ツンデレと海(その8)

――っっっっっひゃあああああああっっっっっ!!!!!! 手っ……手っ……手が、手が!!
   別府君の手が、そのっ……私の手を握って……か……感触が……あう……あうあうあう……
 全神経が握られた手に集中し、まとまらなくなった頭で辛うじて私は、手を離さなきゃ、
とだけ考えた。
「なっ!! ななななな……何す…………」
 とはいえ、振りほどこうにも力が入らない。しかし、彼の引っ張る力も、私の動きを制
止させる程度のもので、私を引き戻す程ではなかった。
 振り向いた私と彼の視線が合う。すると、彼はまた、笑って言った。
「あのさ。もうちょっといないか? 俺、ここまでゴムボート漕いで来たから、結構疲れ
 ちゃってさ」
 その笑顔に、不安が少し消える。が、しかし、私はまだ躊躇った。
「でで、で、でも……みんな……その、待ってるんじゃ……」
「少しくらい平気だよ。つか、少しは休憩させてくれ。でないと帰りに遭難するかも」
 彼は冗談を言ったが、それに反応するだけの余裕を私は持たなかった。ほら、と、もう
一度促すように手を引かれ、私は、萎んだ風船のようにへなへなと、その場に崩れ落ちる
ように腰を下ろした。
――別府君の手……大きいんだ……それに、ちょっとゴツゴツしてて……やっぱりその……
   お……男の人の手だ……
 地面に置いた手の上には、まだ彼の手が置かれている。力を掛けず、優しく重ね合わされている。
 私は何も言うべき言葉を見つけることが出来ず、無言で海を見つめていた。そして別府
君も、さっきの話題を続ける事も無く、私と肩を並べて同じように無言で腰を下ろしていた。
――別府君と……こんな所で……二人っきりで……
 正確に言えば他にも人はいたが、知り合いの誰もいない所で二人で並んで腰を下ろして
いるんだから、二人っきりと言ってもいいはず。一日動揺して、心臓が破裂するような経
験を何回もした私だけど、ある意味で日焼け止めを塗って貰った時に匹敵するほど私は動
揺していた。何か話した方がいいのか、などという気配りすら浮かばず、私は身じろぎも
せずに全身をギュッと硬直させていた。
 やがて、彼がポツリと一言、私に聞いた。

「なあ、委員長…… 今日、楽しかったか?」
 私は別府君の方を向いた。そして、こっちを向いていた彼と目が合う。ほんの少しの間
だけ、私達は顔を見合わせた。が、私の方が耐え切れずに、すぐに顔を伏せてしまう。
「え……? な、何で?」
 と、問い返すと、彼は少し照れ臭そうに言った。
「いや、その…… い、一応さ、最初は俺が誘った訳じゃん? だからその……もし、そ
 んなに楽しくなかったら、申し訳ないなって思って……」
――気にしてくれていたんだ。別府君……私の事……
 そういう心遣いが、私にはすごく嬉しかった。だから、素直に言おう。楽しかったって。
誘ってくれてありがとうって。そう心の中で一生懸命に誓う。しかし、心の中で思えば思
うほど、逆に舌は動かなくなる。
――考えるから悪いんだ。なるべく無心に……無心に……
「たっ……楽しかった……よ……」
 たったこれだけの事を言うのに、どれだけの苦労を要しなければならないのかと、自分
の臆病な性格に呆れる思いがする。
「ホント? いやあ、良かった。そう言って貰えてさ。俺も誘った甲斐があったよ」
「い、一応よ、一応!! ていうか、海だからとかそんなんじゃなくて、えーとその、ま
 あ、たまにはみんなが楽しそうにしている中に混じるのもいいかな、とかその程度だから
 …… そ、それにその……楽しくない事だってあったし……」
 どうしてこう、余計なことを付け加えてしまうのか。そんな事は分かっている。自分の
本音を曝け出すのが怖いのだ。しかも、特に別府君に対しては。こんな事じゃダメだと
思っていても、無意識のうちにそうなってしまう。結果的にそれが、他人を――彼を――
傷つけてしまうことになっても。
「え? 何か気に障るような事とかあった?」
 やはり私の言葉が気になったのだろう。こんなに私の事を気遣ってくれる別府君だもの。
それすら考慮に入れず、嫌なこともあった、と軽々しく口にしてしまう私は本当にバカだ。
 けれど、言ってしまった以上は仕方がないし、まあ、嘘でもなかったのでここは正直に
私は答えることにした。

