着……返してくれないんだろうな……」
 このまま持久戦に持ち込んで、閉店まで粘れば、とは一瞬考えた。けれど、私はその考
えをすぐに打ち消す。
――それはダメ。お店にも迷惑だし、何より別府君を待たせる訳には……
 もはや、このビキニを着る以外に道はないのだろうか。絶望の淵に立たされた私は、
ふと、ある事を思い出した。
――そうだ。友田さんは水着を着れば返してくれるって言っただけで、別府君に見せろと
までは言ってない。てことは、試着室の中だけで着たって、それで条件は満たせるんだよね……
 自分の考えに穴がないかどうか、何度か推考してみる。うん。相手の言葉尻を逆手に取った
いい考えだ。これなら、別府君に見られずに下着を取り返せる……はずだと思う。
 しかし、それでもビキニを着るには勇気がかなり必要になった。いざ、着替えようと水
着を手に取ると、露出度の高さに胸がドキドキしてしまう。ある意味、裸でいるより恥ず
かしいかも知れない。
 まずは、パンツから履いてみる。サイズはピッタリだったが、お尻の肉を全て覆い隠し
てはくれないので、しきりにそこが気になり、何度も指で直す。あと、腰の所も腰骨の下
までしかないので、何か落ち着かない。
 次にブラを着けてみる。胸の所のパッドのおかげで思ったよりはマシだけど、それでも
谷間を作るには程遠く、ため息が出てしまう。それにやっぱり胸と腰以外の全身がさらけ
出されてしまっているのが何とも恥ずかしくて仕方なく、とてもこんな格好で外に出る気
にはなれない。
 せっかく着たのだし、と、鏡に向かって見る。
――どうみても貧相よね……色っぽさの欠片もないなあ……
 あまり見ると落ち込む事になりそうなので、一人鑑賞会はさっさと切り上げて、友田さ
んを呼ぼうとカーテンを僅かに開け、顔だけ出して彼女を呼んだ。
「と、友田さん」
「どうしたの? 諦めて着てみてくれた?」
 真顔で問う彼女に、私は無言で小さく頷いた。途端に彼女の顔がパッと明るくなる。
「ホントに? よくやった委員長、えらいっ!! それでこそ女ってもんだ。ささ、早く
 出てきてよ」
 今度は私は、首をフルフルと横に振る。その仕草に、彼女は怪訝そうな表情を見せた。
「着替えたんでしょ? だったら……」
「水着……着たら、返してくれるって言う約束だったよね? 試着室から出ろ、なんて一
 言も言ってないし」
 震える声で私は、しかしはっきりと聞こえるように言った。
 私の言葉に、友田さんは目をぱちくりとさせ、ポカン、とした表情になった。
――怒るかな? うーん……確かにまあ、その……詐欺師みたいな言い分だしなあ……で、
  でも、元々は友田さんが悪いんだし、それに、絶対こんな格好、別府君に見せられないもの……
 だが、友田さんは面白そうにニヤッ、と笑った。
「へー。そう来たか。揚げ足取りっぽいけど、確かに委員長の言ってること、正しいよね」
――あれれ? あっさり認めちゃったぞ。
 今度は私が思わず呆然としてしまった。
「どうしたの?」
 不思議そうに友田さんが声を掛けてくる。
「え? あ……何でもない。それより、分かってくれたのならさっさと下着を――」
「ちょっと待って」
 と、友田さんが私の言葉を遮る。その言葉に、まだ何か彼女の頭には陰謀があるのでは
ないかと私は不安に駆られて彼女を急かす。
「何で? ちゃんと水着は着たんだし、早く返して欲しいんだけど……」
「うん。でもさ、本当に着たかどうか、カーテンから顔だけ覗かせてるんじゃ確認のしよ
うがないじゃん。だから、あたしには見せてよ。ね?」
「え……で、でも……」
 正直、今の姿は誰にも見られたくない。けれど、確かに友田さんの言っている事も道理
なのだ。躊躇う私に、彼女はさらに続けて言った。
「それに、こんな所で下着を出すわけにも行かないじゃん。だから、中に入れてくれない
