・ツンデレとクリスマスプレゼント その10

『もう……ホント、信じられない』
 ぶんむくれの私を、別府君がまあまあと宥める。
「いや、ホント悪かったって。でも、焦ってる委員長とか見てみたくてさ。ほんの出来心
だって。そもそも、そんな恥ずかしがることじゃないし。うん。可愛かったからさ」
『そんなお世辞言ったって、信じられないもの』
 プイッと別府君から顔を背ける。
「いや。それはマジだから。お世辞とか冗談とかじゃなくて」
『私のご機嫌取りだけでしょ。どうせ』
 まだ拗ねてるフリをしていたが、別府君に可愛いと言われただけで、私の怒りは大分萎
んでいた。むしろ、今、顔を背けているのは、怒っているからではなく、恥ずかしくて顔
を見れないからだ。
「そんな事無いって言ってるのに…… まあいいや。と、とにかくさ。この辺の棚はぬい
ぐるみとかファンシーグッズが揃ってるから、ゆっくり見てなよ。さっきは俺がライダー
とかで時間取っちゃったしさ。だから……」
『分かったから、もういい。ていうか、人が見たら誤解するかも知れないし』
 怒りが引っ込んでからふと思ったのだが、傍から見たら、私たちというのはどう見える
のだろう。もしかして、このやり取りは痴話喧嘩のようにも見えないだろうか?
――ちちち、痴話喧嘩だなんて……てことは、私たちが、恋人同士に見えるってことで……
 ただ歩いているだけなら、あまりにも不釣合いすぎてカップルになんて見えないだろう
けど、こういうやり取りを聞かれたらどう思われるだろう。別府君みたいなカッコいい男
の子を平謝りに謝らせてるなんて、私が嫌な女っぽく見られているかもしれない。
――そりゃあ……友田さんみたく、美人だったら、男の子が謝るってのも、分かるかもし
れないけど、私みたいな平々凡々な女の子が偉ぶってたりしたら、私が見たってそう思うものね。
 だから、さっさと打ち切りたくて、私は敢えてちょっと厳しく言ってしまった。
「わかった。もう謝るのは止めとく。だから、委員長も機嫌直してな」
 私は返事もせず、プイッと別府君から顔を逸らしてしまった。
――ああ…… また、嫌な女の子に思われたかな……
 棚に並んだぬいぐるみを前にしても、私は全く視界にそれらを入れず、自分の考えに没
頭してしまった。
――ダメだな。私ってば……ちょっとからかわれただけで、すぐにムキになって……
 でもそれは別府君が悪いとも思う。だって、私の反応を期待して、わざとあんな事言って……
 しかし、そこで私はふと思い返す。別府君がからかうのは私だけだろうか?
――ううん。友田さんも、フミちゃんにも、クラスの他の女の子にだって……別府君はあ
んな調子でよくからかったりしてた。でも……友田さんはともかくとしても、他の子も、
私みたいにムキになって怒る事は無くて、冗談っぽく怒るか笑顔で対応するとかで……
 そう考えると、私はますます自分がダメ子ちゃんに思えてきた。
――あああああ……私ってば、情けない…… だ、大体、別府君と三年間ずっと同じクラ
スで、でもやっとしゃべれるようになったのって去年だし、でも、今年一年間は別府君も
副委員長やってて、接する機会も多かったってのに、未だに話すとドキドキしちゃうし、
ちょっとした言葉のやり取りですぐ興奮しちゃうし……はううううう……
「委員長、委員長」
 別府君の声に、私はドキッとして背筋が伸び上がった。
『なっ……何よ…… 背後から声掛けないでよね。分かってても、心臓に悪いから……』
 ドキドキする心臓を、ギュッと抱き締めて押さえつける。しかし、別府君は戸惑うよう
な顔をして、二の句を告げた。
「いや、あの……一応、商品なんだしさ。そんな、ギュッと抱き締めちゃ、マズイんじゃないか?」
 別府君の視線の先を見て、私はハッと気が付いた。考え事をしながらぬいぐるみを見て
いるうちに、いつの間にか手に取った犬のぬいぐるみを抱き締めていたらしい。
『わっ……分かってるわよ。そんな事……』
 慌ててぬいぐるみを棚に戻す。
「委員長ってさ。犬のぬいぐるみが好きなの?」
 別府君に聞かれた。確かに、ここでボケッとしてた挙句に手に取ったぬいぐるみを夢中