「ビーチバレーの時とか。忘れたの? 別府君、難しいボールは全部私に振ったじゃない。
 私が運動音痴なの知ってるクセに。おかげでみっともないところを一杯見せちゃったし、
 みんなには大笑いされるし、散々だったんだから」
「ありゃ相手チームが悪いんだろ? 委員長ばっか集中攻撃するから」
「嘘。別府君だって一緒になって笑ってたくせに」
「だって、委員長がホントに一生懸命ボールを取ろうとしてコロコロ転がるからさ。つい
 笑っちまっただけで、それに俺はこれでも結構フォローしてたんだぜ? 気づいてなかっ
 たかも知れないけど」
 そう言われると、実は返す言葉が無いのも事実だった。何故なら私は全く役に立ってな
かったし。何でかって言うと、元々の運動神経の無さもさることながら、別府君と同じ組
になった、っていう事でほとんどポーッとしていたので。
 とにかく、この話題は私に分が悪いので話題を変えよう。
「じゃ、じゃあ、その……フミちゃんと二人でボートに乗ってたのを、山田君と二人で
 下から持ち上げて引っくり返したのは? おかげで海水思いっきり飲んじゃって大変だっ
 たんだから」
「海は戦場なんだよ。ボートに乗って優雅に休憩しようなんてのは、男子女子の区別無く
 襲うのが俺らのルールだ」
「そんなめちゃくちゃなルールに人を巻き込まないでくれる? こっちとしては、せっか
 くのんびりした気分に浸っていたのに、いい迷惑だったんだから」
「でも、その後珍しく、一緒になってわいわい騒いだじゃん」
「巻き込まれただけよ。避難しようとしたのに、仕返しだなんだのフミちゃんが引っ張り
 込むから……」
「でも、何だかんだ言って、楽しかったろ?」
 私の言うことなど全く気にする様子もなく、笑顔のままそんな事を彼は言った。私は
グッと言葉につまり、それからそれを否定しようとさらにムキになった。
「わ、私の言うこと聞いてなかったの? ずっと文句ばかり言ってたっていうのに……」
「でも、文句言ってる委員長がすごく楽しそうに見えるんだけどな」
 ドキリとして、私は言葉を飲み込んだ。それはそう。だって真実だったから。今私が
言ったことなんて些細な事。今日、こうやって別府君と一日遊べただけで、今こうして一
緒にいるだけで楽しくて嬉しくて仕方ないのだから。

