・ お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら その10
・ ツンデレ妹メイドが男の部屋を掃除したら その3

『どどどどど、どういうことですのっ!!』
 両手で兄の襟首を掴み、内側にギュッと絞めると、ガクガクと揺さぶった。
「ちょっ、待て、おい、理奈。落ち着け、ちょっと話しをさせ――」
『話しも何もありませんわっ!! この、変態っ!! 鬼畜!! メイドに性的な奉仕を 強いるなんて破廉恥極まりありませんわっ!!』
 思わず手に力が篭り、私はそのまま襟で兄の首をギリギリと絞め始めた。
「ぢょ……ぐるじ……じぬ……」
『理奈ちゃん、ダメですっ!! これ以上は貴志様が死んでしまわれます!!』
 瑛子の声に私はハッと気付いて手を離した。
「ゲホッ!! ゴホッ!!」
 ようやく解放されて、兄は激しく咳き込んだ。
「全くお前は……いきなり首絞める奴があるか…… あーぐるじ…… マジで天国が見えたぜ」
『地獄の間違いでしょう。いっそあのまま死んでしまった方が世の中の為でしたわ』
 プイッと顔をそむけると、いきなり兄が私の肩をガシッと掴んだ。
「まあ待て。まずはこっちを向いて話しを聞け」
 声と、その行為に驚いて私は思わず兄に向き直る。しかし、全身が痺れたような感覚に 襲われて、身をよじることも出来ず、私はただ、兄を睨み付ける事しか出来なかった。
『ちょ、ちょっと!! 何をなさいますの? この変態っ!! ももも、もしかして…… 瑛子だけでなくわたくしまで……』
 カアアッ、と身の内が熱くなり、私は体を固くした。まさかこのような展開になるとは 夢にも思っていなかったが、兄がそれを望むなら私は抵抗はすまい。ただし、瑛子になど 手を出させるものか。それだけは全力で阻止しなければ。
「違う、誤解だ。俺はそんな事を言った覚えはない!!」
 目の前で真剣な顔つきで話す兄を睨みつけていた私は、思考がポゥッとなって思わず表 情が緩んだ。いけない。今は兄を詰問すべき時なのに、私がほだされてしまってどうする のだと、私はそのまま兄の胸にしな垂れかかりたい衝動を必死で抑えた。

『キチンと説明なさるまで私は納得致しませんわ。大体男の人と言うものは、大抵その場 のノリで適当な事を言っておきながら、後からそんな事は言っていない、だの、そういう つもりではなかった、だの。信用なりませんわ』
『言ったのは私です。もし、理奈ちゃんがキチンと掃除が出来ていなければ、身も心も貴 志様に捧げますと……』
 横から瑛子が口を挟んできた。その言葉に私がキッと彼女を睨みつけると、彼女はキュ ッと身を縮みこませた。
『でもでもでも、貴志様も了承してくださいましたもの。ですから……私はもう、身も心 も貴志様の物な訳でして……』
『そんなことはわたくしが許しませんわ!! ご主人様がメイドと淫らな行為に及ぶなど…… そんな行為が認められるわけありませんわっ!!』
「誰も淫らな行為をするとは言ってないだろ!! 瑛子が勝手に言ってるだけだっ!!」
 ビシッと瑛子を指差して兄は彼女の言葉を否定した。しかし、瑛子は人差し指をクニク ニと合わせつつ、ちょっと不満そうに口を尖らせて反論した。
『だってぇ……フツー若い男の人が可愛い女の子を自由にしていいって言われたら、エッ チな事しますよねぇ? もしかしてそれとも……貴志様、密かに不能だったりとかします?』
「アホかっ!! 俺は健全だ。ただ、自分ちのメイドに手を出すほど飢えたりはしてねーぞ」
『信じられませんわね』
 私はジロリと兄を睨みつけて言った。
『スケベで変態で節操も無いご主人様が、例え26歳の年増とはいえ、女性を前に手を出さ ないなど有り得ませんわ』
『あうううう……年増言わないでくださいよぉ…… これでも、お友達からは高校の時と ちっとも変わんないよねって言われてるんですから、まだ10代でも通用しますってばぁ……』
 脇で何やら瑛子がブツブツと呟いているが、兄はそれを無視して私を睨み返した。
「そのスケベで変態で節操がないってのは、何を根拠に言ってるんだ? 別に俺は世間に 顔向け出来ないようなことは、一切してないぞ」
 来た、と私は思った。今こそ、あの雑誌を突きつけて兄を詰問してやろう。そうすれば、 掃除のような些細な事など消し飛んでしまうに決まっている。

