ツンデレと海(その5)
・ ツンデレに日焼け止めクリームを塗ってあげようかって言ったら

「うーーーーみーーーーだーーーーーっ!!!!!!」
「タカシ、うるさいっ!!」
 波打ち際で絶叫する別府君を友田さんがベチッと叩く。
「いや。だってよお。一年ぶりの海じゃん。何つーか、こう、広大なものを見ると叫びた
くなるっつーか」
「限度ってもんがあるでしょ? ていうか、パラソル開いて、ボートと浮き輪を借りて来ないと」
 引っ張られていく別府君を見て、私はこっそりと笑みを漏らす。
「委員長、何笑ってんの?」
「へ? あわわわわわ…… な、何でもない」
 一緒に来たクラスメートの山田芙美ちゃんに声を掛けられ、私は慌てて取り繕ったよう
に済ましてみせる。
「ふーん。変なの。それよか委員長、その水着、めっちゃ可愛いよね。委員長にしては大胆だけど」
「あまりその……見ないでくれる? 自分でもその、似合わないと思ってるんだから……」
「そんな事ないと思うけど。それよりフミちゃんのワンピースの方がよく似合ってるし」
「ああ。これ、去年のお古なんだけどね。やっぱり今年は予備校とかでバイトしてる暇な
くって、新しいの買う余裕無かったから」
「私も……そういうのの方が良かったのに……」
「千佳ちゃんから聞いたよー。あたしもその場にいたかったなあ」
「や、止めてよね。お願いだから、その話はもう……」
 あの時の事を思い出して、私は顔を顰めた。
「えへへ。ゴメンゴメン。ところで、あそこにいるのって山田?」
 フミちゃんが指差した方にいるのは、同じく一緒に来た山田文哉君である。何やらデジ
カメを持ってうろうろしているところを見ると、また怪しい事をしているのだろうか。自
他ともに認める変態で、しかもフミちゃんとは姓名ともに似ているので、兄妹扱いされて
いるという、フミちゃんからすると迷惑以外の何物でもないという、やっかいそのものの
人物らしい。
「そ、そうじゃないかな?」
「また怪しい事ばっかして……ちょっと連れて来るから待ってて」
 ペキポキと指を鳴らしてフミちゃんは捕食する肉食動物のようにソロソロと山田君に歩
み寄る。と、次の瞬間には砂浜とは思えない瞬発力で飛び掛ると、あっという間に耳を引っ掴んだ。
「い、痛い!! イタタタタッ!! 何をする、離せバカ者!!」
「うるさいっ!! またそんな変態行為ばかりしてー。アンタ一人のせいで、みんなに迷
惑が掛かるでしょおがっ!!」
「僕は誰にも迷惑を掛けたつもりはない。海に来て水着の美女を観賞することのどこが悪
いと言うのだ」
「悪いわよっ!! この変態が!! アンタが痴漢行為で告発されたら、アタシたちみん
な、そういう目で見られるじゃない。大体、3人も水着美少女が同行しているのに、よその
女の人ばかりに目を向けるのって失礼じゃないの?」
「ふん。女の嫉妬はみっともないぞ、芙美」
「誰も嫉妬なんてしてないし、アンタになんて見られたくないもん」
「それなら、何で他の女に目を向けると怒るんだよ。むしろ願ったり叶ったりではないの
か?」
「どんなに嫌いな男であっても、無視されると頭来んの」
「不条理な生き物だな。女というものは」
「アンタの頭の中ほど不条理じゃないわよ」
 わいわい言い合いながら戻ってくる二人を見て、私はクスクスと笑った。
「相変わらず仲良いよね。二人とも」
 そう言うと、二人同時にキッと私を睨みつけると、ガーッと怒鳴りつけてきた。