だけど、どうしてそう、別府君には思えたのだろう? 気になって、私は別府君に問い掛けた。
「な、何で? その、私のどこが楽しそうだって思えるの?」
 すると彼は、こう答えたのだった。
「だってさ。委員長が本当に不機嫌な時って、ムッとしたままでしゃべったりしないじゃ
 ん。こんな風にテンション高くいっぱいしゃべったのなんて、むしろ、今日が初めてじゃね?」
「あ……あう……」
 またしても、返答に詰まってしまう。言われてみれば確かにその通りだ。こんな風にみ
んなと――別府君と会話したことなんて、なかったかも知れない。そして、それ以上に私
は彼の言葉にドキドキする事を感じ取った。
――別府君……結構、私の事を見ていて……気に掛けていてくれたんだ。普段の私とか、
   そんな。ううん。単に、女の子が好きで、良く見ているから私の事も気づいていただけな
   のかも知れないけれど、それでも別府君の視界に、ちゃんと女の子として収まってくれたっ
   てことだよね。それだけでも、結構、その……嬉しいかも……
「それにさ」
 別府君が言葉を続けたので、私はハッと意識を外に戻して彼の方を向いた。
「今、こうして話してても、文句言われたり怒られたりしてるっつーか、どっちかっつー
 とさ。楽しかった今日の思い出話をしてるようにしか感じられなくて」
――結局、見破られちゃうんだな……彼には、私の上辺だけの嘘なんて……
 それは、単に私の腹芸が下手くそなだけなのか、それとも――それとも、彼が、私が
思っている以上に私の事を見て、私の本音を見抜いているからなのだろうか。
 多分それは、前者なのだろうけど、でも正直言えば、ほんの少しだけ、期待している自
分を否定する事も出来なかった。
「……た、確かに、その……お、思い出にはなったと思うけどね。いい意味でも悪い意味でも」
 素直でない私には、これが精一杯。本当は、楽しかったっと、一生の思い出になったと
伝えたい。けれど、そんな勇気は私にはないから。
 別府君は、私から視線を逸らし、海を見て、そしてポツリと言った。
「きっと……全部、いい思い出になるよ。今はそう思ってなくてもね」
 私は彼を見つめた。

「ガキの頃の……喧嘩したり、ドジッたり、泣かされたり、逆に泣かしちゃったり、叱ら
 れたり、今までにもそういう事ってたくさんあるけどさ。俺にとっては全部いい思い出だ
 し。だからきっと、委員長も……今日のこと、何年か経ってから思い出せばきっと全部い
 い思い出になってるって、そう思うよ」
――そうなのかな? そういうものなのかな? けれど、きっとそうなのだろう。だって、
   別府君が言う事なんだから。
 もっとも、今日の事に限って言えばそうなんだろうけど、と私は密かに思う。
 しかし、私は彼の言葉に同意も否定もせず、ただ無言で彼の隣りに座って同じように海
を眺めていた。
 そういえば、まだ別府君の手が私の手に重なったままだ。彼の手から、ぬくもりが私の
手に伝わってくる。時々、ほんの少し、彼の指が動くのが感じられる。
――別府君は、意識しているのかな? 私の手に触れていたくて、わざと手を置きっ放し
   にしていてくれているのかな?
 ドキドキする。緊張する。胸が苦しく、呼吸も苦しい。いっそ振り払おうと思えば出来
たけど、だけどもう、今はそうするのが何だか惜しい。というか、出来ればこのまま二人
でずっといられたらいいのにとすら私は思った。
 その時、別府君が再び口を開いた。
「なあ……」
「な……何?」
 彼の呼びかけに、戸惑いがちに私が答えると、彼はゆっくりとこっちを向いて言った。
「来年も……また、来たいよな……」
――来年も……別府君と……また、海に…… うん……来たい、私も……
 心の中では、完全に別府君と同じ気持ちなのに、私の中の余計な感情が素直に「そうだ
ね」という言葉を邪魔する。そして、私の臆病な心は結局それに負けてしまった。
「……来年なんて……そんな先の事……分からないわよ…… 受験にだって、受かるかど
 うか分からないし……その……上手く、みんな進路が決まったって、バラバラになっちゃ
 うんだから……」
「違うよ、委員長」
 真面目な顔で、彼は、私の言葉を否定した。