『根拠ならありますわよ』
 胸を張って言うと、兄はちょっと面白そうに口元を歪めた。
「いやに自信たっぷりだな。なら示してみたらどうだ?」
『これですわよ!!』
 ババン、と効果音を付けたいくらい勢い良く、私はエロ雑誌を兄の前に突きつけて見せた。
『こんな破廉恥な雑誌を、ベッド脇に堂々と放置しておいたじゃありませんの。これでも、 自分は違うとおっしゃるつもりですの?』
 突きつけられた雑誌を前に、しばらく兄と、それから瑛子もポカーンとした表情を浮か べていた。
『どうですの? ご主人様。何か弁解の言葉があるのならおっしゃられたら?』
 フフン、と自慢げに言う私を前に、兄は腕組みをして怪訝そうな顔つきで聞いてきた。
「お前……それのどこがエロ雑誌なんだ?」
――え?
 私は一瞬、差し出した雑誌を間違えたかと思った。いや、間違いはない。胸の大きな女 の子が露出度の高い水着を着ている写真の表紙である。私はパラパラとページをめくると、 性描写をしてあるページを開いて示して見せた。
『これを見てもまだとぼけるとおっしゃるの? どう見てもエッチな本じゃありませんの。 イヤらしいにも程がありますわ。マンガだからと言って許される物ではありませんわよ』
「いや、この程度別に青年誌なら普通だと思うんだが。なあ、瑛子」
『どう見ても週刊ヤングVIPですよねぇ…… まあ、確かにエッチなシーンとかは、ちょっ と他の雑誌より多いとは思いますけどぉ。でもエロ雑誌とは全然違いますよぉ?』
 二人の態度に、何やら私はとてつもない間違いを犯したのではないかと不安になった。 いや、そんな事はない、と私は自分に言い聞かせる。お母様だって、学校の友達だって、 きっとアレを見れば低俗で破廉恥な雑誌だというに決まってる。勇気を持って反論しなければ。
『お黙りなさい、瑛子。貴女自身が慎みが足りないからその雑誌が普通に見えるのですわ。 わたくしの十分の一も恥じらいを持てば、このような雑誌、読むに値しないことが分かる はずです』
『そうですかぁ? 私も毎週読んでますけど、面白いですよぉ』

 不思議そうに小首を傾げる瑛子を見て、私はギリッと奥歯を噛んだ。何だかこれでは私 一人が馬鹿みたいではないか。
『調子に乗るんじゃありませんわ。ちょっと人気が上がったからって……』
 それを言うと、瑛子はキャッと喜びの声を上げて両手を胸の前で組むと可愛らしげに飛 び跳ねた。
『そうなんですよぉ。何か良く分かりませんけど、お嬢様よりメイドの方が萌えるとか言 われて。いいんですかねぇ?』
『よくありませんわよっ!!!! メイドの分際で、わたくしを差し置いて人気を得よう などと――』
「あー、わかった!! わかったから、お前ら少し黙れ!!」
 苛立った声を上げて、兄が私と瑛子の間に割って入った。
「今はそんな話ししてる場合じゃねーだろ。大体、これが仮にエロ雑誌だったとしてもだ。
それとこの部屋の惨状と何の関係があるんだ?」
『えっと……それはですね……』
 私はもごもごと躊躇いがちに口を動かした。何とか必死で上手い言い訳は無い物かと考 える。と、その時、またしても瑛子が横から口を挟んできた。
『あ、分かりましたぁ。理奈ちゃん、もしかしたら貴志様が他にどんなエッチな物を持っ ているか、気になっちゃったんじゃありませんかぁ?』
 ギクリ、と背筋が何かに貫かれるような悪寒が走る。まさかストレートに瑛子に言い当 てられるとは思いも寄らなくて、私は慌てた。
『ななななな、何をおっしゃるの? この馬鹿メイドは。わわわ、わたくしがそんな、お 兄様の持ち物に興味など、も、持つはずがありませんわ!!』
 しどろもどろに否定すると、私はプイッと厳しい顔つきで横を向いた。
「そういう事か?」
 ギクッ、と私の背筋が伸びる。私はブスッとした顔つきのまま、恐る恐る、チラリと兄 を見つめた。
『そういう事、とはどういう事ですの? まさか、あのバカメイドの言う事を信用なさる おつもりですの?』

