・お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら その4
・兄に料理を作ってあげたら色々欠点を指摘された挙句、兄に料理を習う羽目になったツンデレ

『では、理奈ちゃん。貴志様も目を覚まされた事ですし、行きましょうか』
 瑛子に促されて、私はハッと顔を上げた。
『え? 行くって……どちらにですの?』
『決まってるじゃありませんか。朝食の支度ですよぉ』
 私の質問に、さも当然といった感じで瑛子が答える。
『ちょ、ちょっとお待ちなさい。お兄……じゃなくて、えーと、その……ご……ご主人様のき、着替えですとか身支度の世話とかはしなくて宜しいんですの?』
 密かに内心期待していたこともあって、慌ててそう聞き返した。瑛子がうっかりして手順をすっ飛ばしたのかもしれないと思ったからだ。しかし、彼女は首をふるふると横に振った。
『ああ、そうか。理奈ちゃんは普段、美衣ちゃんにいろいろ身支度を手伝ってもらってますからね。でもぉ、貴志様はそういうの、お嫌いなんです。自分で出来る事は自分でやるって言われて』
『そ……そうなんですの……』
 私は、二人に聞こえないように小さくため息をついた。しかし、その様子を瑛子は敏感に感じ取り、鋭く私に突っ込んでくる。
『あ、今、理奈ちゃん、物凄くがっかりしたでしょ?』
 図星を突かれて、私はドキッと心臓が跳ね上がるほどに驚き、しどろもどろになりながらも、慌てて取り繕おうとした。
『ななな、何をバカな事を言っているの? そんな事……お兄様の着替えの手伝いをして差し上げて、下着姿に見とれてしまったりとか、お兄様の髪の毛を梳かしてあげて、髪の手触りを密かに楽しんだりとかが出来なくなったとか、そんな事、微塵も思っておりませんわよ』
『全部口で言ってるじゃないですかぁ。ふーん、へえ、なるほどねぇ〜』
 意味ありげにニコニコと笑う瑛子に、私は髪の毛を逆立てて否定した。

『ですから、違うと言っているでしょう!! いいい、今のはその……えっと、い、いかにも貴女が考えそうな事を並べ立ててみただけで、わたくしは全然そんな、ちっとも思っておりませんのよっ!!』
 顔が温泉に浸かりすぎた時のように、逆上せ上がって熱い。
『隠さなくてもいいですよぉ〜。これだけカッコイイお兄様がいらっしゃれば、憧れるのも当たり前ですし。私だってお仕えした最初の日は、身の回りのお世話をする気満々だったのに、断られちゃって物凄くがっかりしたんですからぁ』
 指でツンツンと突付きながら私をからかう瑛子に、私は怒りを爆発させた。
『当然ですわっ!! 貴女ごときがお兄様の裸を拝んだり御髪を触ったり出来る訳ないではありません!!』
『あ、ほらほら。やっぱり嫉妬してらっしゃいますよぉ。例えメイドといえど、他の女性には触られたくないんですよねぇ〜』
『違いますわよっ!! あ、あ、あ、貴女がそういう事をするのが分不相応だというだけですわっ!! わたくしは別にそんな事したいなどと、お、思ったこともありませんわ。別に嫌な事でもしなくちゃならないのかと、そう勘違いしていただけでむしろホッとしておりますもの』
『いいんですよぉ。照れ隠しなんてなさらなくたって、ねえ貴志様。せっかくの機会ですし、いっそ理奈ちゃんに着替えから何から全部やって貰うというのは……』
『ダメーッ!! ダダダ、ダメですわ!! 違いますのよ、おに……ご主人様。わたくしはそんな貧相なお体も不潔な髪も触りたいなんてちっとも思っておりませんのよ。だから、その、こんなバカメイドの言う事など信用してはなりません!!』
 割り込む隙も無く、わいわいと大騒ぎしていた私達に兄はジッと耐えていたが、ブルブルと体を震わせ、ついに怒りを爆発させた。
「やかましいわっ!! とにかく俺は自分でやるから、お前らは邪魔だから出てけっ!!」
 怒鳴り声に押されるように、私達がわたわたと部屋から飛び出すと、兄はバタン、と勢い良くドアを閉めてしまった。

