・ お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら その19
・ 買い物編 その6

「ほれ。着いたぞ」
 兄の言葉に、私は恐る恐る兄の腕から頭を引き剥がした。
『……今度は……どこですの?』
「本屋だ。ほれ。降りた降りた」
 私が降りたのは、郊外型の大型書店の駐車場だった。もっとも、本などは美衣に言えば
何でも手に入るので書店になど行ったことのない私は、大型だとか郊外型だとかいう区別
は付けられるはずもなかったが。
『本屋など、別にわざわざお店になど立ち寄らなくてもいくらでも手に入るのではありま
せんの。時間の無駄ですわ』
 そんな訳で私が文句を言うと、兄はいかにも私を馬鹿にしたように胸を張って言った。
「バカだなお前は。そんな事だから一般常識が欠落してるんだよ。確かに手に入らないも
のはウチのルートを使えば楽に手に入るけどな。本屋に来て、雑誌や本を眺めていて、興
味深そうな本を見つけるのが楽しいんじゃねーか」
『……よく……分かりませんわ』
 私が首を捻ると、兄はこう言って答えた。
「お前だって服やアクセサリーは店に行って、何時間も見て回って気に入った物を選ぶじゃ
ねーか。それと同じ事だ」
『女性にとってファッションは重要な事ですもの。それと一緒にされては困りますわ』
 いまいち理解しきれずそう反論すると、兄は諭すのを諦めたようだった。
「まあいい。こういうのは百聞は一見に如かずって言うしな。とにかく大人しく付いて来い」
 そう言うと、兄は私を置いてさっさと歩き出してしまったので、私はまたもや、兄に付
いて行かざるを得ないのだった。

『……で、わたくしは何をすれば宜しいのですの? またお兄様の後に付いて荷物持ちを
すれば宜しいの?』
 すると兄は軽く頭を振った。
「いや。俺は適当にブラブラ見て回るから、お前はお前で好きな所を見て回れ。金魚の糞
みたく付いて回られてゴチャゴチャ趣味に文句付けられても鬱陶しいしな。ただ、用が出
来たら呼ぶから、携帯にはいつでも出れるようにしておけ。いいな?」
 それだけ言うと、兄は私に一言も言い返す間を与えずに、さっさと店内へと入ってしまった。

『全く、冷たいですわ。お兄様ったら…… もう少し、相手くらいしてくれたっていいと
思いますのに……』
 ぶつぶつ文句を言いながら、兄の後に続いて私は店の中へと入った。さっきの服屋より
は広々としているが、それでも、我が家の大広間とそう変わりはない。その中に私の目線
ほどの高さの本棚が均等に配置されている。兄は目当ての本があるらしく、さっさと雑誌
のコーナーに行くと、一冊の雑誌を手に取って読み始めた。
『ご、ご主人様!!』
 その行動に慌てて声を掛ける。兄は顔だけをこっちに向けて答えた。
「何だ? 理奈。お前も適当に店の中見て回っていいと言ったろ?」
『適当にと言われても……どこを見たらよいか分かりませんもの。そんな事よりご主人様。
何というはしたない行動をなさっているのです?』
「は? 何がはしたないんだ?」
 僅かながら、兄が気色ばんだ様子を見せた。雑誌を置き、体ごと私の方に向ける。私は
気が萎えるのを感じたが、ここで怯む訳には行かない。弱みを見せないよう、キッと厳し
く兄を睨み付けた。
『このように立ち読みをするなど、別府家の男子としてはあるまじき行為です。御本がお
読みになりたければ、買えばよいではありませんの』
「別に、立ち読みくらいいいだろ。大して読みたいページがある訳じゃないしな。買って
もすぐゴミにするのももったいないし」
『それは貧乏人の浅はかなお考えです。ご主人様はそのような事をなさらずとも別にお金
に困るわけではありませんでしょう? 立ち読みなど、非常に貧乏くさい態度に見えてわ
たくしは嫌ですわ』
「金の問題じゃねーよ。大体、いくらウチが金持ちだって言ったってな。無駄遣いは控え
るようにしないと。お前はまだ学生だから分からないだろうけどな。社会に出れば少しは
金のありがたみも分かるようになるんだよ」
『わたくしもお金の問題で言っている訳ではありませんわ。別府家の時期当主として、ご
主人様の態度は相応しくないと言っているだけです。非常にみっともないですわ。ええ』
 ジロリ、と強気な目付きで兄を睨みつける。正直な所、兄は毅然としていればもっとずっ
と立派なのだ。だからこそ、私は兄の庶民臭い態度など見たくはなかった。