「来年がどうとかさ。問題じゃなくね? 今……今の気持ちがさ、こう……大事なんだよ。
 また、こうやって、委員長と海に来たいっていう気持ちがさ。だって、明日の事ですら分
 かんないんだから、先の事なんて考えてたら、望みなんて無くなっちゃうじゃん」
 私は感心する思いで彼を見つめた。確かに、実現出来るかどうかと、今、こうしたいっ
て思う気持ちは別なんだ。例え、来年、みんながバラバラになって今みたいに遊べなくな
ったとしても、今の気持ちに偽りはないんだから。
 しかし、その後、彼が付け足した言葉は、さらに私の心を釘付けにするのに十分だった。
「だからさ……その……出来れば……」
 そこで、彼は躊躇いがちに言葉を切った。
――出来れば? 出来ればって……何? もしかしてその……わ、私と二人で……とか……?
   な……ないないないっっっ!!!! 有り得ないよ、そんな事っ!! だってそれって、
   その……デートっつーか、そこまで来たら、もうその……こっ……恋人同士……? 
   ひゃあああああっっっっっ!!!!
 そこまで考えてから、私の心がフッと冷静に戻った。
――ちょ、ちょっと……お、落ち着かなきゃ……すぐに妄想するのは私の悪いクセだ。ま
   してや、別府君の前でだってのに。まだ、何て言うか分からないんだし……ね……
 私はジッ、と息を詰めて彼の言葉を待つ。しかし、いつもポンポンと歯切れ良く話す彼
にしては珍しく、いつまで経っても彼は言葉を続けようとしなかった。
 たまりかねて、私は彼に聞いた。
「……で、出来れば……何?」
 聞いてしまってから、私の胸がドクンと一打ち大きくなる。そしてそれは治まらず、ド
クドクと大きな音を立てて鳴り続けた。
 別府君が、スローモーションで私の方を向いた。何かを予感するかのように、私の目が
彼に釘付けになる。と、彼は急に顔を両手でゴシゴシと擦ると、照れ臭そうな笑顔を見せ
て頭を掻いた。
「いやあ、その…… 出来ればさ、このメンバーで来年も来たいなって……そ、そういう
 事だから、うん」
 その言葉に、私の緊張もフッと緩んだ。何だ、という残念な気持ち。そうだよね、とい
う諦めにもにた、そして安心した気持ちが交錯する。どうして安心したのかは、それは簡
単に理解できた。

――だって……もし、二人で、なんて言われたら……何て答えたらいいか、分からないもの……
 素直に喜べるようなら、きっとこんな苦労はせず、もっと早く彼と付き合っているかそ
れとも玉砕しているかしているはず。かと言って、拒否するなんて、そんな、彼との関係
を自ら潰すような真似をしたくない。けれど、してしまいそうな自分がいて、それが怖かったから……
「……委員長はさ、どうかな?」
 逆に別府君に質問されて、私は彼の顔をチラリと見て、そしてまた視線を外した。もご
もごと、口の中ではっきりしない呟きを口にする。
「……べ、別にどちらでも……私は……その……構わないけどさ…… もし……誘ってく
 れるなら……来ても……いいかなって……」
「ホントに? だったら、今からでも誘うよ。ここじゃなくても、またこうやって海に来ようぜ。な?」
 私の答えはしっかり聞こえたようで、別府君が珍しく勢い込んで話し掛けてくる。その
様子に私は驚き戸惑い、慌てて彼を制止した。
「ちょ……ちょっと待ってよ!! そんな、今からなんてその……早過ぎるわ。大体、先
 の事なんて分からない、って言ったの別府君じゃない。だから、その……その話は、また
 ……来年にして。覚えていたら、だけど」
 私の言葉に、彼は冷静さを取り戻したらしく、明るかった顔にフッと影が差した。
「ゴメン…… 俺、焦りすぎだな……」
 申し訳無さそうに謝ると、ほんの少し体を離した。彼はうつむき、ほんの少しだけ考え
事に沈んでいたが、すぐに気を取り直したように顔をあげて、言葉を続けた。
「けどよ…… 先の事は分からなくても、誘うだけは誘っておくよ。返事は今じゃなくて
 いい。その時になって来れない、でもいい。けどさ……俺は、ちゃんと誘ったから。だか
 ら、ちゃんとその事だけは、覚えていてくれよな」
 彼の真剣な眼差しが、私の心に強く訴えかけてきた。
――そこまでして……想ってくれるの? ……私と一緒に……来たいって……
 嬉しくて……嬉しさで、私の心が一杯になった。けれど、やっぱり、この気持ちが知ら
れるのが怖くて、もし知られたら、その先に行くのが怖くて、私は素直に答えられなかった。
「…………やっぱり……そんなの……分からない……」
 両膝を抱えてうずくまる姿勢を取って、私は顔を逸らすように俯いた。

