・ツンデレとクリスマスプレゼント その12

――ああ……何か、私ってば、すごい間抜けだ……
 両腕で、必死になってぬいぐるみを押さえてる姿を想像して、私は一人で自虐的な気分
に浸っていた。
『早く、戻って来ないかなあ……』
 多分、別府君が行ってから時間にして一分経ってないのに、私はもうそんな事を口にし
ていた。店員さんはレジに集中しているのか、広い店内ではそんなに見かけなかった気が
する。それに、いたとしてもお客さんが多くて大変なのに、すぐに来てくれるだろうか?
 その時、不意に横から声が掛かった?
『おねーちゃん。わんわんとおあそびしてるの?』
 見れば、5歳くらいの髪をツーテールに束ねた見るも愛らしい女の子が、私の方をあどけ
ない視線でジーッと見つめている。
『違うわよ。遊んでるわけじゃなくてこれは――』
『わーい。カナもわんわんとモフモフするー』
 私の言葉も聞かず、女の子は、白い犬の方に向かって飛び付くように抱きしめた。その
せいで、ぬいぐるみがさらにズリ下がる。
『わあっ!! ダ、ダメだってば!!』
 私は女の子を制止しようと声を上げたが、女の子は一向に聞く素振りを見せなかった。
『だっておねーちゃんもモフモフしてるもーん。ひとりじめなんてずるーい。カナもするー』
 こんな調子である。幸い、女の子が犬に頬擦りしても、これ以上落ちてくる事はなかっ
たが、もうぬいぐるみの足が床に付きそうなくらい下がっている。これ以上支えきれるか
どうか自信がなかった。
「おーい。カナ。何してんだよ?」
 その時、男の子の声が聞こえた。その声に反応して、女の子がパッとぬいぐるみから離れる。
『あーっ!! コウ君。どこいってたの? もう!! ちょっとめをはなすとすぐうろちょ
ろしちゃうんだから!!』
 こんなに小さい子が妙に大人びた口調で言うのは、何だかとても可愛くて微笑ましい。
こんな状況にも係わらず、私はちょっと笑ってしまった。
「だってカナといっしょにいると、つまんねーんだもん。今だって、どーせぬいぐるみと
かみてたんだろ?」
『だってかわいーんだもん。ほら、このわんわんとか』
 女の子が犬の前足を握って上下に振る。ただでさえ限界ギリギリなのに、今、そういう
行動は本当に止めて欲しい。
「そんなもん見たってつまんねーよ。それより、ママがはやくかうものきめろってさー。
もう出るからって」
『ちょっとまってて。すぐえらぶからー』
 そう言って、女の子は他の小さなぬいぐるみの方へと駆けていく。女の子が行くと死っ
て、私はホッと安堵の吐息をついた。
 だが、油断するのはまだ早かったのだ。
 暇を持て余した男の子が、私の方をジーッと見つめていたかと思うと、女の子の方を向
いて言った。
「なあ。カナ」
『なによー。いまいそがしいのに、こえかけないでよね』
 ぬいぐるみを選ぶのに夢中な女の子は素気無い返事をする。が、男の子は構わず質問を
続けた。
「このおばちゃんさー。なんで、2ひきもぬいぐるみだいてんの?」
『おば……』
 その一言は、鋭く私の心臓を抉った。
――おばちゃんだなんてそんな……まだ18なのに。未成年なのに…… そりゃあ、その……
4、5歳の男の子から見れば大人に見えるだろうけど、それにしても…… それとも、私っ
て、高校生に見えないとか? 見た目よりずっと老けてるとか?