 しかし、兄は少しの間私をジッと見つめていたが、やがて諦めたように顔を背け、嘆息
した。それから、もう一度私の方に向き直って言った。
「ハァ…… 理奈」
『な、何ですの? その呆れたようなため息交じりの呼びかけは』
「お前ってさ。今は、俺の……何だっけ?」
『この格好を見て、まだそのような質問をなさりますの? メイドに決まっているではあ
りませんの。むしろ、わたくしの方こそ呆れてしまいますわ』
 私は胸を張り、自分を親指で指した。すると、兄はまたしてもため息を付き、頭を小さ
く左右に振った。一体何だというのだろう。もっとも、私の態度にどこか不満があるのは
分かるが、兄の態度は説教をされているというよりも馬鹿にされているように思えてなら
ず、私の気分もより不愉快だった。
「分かってんなら、さっきの俺の命令も覚えているよな?」
『命令? 何の事ですの?』
 鸚鵡返しに聞くと、兄は苛立って声を荒げた。
「いちいち付いて回ってごちゃごちゃ文句を言うなってことだ。分かったら、適当にどっ
か行ってろ。お前の興味ある本だってあるだろ? 気に入ったのがあったら、好きなの買っ
て良いから」
『分かりましたわ。そうまで言うんでしたらご主人様はお好きになされば宜しいのですわ。
でも、くれぐれも別府家の恥になるような態度は慎んでくださいませ。わたくしの品位ま
で疑われてしまいますから』
「もう、十分に恥だよ。見ろ、周りを……」
『は? 何を言っておりますの?』
 そう聞き返した私は、同時に周囲を見た。そして気が付いた。近くにいた一般人が、私
達の方をそれとなく見つめていたのを。どうやら思っていたよりも私の声が大きかったら
しく、周囲の注目を引いていてしまったことに気付き、私はカァッと羞恥心で身体が熱く
なるのを感じた。
――よ……よりによって、お兄様と喧嘩しているところを注目されてしまうなんて…… 
わたくしとしたことが、一生の不覚ですわ……
『でもそれはお兄様がはしたない真似をなさるから悪いのですわ。紳士らしい行動を取っ
て下されば、このような事にはならなかったはずです』

「お前が主人のやることにいちいち口を出さなきゃいいの。全く、ただでさえ目立つって
のに、あえて注目されるような真似しやがって……」
 兄は困ったようにポリポリと頭を掻いた。私は憤然と兄を睨み返し、半ばヤケクソになっ
て怒鳴り返した。
『分かりましたわよっ!! 大人しくしていれば宜しいのでしょう。後はご主人様は勝手
になさってください!!』
 そう言い捨て、私は憤然と兄から離れて行ったのだった。

――ハァ……またやってしまいましたわ……
 とぼとぼと店内を歩きながら、私は自己嫌悪に陥っていた。自分が間違った事を言った
とは思わない。しかし、兄の不機嫌な様子を思い起こすに、どうしても自分が耐えるべき
ではなかったかという思いが、心に湧き上がってくる。
――今のわたくしは……お兄様のメイド……使用人なのですから、ご主人様にあれこれと
指図出来る立場ではないと言うのに……
 しかし、もう一つの声が、その心を押し流す。
――いいえ。主人が過ちを犯している時にそれを正そうとするのも、使用人の勤めですわ。
頑固に自分の意見を押し通そうとなさるお兄様が悪いのです。
 そうは思えど、今は傍に行っても無視されるか、追い払われるかのどちらかだろう。仕
方なく、私はブラブラと所在無げに書店の中をうろついていた。
――全く……くだらない雑誌ばかりですわ。どうすればモテるとか、今年の流行はこれだ、
とか……安物の服ばかりではありませんの。まあ、常に一流ブランドの最新情報を手に入
れられるわたくしとは格が違うのでしょうけれど。
 女性ファッション誌の棚から離れてみても、面白そうな物は見当たらない。車やバイク
といった乗り物からスポーツ、アウトドアなど、私には縁の無いものばかりだ。インター
ネットは良く使うが、パソコンは新規購入から設定に至るまで、専門の業者が入ってやっ
てくれるから、私には必要がない。料理――は……
 そこで私は足を止めた。先程の体たらくを見れば、料理の本の一冊や二冊は持っておい
た方が良いかもしれない。

 だが、パラパラとページをめくってみて、私は本を置いた。このような庶民的な味では、
兄に作る料理としては相応しくない。それならば、まだしも美衣にでも習った方がマシと
いうものだ。
 全く、時間の無駄遣いだ、と私は憤慨する思いだった。
――お兄様も、せっかくのお出かけなのですから、もう少しエスコートする場所を考えて
欲しい物ですわ。二人で楽しめる場所など、幾らでもあるでしょうに……
 そう考えながら、再びつまらなさそうに私は棚から棚へと視線を移していた。
 その時、視界に飛び込んできたものに、私は慌てて視線を逸らした。
――なっ……何ですの? あれは……
 一瞬、自分の見たものが信じられなかった。しばらく、視線どころか、身体そのものを
棚に背を向けて、ドキドキする心臓を静める。
――こんな場所に……あのような物が置いてあるはずありませんわ。ええ、そうですわよ、
きっと。
 そして、私は、自分が見たものが見間違いだった事を確認する為に、もう一度、問題の
棚に視線を移した。
『なっ!?』
 思わず声が出てしまい、私は慌てて口を押さえ、目尻の端に捉えたその“モノ”を視界
から追いやった。
――な……ななななな……何ですの? あれは……
 もう一度、心のなかで問い掛ける。一度静まった心臓が再び、興奮でドクドクと激しく
打ち始めた。
――何で、一体……このような場所に、あのような破廉恥極まりないものが置いてあるん
ですの……?
 私はもう一度、視線を動かし、その“モノ”を僅かに認識出来る様に、視界の端に入れ
た。ボッと何とはなしに全身が熱を帯びる。
 私が見た物は、裸の女性が表紙になった雑誌だった。それも、一冊ではなく何冊も棚に
並べられている。
――これが……本当の、エッチな本なんですの……?
 私は、ここがどこかも忘れ、しばらくの間体を硬直させたまま、それらの雑誌に見入っ
てしまっていた。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system