「どこがよ!!!! いくら委員長でも、こんな変態と仲良しだなんて言うのだけは許せないわ!!」
「今回だけは芙美に同意だ。正直言えば、こんな風に僕のやる事為す事口を出してくる人
間は、いくら女といえども好きになる事は出来ん」
「だったら教室で猥談したりエロ本読んだり修学旅行で女子風呂見学ツアー組んだり盗撮
写真をマニアに売ったりするのを止めなさい!! その度に、『お兄ちゃんがまた変な事
してるよー』って友達に散々言われるんだからっ!!」
「それには同意出来ん。それに僕は妹系キャラなら、もっと甘えん坊の方がいいからな。こんな妹なんぞいらん」
「お前が言うな、変態っ!!」
 私から見るとどう見ても、別府君と友田さん同様に名コンビにしか見えないのだが。違
いと言えば、この二人はセットにされる事をお互いに極端に嫌っていることくらいか。
「3人とも何やってんの? こんなとこで」
 なかなか来ない私達が気になったのか、友田さんが呼びにやって来た。
「あ、千佳ちゃん。聞いてよ、山田の奴――」
 味方を得てここぞとばかりにフミちゃんが逐一報告する。
「ふ、ふん。友田に報告した所で僕を止める事など出来んぞ。今年最後の海だ。十分に欲
望を満たしてくれる」
 不穏な事を堂々と女の子の前で口に出来る辺り、山田君は大物だと思う。もっとも、
ちょっと声が上ずっていたのは、苦手な友田さんがいるせいか。
「何だ。いつものことじゃん」
 意外と友田さんの反応があっさりしたものだったので、フミちゃんは不満そうに口を尖らせた。
「いつもの事って言ったって、こんな所まで来て恥晒さなくたって。ていうか、あたし、
こんな奴と仲間だなんて思われたくないしー」
「別に僕は、お前とは仲間でなくても一向に構わんのだが」
「何だとぉ?」
「はいはい、ストップストップ」
 また口喧嘩を始めた二人の間に、友田さんが割って入る。
「別に山田が自己責任で何しようが構わないけどさー」
 ずいっ、と友田さんが山田君を睨みつける。
「な、何だ? 構わないのであれば別に……」
 スッ、と友田さんが手を山田君の方に伸ばす。危機を感じた山田君がその手を避けよう
とする間もなく、あっという間に山田君の頭が友田さんの脇に抱えられ、力いっぱい締め
付けられる
「イタタタタタタタ…… 離せっ、離さんかっ!! あ、頭が潰れるっ!!」
「まだ自由行動には早いっちゅーに!! 一人で勝手にうろちょろしないでよ。いろいろ
と頼みたいことがあるんだから。団体行動は乱すなっ!!」
 鋭く一喝すると、そのまま別府君たちのいる方へと向かって歩き出す。当然、山田君も
捕まえられた奴隷のようにズルズルと引き摺られるように歩いて行く。
「離せ!! せめてもう少し力を緩めろ!! イタイイタイイタイ!!」
「だめよ。アンタにはたっぷりと働いてもらうんだから。ほら、キリキリ歩け」
「お、覚えてろ、貴様!! あいたたたたたたたたたたた…………」
 その様子を眺めつつ、フミちゃんはため息をついて言った。
「はあ……やっぱ、千佳ちゃんには敵わないかぁ……」
「え? どうかしたの?」
 何気なしに問いかけると、彼女は慌ててごまかすように笑った。
「あはははは、な、何でもない。ほら、あたしたちも行こ」
 友田さんを追いかけて歩き出した彼女の後を、何となく釈然としない気持ちで私もつい
て行ったのだった。

「で、ゴムボートを一艘と、浮き輪を二つね。あたしが乗っても沈まないようなおっきい奴」
