・ツンデレとクリスマスプレゼント その13

『ハァ……』
 パズルゲームやボードゲームなんかの並ぶ棚を前にして、私はため息を付いた。あれか
ら、何とかおもちゃやファンシーグッズに集中して、ともすればよそに行ってしまいそう
な意識を強引に振り向けつつ、何とか気持ちを抑えてきたが、それでも体の熱は一向に去っ
てくれなかった。
「どうしたの委員長? 何かため息が多くなってきたけど、疲れた? 何だったら、休憩
でもするか?」
 傍にいる別府君が、気を使っていろいろと聞いてくる。
『平気だから……別に、気にしないで』
 本当は若干疲れてもいたが、私はそれを否定した。別府君の優しさには感謝するが、きっ
と疲れたといえば、更に気を使わせてしまうことになる。今の私にとっては、どのみち逆
効果になってしまう。
「本当か? 何か無理してない? 委員長って変なトコでやせ我慢するからさ。別に俺に
気を使わないでも疲れたなら正直に言ってくれていいんだぜ?」
 何か、最近、別府君が妙に鋭いところを突いて来るようになった気がする。今だって、
かなり図星に近いところだ。もっとも、私が別府君に気を使っているのは、別府君に気を
使わせないようにするためってのは分かってないし、そもそも変なトコってどういう意味
よ、とは思うが。
『平気だって言ってるでしょ。過剰に心配されるとかえって迷惑なの』
 強い口調で拒否すると、別府君は渋々と言った感じで意見を引っ込める。
「分かったよ。まあ、委員長が平気ってならいいけどさ。ただ、何か顔もさっきから随分
赤いような気もするし」
 それも別府君のせいだ。好きな人と、こんな風に一日を過ごして、赤くならずにいられ
る女の子っているのだろうか? もう恋人同士になっちゃっているのならともかく。
『そ……それは、その……ちょっと、店内の暖房に当てられただけだから』
 本当は、ちょっとジャケットを脱ぎたかったが、何となく、自分の私服を見せるのは恥
ずかしかった。大分前に友田さんとかと買い物に行った時に、これならデートの時もバッ
チリだから、と言われた格好をちょっと自分なりにアレンジした服装なのだが、それでも
野暮ったく見えるのはどういう訳か。多分、素材の問題だと思う。
「大丈夫かよ。まさか、具合悪いとかそんなんじゃないよな?」
 心配そうに私の顔を覗き込もうとするので、私は慌てて両手を左右に振ってそれを否定した。
『全然そんな事ないから。だからその……いちいちそんな風に気に掛けないで』
 私の拒絶に、別府君は済まなさそうな顔をして、私からちょっと離れた。
「ゴメン。迷惑だったなら謝るよ」
 ズキッと心が痛む。確かに、一瞬心にその言葉が浮かんだのは事実だ。そういえば、別
府君も無駄に私を心配する必要がなくなるからと。しかし、今の別府君の態度を見れば、
言わなかったのは正解だった。いや。無意識のうちにそんな表情にはなっていたようだが。
『そ……そこまでは言ってないでしょ!! 心配して言ってくれてるのは分かるから……
一応、その……感謝はしてるけど、でも、本当に何とも無いから』
 どうにかこうにか、私は言葉を搾り出してフォローした。だが、少しは効果があったよ
うで、硬めだった別府君の表情が緩む。それを確認して、私はちょっとホッとした。
「そっか。迷惑じゃなくて良かった。何か、ついつい委員長にはおせっかい焼いちゃうみ
たいだからさ」
 委員長には、と言われ、ちょっとドキッとする。
――私には……? それってどういうことだろう? 私だけって事? で、でも別府君は
友田さんともフミちゃんとも仲良しだし、クラスの他の子とだってそこそこおしゃべりは
するし、むしろ私の方がほとんどしゃべらなくて、こうやって二人でクリスマスパーティー
のプレゼント選びをしているなんて、一年前は考えられない奇蹟的な出来事だってのに、
それなのに、そんな事を言ってくれるなんて。しかも、私にはって……それって、私限定
でってこと? そ、そんな事ないと思うけど……万が一そんな事だったら…… お、おせっ
かいなんかじゃないし……むしろ、嬉しいし……
 しかし、そこで持ち前の自信の無さがひょっこりと顔を出す。
――ううん。別府君は優しいから、誰かが困ってれば、男女問わずきっと心配するに違い
ない。それなのに敢えて私は特別みたいな言い方をするって事は、私がきっとグズで手の
掛かる女の子だから、必然的にそうなってしまっているだけの事なんだ……
 私は、ハァ、と自虐的なため息をついた。
――きっと……単なるクラスメイトで、会う回数も限られてるからいいんだろうけど、私
みたいなのが彼女とかだったら、きっと鬱陶しいんだろうなあ……
最初はそれでもいいかも知れないけど、だんだんと嫌になってくるに違いない。だから、
