俺っ娘が頑張ってメイドに挑戦(その2)

〜次の日〜

『【ここが……別府の家か。前に一度、外から見たことはあったが……入るのは、初めてだな……】』
 ピンポーン……
「よお。と、とにかくその……上がれよ」
『どうした。何をそんなに慌てているんだ?』
「いや、その……女の子を家に上げるのって、小学校以来だから……」
『情けない男だな。そんな事くらいで緊張するな』
「【普通は緊張するだろ…… 何たって玲緒は、口調はアレだがうちの学校でも随一と評判の美少女なんだし……】」
『何だ? 何か言ったか?』
「い、いや。何でもない。気にすんなよな」
『おかしな奴だな。まあいい。とにかく上がらせてもらうぞ』
「ああ。と、とりあえずその……お茶でも出そうか?」
『何を言っている? メイドとして来たのにオレがお前にお茶を淹れてもらってどうするんだ? 逆ではないのか?』
「そっか。言われてみればそうだよな。ハハハハ……」
『で、その……着替えたいんだが、どこですればいい?』
「ああ。そうだな……じゃあ、洗面所を使ってくれよ。廊下の突き当たりにあるから」
『ありがとう。では、ちょっと借りるぞ』
パタン……
『ふう…… 別府にはあんな事を言ったが、やはり緊張するな…… さて、さっさと着替えて……と、何だこのスカート。随分と短いな。これを履くのか……アイツの前で……』

「やべええええ。落ち着かなさすぎるぜ。俺んちで、あの玲緒が、まさかその……メイド服姿でご奉仕してくれるなんて、これ何てエロゲって感じだぜ。でも、あんまり変な顔してると、アイツ怒って帰りそうだからな。気をつけないと……って、そんな事考えてたらドキドキして来ちまった」
『お待たせ』
「お、おうっ!?」
『どうかしたのか? 変な声を上げて』
「い、いやその……急に声がしたから、って…………………………」
『や、やめろ。その……む、無言でジロジロ見るな!!』
「あ、いや……スマン。余りにも可愛すぎ……てか、そのメイド服って……誰が用意したの?」
『演劇部の部長に貸して貰った。正直サイズが合うかどうかも分からなかったが、不思議なまでにピッタリだな』
「【白いフリル付きのミニスカートに白ニーソ。リボンの付いたフリフリのメイド服って……どう見てもオタ向けだよなあ…… その部長とやら、明らかに狙ってやがんな】」
『だっ……だから、その……ボーッとしてこっちを見るなと言っているだろう。オレの言う事が聞こえなかったのか?』
「あ、ああ。悪い。その……良く似合ってるよ」
『お前の為に着ている訳では無いのだから、余計な褒め言葉はいらん。それより……何をすればいい?』
「うーん。まずはその……言葉遣いのレッスンかなあ?」
『言葉遣い? 何故そんな事から始めなければならないのだ? オレの話し方ではマズイとでも言うのか』
「マズイ。普段の言葉遣いだと、特に玲緒は偉そうだからな。メイド口調とはかけ離れてるし」
『随分と偉そうに語るな。では、どう言えばいい?』
「まず、俺のことは“ご主人様”と呼んでもらわないと」
『な……!?』
「そう引いた顔をするな。俺に仕えるんだから、ご主人様と呼ぶのは当然だろ?」
『……そうだな。確かに、言われてみればその通りだ。あとは、その……どこを直せばいいのだ? オレは、その……よく分からないから……』

「あ、その一人称。“オレ”ってのは何か似合わなくね? やっぱ“私”の方が丁寧語には合ってると思うんだが」
『そ、それは分かっている。今はまだ、その……口調を変えていないから…… だから、その……あ、後でキチンと直す』
「そんなら、あとは普通にですます口調でいいんじゃないか? 玲緒だって先生には敬語使ってるだろ? あれくらいでいいと思うけど」
『そ、そうか。何か、別府相手に急に言葉遣いを変えると言うのも難しいものだな。物凄く抵抗感があるぞ』
「まあ、確かにそうだろうけど、言葉遣いは多分セリフにも反映されるだろうし、一番重要なんじゃね? まあ、とにかく挨拶からやってみたら? これから一日、つか、夕方までだけど、俺の世話をしてくれる訳だから」
『わ、分かった。しかしだな、その……なかなか決心が付かない。だから、最初は、お前から振ってくれないか?』
「俺からか……それも微妙に言いづらいけどな。分かった。じゃあ、玲緒。今日一日、俺の世話を宜しく頼むな」
『(ゴクリ……)は、はい……分かりました、ご主人様。私の方こそ、宜しくお願いします』
「プッ……ククククク……」
『笑うな!! これでも精一杯やっているんだぞ。全く……人の努力を何だと思っているんだ』
「いやあ、だってさ……今のセリフ、超棒じゃん。無理矢理感あり過ぎ」
『さ、最初なんだし、仕方ないだろう!! そもそもお前に……あ、いや。ご主人様に敬語を使うこと自体、不自然なんだからな』
「まあ、無理矢理敬語にするよりはある程度自然な感じでいいんじゃね? 適度に敬語を織り交ぜつつってくらいでもさ。あ、でも“ご主人様”は絶対な。それないと、ホントにいつもと変わらなくなっちまうから」
『……分かった。では、ご主人様。まずは……何からすればいい?』
「う〜ん……そう言われるとなあ…… 何かすごく恥ずかしい気がするんだが……」
『オレは遊びでやってるんじゃないぞ。キチンと命令してくれなければ困る』
「む……分かった。じゃあその……最初はメシを作ってくれないか? 朝飯食ってないから、腹減ってきた」
『分かった。特にリクエストとかはないか?』