 友田さんが、言い聞かせるように山田君に注文を言う。
「全く、人使いの荒い女だな。大体、お前が乗って沈まない浮き輪など存在するかどうか……」
「砂浜に沈めたまま、放置して欲しい? それとも、引き潮の時にボートに乗せて外洋へ
押し出してやろうかしら?」
「どっちも勘弁だ。まあ、努力はしてみよう。行くぞ、別府」
 山田君が声を掛けると、別府君も頷いて腰を上げた。
「ああ。じゃあすぐ戻ってくっから」
「あ、ちょっと待って」
 と、歩き出そうとした別府君を友田さんが止めた。
「タカシには他にやって貰う事があるからさー。フミちゃん行って来てよ」
 へっ!?とフミちゃんが驚いた顔で自分を指差す。友田さんが頷く。
「な、何であたしがこんな奴と一緒に行かなくちゃなんないのよ? イヤ!! 絶対にイヤ!!」
 全身で拒否をするフミちゃんに、友田さんが済まなそうに両手を拝み合わせる。
「お願い。あの二人で行かせると、絶対二人して寄り道するに決まってるからさ。フミ
ちゃんならお目付け役になると思って。ね?」
「信用ねーな。行く行かないはともかくとしてだな。俺と山田を一緒にされちゃあ困るぜ」
 不満そうに口を尖らせる別府君をビシッ、と友田さんは指差して非難する。
「去年の文化祭。買出しに行くって言っておきながらよそのクラスのメイド喫茶店のウェ
イトレスを二人して観賞したまま、なかなか帰って来なかったのはどこの誰?」
「あれは、だからその山田が……」
「別府だって乗り気だったじゃないか。誘ったのが僕だからといって、人のせいにしない
で欲しいな」
 山田君に言われて決まり悪そうにいろいろと弁解を試みる別府君を、私は一歩引いた位
置からポカン、と見つめていた。
――別府君もやっぱり……女の子に興味あるのかあ…… そ、そりゃあ、興味が無いって
言うのも困るけど、でも……山田君ほどじゃないにしろ、やっぱり、その、あり過ぎるっ
てのはなあ…… やっぱり、その……好きな人だけ見ててくれた方が……わ、私ってのは
有り得ないけど……でもなあ……
「ほら、委員長も呆れた目で見てるよ」
 友田さんの声に私はハッと物思いから覚める。別府君は、私の方を見ると、慌てて弁解
し始めた。
「いや、だからその、違うんだって。俺は別に乗り気だった訳じゃないって。それはアイ
ツが勝手に言ってるだけで」
「いい加減にしろ、別府。見苦しいぞ。素直に変態だと認めてしまった方が人生、楽しく
生きられるというのに」
 山田君が胸を張って言う。
「認められるかっ!! 俺はお前とは違うっ!!」
 山田君に一喝してから、もう一度別府君は私の方を向いてああだこうだと言い訳をする。
しかし、私としては何とも答えようが無いので黙っているしかなかった。
「委員長委員長。今、怒ってるでしょ?」
 友田さんが面白そうに私に耳打ちして来た。彼女のペースに乗せられてはまずいと、私
は冷静に否定する。
「怒ってなんてないわ。別府君がどうだろうと、私には関係ないし」
「ほらほら。冷静なフリしたって、言葉尻から怒りが滲み出てるよん♪」
 私は、済ました顔は崩さずにいられたが、内心ではそんなに機嫌悪そうに見えるのだろ
うか、と不安に思った。これだと、また別府君にいらぬ誤解を生みかねない。
 と、その時、脇からフミちゃんがボソッと一言言った。
「何かさあ。今のタカシ君って、浮気が彼女にバレちゃって懸命に言い訳してるダメ男み
たいだよね」
――かかか、彼女!? 彼女って、わ、私がべ、別府君の?
