・俺っ娘が頑張ってメイドに挑戦

『ハア……』
「どうした? ため息なんかついて、珍しいな」
『……何でもない。気にするな』
「気にするなって言われても…… こう、あからさまに元気が無いと気になるんだけど」
『そうか? オレはいつもと変わらないが。それよりも、あまりオレの事を観察するな。不愉快な気分になる』
「別に熱心に観察しなくたって、ほぼ毎日顔を合わせてるんだし、様子が変われば分かるさ。つか、何かあったのか? 昼までは別にいつもと変わらなかったじゃん」
『さあな。特に何もない。もし何かあったとしても、お前が気にすることでもない』
「何もないならいいけどさ。もし何かあったんなら、話を聞いてやることくらい、俺にだって出来るぞ」
『興味本位で話を聞かれる事ほど迷惑なことはないな』
「一応、これでも純粋に心配しているつもりだけどな」
『お前に心配されるほどオレは落ちぶれてはいないつもりだが』
「そういう問題じゃないと思うけどな。まあ、話したくないなら無理に聞きもしないけど」
『……………………』
「それじゃ、今日はこれで。また明日な。まあ何があったか知らんが早く元気出せよ」
『あ、ちょ、ちょっと待て』
「どうした? やっぱり話す気になったのか?」
『あ…… いや、その……』
「何か、玲緒にしては珍しく歯切れが悪いなあ。何があったんだよ」
『ハア……』
「ため息つくだけじゃ分かんないって。もう、ここまで来たら言った方が楽だと思うぞ」

『……分かった。本来なら、お前にこんな事を頼むなど、有り得ない事なのだがな……』
「俺に頼み事か? 確かにそりゃ珍しい事だけど、玲緒に頼りにされるなんて嬉しい限りだしな。いいぜ。何でも言ってみろよ」
『そ、その前にだな。その……条件がある。今からオレが言う事、決して誰にも言うな。分かったか?』
「了解。つか、人の真剣な悩みを話題のネタにしたりはしないって」
『どうにもお前は信用ならないからな』
「心配すんなって。確かに俺は口が軽そうに思われても仕方ないけどな。けど、言っていいことと悪いことの区別くらいはつくって」
『本当だな? 約束……するんだな?』
「ああ。もし破ったら、二度と玲緒とは口を利かない。そのくらいの覚悟はあるぞ」
『分かった。そこまで言うのなら、その言葉……信じよう』
「で、何だよ? そこまでして頼みたい事って」
『あ……ああ。実はだな、その……オ、オレを……メイドとして、その……つっ、仕えさせては……くれないか……(///////////)』
「は? ……はああぁぁぁあああああ!?」
『バカッ!! 大きな声を出すな。誰かに聞かれたらどうするんだ?』
「いやっ……だ、だってよお……いくら何でもこれは、その……あまりにも想定外過ぎるぞ」
『だ、だからその……オ、オレも言っただろう。本来なら、その……有り得ないことだと……』
「いや、けどさ。有り得ないつーか、想像も付かない世界だぜ。玲緒がメイドになって俺に仕えたいなんて言い出すなんて」
『勘違いするな!! 別に、その……お前に仕えたい訳じゃない……』
「え? だって今、仕えさせてくれって言ったばかりじゃん。それってつまりはそういう事じゃないのか?」
『違う!! お前に仕える、と言ってもだな。その、い、一時的な物だ。ちょっと、その……訳有りでな』
「ふーん。まあ、確かに玲緒がそんなこと急に言い出すなんておかしいにも程があるとは思ったけど。で、何だよ。その訳ってのは」