私と別府君の距離は、今ぐらいがギリギリ限界、なのかも知れない。
「けど、ただ暑いだけだったらさ。上着くらい、脱げば?」
『えっ?』
 別府君の言葉に、私はビクッとした。それから、うっかり自分の思考の中に閉じこもっ
てしまっていたが、まだ別府君と話し中なのを思い出す。
「何だよ。また考え事か?」
 ちょっと面白がるような口調で、別府君が聞いてくる。私は慌てて首を振った。
『ち、違うわよ。今度はちゃんと聞いてたもの』
 危ない危ない。人の会話中でも考え事に嵌ってしまうなんて、人から見たら頭のおかし
い子に見えかねない。
「ふーん。そっか。それならまあいいけどさ。で、話は戻るけど、さっきからしょっちゅ
うため息ついてるしさ。まあ、体調が悪いんなら体冷やすのもマズイけど、そうじゃない
んだったら、ちょっとくらい上着脱いで空気を当てた方がいいんじゃないかなって」
『い、いいわよ。別に平気だし』
 自分の体を抱きかかえるようにして、私は別府君の提案を拒否した。
「うーん。でも、そこで無理したらかえって体調に悪いとかあるんじゃね? 委員長は何
だって平気、平気って言うけどさ。やせ我慢することでもないと思うし」
『べ、別に我慢なんてしてないわよ。それに、厚手の上着って脱ぐと荷物になるから、着
てる方が楽だし』
 何故だろうか、脱いだ方がいいと勧められれば勧められるほど、恥ずかしさが増して行
くような気がする。たかがジャケット一枚なのだが、私服を見られる事にもさっき以上に
抵抗感がある。
「そんなの俺が持つから大丈夫だって。ほら。ますます顔赤くなってるぞ」
 それは別府君のせいだ。別府君が優しくすればするほど、私の体温は上昇の一途を辿る
のだから。
『そ、そこまでしなくたっていいわよ。別府君だって荷物になったら鬱陶しいでしょ?』
「いや。俺は全然平気だし、それより委員長の方が気になるから」
 そんな恥ずかしい事を真顔で言わないで欲しい。カアッと余計に体がヒートアップする。
『わ、私はいいって言ってるのに…… 何でそんなに脱がせたがるの?』
 ちょっと苛立たしげに私は聞いた。何と言うか、別府君も私と同じで、一度言った事に
対してちょっと頑固になるところがあるな、とは前々から思っていた。私とのやり取りだ
けじゃなくても、友田さんなんかとの会話を聞いていても、ちらほらとそんな性格が窺える。
 だが、別府君は予想外の答えを口にして来た。
「と、その……確かに、委員長の事を気に掛けてるっていうのもホントの事だけどさ。
個人的には、何ていうかその……委員長の私服姿も、ちゃんと見たいな……なんて」
『えっ!?』
 私は、心臓が飛び上がるほどに驚いた。
『ちょっ……ちょっと!! その……へ、変な事……い、言わないでよ……』
 まだ心臓がドキドキしている。いや、もう止まらない。まさかそんな、別府君が私の服
装に興味を持っているなんて思いも寄らなかった。
「いやあ……その、自分でもちょっとキモい事言ってるのは分かるけどさ。けど、何かそ
の……せっかく、ミニスカとか履いて来てるのに、厚着してて、どんなファッションなの
か分からないってのも、何つーか、もったいないような気がして……」
『そ、そんなのもったいなくなんてないわよ。何言ってんのよ。わ、私の格好なんて、そ
んな、大してオシャレでも可愛くもないし……ていうか、別府君の為に服選んで来てる訳
じゃないし……』
 そもそも、友田さんにオシャレして来いとは言われたけど、別府君が来るなんて聞いて
なかったもの、と心の中で付け足す。もっとも、知っていたところで大した違いは無いけ
ど。私は他にミニスカなんて持ってないし、そうなると必然的にコーディネート出来る
服装にも限界があるので。
 しかし、別府君はそんなくらいでは譲らなかった。
「オシャレじゃないとか可愛くないとか、そんなの見てみないと分からないじゃん。つか、
今のままでも十分気になるんだし、だからこそってのもある訳で…… な、頼む。お願い
だからさ。また寒くなったら上着着ればいいし、嫌だったらほんの少しでもいいからさ」
 勧めていたはずの別府君が、いつの間にかお願いする側に回っている。私は困惑した。
きっと見せたところで、別府君の期待以上のものにはならないに決まっている。いっそ、
今のままの方が――可愛いんじゃないかと思っていてくれている方が――お互いにとって、
いいんじゃないかとすら思う。けれど、頭を下げてまでお願いされて、それで断ると言う
のも、何だか酷い気がした。
『そ……そんな事言われても……困るから……』
 はっきりした答えが出せず、私は曖昧な返事をした。別府君のリクエストには応えたい。
でも、きっと期待外れだろうし、期待を込めた目で見られる事自体、恥ずかしい。けど、
恥ずかしさの中にはどこか嬉しさもあって、自分の中の気持ちが整理出来ず、わちゃくちゃ