「バカ! そんなんじゃねえって。その――」
 別府君が何か言おうとしたが、テンパッた私は、彼の発言に割り込んで懸命にフミちゃ
んの言葉を否定しにかかった。
「ななな、何、いいい、言ってんの? わ、私はその、別府君の何でもないし、だ、だか
らその……べ、別府君が何しようが、ゆ、許すも許さないも無いし、だからその、弁解さ
れたって困るだけだし……」
 心臓が跳ね上がるくらいドキドキさせながら、フミちゃんに詰め寄ってどもりながら一
気に言う。一瞬、その剣幕にポカンとした彼女は、私の言葉が切れると面白そうに笑い出した。
「やだな、委員長。例え話なんだから、そんなに動揺しなくたっていいのにー 何か、そ
んな焦ってると、図星突いたみたいじゃん」
 天然なのかわざとなのか、フミちゃんはころころと可愛い笑顔を浮かべて言う。何か、
ムキになった私が一人だけ馬鹿みたいで、私は決まり悪くなって黙り込んだ。
「とにかく、そんな訳だから、フミちゃん、お願い」
 友田さんがもう一度お願いするが、フミちゃんは不満そうに口を尖らせた。
「何とかなんないのー? あたしと別府君とか、別府君か山田と別府君のお兄さんとか……
って、あれ? お兄さんは?」
 言われてみれば、保護者役として来ているはずの別府君のお兄さんの姿が見当たらない
ことに、私も初めて気づいた。
「ああ。兄貴なら、ちょっと用事があるけどすぐ戻るからって行っちまったけど、多分あ
の様子じゃあ戻って来ないだろうなあ」
 別府君の言葉に、友田さんがため息をつく。
「全く、何の為に付いて来たんだか分かんないじゃないの。まあ、アイツは後で探すとし
て、とりあえずフミちゃん。そういう訳だから。宜しく」
「何が宜しくなのよっ!! えーっ、もう何だってこんな奴と……」
 チラリと山田君を見て嘆くフミちゃんに、山田君がイライラしたように口を開く。
「僕だって、こんな文句ばかりな女は願い下げなんだがな。まあ、どうせ友田にはいくら
文句を言ったところで、一度決めたからにはテコでも動かんがな」
「ううううう……」
 恨みがましそうな目でフミちゃんは友田さんを見つめたが、彼女は一向に意に介した様
子はない。フミちゃんは諦めたようにため息をついた。
「しょうがない…… もう、こうなったらちゃっちゃっと済ませるか。ほら、山田!! 
さっさと行くわよっ!!」
 山田君の手首を力強く掴むと、フミちゃんは大股で歩き出す。山田君が引き摺られるよ
うに、その後をよたよたと歩いて行った。
「コラ!! 離せ! 一人でも歩けるからそんなに強く引っ張るな! ていうか、腕が痛
い!! 抜ける抜ける抜ける!!」
 徐々に山田君の悲鳴が遠ざかって行く。友田さんは、にこやかに手を振って見送ってい
たが、二人の姿が人込みに消えると、別府君の方を向いた。
「さて。今のうちにサンオイルでも塗っておきますか。タカシ、宜しく」
「えっ!?」
 思わず、私はびっくりした声を上げてしまった。二人がパッと反応して私の方を向く。
「ん? 委員長、どうしたの?」
「え……えーと、その、あの……」
 自分でも予期せずに発した声だったので、友田さんの質問に思わずしどろもどろになる。
「なになに? もしかして、あたしがタカシにサンオイル塗ってもらうことに嫉妬しちゃ
ったとか?」
 友田さんの顔が意地悪い笑みを浮かべる。
「違います。そんな、嫉妬なんてするはずないでしょ? バカな事言わないでよ」
 私は、努めて冷静に言おうと思い、ゆっくりと一字一句を噛みしめるように言った。し
かし、友田さんは微笑んだまま、面白そうに一言言った。
「委員長。ものっすごく、棒読み」
 うっ、と私は言葉に詰まる。どう考えても、彼女と口で勝負して私が勝てる訳ない。唯
一の勝機は、平然と本心を言う事。だけど、そんな事が私に出来るのか?
 私は、冷静になろうと気持ちを整理する。
――うん。二人は幼馴染だし、それくらい当たり前なんだ。きっと。それに、恋人同士
じゃないんだし……まあ、だからこそ意外ってのもあるんだけど、私が怒ったり口を挟ん
だりすることじゃないのよね。うん。
 二人の関係を自分の中で整理して、この行為に納得をした所で、友田さんがからかい混
じりの口調で言った。
「どうしたの、委員長。黙りこくっちゃって。認めたく無いけど、認めざるを得ないんでしょ?」
「違うわ。ただ、その……そういう事って、あっさり男の子に頼めるものなのかな、って
思って、ちょっと驚いただけ。意外には思ったけど、怒ったりしてるわけじゃないわ」
 うん。別府君がらみの事に冷静に対処できたぞ、と、内心で自分を褒めてあげる。
「別に。だってタカシだし」
 当たり前のような友田さんの答え方は、私の勝手な結論を裏付けてくれる。が、しかし、
それに対しては別府君が口を尖らせる。
「何だよその言い方。何か、男として認められてないようでちょっと傷つくぞ」
――別府君は友田さんほどには割り切れてないのかな? もし、別府君は友田さんの事を
女の子と意識してるんだったら……
 私は友田さんをチラリと見た。私なんかより全然均整の取れた体つきは、健全な男子な
ら、目を引かずにはいられないだろう。別府君もそうなのだろうか?
