・お嬢な妹がメイドに挑戦してみたら その9
・ ツンデレ妹メイドが男の部屋を掃除したら その2

『お兄様ったら……どこへ隠したのかしら……?』
 机の中。そしてクローゼットとあらかた中身をチェックして、私は呟いた。ここまで簡 単に手の届くような所には、所謂エッチなものは本にせよビデオやDVDの類にせよ、見 つけることは出来なかった。
『そんなはずはありませんわ。お兄様だって立派な成人男性ですもの。むしろ逆に持って いない方が不思議なはず。ああ、でも聡明な……ではなくて、悪知恵の働くお兄様の事で すもの。わたくしがメイドとしてお世話をすると知って、きっとどこかに隠したに違いあ りませんわ』
 私はもう一度、部屋中を見回した。床にはクローゼットから取り出した洋服や小物、ダ ンボールの類に至るまで雑然と散らばっている。この中には無かった。そして今、クロー ゼットの中はほぼ空っぽ。本棚も全て見たし、机の中も確認済み。そして鍵の掛かってい る引き出しも無かった。
『となると……残るはあそこだけですわ……』
 クローゼットの上の棚を見上げ、私は吐息をついた。
『あんな場所だと……咄嗟に隠すなどなかなか出来ないでしょうし、そもそも読みたい時 に取り出すにも一苦労ですから……可能性は薄いとは思ったのですけど……』
 しかし、部屋中のどこをどう見回しても、最早あそこ以外に隠せる場所は無さそうだった。
『さすがに……わたくしの背ではちょっと……届きそうにありませんわね。脚立でもあれ ばいいのですけど……瑛子に頼む訳にも行きませんし……』
 私は、何か踏み台になる物は無いかと部屋を見回したが、そんな便利な物は見当たらな かった。目に入った物で使えそうなものは、兄のデスクチェアくらいしかない。しかし、 回転式の上に、脚には車輪が付いていて不安定な事この上ない。かと言って、他にそれら しき物も見当たらない。雑誌や本を積み上げて踏み台にするのも、それも危なっかしい。
『……仕方ありませんわね……』
 私は、兄の椅子を動かすと手近に掴まれるものがある場所で試しに乗ってみることにし た。兄の椅子は重厚な感じで、車輪が付いていなければ重くて運ぶのに苦労しただろうか ら、その点では逆に助かるのだが。

『よっ……と…… フウ……こ、これなら何とか行けそうですわ……』
 重心を変な風に掛けさえしなければ、動く事は無さそうだ。立派で重厚な椅子だけに安 定感は普通の椅子よりはある感じがする。
『それじゃあ……余り重く無ければ宜しいのですけど……』
 クローゼットの前に椅子を持ってくると、私はもう一度椅子の上に立った。
『まずは……手前の箱からですわ……』
 足元に気をつけつつ、頭の高さよりやや上にある箱に手を掛けた時だった。
 ガチャリ……ガチャッ……
 入り口の扉に鍵が差し込まれる音がして、私は全身がピキッ、と緊張で凍りついた。
――誰?
 途端に頭の中が真っ白になる。カシャン、と鍵が回る音がした。
――お、お兄様……? それしかありませんわ。この部屋の鍵はお兄様と瑛子しか持って ないはずですもの。そして、わたくしが預かっているのが瑛子のですから…… ど、どう しましょう? こここ、こんな様子の部屋を見られたらなんと言い訳をすれば…… と、 とにかくこの格好だけでも何とかしないと……このような姿、お兄様に見られるわけには いきませんわ。
 0.3秒で決断すると、とにかく下にだけは降りようと、私は引き出しかけた箱を元に戻そ うと押した。と、その瞬間、思わず足に力が入り、足元の椅子がズッ、と後ろに下がった。
『きゃあっ!!』
 落ちる――そう思った瞬間、椅子が何かにつっかえて止まった。辛うじて落下は防げた ものの、私はクローゼットと椅子の間で斜めに延びきった姿勢のまま、全く動く事が出来 なくなってしまった。
 その瞬間、ドアがガチャリ、と音を立てて開いた。
 落ちまいと必死で体を支える私の姿に、兄とすぐ後ろで控えていた瑛子は、一瞬呆然と した顔でこっちを見ていた。それはそうだろう。部屋の中は散らかり放題。掃除をしてい るはずのメイドは、両手をクローゼットの上の棚に掛け、足はつま先立ちでかろうじて椅 子に引っ掛けたまま、全身を伸び切らせた姿勢で必死に踏ん張っているのだから。
「……………………おい」