になってしまっていた。
 私の返事に、別府君は顔を上げた。その表情には諦めの色が浮かんでいた。
「そっか……困るか……そうだよな。こんなの、変なお願いだしな。うん。悪かった。困
らせて、ゴメン。今のお願いは、忘れてくれていいから」
『え――?』
 あっさりと引かれてしまい、逆に私の方が戸惑ってしまった。
 また…… また、別府君の好意を踏みにじってしまった。また、別府君の期待にそぐえ
なかった。また、別府君をがっかりさせてしまった。
『ちょ、ちょっと待って』
 歩き出そうとした別府君を咄嗟に呼び止める。彼が止まったかどうか、確認もせず、私
は急いで、ダウンジャケットを脱いだ。もう、恥ずかしいとか自信が無いとかそんな考え
はどこかに消し飛んでしまった。ただ、この場を、このまま終わらせちゃいけない。その
一心で、私は上着を脱ぐと、別府君に差し出した。
「え……?」
 今度は、別府君が驚く番だった。呆然としてしまった感じで、声も出せないでいる。
『どうしたの? その……も、持っててくれるんじゃ……ないの?』
 急かすように、私は言った。心なしか、声が震える。しかし、別府君は立ち止まったま
ま、ようやく言葉を発した。
「あ、ああ…… そ、そうだったよな。うん……」
 だけど、その言葉も、表情も、どこか上の空のように見える。のろのろと手を差し出し
て来たので、私はジャケットを渡す。彼はそれを腕に掛けたまま、ジッと私の方を見つめ続けた。
 その時、不意に私の心に、恥ずかしさが蘇ってきた。別府君が見つめているのが、私の
服装だと気付いたから。
『そっ……その……あんまり、見つめないでくれる?』
 何だかすごいドキドキして、別に裸を見られている訳でもないし、春とかなら普通にそ
のまま出歩くような格好なのに、何でだか凄く、緊張する。
 しかし、私の言葉にもかかわらず、別府君は無言で私を見つめ続けていた。
『いっ……言っておくけど、別府君のお願いを聞いた訳じゃないからね。やっぱりその……
暑いから、少しくらい空気を当てた方がいいかなって思っただけで…… む、むしろ、変
なお願いするから、余計に脱ぎにくくなっちゃったんだから……』
 照れ隠しなのか自分でも良く分からないが、私はいつもより饒舌に、立て続けに言い訳
を口にする。
「ああ……ゴメン。うん……悪かった」
 ボソリと、別府君が謝罪の言葉を口にする。しかし、どこか様子が変だ。何か心ここに
あらずといった感じで、何だか普段の私と立場が逆転したようにすら思える。さすがに気
になって、私の方から聞いてみる事にした。
『あの…… どうしたの?』
 すると、別府君は急に我に返ったかのように、ピクッと体を震わせた。
「え? あ、ああ……どうしたの……って?」
『いや、だってその……何か、ボーッとしているみたいだったから……』
「えっと……ああ。そうだな、うん……その……ゴメン」
 何だろう。一応、自分がボーッとしていた事への意識はあるみたいだ。しかし、やっぱ
りおかしい。いつもの別府君にあらず、歯切れが悪いような気がする。
『べ、別に謝る事ないと思うんだけど……別府君がそんな風になるのって、珍しいから……
その……何かあったのかなって……?』
 聞いちゃいけないような気がしつつも、私は聞かずにはいられなかった。何故なら、あ
んなに頼み込まれてジャケットを脱いだ直後に、ボーッと私の方を見ているのだから。
――何だろう……? 私の格好がそんなに変だったとか? ううん。それなら、もっとがっ
かりした顔をしてもいいはず。あんな風に放心するなんて、どんな理由なんだろう……
 私には、皆目見当も付かなかった。
「あの、さ。やっぱ……言った方が、いいかな……?」
 ためらいがちに、別府君が聞き返してきた。ますますおかしい。私は、コクンと頷いた。
『その……出来れば。い、嫌だったら……無理しないでも、いいけど……』
 何か、焦らされているようで、こっちまでドキドキして来た。心臓の鼓動を抑えるよう
に、左胸を右手で押さえる。
「わ、分かった」
 別府君は、頷くと、ギュッと口を真一文字に結んだ。真正面から見据えられて、私の動
揺が大きくなる。しかし、その眼に吸い込まれるかのように、視線をそらす事は出来なかった。
「実はさっ……その……い、委員長の私服姿が、あんまりにも可愛かったもんだから、だ
からその……見とれてたっつーか…………そんな感じで……」
 最後の方は、語尾がだんだんと弱々しくなっていき、視線も外れていった。しかし、そ
んな事は私は全く気付かなかった。
 別府君の言葉を聞いた瞬間、私はみるみるうちに全身が茹で上がったタコになった。
――かっ……可愛い!? この、こんな、私の私服姿が……? 有り得ない!! そんな
の有り得ない!!