 私の質問に、兄は真顔で私を見つめ返した。
「この光景を見ればな。どう考えても、俺の部屋で探し物をしてたと考える方が普通だろ? これで大掃除とか言われるよりはな」
『馬鹿な事を仰らないで下さい!! わたくしが何でそんな事をする必要がありますのっ!!』
 しかし瑛子は、嬉しそうにニコニコと笑いながら、そっと耳打ちするかのように私に言った。
『隠さなくたっていいですよぉ〜。やっぱり気になりますものね。お兄様が女性に対して どんな興味を持っているかとか』
 その言葉に、瞬間湯沸かし器のように私の顔がボフッと沸騰した。動揺してワタワタと しながら、私は慌てて瑛子の言を否定する。
『いっ……いい加減になさいっ!! 何を根拠にそんな…… お兄様の興味がどんなのか なんて、わたくしには関係ありませんわっ!!』
 しかし、瑛子は私の否定など聞きもせず、自分だけの世界に入って両手を頬に当てて、 ほぉっ、と吐息をついた。
『分かります。理奈ちゃんのお気持ちは…… だって、私だって、配属された最初の日に、 貴志様のお部屋を洗いざらい探してみましたもの……』
「探したのかよ!!」
 兄が鋭くツッコミを入れると、瑛子は申し訳無さそうに体をすくめてモジモジと動かし た。その仕草が実にわざとらしく、間違いなく演技だと私は見て取った。
『キャウッ!! も、申し訳ございません…… でも、やっぱりそのぉ……先々ずーっと お仕えする方ですから、ご趣味ですとか、好き嫌いとか、そういったものもひっくるめて、 全部知りたかったんです。けどぉ……上の棚まで全部引っくり返したのに、どこにもエッ チな物が無くて…… ど、どこに隠してらっしゃるんですかっ!! 教えて下さい貴志 様!! 私、貴志様に御満足頂ける様、誠心誠意勉強しますからっ!!』
「アホかっ!!」
 さすがに兄は怒鳴り声を上げ、瑛子はきゃっ、と身を竦ませて後ろに下がった。
「お前らみたいな若い女の子がちょろちょろしてる部屋に、エロな物を置いておけるか。 全く……」
 その言葉が、私には引っ掛かった。この部屋には無い、と言う事は……