『じ……実はだな。その……し、知り合いが、だな。演劇部にいるんだが……どうしても役が足りないから、急遽手伝ってくれないかと頼まれて…… で、その役が、メイドの役なんだ。けど、オレは演技なんて素人だし、だから、役作りに本物のメイドをだな、ちょっと体験してみようかと……』
「演劇部って、あの文化系でも嫌われてる? 強引な勧誘とか予算争奪戦とか凄い割には活動内容がパッとしないもんで、生徒会といつも揉めてんだろ? お前、そんな所に知り合いなんていたのか?」
『オ、オレの知り合いのことまでいちいち詮索するな!! と、とにかく、そういう訳でだな。お前相手にメイドの役作りをしようと、つまりはまあ……そういう事だ』
「何だ。そういう事か。なら先にそっちから話をしてくれれば良かったのに。どうかしちまったのかと思ったぜ」
『人に頼みごとをするのには慣れていなくてな……済まない。し、しかしだな。こんな事でもなければ、オレが別府のメイドになど、なる訳がないからな!!』
「分かってるから、そこ、強調すんな。ま、引き受けてやってもいいけどさ。俺の条件を聞いてくれれば」
『対価を求めるのか? オレがお前に仕えてやるというだけでは……その……不服か?』
「いいや。正直役得過ぎて困るくらいだ。まあ、条件ってのは一つ。やるからには手を抜かず、本物のメイドさんらしくきちんと仕えて欲しいってこと。演技の練習だとか言われると気分が出ないからな」
『そういう事か。それなら心配はいらない。オレはやると決めた以上、手は抜かない主義だからな』
「オッケー。じゃあ……そうだな。さっそく明日やろう。土曜だし、俺んち、ちょうど朝からお袋と妹は買い物に行くって言ってたから、俺一人なんだ。こういう事なら、場所はやっぱ俺んちが一番いいだろうから」
『分かった。では……そうだな。昼前くらいに行こう。それでいいか?』
「ああ。それにしても、やっぱ、ちょっと不思議だな」
『何がだ?』
「いや。普段、一人でいるのが好きな玲緒がさ、人前に出て演技するのを承諾するなんて」
『し……仕方ないだろう。知り合いが困っているのを、見捨てる訳にも行かないしな』
「やっぱ……玲緒って優しいんだな。俺の思ってた通り」

『バカを言うな。べ、別にこれくらいは……当たり前の事だ。まあ、お前にかける優しさまでは持ち合わせてはいないが』
「そうやって言ってるだけで、本当は俺が困っても助けてくれるんだろ?」
『し……知るか、バカ!! じゃあ、今日はこれで帰るから……その……明日、た、頼んだぞ』
「ああ。楽しみにして待ってるよ」

『【……言えるわけないだろう。このオレが……お前との写真をネタに脅迫されたことなど……】』

〜閑話休題・前日の放課後の校舎裏〜

演劇部長『鷹橋玲緒さんね』
玲緒『……誰だ、お前は?』
部長『初対面でお前、ってのも、随分な呼ばれ方ね。しかも先輩に対して。私は早乙女優子。演劇部の部長をしているわ』
玲緒『フン。で、その演劇部の部長とやらがオレに何の用だ?』
部長『単刀直入に言うわ。ウチの部に入ってくれない?』
玲緒『断る。それに、新入部員勧誘には、随分と時期外れな気がするが』
部長『そこを何とか、お願い。スポットでもいいから』
玲緒『オレは、人と群れるのも人前に出るのも嫌いだ。演劇など、とんでもない話だな』
部長『一回だけ。一回だけでいいのよ。今度の新春の発表会で演るエキストラがどうしても一人足りなくて。だから……お願い!!』
玲緒『別にオレでなくても、この学校には他にたくさん女子がいるだろう。他を当たればいいのではないか?』
部長『もちろん、勧誘に当たっては校内全部の女の子をチェックしたわ。その中で鷹橋さん。あなたがもっとも、私の望む人物に近い……ううん。ピッタリと言っていいわ。だから、是非、是非是非是非、あなたにお願いしたいのよ。いいでしょ? ううん、お願い。いいと言って』
玲緒『お断りする。話というのがこれだけなら、失礼させて貰うぞ』