 かな。それなら他の人には見られないし」
 試着室の中は広くはないが、人二人分のスペースなら、何とかある。うー……と唸りつ
つも、そのくらいは仕方ないか、という気持ちが私の中に徐々に芽生えてきた。
「ほら。このままじゃ埒が明かないしさー。委員長もさっさと着替えたいんでしょ?」
 ついに私は、その条件を飲む事にした。
「う……分かった。すぐに出て行ってよ?」
「大丈夫大丈夫。心配しなさんなって」
 カーテンをめくって彼女が中に入ってくる。私の真正面に立つと、頭のてっぺんから足
指の先までをザーッと一瞥した。
「ふーん。へー。ほー」
「ちょ、ちょっと。その……あまり、ジロジロと見ないでくれる?」
 同性に見られているだけなのに、落ち着かない気分になって私は腕で胸の部分を覆い、
足をもじもじとさせた。
「……委員長、可愛い……」
「ほえ!?」
 友田さんの口から出た言葉に、私はドキッとした。
「かかか、可愛いなんてそんな事ないよ。全然、そんな……似合ってないし……」
「ううん。そんな事ない。思ったとおり、良く似合ってる…… 何か、こう、普段とは全
 然見違える感じ。可愛いっていうか、女っぽい」
「う、嘘ばっかり……そんな、お世辞なんて言われたって嬉しくないもの……」
 何だろう。いつもの友田さんとは感じが違う。声色も艶かしいというか……
「お世辞なんかじゃないわ。本当に、何かさ、こう……あたしも女なのにドキドキしちゃ
 うって言うか……思わず、ギュッってしたくなっちゃう」
――えええええ!!!!! ととと、友田さんってもしかして、そっちの気も? いいい、
いやその、待て私。落ち着いて考えよう。たた、確か、友田さんは好きな人がいるはずで
わ? ででで、でもこの状況は……ましゃか……両刀?
 思わず後ずさる私に、彼女はジリジリと距離を狭めていく。
「ね、委員長。いいかな……? その、ちょっとだけ……」
「だ、だだだ、ダメ!! ダメダメダメ!!!! だって私はその気は全くないし、だか
 ら、その……ごめんなさ――ひゃっ」
 友田さんの手が私の手を捕らえる。ビクッと私は全身を硬直させた。何とか拒否の言葉
を探し出そうとするが、舌が張り付いて言葉が上手く出てこない。
「すごい緊張してるね…… 大丈夫。すぐに……楽になるから……」
 ブンブンブン、と猛烈な勢いで首を振るも、彼女は構わずに私に体をくっつけて来る。
逃れようにも狭い試着室の中、しかももう背は壁に付いている。
 友田さんのもう片方の手が、私の腰に伸びる。グイッと体が引き寄せられ、私の体は彼
女に抱き止められた。
「だめ……お願いだから……離し……」
 掠れた声でお願いする。耳元で彼女が言った。
「ふっふっふ。掛かったわね」
 さっきまでの甘い誘惑するような声から一転して普段の悪戯っぽい声に戻る。え?と訝
しく思う間もなく、突然彼女は、私を抱きしめたままで試着室の外へと出た。
「獲ったどーっ!!」
「え? え?」
 訳の分からないままに外に引き摺り出され、私は困惑した。彼女は私の体を解放すると、
大声で別府君を呼ぶ。
「タカシーッ おまたせっ!! 委員長のビキニだよっ!!」
 遠くにいた別府君が、その声に反応してこっちを向く。そして、どれどれ、という感じ
でこっちに向かって歩いてきて――
――え? 何がどうなったの? 今、えっと……ここは試着室の外で……それで、えっと……
  別府君が呼ばれて……
 混乱する頭が徐々にはっきりして来た。
「ったく、いつまで待たせるんだよ。これだから、女の着替えは――」
 友田さんに文句を言いつつ歩いてきた彼が、私の姿を見て絶句した。そのままポカン、
と私の姿を見つめている。
――別府君がこっちを見て……見てって……え? それって……
 私は、食い入るように私を見つめる彼を見て、それから、自分の姿を確認して、そして
