・ツンデレとクリスマスプレゼント その14

「委員長」
 しばらく経ってから――といっても、私の感覚でなので、実際にどのくらい経ったのか
は分からないが――別府君が、もう一度、私の名前を呼んだ。
『何?』
 弱々しくだが、私は返事をした。激しい感情の波はまだ治まってはいなかったし、別府
君の顔はまだ見れなかったが、それでも、さっきよりは幾分はマシになっていた。
「その……これから、どうする?」
 躊躇いがちな言葉で、別府君が質問する。けれど、私はまだ、質問の意図するところを
考えられるほど、安定してはいなかった。
『どうするって……何が?』
 聞き返したが、別府君の返事はすぐには返って来なかった。10秒ほど、時間が経ってか
ら、低い声で別府君が言った。
「いや……プレゼント選び。もし、気分が悪いようだったら、店回るの止めた方が……い
いかな、とか……」
 気分が悪い、と言うのはごまかしの言葉だろう。私が身勝手に塞ぎ込んでしまったから、
別府君が気を使ってくれているのだ。もし、私がもう嫌なら、一緒におもちゃを見て回る
のは止めようって。
 だけど、それは嫌だった。せっかくの……デートじゃないし、成り行き上の事だったけ
ど、それでも二人だけで買い物をしているのに、こんな形で終わりにするのは嫌だった。
 私は、小さく、首を横に振った。
『ううん。平気』
 ポツリ、と呟くように言う。
『まだ……見てないところもあるし。あと……少しだから』
「そうか」
 別府君の言葉。安堵が入り混じりつつも不安は消えない。そんな複雑な感情が、その一
言に篭っているような感じがした。
「なら、次はあっち行こうぜ」
 わざと、明るめの声で別府君はまだ見ていない奥のコーナーを指した。そこは、インテ
リア雑貨なんかが置いてある所で、言ってみれば癒し系のグッズなんかが置いてある。
――私が、落ち込んでいるから? 少しでも気持ちが紛れるところを……?

 どこまで、別府君は優しいんだろう。私はさっきから文句ばかり言って、わがままばか
り言って、悪い事は全部別府君のせいにして、褒めてくれても、ちっとも喜んだりしない。
そんな最低の女なのに。
「委員長? どした? 本当に気分悪くなったとか?」
 動き出さない私を慮って、別府君が声を掛けてくる。私は首を振ってそれを否定した。
――謝らなくちゃ。
 そうでないと、このまま二人で、ずっと一緒にいても、二人とも気まずいままだ。無理
に別府君に気を使ってもらったり、心配してもらったり。そんなの、私も楽しくない。
『ゴメンなさい』
 自分でも驚くほど、その言葉は口からスルリと出てきた。
「え?」
 少し驚いたような声で、別府君が聞き返す。それはそうだろう。さっきまで、あんなに
文句ばかり言っていた私が、急に謝り出すなんて訳が分からないに違いない。
 だけど、そこはちゃんと言わなければいけない。
『……よく考えれば……別府君は、何一つ悪い事をしている訳じゃないもの。一応、その
……別府君は、別府君なりに励まそうとしてくれた訳だし……怒るような事じゃないのに……』
 これで、私の礼を失する言葉も、幾分かは挽回出来ただろうか? しかし、意外にも別
府君は、難しい顔で腕組みをしつつ、ウーンと唸った。
「いや。そんな事で、謝るって言うのも……ちょっと筋が違うと思うんだけどな」
 私の目が、驚きで見開かれる。何で別府君は微妙な顔をしているんだろう? 何か致命
的な間違いを犯したんだろうか?
――何で? 私、ちゃんと……ちゃんと、謝ったのに?
「筋が違うって……どういう事?」
 震える声で聞き返す。すると、私の不安そうな想いが伝わったのだろうか? 別府君が、
穏やかな笑顔を見せる。
「だって、俺の言う事が信じられないんだったら、別に嬉しくも何ともないんだろ? む
しろしつこくてウザいとか思うくらいじゃん。思い直して、俺のことを少しでも信じてみ
ようって思ってくれるんなら、謝るって事も意味あると思うけど」
 その言葉は、グサリと私の心臓に、深々と突き刺さる。

――そうだ。私……別府君の言う事……信じてあげれてない…… 信じてないのに、形だ
け謝ったって……無意味なんだ……
 どうすればいいのか、分からなかった。別府君の言う事は信じたい。信じたいけど、信
じられない。
 私は、ギュッと唇を真一文字に結んだ。頭が混乱する。結局私は、何を取ってもダメな
女なのだ。別府君の事を信じもせず、それでいながら、謝ればきっとそれで済むなんて甘
い考えを持っていた。それじゃあ、何も解決になっていないのに。
 何かもう、泣きたかった。
「ああ、もう!! ほら、そこで暗い顔すんなって」
 別府君の励ますような声が聞こえる。すぐ目の前に、彼が立っているのが分かった。だ
けど、顔を上げて彼の顔を見ることなんて出来ない。
 その時、別府君が驚くべき行動に出た。両手で、私の顔を包み込むと、誘うように顔を
上に向かせたのだった。
『…………っ!?』
 驚きのあまり、声が出ない。すぐ目の前に、別府君の顔がある。
――これは……これって……キ――
 反射的に、私はパッと体を引いた。別府君の手は、優しく添えられているような感じだっ
たので、何の抵抗も無く、簡単に顔から離れた。
『なっ…… 何……するの……?』
 びっくりした。本当にびっくりした。驚きの余り、心臓が止まるかと思ったくらいだ。
 左胸を抑えたまま、半ば呆然と別府君を見つめる。彼は、ちょっと照れ臭そうに視線を
逸らして、答えた。
「いや。その……まずはさ。顔を上げることが大事なんじゃないかって。委員長って、何
かあるとすぐに下を向いちゃうけどさ。うつむいて生きるより、顔を上げて生きた方が、
楽しいと思うんだよな」
 そういう意味だったのか。まるで、キスをする時のような、そんな触れ方だったから、
私は一瞬誤解してしまった。いや、もちろん、別府君に手を触れられたほんの一瞬だけで、
まさかそんな事はあるはず無いと分かってはいたけど。
『だっ、だからって……いきなり人の顔に触る事無いでしょ? その……ビックリしたん
だから……』