「そっか……」
 どことなく寂しそうな声で呟く彼の声が聞こえた。覚えている、という一言すら言えな
い自分が情けなく、彼に対して非常に申し訳ない思いで私の心は一杯になった。
――ごめんなさい……別府君。
 心の中で、そっとお詫びをする。届く訳ないのに。意味ないのに。そんなのはただの自
己満足に過ぎないのに。
 そんな私の暗い思いに、彼の言葉が割って入ってきた。
「けどさ…… そんな事言っても、きっと委員長は覚えているよな?」
 え?と、少し驚いた顔で私は彼の顔を見る。それから、たった今まで抱いていた罪悪感
を忘れたかのように、私は、彼の決め付けに対して文句を言った。
「な……何で? 何でそう思うのよ。さっきから、分からないって――」
「だってさ。委員長は俺よりずっとずっと記憶力がいいじゃん。だから、その……もし、
 日常の忙しさに紛れて、ほんの少し忘れてたとしても、俺がちゃんと誘えば、すぐに思い
 出すだろうって。……俺は、その……信じてるから……」
 その言葉に、キュウッと胸が締め付けられる。
――どうして……どうして、別府君は……
 嬉しさと申し訳なさが入り混じった思いで私は思った。
――こんなにも……こんなにも、私を切なくて嬉しい気持ちにさせてくれるのか……
「わ……私は、そんなの……責任、持てないわよ……」
 内心とは裏腹の私の言葉に、彼はコクリ、と素直に頷いた。
「いいよ。俺が勝手にそう思ってるだけだからさ」
 これ以上、彼と視線を合わせるのが辛くて、私は顔を横に背けた。もう、別府君も何も
言っては来ず、沈黙の時が流れた。
――覚えていよう。
 私は、心の中で誓った。
――絶対に、忘れないでいよう。そして……もし、別府君からお誘いがあったら……その
   時は、キチンと言おう。覚えてるよ、って…… それがきっと……彼の思いに対する、ケ
   ジメだと思うから……

 そう決めると、少し心の中がスッキリした。同時に、忘れていたかのように体の感覚が
蘇ってくる。何か少し、熱い。日に照らされすぎたせいだろうか。それとも、別府君のせ
いなのだろうか。
 きっと、両方だろう。
 私は、スッと立ち上がった。とても――とても、名残惜しいけど、随分二人でここに
座っていた気がする。もう戻らないと、さすがにみんな、心配するかもしれない。
「そ……そろそろ、帰らない? もう、十分休憩したでしょ?」
「あ……ああ。そうだな」
 私の言葉に頷いて、別府君も立ち上がった。
「委員長との時間……終わらせるのはちょっと、残念だけどな」
「バ……バカッ……」
 私は思わず、別府君を罵ってしまった。何故なら彼の言葉は、ピンポイントに私の本音
を貫き、そして刺激したからであった。
 恥ずかしさを堪えつつ、私は先に立ってゴムボートへと向かう。
 と、その時……
――あれ?
 何故か、少しクラッと来た。足元がふらつく。
「お、おい。委員長。大丈夫か?」
 後ろから、心配する彼の声が聞こえる。
「大丈夫よ。ちょっと、その……バランス崩しただけだし……」
「足元、滑りやすいから気をつけろよ」
 その言葉が、何だか子ども扱いされているかのように不満に思い、私は振り返って別府
君に文句を言った。
「大丈夫だって言ってるでしょ? 大体、もう、ボートなんてすぐそこだし――え?」
 文句を言っているせいで、私は足元の注意がおろそかになってしまった。その瞬間、足
がズルッ、と滑った。
「きゃあっ!!」
 何が何やら分からないままに、視界が暗転する。と、ザボン!!と大きな音を立てて、
私は海中に沈んで行った。

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