になって抱き締めていればそう見えるだろう。本当は、全く意識してなかったんだけど。
 しかし、ここは話に乗るのが賢明だ。
『う……うん。まあ……』
 言葉を濁しつつも頷くと、私はあらためて、さっきまで抱き締めていたぬいぐるみを手
に取った。よく見ると、つぶらな黒いお目々が可愛らしすぎる。
「あれ? でも確か委員長んちって、飼ってるのはネコだったよな?」
『え? あ……うん……』
 ちょっと驚きながら私は頷いた。別府君がその事をちゃんと覚えているなんて思わなかったからだ。
『でも……だから、かな? ネコのよりは犬の方が好き、かも……』
 そう言うと、別府君はちょっとニヤリと意地悪い笑顔を浮かべた。
「ネコだとすぐどっか行っちゃうから、探すのが大変だし?」
『そ……その話は止めてよ!!』
 私は慌てて、話が広がるのを制した。あの時の事は、思い出したくもない黒歴史である。
「分かったって。でも、そんなムキになって嫌がるほどじゃないと思うけどなあ」
 別府君にとっては単なる笑い話でも、私にしてみれば死ぬほど恥ずかしい思い出だ。
「でもさ。こういうのはどう?」
 別府君が、デフォルメされたネコのぬいぐるみを棚から取ってくる。私は犬のぬいぐる
みを棚に戻すと、別府君からそれを受け取る。
『うーん。こういうのなら、確かに可愛いかもね。あ、でも、本物っぽいのも好きかも。
あの子の代わりに八つ当たり出来るし』
 何となく、無意識に思った事を口にすると、別府君がプッと吹き出した。
「あっははは。八つ当たりって、結構委員長もヒドいこと言うんだな」
『だ、だってその……結構ムカつくのよ。ブン太ってば、私の事、全く相手にしてないっ
て言うか、何かバカにしてるし。お母さんの前ではちゃんと大人しくしてるのに』
「多分、ブン太も分かってるんじゃないか? 誰に逆らったらマズイとかさ」
 別府君の言葉に、私はちょっと唇を尖らせた。
『だからムカつくんじゃない。私だって餌あげてるし、お風呂にだって入れてあげてるの
に…… 犬なら、ちゃんと恩義を感じてくれると思うんだけどな』
 恩知らずのウチのネコをダシに、散々私は文句を言った。まあ、そうは言っても可愛い
ところもたくさんあるんだけど。
 しかし、私の言葉に、別府君は酷い事に、こんな言葉を返してきた。
「でもさ。犬って、賢いから、自分を家族だと思ってて、で、その中で自分より立場が低
いって思う人を一人選ぶんだって。だから、委員長の家ならきっと委員長がそう見られる
んじゃ……」
 別府君は最後、言葉を濁すようにして切った。私がムーッと不満そうな顔つきで別府君
を睨みつけたからだ。
『もう……また、そんなコト言って!! ひどい!!』
 私は別府君にネコのぬいぐるみを突き返した。
「いや。悪い悪い。今のは失言だった。忘れてくれ。な?」
 別府君は謝ったが、そんな言葉に騙される私ではない。犬に低く見られるような……と
言う事は、やっぱり私は別府君にもダメダメに思われているんだ。あああ……もうショッ
クで立ち直れないかも……
 私は、別府君に背を向けると、犬のぬいぐるみ棚の方に向き直った。すると、ものすご
くおっきな犬のぬいぐるみが、体半分を棚からはみ出すような形で置かれていた。私は、
そのぬいぐるみの前にしゃがみ込むと、その手を取って言った。
『聞いてよ。別府君たらひどいのよ。私ってば、犬にまで低く見られるようなダメな人間
だなんて言うんだもの……』
 思わず、ぬいぐるみに向かって愚痴ってしまう。もちろん何も言わないが、愛くるしい
顔を見るだけで十分癒される。
「いや。違うって。委員長って一人っ子じゃん。だから、ご両親と委員長とそこに犬が入っ
たら誰を一番低く見そうかなってだけで、別に委員長がダメって言ってるわけじゃ……」
『私ってば……ブン太より、低位置なんだ……』
 別府君がそこまで意識して言った訳じゃないだろうが、フォローになってないフォロー
に、私はますます沈む。
「あああああ。ネコは立場違うじゃん。多分犬とは仲悪いだろうし、きっと家族とは認め
ないんじゃないかって……だから、勘定には入んないって」
 しかし、別府君のフォローなど、私には何の価値も無かった。
『いいわよ、別に。私なんて、可愛くもないしスタイルも良くないし休日は半引きこもり