部長『どうしても断るつもり? 私がこれだけお願いしても?』
玲緒『無論だ。そもそも見ず知らずのお前の事など、オレが知ったことではない』
部長『こうなったら最後の手段よ。出ませい、部員A、B、C』
部員ABC『『『はいっ!!』』』
 ズザザザッッッ!!
玲緒『……こんな風に囲んで説得しようとしても、オレの気持ちは変わらないぞ。さっさと他に相応しい女子を探しに行った方がいいと思うが』
部長『フフフ…… これを見てもそう言えるかしら。部員A、あれを』
部員A『はい』
部長『鷹橋さん。これを御覧なさい』
玲緒『……何だ、これは……』
部長『とぼけても無駄よ。あなたと同じクラスの別府タカシ君。彼とあなたが非常に親密なシーンを集めた写真よ』
玲緒『……オレは、親密になった覚えなどないがな』
部長『毎日一緒に下校してても? 毎日お昼は仲良く二人で食べてても? 時々二人で一緒に喫茶店にも立ち寄ってるそうじゃない。それでも何? 付き合ってるとは認めないという訳?』
玲緒『あれは別府が勝手に付いて来ているだけだ。鬱陶しくて仕方ないが、効果的な殺虫剤もなくてな。仕方なく、付き纏わせている』
部長『ふうん。こんな風におかずをあーん、って食べさせてあげてるのに?』
玲緒『そ、それは…… アイツがうるさくて食事の邪魔だから、黙らせる為に口に物を押し込んだだけだ。親切心で食べさせてやってる訳じゃない!!』
部長『あらら? ちょっとムキになってない?』
玲緒『ムキになどはなっていない。当たり前の事を主張しただけだ』
部長『けど、あなたにとっては当たり前でも、他の生徒がこれを見たらどう思うかしらね?』
玲緒『どういう事だ?』
部長『あなたがもし、出演依頼を断ったら、そうね。来週の校内新聞は楽しいことになるでしょうね』

玲緒『オレを……脅迫するつもりか?』
部長『私、新聞部の部長とは仲が良くてさ。本当なら、そのうち間違いなくあなた達のことは記事になるはずだったのよ。それを押さえてあげたんだから、むしろ感謝して欲しいものね』
玲緒『全くといっていいほど感謝する気持ちにはなれないな。そのような卑怯な手段に訴えられては』
部長『私は劇のためなら鬼にも悪魔にもなるわ。さあ、どうするの、鷹橋さん。私達のオファーに素直に応じて、静かに二人だけで愛を育むか、それとも学校中の公認カップルになるか。フフ……』
玲緒『お前の依頼は断る。その写真は好きにすればいい。以上だ』
部長『え!? ちょちょちょちょちょ、いいい、いま、何て言ったのよっ!?』
玲緒『好きにしろ、と言ったのだ。他の人間がいくら騒ごうが、オレと別府が付き合っている訳ではないという事実には変わりないからな。否定するのが少々やっかいになるだけだ』
部長『そんな甘いものじゃないのよ。始終誰かから付け回されて、みんなから詮索されて、平穏な学園生活なんて望むべくの無くなるのよ。それでもいいの?』
玲緒『初めのうちだけだろう。噂なんてのはそんなものだ。他人に合わせて自分を曲げるなど冗談ではない。ましてや脅迫などに屈することは有り得ないな』
部長『きょ、脅迫なんて大げさなものじゃないわよ。取引よ、取引。逆に考えればさ、ほら。ホントなら新聞部のゴシップネタにされる所を私が救ってあげたんだから、そのお礼にちょこっとだけ劇に出るとか……』
玲緒『有り得ないな。オレが頼んだ事ならば感謝もするし礼もしよう。だが、勝手に押し付けられた親切に対して、何故お礼などしなければならない?』
部長『うう〜〜〜〜…… じゃあ、どうすれば出演交渉に応じてくれるのよ? 甘い物? 金券とか? 現金はさすがに……生徒会長に見つかったりしたら、それ見たことかとお取り潰しに遭っちゃうし……』
玲緒『何を言われようが、オレは劇などには出ない。話がこれだけなら、帰らせて貰うぞ』
部長『ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!! その、お、脅しめいた発言した事とかは謝るから。お願い。今度の劇にはどうしてもあなたが必要なのよ。もし、今度の劇も失敗なんて事になったら、来年度の予算貰えなくなっちゃうかもしれないのよ〜』
玲緒『そんな事はオレの知ったことじゃない。自分達で何とかするんだな』