 そう思った時、私の心にほんの少し、言い様のない、黒いもやもやが現れた。それに気
づいた私は、慌ててその想いを打ち消す。
 しかし、別府君はともかくとしても、友田さんの方はあっさりとした感じで別府君に対
して答える。
「別に認めてない訳じゃないし。ていうか、タカシはそこら辺の連中よりは立派な男の子
だと思うよ。でも、あたしにとっては兄弟みたいなもんだからかな? 兄弟だったら、こ
の程度の事で意識したりはしないでしょ? 普通は」
 むう、と別府君は押し黙ってしまう。褒められたんだけど釈然としない、というような
そんな表情で。
 私は、ちょっと呆然として友田さんを見つめていた。
――平然とあんな事言えるなんて、スゴイ…… 確かに友田さんにとっては、別府君は恋
愛対象に入ってないのかも知れないけど、でも……あんな風に、真っ直ぐに自分の気持ち
を語れるなんて…… 私には絶対に無理だ……
「ほら。タカシも呆然としてないでさっさと塗ってくれる? 背中だけでいいからさ」
「あ、ああ」
 友田さんは、レジャーシートにうつ伏せに寝た。別府君が手際よくサンオイルを背中に
塗っていく。二人にとっては、毎年のようにやって来た事なのだろう。しかし、そのいか
にも当たり前のような空気が、もう一度黒いもやもやを私の中に生じさせる。

 きっと、それはそう。多分……
 その行為そのものじゃなく……
 二人の間に流れる、独特の空気が嫌だったんだ……

「はい。終了っと!」
 私が呆然と見守る中、淡々と別府君は友田さんの背中にサンオイルを塗り付け、ポン、
と肩を叩いて合図した。
「サンキュー。じゃあ、ちょっとあたしはあのバカ兄貴を探しに行って来るわ」
「確か、そう遠くないところに岩場みたいなところがあったから、そっちの方へ行ったか、
或いはテトラポッドの方か……」
「大体分かってるわよ。全く、こんな所まで来て、海洋生物なんて探しに行かなくたって
いいのに……」
「あれはもう、趣味を通り越して病気だからな。まあ、夢中になると周囲が見えなくなる
のは、研究ん時と何も違いないけど」
「放っておくと、夕方まで戻りそうにないからね。もし二人が帰ってきても戻らなかった
ら、先に海で遊んでて」
「了解。ゆっくりして来いよ」
「うっ!! ……ゆ、ゆっくりなんてしてくる訳ないでしょ? バカッ!!」
 ほんの少しだけ、マイペースな友田さんが見せた恥ずかしがるような動揺した仕草にも
気づかず、二人の間で交わされる一連のやり取りを、私はボーッとただ眺めていた。
――私には、あんな風に、親しげな態度で別府君に接するなんて無理だ……
 あうんの呼吸で通じ合える二人。
――どうして、二人は好き同士にならなかったんだろう?