 だけど、こんな小さい子にムキになって言い返すなんて大人気ないし、何よりもこの生
意気そうな男の子は、こっちが反論すればするほど、余計にババア、とか言われそうな気がする。
『このおねーちゃんねー。とってもわんわんがすきなんだよ。だって、さっきからずーっ
とぎゅーしててはなさないんだもん』
『好きでこんな事してる訳じゃないんだけどね……』
 私は、ボソッと一人ごちた。別府君てば、何をやっているんだろう。早く戻って来ない
かな、と私は気持ちを苛立たせる。
 と、その時、男の子の方がトコトコと私の傍に近寄ると、興味深げに、私の方をジーッ
と見つめた。
『な……何? ボク……何か、用?』
 気になって尋ねてみたが、男の子は答えなかった。それから、何かを思いついたように、
ニカッと笑う。
『え?』
 あっという間の出来事だった。いきなり男の子が、私の脇を、人差し指でドスッと勢い
良く突付いた。
『ひゃうっ!?』
 厚手のダウンジャケットもカバーにはならず、僅かな痛みと、くすぐったいような変な
感覚が襲い、私は身をよじった。
『なっ……何するのよ!!』
 力が緩んで危うくぬいぐるみが落ちそうになる。私はそれを必死で抑えつつ、男の子を
睨み付けて叫んだ。けれど、男の子は悪びれる様子も無く、ニヤニヤしている。
「えー。だってさー、おばちゃん。わきがあまそうだったから」
 うう。何ていう意地の悪い子供だろう。こんな状態でなければ、ほっぺをぎゅーって抓っ
てあげたい。
『私は、遊んでるわけじゃないんだから。あっちに行っててよ』
「あそんでるんじゃねーんなら、何してるんだよ?」
 生意気な口調で男の子が聞いた。
『だ、だから……このぬいぐるみが落ちそうだから、押さえてるの。分かったら邪魔だか
らもう向こう行って』
「ふーん」
 男の子は、分かったんだか分かってないんだか、生返事で答える。しかし、一向に私の
傍から離れる気配を見せてくれない。
『あの……私の言うこと、分かるよね? 向こうに行ってて、って』
「そんなもんわかるよ。オレ、バカじゃねーもん」
 そう言いながらも、全然どっか行ってくれない。それどころか、ニヤニヤと私の事を見
たかと思うと、トトトッと背後に回った。何かスゴク嫌な予感がする。
『あ、あの……お願いだから、変な事しない――にゃうっ!!』
 今度は両脇を勢い良く突付かれ、私は変な叫び声を上げて背中を仰け反らせる。ぬいぐ
るみが僅かにズリ落ち、前足が床に付いてしまった。
「おー。すげー。がんばるじゃん」
 背中越しに、男の子を恨みがましい目で見つめるが、全然イタズラを止める気配はなさそうだ。
『変な事しないでって言ってるでしょ? どうしてこんな事するのよ!!』
「えーっ!! だって、わきがあいてるからさー つついてほしいのかなーって」
『そんな訳ないでしょ!! 私は迷惑なの。あっち行って!!』
 強い口調で言うが、男の子はやはり動こうとはしない。
「うーん。どうしよっかなー」
 などと、面白そうに言う。絶対この子はSだ。あの女の子には、誓ってこの子と付き合
わないほうがいいと思う。
『あーっ!! ダメだよコウ君、おねーちゃんにイタズラしたらあ』
 私にちょっかい出してるのを見咎めて、女の子が注意してくる。これで男の子のイタズ
ラが止んでくれたらと私は願ったが、そうは事は上手く運ばなかった。
「うるさいぞ、カナ。かうもんきまったのかよ」
『え、えーと……まだ……』
「はやくしろよなー。まってるのたいくつなんだから」
 男の子に言われて、女の子はまた、商品選びに戻ってしまう。
『あ……』
 思わず、声が出た。こんな小さな男の子にちょっかい出されて、何の抵抗も出来ないな
んて、情けない事極まりない。
「うーん……いっかいだけじゃダメかあ。れんぞくこうげきしてみようかなー」
 連続攻撃って…… あんな風に脇をビシビシ突付かれたら、さすがに耐えられない。