『な……何です……の?』
 兄はつかつかと部屋の中に入ってくると、呆れたような顔つきで私の方を見据えて両腕 を組みつつ言った。
「お前……何してんの?」
『み……見ての通りですわよっ!!』
 とにかく落ちないように必死で、取り繕うことも出来ず私はただ、兄を強気な目で睨み 付けただけだった。
「……見ての通りって言われても……何でそんな不可思議なポーズを取っているのか皆目 検討がつかん」
 ジロジロと見つめられて私は今の自分の余りのみっともなさに、カアッと恥ずかしさを覚えた。
『み……見てないでさっさと助けて下さりませんこと? も、もうげんか……きゃあっ!!』
 ズルッと足元の椅子がまた滑った。
――落ちる――!!
 そう思った瞬間、私の体がガシッと抱き止められた。
『――え?』
 一瞬何が起こったのか訳が分からなかった。
「全く……手間の掛かる……」
 すぐ耳元で兄の声がした。足を僅かに動かすとブラブラと揺れる。腰の辺りに強く締め 付けられるような感覚がする。
 そして、不意に私は自分の状況を理解した。同時に恥ずかしさで全身がボッと火が着い たように熱くなった。
『きゃあああああっっっっっ!!!!』
 思わず私は悲鳴を上げてしまった。
 そう。
 私の体は、しっかりと兄の全身で受け止められ、抱きかかえられていたのだった。

『きゃあ、きゃあ、きゃあ!!』
「こ、こら!! 暴れんなって!!」
 兄の腕の中でジタバタと暴れる私を、兄がたしなめた。
『ななななな……何をなさいますのっ!! ははは、早くおっ……下ろしてください!!』
「まずジッとしてろ。でないと下ろせねえから」
 その言葉に私が動きを止めると、兄はそっと私の体を下に下ろした。足が床に着くのを 確認すると、抱きしめていた腕を放し、私の肩をポン、と叩いた。
「ほらよ。全く、手間掛けさせやがって……」
 兄から解放されてようやく、私は今まで兄に全身で抱きかかえられていた事実を把握し た。恥ずかしさのあまり身悶えしそうになって、両腕でギュッと体を抱きしめて抑えつけ た。しかしその想いを兄に悟られないよう、私はキッと強気に兄を睨みつけた。
『何をなさいますのっ!! いも……いも……妹を抱き締めるなんて、変態にもほどがあ りますわっ!!』
「いや。だって落下してきたらああやって受け止めるしかないだろ。それともほっといて 落ちるに任せた方が良かったか?」
『危機に瀕している婦女子を助けないとは、ご主人様はそれでも別府家の跡取りですのっ!! 恥を知りなさい、恥を!!』
「いや、実際には助けたじゃん。文句言ってるのはお前の方だろ」
 うっ……と私は言葉に詰まった。無理矢理にでも兄を詰問しようと焦った挙句、却って 意味不明な事を口走ってしまった。しばし考え込んでから、私は気丈な顔つきで兄を見つ めていった。
『分かりましたわ。危急の事でしたし、ご主人様が私を抱き締めた事は不問に処すことにします』
「不問に処すって……むしろ感謝されて然るべきだと思うけどなあ? つーか、俺の方こ そお前に聞きたい事があるんだが」
 ギクッ、と私は背筋が凍る思いをした。チラリ、チラリと床を見る。掃除するために入っ た部屋は散らかり放題。ベッドは部屋に入った時にもましてグシャグシャに乱れている。
はっきり言って弁解のしようもない状況だが、素直に頭を下げることなど、私の誇りに掛 けて許されることではない。どんなゴリ押しであっても、強気に行くしかないと私は決意した。

『何ですの? ご主人様に詰問されるような事など、わたくしは何一つしておりませんわ』
 私の態度に、兄は憮然とした表情で部屋の中をグルリと指して言った。
「これでか? お前、この部屋に何しに来たんだっけ?」
『無論、ご主人様のお部屋の大掃除ですわ』
 胸を張って私が答えると、兄は疑わしげにグルリと部屋を眺め回して言った。
「へえ、これがねえ…… 俺にはどう見ても荒らしてるようにしか見えないんだけど?」
『そ……それは、まだ整理をしている最中だからですわ。お部屋の中が汚く見えるのも仕 方の無い事でしょう?』
「ていうかさ、何もこんな時期に大掃除なんてする必要ないだろ? おい、瑛子。お前、 理奈にどんな指示を出した?」
 兄は後ろを振り返ると、瑛子に確認を取った。しかし、瑛子は両手を胸の前でキュッ、 と組み合わせたまま、ボケーッと宙を見つめている。
「瑛子!! 聞いているのか、おい?」
『ふぇっ!?』
 突然、夢見心地から覚めたように瑛子がビクッと体を動かし、ハッと顔をこっちに向け た。
『ななななな……だっ……ダメですよ、貴志様!! その……こんな所でなんて……それ はその、ご、御命令とあれば、私……どんな恥ずかしいことでも精一杯やりますけど、理 奈ちゃんの前でなんてそんな……』
 一人で勝手に盛り上がる瑛子を、私と兄はポカンとした顔で見つめた。
「おい、瑛子。お前は何を言っているんだ?」
 兄が問い質すと、瑛子は真っ赤な顔でうつむきつつ、躊躇いがちに答えた。
『だって私……貴志様の性奴隷にされてしまったんですもの…… で、でもやはりその…… 妹君の前で、と言うのは』
 さすがの私も、この発言には頭が一瞬真っ白になった。そして次の瞬間、我に返ると、 私は即座に殺しかねんばかりの勢いで兄に詰め寄った。


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