『ということは、やっぱり別の場所に持ってらっしゃるんですねっ!! さあ、白状なさ い、お兄様!! どこに隠しているんですの?』
「ちょ、まて、理奈……首を絞めるなと……」
 無意識のうちに、私は兄を責めつつ直接両手で首に手を掛けていた。ハッと気付いて、 慌てて手を離す。
『お……お兄様が悪いんですのよ。さあ、おっしゃいなさい。どこに隠したんですの?』
「いや、その……隠してない、隠してないって。別にそんなの持たなくたって、そのくら いの事は何とかなるって」
『ももも……妄想だけで抜けるんですかっ!!』
 瑛子が真っ赤な顔をしながら期待感に満ちた目付きで兄に迫る。兄は負けじと瑛子に顔 を近づけて睨み返した。
「ストレートに言うな、アホッ!! 大体理奈っ!! お前、そんなに追及するって事は、 やっぱり興味があるんじゃないか」
 鋭い指摘に、私は言葉を失った。
「どうなんだ? やっぱりその……探してたんじゃないのか? 俺が他にもエッチな物を 持ってないかどうかとか」
 さすがの私も、ここまで問い詰めておいて今更興味が無いとは言えなかった。さすがに それは白々しすぎる。疑わしげな兄の視線に晒されながら、必死で私は言い訳を言った。
『それはその……わたくしは、メイドである前に、お兄様の妹であり、別府家の娘です。 お兄様が変態的な趣味をお持ちにならないように、かっ……監視するのは、その……妹と しての努めですわっ!!』
「いや。別に俺の趣味嗜好なんぞ、妹に監視してもらう必要はこれっぽっちも無いと思うが」
 呆れたような兄の口調に、却って私はムキになった。
『そんなことありませんわっ!! 別府家の次期当主たるお兄様が変態では世間に顔向け が出来ません。お父様もお母様もお忙しくて、そこまでは気が回りません。御付のメイド は輪を掛けた変態。となればわたくしが、その……お兄様をしっかり監視する以外ないで はありませんの。べ、別にわたくしだってその……したくてした訳ではありませんわ』
『私、変態じゃありませんよぉ』

 瑛子の主張はこの際無視することにする。それは兄も同じのようで、ハァ、と小さくた め息を付くと、諦めた口調で私に言った。
「分かった分かった。で、俺が変態だっていう証拠は何か見つかったのか? これだけ荒 らしたい放題に人の部屋を引っ掻き回して」
 私は言葉に詰まる。ここまで家捜しして、件の雑誌一冊を除けば、兄の部屋からは一切 エッチな物は出てこなかった。これはこれで良かった筈なのだが、何故だろう。私の心に は、むしろ安堵より不安の方が大きい気がする。
『しかし、これだけ探してもエッチな本一冊出て来ないってのは問題ですよねぇ?』
 瑛子の呟きが、私の疑問に答えを与えてくれた。
――そ……そうですわ。男の方がエッチな事に興味を持つのは自然なことですもの。なの に、ここまで清廉潔白だとしたら、逆にそれは問題なのでは……?
「何が問題なんだよ?」
『だって貴志様は御嫡男なのですから、将来的には結婚して跡継ぎを作って頂かないとい けない身ですもの。ですからこう……もうちょっと精力絶倫、っていうかその、御付のメ イドにうっかり手を出しちゃうくらいの……そのくらい女性に興味を持たれた方が宜しい のではないかと』
 そう。瑛子の言うとおりだ。いや。絶倫では困るが、普通の男性と同じくらいには興味 を持ってもらわないと困る。
「いや。お前に手を出すほど俺は飢えてねーから」
 ガクッ、とうな垂れる瑛子を見て私は思った。瑛子はメイドでは年長とはいえ、兄とは ほぼ同じ年である。容姿は私とは比べるべきもないが、それでもああもあっさりと拒否で きるものだろうか?
――お兄様が……万が一にも、女性には興味を持たれない性癖なのだとしたら……
 それはマズイ。非常に。別府家が云々という問題ではない。私自身に対しても、兄は全 く興味すら抱かないということである。いや。少なくとも、瑛子よりは私の方が女性とし て魅力はある。自分なら――
――も……もし、そうだとしたら……その時はわたくしが……我が身を呈しても、お兄様 に、女性の素晴らしさを教えて差し上げれば……

 兄の前で裸身を晒す自分を想像する。それからフッと我に返り、慌てて心の中でそれを 打ち消した。
――ば……馬鹿な事を…… わたくし達は兄妹ですもの……そのような事、許されるはず が……で、でも……子供さえ作らなければ……
「理奈。お前、何か急に顔が赤くなったけど大丈夫なのか?」
 私の馬鹿な妄想は、兄の一言によって破られた。
『いっ……いえ!! ななななな……何でもありませんわ。別にお兄様に心配していただ く必要などありません』
 慌てて取り繕おうとすると、横から瑛子がまた、余計な口を挟んできた。
『私、分かります』
 ビシッと指を私の鼻先に突きつけて瑛子は私を睨むような目付きで見て言った。


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