『残念でしたねぇ。せっかく貴志様の着替えを手伝うチャンスでしたのに、自分からフイにしてしまいまして』
 まるで他人事のように言うバカメイドに、私は思わず、はしたなくも歯を剥き出して怒鳴った。
『うるさいですわねっ!! 大体貴女が余計な事を言うから、お兄様がお怒りになられたのではないのっ!! ハア……もう、いきなり躓いてしまいましたわ……』
『とりあえず、挽回できる機会は今日一日たっぷりありますから。まずは、ご主人様に朝食の準備をしましょう』
 瑛子の言葉に、私はハッと落ち込んだ気持ちを持ち上げた。
『朝食……そうですわっ!! ここで超絶スーパーデリシャスな料理を作ってお兄様にお出しすれば、一気に先ほどの汚名が晴らせますわ』
 グッと拳を握り締め、力を込めて独り言を呟く。と、済まなさそうに横から瑛子がツッコミを入れて来た。
『あのぉ……盛り上がっている所悪いんですけど……朝食はコック長が……』
『それではダメですのよっ!!』
 ビシッと私は瑛子の鼻先に指を突きつけた。
『もちろんそんな事知っておりますわ。けれど今日は、お兄様の食事は全てわたくしが作ります。そうでなければ修行になりませんわ』

〜以下妄想〜
 『ご主人様。いかがですの? 理奈の作ったお料理は』
 「美味い。驚いたよ。理奈がこんなに料理の才能あるなんて思わなかった」
 『当然ですわ。ご主人様に美味しいなどと褒めて貰っても、その……ち、ちっとも嬉しくありませんけど……』
 「いや。本当に美味いから感想を述べてるだけだよ」
 『はぅ…… そ、それよりご主人様。口にスープが付いてますわよ』
 「え? ホントか」
 『全く、ズボラなんですから…… いいですわ。わたくしが取って差し上げます』
 「取ってって……ちょっと待て、お前、何で顔近づけて」
 ……チュッ……
〜妄想ここまで〜

『理奈ちゃん、理奈ちゃん』
 瑛子の呼ぶ声に、私はハッと我に返った。
『な……なんですの? 喧しいですわね』
『むぅ……先輩に対してその態度は、ちょっといただけないと思いますよぉ』
 不満そうな彼女に、私はツン、と顔を横に背けた。
『ご……ご主人様のご命令ですから、仕方なくそんな風に呼ばせていますけどね。わたくしは別に瑛子を先輩として敬おうなんてこれっぽっちも思っておりませんわ。で、何ですの?』
『仕事中にボケーッとしているのはマズイと思うんですよぉ。あと、口に涎付いてます』
『え?』
 私は慌ててハンカチを取り出すと、口元を拭った。いけないいけない。ついうっかりここで妄想癖を出してしまうとは。おまけに瑛子の前で。
『何考えてたんですかぁ? もしかして、エッチな事とかですか?』
 案の定追及された。
『違いますわよっ!! 朝っぱらからはしたない事言わないで貰えます? わたくしがその、そんな妄想するはずないでしょう』
 バツが悪そうにちょっと顔を逸らして否定するが、彼女は面白そうに体を寄せてきて追求した。
『じゃあじゃあ、教えて下さいよぉ。でないと、理奈お嬢様は朝からエッチな事妄想して涎垂らしてたって、みんなに話しますよぉ』
『そんなことしたら貴女クビにしますわよっ!!』
 そう怒鳴ってはみたものの、我が家の使用人に関する人事権はすべて父が握っており、私などが自由には出来ない。もっとも、一生懸命お願いすれば聞いてくれないこともないかもしれないが、置き土産に悪い噂をばら撒かれていったらたまらない。

『別に、これからやるお料理の段取りを考えていただけですわ。そのイメージがあまりにも鮮明で美味しそうだったからつい涎も出たんでしょう。はしたないとは思いますけど、貴女がいちいち干渉することではありません』
 仕方なく、適当にごまかそうとするが瑛子はまだ不服そうだった。
『えぇ〜。それじゃあ面白くないんですけど』
『面白いつまらないの問題じゃありませんわっ!! とにかく、今から私は……ご、ご主人様の為に、とても豪華なな朝食を作って差し上げるのですから、貴女は邪魔しないでちょうだい。分かった?』
『はい。でもぉ……理奈ちゃんはお料理の経験無いはずですよねぇ? 大丈夫なんですかぁ?』
『たかがスクランブルエッグ一つをまともに作るのに一年掛かったとかいう貴女に言われたくありませんわ。大体、お料理くらいは学校の授業でもあります。心配しなくても、きちんと一人でこなしますわ』
 胸を張ってそう言うと、瑛子は渋々といった感じで頷いた。
『分かりました。それでは、頑張って下さい』
――わたくしの心を込めた手料理ですもの。絶対、お兄様に美味しいと言わせてやりますわ。


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