「いや。その……何でもいいからさ。玲緒に任せるよ」
「【ホントは……緊張しちまって、空腹どころじゃないんだけどな……】」
『ふむ……食材は、冷蔵庫の物を勝手に使っていいのか?』
「ああ。好きにしてくれ」
『卵と……鶏肉と……冷凍のミックスベジタブルがあるな……ごはんもあるし……オムライスとかでいいか?』
「【やべえ……軽く前屈みになると、スカートと下着のラインがギリギリでエロすぎる……(///////)】」
『ご主人様?』
「わっ!? ととと……な、な、な、何か言った?」
『何を焦っている。人の話を聞いていないのか?』
「ああ。ゴメン。ちょっと考え事してた。で、何?」
『昼食だが……オムライスでいいか、と聞いたのだが』
「あ、ああ。任せるよ。玲緒の得意料理なら何でもいい」
『分かった。これならすぐに出来るからな。大人しく待っていてくれ』
『【フウ…… まさか、別府の為に手料理を作る日が来ようなどとはな…… まあ、お弁当も半分はアイツの為みたいなもんだが、こうしてあらためて作ってあげる、という事になると、何ていうか、その……ちょっと緊張するな……フフッ……】』
「へえ。さすがというか何と言うか、見事な手つきだな」
『やっ!? なな、何だ、その……覗き込むな!! お、大人しく待っていてくれと言っただろう?』
「いやー。こうして玲緒が俺の為に料理を作ってくれると思うと嬉しくてさ。全然落ち着けないんだ」
『ううう、うるさい!! そんな風に傍にいられるとだな。落ち着いて料理が出来ん。せ、せめてもう少し離れてくれないか』
「あ、ゴメン。そうだよな。邪魔しちゃ悪いもんな」
『【全く……オレがこんな気持ちの時に傍に寄って来るな!! せっかく完璧に作ってやろうとしているのに……手元が狂うじゃないか。けど、そうか……アイツも……嬉しいのか……(///////)】』

 ジャー……ジャッ、ジャッ……
『うむ。出来たぞ』
「待ってました。いやー、いい匂いだ。胃に染み渡るぜ」
『……特別、ご主人様の為に力を入れて作ったという訳ではありませんが、まあ、たまたま上手く行ったと言うだけです』
「にしても、この卵焼きが見事なふわとろだな。結構プロ級じゃね?」
『う……(///////) ま、まあ、その……あれだ。ご主人様に褒められたからには、一応、その……礼を言います……』
「それはこっちの方だな。サンキュー、玲緒」
『ま、まあその……見た目はもういいから、さっさと食べてくれ』
「もう一つだけ、いいか?」
『な、何だ?』
「上に乗ってるケチャップさ……ハート型なのは何故なんだぜ……?」
『と、特に思いつく形が他になかったから、適当に描いただけだ。特に他意はない。それに、男なら、一般的に見てその……そういうのの方が嬉しかろうと思っただけで、別にオレがどうこうというわけではないからな』
「分かった分かった。そんな一生懸命に言い訳しなくてもいいからさ」
『別に言い訳ではない。事実を述べただけだ。納得したならもういいだろう?』
「ああ。では、いただきます」
『【全く……こんなに緊張したのは生まれて初めてかもしれんな……】』
 はむっ……もぎゅもぎゅもぎゅ……
『(ドキドキドキドキドキドキ…………)』
『ど、どうだ? 味の方は……』
「うめえ。うん。下手なファミレスなんかよりよっぽどうめえぞ、こりゃ」
『そ、そうか? 食材もあり合わせの物を使わせてもらっただけだし、味付けも適量にしただけなんだけどな』
「いや、これはマジで美味いって。玲緒も食ってみ――って、お前、自分の分は?」
『ああ。オレのはいい。メイドがご主人様と同じ食事をするのもどうかと思ってな。それに、家を出る直前に食べてきたからさほどお腹も空いてないし』