ようやく、頭がはっきりした。
「ぃ……やぁぁあああああっっっ!!!! みみみ……見ないで……見ないでっ!!」
 両腕で胸を覆い隠し、体を隠そうと私はしゃがみ込んだ。いや。しゃがみ込もうとした
ところで、友田さんがすかさず私の両脇を支えると、そのままグイッと持ち上げて強引に
私を立たせた。
「だめよ。ちゃんとタカシに見てもらって、しっかりと選んで貰わないと」
 恥ずかしさのあまり全身がかっかとして、頭までボウッとして来た私を、彼女はいとも
たやすく直立の姿勢にすると、肩を張らせて両腕をまっすぐに伸ばさせた。
「あぅ……あぅ……」
 あまりの恥ずかしさに、私は俯くこともせず、真っ赤な顔で睨むように別府君を見つめた。
「どお、タカシ。委員長、色っぽいと思わない?」
 友田さんの言葉に別府君は、ハッとした表情で私から視線を逸らし、彼女の方を見た。
「実にいいものを拝見させて頂きました。本当にありがとうございます」
 半ば呆然としつつも、冗談っぽい口調で包んで言うと、別府君は丁寧にお辞儀をした。
すると、友田さんは本当に嬉しそうにキャッキャッと飛び上がるように喜ぶ。
「でしょでしょ? ほら、委員長。タカシも可愛いってさ」
「言ってない!! 可愛いなんて一言も言ってないし!! そ、それより別府君も、そん
 な食い入るように、み、見ないでよっ!!」
 恥ずかしさで体を縮み込ませて足をモジモジと動かしながら私は別府君に向かって叫ん
だ。彼は、視線はそのままに僅かに顔を俯かせると、頭を掻いて言った。
「いや…… これ、見るなって言われても……男としては絶対無理だし」
「エ……エッチ!! バカ!! スケベ!!」
 反射的に暴言を吐いてしまう。興奮しているせいか、まともに物事を考えられない。
「あらら。男としては自然の反応よねー」
 後ろから別府君をかばうように友田さんが言う。どうやら同じ女の子でも私とは随分と
感覚が違うようだ。
「ほら。今度は後ろ向いて」
「やだっ!! や、後ろはダメ……」
 抵抗空しく、私はあっさりと体を反転させられてしまう。何とかお尻だけでも隠そうと、
両手を後ろに回し、手の平を一杯に広げる。
「どうしたの? ボケーッとしてないで褒め言葉の一つでも言ってあげたら?」
 友田さんが催促する。余計なこと言わなくていいのに、と私は思った。幻滅されてもあ
れだが、あまりスケベ心丸出しな彼も見たくはない。
――いや、確かにその……反応がないよりは嬉しいけど……って、はわわわ、な、何考えて……私……
  と、別府君の声が私の頭の中に割って入って来て妄想を遮断した。
「褒め言葉っても……つか、こういうのって却って怒られるだけかもしれないけど……
 何かその……下半身が反応しそうでやべえ……」
 その言葉に、私の体がビクッ、と震えた。彼の顔が、姿が気になって私は咄嗟に顔を振
り向かせる。
「わわっ!! ゴメン。やっぱ表現がマズかったか」
 振り向いた私の顔が睨んでいるように見えたんだろうか。別府君が慌てて謝った。
「けどまあ……それくらい色っぽいというか……正直、制服着てる時からは全く想像も付
 かん。てか、今の委員長見たら、多分俺だけじゃなくて、クラスの男子全員が釘付けになると思うぞ」
 普段の軽い口調とは一転して、かみ締めるようにゆっくりと発せられる言葉に耐え切れ
ず、私は別府君から顔を逸らすと、友田さんの胸に顔を埋めるように俯いた。今の私は多
分変な顔をしているから、見られたくなかった。
「どお? 委員長としては。男の子が興奮してくれるってのは、ある意味で最高の賛辞だと思うけどねー」
「そんな事ない! ていうか、わわ……私は別にその……そんなこと言われても嬉しくな
 んて……ないよ……」
 今の自分がどんなに興奮しているか知られたくなくて、私は必死で反対の事を口にした。