『うっ……嘘っ!!』
 どうしても、別府君が本気でそんな事を言うなんて信じられなくて、私は咄嗟に彼の言
葉を否定してしまった?
「え?」
 別府君が驚いたようなキョトンとした顔で私を見る。だけど私は、そんな彼の様子を無
視して立て続けに否定する言葉を口に出した。
『だって……そんな事、有り得ないもの。私だって自分で可愛いなんて思えないのに…… 
自分から頼んだから、気にしてお世辞とか言ってるんだろうけど……そういうのとかは、
いいから。別に、褒めてくれなくたって……私は気にしないし。むしろ、そういう事を軽々
しく言われる方が……迷惑……だから』
 私の言葉は、終わりの方になるとだんだんと弱々しくなり、最後は擦れるような小声に
なってしまった。何故なら、別府君の表情が、若干険しくなっていくのが分かったからだ。
「そんなに……俺の言葉って、信用ないかな?」
『え?』
 多少苛立ちも篭ったようなその声の響きに、今度は私が聞き返した。
「お世辞とか……そんなんじゃなくてさ。本気でそう思ったから言ってるんだけど」
 ドキッ、と左胸が激しく鳴る。それは余りにも激しくて、痛みすら伴う感覚だった。
『そ、そんな……だって、私なんか……』
「委員長が自分の格好をどう思ってるかは知らない。けど、俺は今日の委員長を可愛いっ
て思ったから、素直にそう言っただけだし。まあ、俺の主観で言ってるだけだから、他の
人がどう思うかは知らないよ。だけど、逆に他の奴に、俺の感じ方をどうこう言われる筋
合いはないと思う。それは委員長だってそうだよ」
 いつになく真面目な別府君の言葉に、私は言うべき言葉を失ってしまった。確かにそう
だ。私に別府君の想いを否定する権利なんて無い。だけど、それは他の事――例えば、子
供向けヒーローのおもちゃが好きだとか――はともかく、私自身の事となると、どうして
も、納得する事は出来なかった。
「あのさ。委員長」
 黙りこくったまま俯いてしまった私を、諭すように別府君が声を掛ける。
「俺、思うんだけど……正直、委員長はもうちょっと自信持ってもいいと思うぜ。いっつ
も、私は可愛くない可愛くないって…… そういう所が、一番可愛くないんじゃないかな?」
 その言葉は、私の胸に深々と突き刺さった。しかし、別府君がそこまでして言ってくれ
ても、どうしても、私は自分自身の容姿に自信が持てなかった。私が卑屈で根暗だから、
別府君はそう言って元気付けていると、そういう風にしか考えられなかった。
『そんなこと……そんなこと、無いもの。友田さんと比べたら……フミちゃんとだって、
私は――』
「誰がどうとか関係ないじゃん。俺は、委員長を見て可愛いと思った。胸がドキドキした
し、はっきり言って萌えたね。他の男が見てどうとかも関係ない。とにかく俺はそう思っ
たから……だから……あとは、委員長が自信を持って、笑顔を見せてくれれば、それで完
璧だと思う」
――あ……
 ダメだ。
 別府君の言葉に……私は、胸が溢れそうになった。例えお世辞でもいい。励ましの言葉
だっていい。ここまで……ここまで言ってくれた事が、嬉しくてたまらない。心臓はもう
飛び出そうなほどに激しく鼓動を打っているし、体の熱も、これ以上熱くならないと思え
るほどに火照っている。
『私……私…………』
 なのに、何でこんなに怖いんだろう。
 彼の言葉を認めてしまう事が。
『私……分からない……』
「え?」
 問い返す別府君を前に、私は小さく首を振った。どうしても、彼の優しい一言に、うん
と言えなかった。甘えてしまう事……優しさに、溺れてしまう事が怖かった。
『私は……知らない。別府君が本当に、そう思っていたとしても……私は、そんな事、知
らないもの……関係……ないもの……』
「委員長……」
 クルリと別府君に背を向け、私は立ち尽くしていた。どうして、私はこんなにも、意気
地が無いんだろうと、自分自身への嫌悪感に塗れながら。


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