「うーん。でも、せっかく作ったものだし、遠慮せずに、自分も食べればいいのになあ……」
『一応味見はしたから、どんな味かくらいは分かる。ご主人様はオレのことなど気にせずに食べてくれればそれでいい』
「味見ったって、チャーハンだけだろ? この卵とチャーハンの絶妙なハーモニーは体験出来ないぜ」
『オレが作ったものだ。食べたければ自分の家でまた作るからそれでいい』
「それじゃあ、今ここで俺と気持ちが分かち合えないじゃん」
『そんなものは別にいい。メイドと主人だからと言って、気持ちまで分かち合う必要はない』
「そうだ。ほれ」
『な……何だ?』
「玲緒も一口食べてみ? お腹空いてないんだったら、一口でも十分だろうし」
『いや、いい。それは、ご主人様の為に、作ったものだから、その……オレが食する訳にはいかない』
「主人が食べろって勧めてるんだ。遠慮なんてするな」
『それは、その……命令と受け取って……宜しいのか?』
「命令でなきゃ玲緒が言う事を聞かないって言うんなら、そういう事になるかも。まあ、本当に食べたくないんなら無理して食べることも無いけど」
『いや、その……ご、御命令とあらば……その……従わざるを得ませんから……』
「そうか? なら、ほれ」
『【別府の使ったスプーン……これで食べると……か、間接キス……か…… い、今更何をそんな、オレはドキドキしているんだ。そんな事くらいならこれまでも……けれど、箸やフォークならともかく、スプーンは結構深く口に入れるからな……(///////)】』
「どうした? それとも俺があーんって食べさせてやろうか」
『そ、そんな事はしなくていい!! ちゃんと自分で食べる』
『【(ドキドキドキ……)よし……行くぞ…… えいっ!!】』

 はむっ……
「どうだ? 自分としての出来映えは」
 モグモグモグ……ゴクン……
『フウ…… 言ったろう? ちゃんと味見はしたと。だからまあ、チキンライスは今更感想も何も無い。まあ、そうだな。思った以上に卵焼きは上手く出来たかとは思うが……まあ、そんな所だな』
「だろ? いやー、何かさ。この美味さを人に伝えたくてよ。けど、今、この味を分かち合えるのは玲緒しかいないし。まあ、作った人間に言うのもおかしなもんだけど……」
『そんな大げさなものではないだろう。このくらいの味なら、別に特別なものでもあるまい』
「そっか。それとも、玲緒に作ってもらったから、特別に美味いのかな?」
『ふざけた事を言っていないでさっさと食べろ。ご主人様に褒められると、何か変に背筋に悪寒が走る』
「はいはい」
 はむ……もぎゅもぎゅ……
「そういやさ。これって間接キスだよな」
『…………ま、またそんなくだらない事を。今時、そんな事を気にする人などいないと言うのに。それとも何か? わざわざそれを言う為に同じスプーンをオレに寄越したのか?』
「いや。まあその……一応お約束だし。けどさ。スプーンって食べる時に結構深くまで、しっかり口を付けるじゃん。だから言ってみるとこれはディープ間接キスかなって」

『!!!!!(/////////) バッ……バカな事を。間接キスにディープも何もない。おかしな事を言うな!!』
「あ。ちょっと照れた?」
『な……!! 何でオレが……こ、こんな事で照れなければならないのだ。もういい。ご主人様と話をしていると、頭がバカになりそうだ。オレは洗い物をしてくるから、後は勝手に食べろ』
「あ、ああ。ゴメン。食い終わったら、食器はそっちに持ってくから」
『いや、いい。そのまま置いておいてくれ。今日はご主人様なんだから……余計なことは気を回さないで、全部オレに任せておいてくれ』
「そ、そうか。何でもかんでもやって貰うってのもその……何か気が引けるっつーか」
『オレが好きでやっていることだ。むしろご主人様は付き合ってもらっているんだから、遠慮なんてするな』
「わ、わかった。玲緒がそういうなら……」

ジャー……カチャカチャ……
『【全くもう……変な所はいちいち気を使うくせに、どうしてアイツは肝心な所がいつも鈍感なのだ…… 間接キス……一番意識してたのは、その……オ……オレだと言うのに……(////////////)】


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