これ以上話すとボロが出そうなので、それだけ言うと私は無言で小さく呼吸を繰り返す。
「あらら。素直じゃないわね。そんな事ばっかだと、タカシに誤解されちゃうぞ」
「ご、誤解じゃなくってホントに――」
 友田さんの言葉に抗議しようとした瞬間、またクルン、と体を半回転させられて、別府
君の方を向かせられてしまう。
「あう……」
 恥ずかしさの余り言葉が出なくなり、即座に下を向いてしまう。
「千佳。あんまり委員長に無理強いさせんなよ。さっきから、スゲー嫌がってんじゃね?」
 別府君の言葉に、友田さんはため息をついた。
「アンタもまだまだね。まあいいわ。で、タカシとしてはどっちの水着を選ぶ? 委員長
 の事は気にしなくていいから、主観で返事なさい。いいわね?」
 さっきからドキドキしっぱなしの私の心臓が、また大きく一打ちする。私は恐る恐る顔
を上げて別府君を見た。
――約束……したよね……お願いだから……私の水着の方を……
 心の中で、私は必死で念じた。今だけでも十分に恥ずかしいのに、こんな水着で海に行
くなんて考えられない。いくら別府君が望んだって、それだけは無理だ。絶対無理だ。
「う〜〜〜〜〜…………」
 別府君は唸り込んだまま、考え込んでしまう。時々、チラリ、と私を見てはまた目を逸
らし、またチラ見をする、という感じでなかなか結論を出さなかった。
「早くしなさいよ。アンタって、そんなに優柔不断な奴だったっけ?」
 イライラした声で友田さんが催促する。しかし、別府君はそれに答えず、自分の思いに
沈んでいるようだった。
――お願い……早く、結論を……約束通り、私の方だって……
「…………委員長」
 ようやく、別府君が声を出した。
――今、確かに委員長って言った。と言う事は、私の方を…… そうだよね。だって、約
束したんだから、裏切るはずないもの。
 しかし、次の瞬間、別府君は両手を合わせて、拝むように頭を下げた。
「ゴメンッ!!」
 その言葉に、一瞬私は何のことか理解出来ず、呆然と彼を見つめた。
――何で? 何で謝るの? 私の方を選んでくれたんじゃ……
 しかし、別府君は続けて、こう言ったのだ。
「やっぱその……ビキニの魅力には勝てねーよ…… 委員長にはスゲー悪いと思ってる。
 それに、委員長の選んだ水着も確かに可愛かった。けどよ……千佳の奴は……反則レベルだろ」
「イイイヤッホオオオオオオオオ!!!!」
 友田さんの歓喜の雄叫びが聞こえる。
「さっすがタカシよね。うんうん。アンタは立派に男の子だ」
 喜ぶ友田さんと、決まり悪そうな別府君をしばし私は呆然と見つめ、それから、叫んだ。
「べ……別府君のバカアアアアアアッッッッッ!!!!!」
 そのまま、肩に掛かったままの友田さんの手を振り解くと、つかつかと彼に歩み寄る。
「や、約束したじゃない…… 何でそんな…… 嘘つきっ!! 裏切り者ぉっ!!」
「いやその、だから……ホントにゴメンって!! けどよ。俺にはどうしても委員長にも
 う一度、海で、その……その水着を着て欲しかったんだ!! だからその……許せっ!!」
 懸命に謝罪する彼を、私は言葉もなく睨み続ける。と、後ろから友田さんがポン、と肩
を叩いた。私が振り返ると、彼女はニヤニヤと笑いながら言った。
「へっへっへ〜。委員長ごときがどんな裏工作したって、所詮勝ちの見えた勝負だったわ
 ね。さ、観念したらさっさと着替えてレジへ持って行きなさい」
 もはや私には為す術はなかった。私は、代わる代わる二人を睨みつけると、悔し紛れに
大きな声で言った。
「ふ……二人とも……だいっっっっきらいっ!!!!!!」
 そのまま試着室へ駆け込むと、絶望感に溢れつつ、私は声もなくうずくまるのだった。


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