『ちょ、ちょっと待って!! ダメ、それは!! やったらお姉ちゃんも怒るわよ!!』
「ふーんだ。おばちゃんにおこられたって、こわくないもん」
 ダメだ。全然言う事聞いてくれない。私は前を向いて、押さえている腕に力を込め、ぬ
いぐるみに顔を埋めた。これから来る悪寒に備えて体が自然と硬くなる。
――ああ、もう……お願いだから、別府君、早く戻って来て……
 縋るような思いで、私は祈った。
「こら、ガキ。何してんだ?」
 聞きなれた声が背後から聞こえた。
「あーっ!! なにすんだよ。はなせよーっ!!」
『え?』
 私は顔を上げた。すると、もう一人、別の大人の声がする。
「あー、申し訳ございませんでした。お客様。今すぐ直しますので」
 お店の制服を着た男性が、パッとぬいぐるみを手に取る。手に掛かっていた重みが無く
なったのを感じて手を離すと、店員さんは手際よく、ぬいぐるみを棚に陳列し直す。
 そして、背後では、紛れもない、別府君の声がする。
「ダメだろ。女の人にちょっかい出したりしたら。将来、モテなくなるぞ」
 振り向くと、男の子を抱きかかえていた別府君が、ちょうど男の子を離すところだった。
「ふーんだ。オレ、モテなくたっていいもんねー。いろボケじじい!! バーカ!!」
 男の子は散々別府君に悪態を付いていた。それを彼は、苦笑しながら見つめる。
「そんな事言っていいのか? ほれ。彼女が待ってるぞ」
 別府君の差した方には、連れの女の子が可愛らしいクマのぬいぐるみを抱えて立っていた。
「うるせーよ。あんなのかのじょじゃねーもん。おい、カナ。きまったのかよ?」
『うん。えっと……これにする』
「よし。じゃあ行くぞ。ほら、はやく」
 そんな会話を聞きながら、ようやく私はもう一体のぬいぐるみも店員さんに預ける事が
出来た。ようやく解放され、安堵と疲労の混じったため息をついて、のろのろと立ち上が
り、床に付けていた膝から埃を払う。
 と、その時、女の子がタタタッと私の方に駆けてきた。どうしたんだろうと思って見て
いると、私の前に立ってぴょこんとお辞儀をした。
『あのね、あのね……コウ君がいたずらして、ごめんなさいなの……』
 すまなそうな女の子に、私はクスッと笑いかけた。
『いいの。お姉ちゃん、大人だし、平気だから。それより、ほら。いいの? コウ君、行っ
ちゃうよ?』
 男の子の方を指差すと、店の真ん中辺りで、こっちの方を振り向いているのが見えた。
『あ……うん!! それじゃあね、お姉ちゃん!!』
『うん。バイバイ』
 私が手を振ると、女の子は手を振りながら駆け去って行った。
 二人の姿が、完全に消えると、私はガクッと首と肩を下ろした。
「お疲れ、委員長」
 どこか、労わるような口調で別府君が声を掛けて来た。私は顔を上げて、彼の方を向く
と、不満そうに睨み付けて言った。
『お疲れじゃないわよ。別府君が遅かったせいで大変だったんだからね』
「あー、ゴメンゴメン。でもさ、俺だって遊んでた訳じゃないんだぜ。なかなか店員見つ
からないしさー。いたらいたで、接客中で終わるまで時間掛かるし」
『その間、私はあの男の子にビシビシ脇の下を突付かれてたの。ぬいぐるみ離す訳にはい
かないし。辛かったんだからね』
 別府君が悪いわけじゃないのは分かってる。だけど、今、私の不満のはけ口は別府君し
かいなかったのだ。
「全く……とんでもねえガキだよな。委員長に手ぇ出すなんてさ。親はどんなしつけして
んだっての」
『本当……そうよね』
 そう言いながら、私はちょっと上の空で、さっきの事を思い出した。
 心の中で、別府君に助けを叫んだ時……ちょうど、その時に、別府君が男の子を押さえ
つけてくれた時、正直、私は彼の声が、とても頼もしく思えたのを。
――そうだ。お礼……ちゃんと、言わないと。
 さっき、言いそびれてしまったこと。うん。これはうやむやにする訳には行かない。非