状態で読書とかばっかだし暗くて性格も良くないもの』
 みっともなくも、別府君の前で拗ねた口調で自虐を口にすると、そのまま勢いで、犬の
ぬいぐるみのふかふかな毛皮にバフッと顔を突っ込んだ。
――あ……何か、気持ちいい……
 思わず、スリスリとしてしまう。
「そんな事ないって。少なくとも真面目でしっかりしてるのは誰が見たってそうだし、顔
だって、その……俺から見れば十分に可愛いしさ。スタイルだって体つき細くてスラッと
してるじゃん。だからその……気にする事ないって」
『…………下半身だけ太いの、知ってるくせに……』
 突っ込まれたくない事を自分で言ってしまい、ますますドツボに嵌る私。半ば自棄気味
に、ぬいぐるみの毛皮に顔を擦りつけ、両手でモフモフする。
「それは、女性ならみんな腰つきは多少ふくよかになるじゃん。それに、俺はあんまり細
すぎるのは好みじゃないしさ」
『そんなの……無理矢理、取ってつけたように言わなくてもいいから』
 ああ…… 別府君のフォローがむしろ心に痛い。完全に私の心は沈没した。
 そんな私に、別府君が小さくため息を付く。
「まあ……俺のコト、信じられないならそれはそれでしょうがないけどさ。とにかく、も
うちょっと委員長は自分に自信持った方がいいって。そうすれば、暗いだの引きこもりだ
のって自分を卑下する事も無くなるだろ」
『出来ればそうしてるわよ……』
 別府君みたいな人に、私の気持ちなんて分からないだろうな。きっと、多少落ち込む事
があっても、全部前向きに置き換えられて、すぐに立ち直れるんだろう。私とは正反対だ。
「それじゃあさ。まずは出来る事からやろうぜ?」
 別府君の言葉に、私は顔を上げた。
『出来る事って……何?』
「まずは、顔を上げて立ち上がる事かな。落ち込んでぬいぐるみにしがみ付いてたって、
前向きにはなれないんだし」
『わ、分かってるわよ……』
 私はぬいぐるみから体を引き剥がすと、ノロノロと立ち上がった。申し訳程度に服装を直す。
「よし。そしたらさ。あとは、おもちゃ見て、楽しい事考えようぜ。今度のパーティーの
事とかさ。今出来る事って言ったらそれくらいの事しかないんだし。いろいろ気にしたっ
てしょうがないだろ? な?」
 落ち込んでばかりで、鬱陶しい私なのに、別府君はこんなにも優しい。何だか、ちょっ
と勇気付けられて、私は小さく頷いた。
『うん……分かったわ。出来るかどうかは……その……分からないけど、でも、少なくと
も……自虐的な事は考えないようにする』
「そうそう。自分はダメだダメだなんて、無駄に卑下したって、却って暗くなるだけだしな」
 別府君は、励ますようにニッコリと笑ってくれた。その笑顔に、私は頬が緩むのを懸命
に抑えなければならなかった。
――ダメだ……嬉しい……嬉しすぎる…… 別府君が、ここまで私を気に掛けてくれるな
んて、それだけで、もう十分。
 しかし、自分だけで勝手に喜びに浸っているわけにはいかない。慰め、励ましてくれた
別府君に、キチンとお礼を言わないと。どんなに恥ずかしくても、それだけは私の……人
としての、義務だと思う。
『あっ……あの……別府君』
 勇気を出して、声を出したのだが、何だか掠れたような変な声になってしまった。しか
し、別府君は変な顔一つせず、私の方を向いて聞き返した。
「ん? 何? 委員長」
 何だか、口の中が緊張でカラカラになった気がして、私は無理矢理に唾液を出して口の
中を湿らせた。たかがお礼一言の為にこんな風に緊張するなんて、みっともない。
『えっと、その……私……』
 たどたどしく、私は言葉を紡ぐ。別府君は口を挟まず、私の方をジッと見ている。
――ありがとう。励ましてくれて。私……嬉しかった。
 頭の中で、もう一度、言うべきことを反芻する。勇気を出して、言おう。
 そう思って、口を開きかけたその時――視界の片隅で、ズルリと何かが動いた。
『え――!?』
 ついさっきまで、私が抱き付いていた巨大な犬のぬいぐるみが、棚からズリ落ちるのが
視界に入った。


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