部員A『何とか出来るなら、もうとっくにやってますって。鷹橋さんは我が部最後の希望の星なんですよ〜』
部員B『あたしからもお願いします。一緒に演劇界の頂点を目指しましょう』
部員C『部長だけじゃなく、あたし達みんながお願いします。鷹橋さん』
玲緒『離せ!! 全く、鬱陶しい……』
部員D『あの……ちょっと、私からもお話させて貰って……いいですか?』
部長『あっ!! 今までどこに行ってたのよ、D。全く、この人手不足の時に……』
部員D『何か、脅して無理矢理、と言うのは性に合わないので……遠くから見てました。それより、鷹橋さん!!』
玲緒『な……何だ? その、は、話を聞くくらいなら構わないが、オレは劇には出ないぞ』
部員D『御無理をお願いしているのは承知しています。どうしても、と言うのでしたら、無理強いして出て貰う訳にはいきません。けど、これだけは聞いてください。ウチの部長は確かに姑息で卑怯でずる賢くて陰険で、目的の為なら手段を選ばず、相手の事などこれっぽっちも考えない、まあ言ってみれば、人としては最低の屑みたいな人ですけど、でも、演劇に掛ける情熱だけは本物なんです。ウチの部は確かに、その、お菓子食べて雑談ばっかしてる文化系のお荷物クラブみたく言われてますけど、私は……いえ、私達全員、演劇が大好きなんです。だから、今度の定期公演が上手く行かなくて、本当に部がなくなっちゃったら……私、もう……大好きなお芝居をする所が無くなっちゃうんです……』
部員A『アンタ、セリフ長いわよ』
部員D『Aさん、やかましいです。黙っててください。お願いします、鷹橋さん。部長はあんな人でも、俳優を選ぶ目は優れているのですから、鷹橋さんが今度の劇に絶対必要なのは間違いありません。やるからには、私……最高の劇をやりたい。だから、お願いします!!』
玲緒『ハア…… その、定期公演というのは、いつなんだ?』
部長『引き受けてくれるの?』
部員D『本当ですか? ありがとうございます!!』
玲緒『あ……ああ。だ、だがその……勘違いするな。オレ自信が演劇というものにちょっと興味が湧いただけだ。別に、お前たちの部がどうのこうのとか、そういう理由とは一切関係ないからな』

部長『やっっったーーーーっっっ!!!! これで、今度の劇は成功したも同然よ。ありがとう、鷹橋さん!!』
玲緒『そんなこと、やってみなければ分からないと思うんだが……』
部員D『大丈夫です。そんな難しいことはありませんし、やってみれば楽しいですし、絶対上手く行きますって』
部長『とにかく、細かい打ち合わせは明日するから、放課後に部室に来てね。よろしくっ!!』
玲緒『ああ、分かった【何か……上手く乗せられた気がするんだが、気のせいだろうか……? まあ、協力すると言ってしまった以上仕方ないか……】』

部長『でかした、部員D!! さすが我が部のメインヒロイン。演技もバッチリだったわよ』
部員D『ありがとうございます。で、でも……多少、セリフや仕草を大げさにしましたけど、言ったことは全部本当の事ですから。でなければ、鷹橋さん、きっと見抜いて断ったんじゃないかと思います』
部長『本当の事? 言ったこと全部?』
部員D『はい。そうですけど……何か?』
部長『じゃあさ。姑息で卑怯でずる賢くて陰険で、目的の為なら手段を選ばず、相手の事などこれっぽっちも考えない、まあ言ってみれば、人としては最低の屑みたいな人、ってのもホントの事なんだ。ふーん』
部員D『え? まあ、それは……あはははは…… で、でもでも、説得に成功したのは私の功績ですし、それでチャラって事には……』
部長『それはそれ。これはこれ、よ。まあ、ちょっと部室にいらっしゃいな』(ニッコリ)
部員D『え? ちょ、ちょっと部長? お、おしおきは勘弁してください!!』
部員A『賛成。大体、苦労はあたしたちの方が大きいのに、最後だけいいトコ取りするなんて許せない』
部員B『あたしなんて出番ほとんど無かったのに』
部員C『エヘヘッ。たっぷり可愛がってあ・げ・る』
部員D『そんな…… や、止めてください、許して下さいってば!! そ、そんなーっ!!』

〜閑話休題・終〜


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