難するだけしておいて、世話になった事はほったらかしなんて、それは私が別府君を好き
かどうか以前の問題である。
「さてと。全部解決した事だし、行こうか」
 別府君が、先を促す。しかし、私は立ち止まったまま、動かなかった。そんな私を見て、
別府君は首を捻る。
「どうしたの? 委員長。それとも、まだ見たいものあるとか?」
 その問いには、私は激しく首を横に振った。何か、変な誤解をされる前に言わないと。
グズグズしていたら、それだけで別府君に迷惑が掛かるし、と私は、自分自身を叱咤する。
『あの……ちょっと、いい?』
「ん? どうしたの?」
 踵を返して、別府君が私の方に戻ってくる。目の前に立った別府君を見て、心がドキド
キする。勇気を出さないと。
『えっと……その……さ、さっきは…………ありがとう……』
 情けない事に、あれだけ自分を奮い立たせたと言うのに、いざ、口から出た言葉は、蚊
の鳴くような声でしかなかった。あれで、別府君の耳に届いたかどうか、私は不安になる。
キョトンと不思議そうな顔の別府君からは、伺い知る事が出来なかった。
「ありがと……って、何が?」
 別府君の言葉に、私は安堵と落胆をいっぺんに味わった。声は聞こえてた。けど意味が
伝わっていないんじゃどうしようもない。かといって、いちいち説明するのも憚られた。
だから、私はゴニョゴニョと誤魔化すような言葉を口に出した。
『何がって……その……い、いろいろよ』
 しかし、そんな説明では別府君は理解出来ないようだった。
「その……お礼言われるような事、俺、何かしたっけ?」
 してくれたの。私のせいで落ちたぬいぐるみを入れ直すのを一生懸命手伝ってくれたし、
私がいくら言っても聞かなかった男の子を引き離して、守ってくれたし。
 口に出して言う事は出来ないけど。
『わ、分からないならそれでもいいわよ。私も……何となく、お礼を言わなくちゃいけな
いような気分だったから、言っただけだもの』
「何だそりゃ? 委員長にしては、珍しく変な事言うな」
 そう言いながら、別府君は軽く笑った。何だか、それが軽く笑って受け流されたような
気分になり、私はちょっとむくれた。
『よ、余計な事言わないでいいの。せっかく私がお礼言ったんだから……素直に、受け取ってよ……』
 すると別府君は、笑顔のまま、コクンと頷いて言った。
「ああ。何でかはまだ分からないけどさ。とにかく、委員長に感謝されたってだけで、俺
は十分嬉しいからさ」
 彼の言葉に、私はものすごく照れ臭くなって体が一気に火照ってしまった。
――う、嬉しいだなんて……そんな……そんな……私の言葉一つで、そんな事言われるな
んて…… 私の方が、よっぽど……嬉しい……
『カッ……カッコ付けた事、言わないでよ……』
 嬉しさを押し殺すために、敢えて否定的な言葉で返してしまった。しかし、別府君は、
その言葉にも笑顔で答える。
「やべっ。やっぱそう思われたか。自分でも歯の浮くような言葉だとは思ったけどさ」
 一瞬、やっぱり冗談だったのかと落胆する。しかし、その後の別府君の一言。
「けど……それが、俺の本心だからさ。しょうがないなって」
 その言葉で、私は完全にやられてしまった。まともに別府君の顔を見る事が出来ず、顔
を俯かせると、早足で別府君の傍を通り過ぎて歩き出した。
「ちょ、ちょっと。委員長?」
『つ、次……行くんでしょ? もう、用は全部済んだんだし、行きましょうよ』
「あ、ああ……」
 もう……何なんだろう、この気持ちは。胸が痛くて、キューキュー締め付けられて、全
身がドクンドクンと鼓動して、切ないような苦しいような、それでいて嬉しくて恥ずかし
くて……もう、本当に、今の私は、どうにかなってしまいそうだった。


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