 はたから見れば、恋人同士にしか見えない二人。別府君がカッコいいのはもちろんだけ
ど、友田さんも同じ女として見て、美人だしスタイルもいいし、性格だって明るい。
――いっそ、二人が付き合っていれば……私は、こんな所で、こんな思いをする事もなく
いられたのかも……
「あ、そうそう、委員長」
「えっ? な、何?」
 そのまま行くと思った友田さんが、急に思いついたように私の方に声を掛けた。私は返
事をしつつ、暗い思いを頭の内へと仕舞い込んだ。
「委員長はサンオイルとか塗らないの?」
「私は、日焼けとかする気ないから……」
 小さく首を振って私は答えた。何か、海っていうだけでも似合わないのに、真夏のビー
チで日焼け、なんて全然私のキャラじゃない。
 友田さんもそう思ったのか、うんうんと頷いて同意した。
「そっかー。そうだよね。日焼けした委員長ってのも、確かに想像付かないもんね。まあ、
それはそれで面白いけど。じゃあ、日焼け止めとか持ってきたんだ?」
「あ……」
 そうだった。もう、水着の事やら何やらで頭が占められてしまってすっかり忘れていた。
「もしかして、何も持って来てないとか? そのまま外に出たら、せっかくのお肌が荒れ
ちゃうわよ」
 友田さんの言葉に同意しつつ、私はどうしようかと困惑した。
「ま、まあ……別に私は……ここで留守番しててもいいけど……」
 そう言うと、友田さんが私を睨みつけて即座にそれを却下する。
「ダメよ。せっかく海に来たんだから、思いっきり遊ばないと。今日は楽しい思い出をみ
んなで作るんだから、委員長も参加しなきゃダメ」
 と、そこに、成り行きを見守っていた別府君が話しに割り込んでくる。
「そうだよな。やっぱりみんなで楽しまないと。それに、そんなだったら、何の為に委員
長を誘ったんだか、分からなくなるし」
 言うべき言葉が見つからなくなり、私は黙り込んでしまった。別府君にそう言って貰え
て、すごく嬉しい。けど、こんな状態で外に出続けたら、酷い日焼けになるのは間違いな
さそうだし……
 と、その時、友田さんがバッグから何か取り出した。
「はい、これ」
 ポイ、と投げ渡された物を反射的に私は受け取った。見てみると、水色のプラスチック
ケースで、プロテクトなんたらとかアルファベットで書かれている。
「日焼け止め。念のために持ってきたんだけど、委員長、使っていいよ。全く、次からは
ちゃんと準備しなさいよね」
「あ、ありがとう……」
「別に気にしなくていいわよ。あ、そうそう。それとさー。委員長もタカシに塗ってもらえば?」
 一瞬、言われた意味が分からず私はキョトンとした。それから、次の瞬間、心臓が跳ね上がった。
「ええっ!?」
 見る間に全身がカアッと熱くなる。また友田さんの悪い冗談かと思い、私は彼女を睨み
つける。
「じょじょじょ、冗談言わないでよ。ていうか、その……からかってるだけだよね?」
「え? 真面目に言ったんだけどなー。私は」
 ニコリともせずに、彼女は私の顔を真っ直ぐに見て、そう言った。
「あう…… だだ、だってそんな、クリームくらい自分で塗れるし……」
「背中はどうすんの? 難しいよ? それにタカシはあたしが鍛えてあるから上手だし」
 その言葉に、私は考え込んでしまった。
――クリームなんて塗るのに上手い下手なんてあるのかな…… いや、確かにムラ無く塗
るとかあるかもしれないし、うっかり塗り忘れて一箇所だけ日焼けなんて自体も…… で、
でも、そんな……いくらなんでも別府君に、ってのはそんな、やっぱその、ダ、ダメ!! 
ダメダメダメ!! はううううう……
 私の葛藤をよそに、友田さんは事も無げに別府君に了解を取り付けた。
「タカシは別にいいんだよね?」
「え? 俺はいいけど? その、委員長が嫌だっつーんじゃなきゃだけど……な」
 別府君は答えつつ、チラリ、と私を見た。遠慮がちなのは、私に気を使ってくれている
のだろうか。しかし……
――いい、って事は……もし、私が一言『お願い』って言ったら、別府君の手が私の体を
撫で回して……
 さっきの友田さんを自分に重ね合わせて想像した。
――うわわわわ〜〜〜〜〜…… やっぱり、そ、そんなことダメ……は……恥ずかしい……
「委員長」
 友田さんに声を掛けられて、私はハッと顔を上げた。
「だってさ。まあ、あたしはそろそろ行くから。そのクリームはあげるからさ。遠慮なく
使っていいからね。それじゃ!」
 言いたい事だけ言うと、友田さんはさっさと別府君のお兄さんを探しに、ビーチへと出て行ってしまった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system