 私が抗議すると、別府君は私に視線を戻して、ジッと私を見て言った。
「だって委員長、多分口で言っただけじゃ、ますます俯いちゃうだけだと思ってさ。俺の
言う事もあんまり信用してくれてないみたいだし、何か、口で言えば言うほど、落ち込ん
じゃうみたいでさ。だから、ちょっと実力行使で」
 確かに、別府君の言うとおりだとは思う。今の私じゃ、いくら言われたって、下を向い
たままでしかいられないだろう。だからと言って、不意打ちはないだろう。それこそ本当
に、心臓がそのまま止まるかと思うくらい驚いたんだから。
『そ、そんな事する必要ないじゃない!! 私が下を向いてようが何だろうが……別府君
には関係ないんだし……』
 そう言って抗議する。すると、別府君はあっさりとこう答えた。
「関係あるよ。だって、委員長が上向いてて、出来れば笑顔でいてくれれば、それだけで
俺も嬉しいから……」
 何て、恥ずかしい事を言うんだろうと思った。同時に、ドキドキして仕方が無かった。
呆然としたまま、別府君を見つめる。すると、彼自身も恥ずかしい事を言ったと自覚して
いるのか、珍しく顔が赤かった。
『な……何、変な事言ってるのよ。バカみたい…… 大体、別府君が変な事言ったり、変
な事したりするから……わ、悪いのよ!!』
 そう言いながらも、心の奥底では、くすぐったいような嬉しさがあって、それが何だか、
抑えきれずに頬をピクピクとさせてしまっていた。
 別府君は、私の抗議に、真面目な顔で考えているようだったが、まっすぐ私の顔を見て、
こう聞いてきた。
「……じゃあさ。俺が、いままでの事……全部、謝ったら、笑顔を見せてくれる?」
 うっ、と私は言葉に詰まった。
――そんな事……言われても……笑顔なんて、い、今のこの状況でなんて……
 それだけは、いくら言われても、受け入れる自信は無かった。
『ズ……ズルいわよ。またそうやって交換条件なんか突きつけて……』
 咄嗟に思いついた言葉で拒否してしまうが、どうして私は別府君のせいにしてしまうの
だろう。自分の方がよほどズルくないだろうか?
「だって、委員長がさ。俺が変な事言ったりするせいだって言うから。それじゃあ、今ま
での事を反省すれば笑ってくれるのかなって思ってさ」

 確かに、別府君の言葉の方が、筋は通っている。というか、もともと私の言葉が言いが
かりに近いのだから、それは当然である。しかし、どう言われても出来ないものは出来ない。
『そんなの……今更笑えって言われたって……無理だし……』
 困ったように私が言うと、別府君は首を捻った。
「そうか? 笑顔なんていくらだって作れると思うけどな。ほら」
 そう言って、ニコッと笑ってみせる。
 ああ……何かもう、そう言って微笑みかけてくれるだけで、ドキドキしてしょうがない
し。これはあくまで例えだって分かっているのに。
『そっ……そんなの、作り笑いじゃない。気持ち悪い……』
 興奮する気持ちを抑えようと、敢えて毒舌を混ぜてみた。多分友田さんならこういうだ
ろうな、とか思いつつ。
 しかし、彼女を思うと、あっけらかんとした毒の無いサバサバした感じでいかにも冗談、
って思える言い方なのに、私が言うと、何故こんなに嫌な言い方になってしまうのだろう。
――きっと、基本的な性格のせいよね。
 また、別府君の機嫌を悪くしたのだろうかと、私は不安になったが、別府君の様子から
は全然、そんな様子はなかった。むしろ、平気な顔でこう言い返してきた。
「不機嫌そうな顔してるより、よっぽどマシだって。それにさ。作り笑いでも笑ってれば、
本当に愉快な気持ちになれるんだって」
 別府君は、そうやって気持ちのコントロールが出来るんだろうけど、私には無理だ。
『……嘘よ。そんな事……あるはずないもの……』
「やってみなきゃ分かんないじゃん。騙されたと思ってさ。な?」
 容易に、別府君は諦めてくれなかった。そこまでして、私の笑顔を見たいと思うのも不
思議でしょうがない。
――こんなに……つまらない顔なのに……
 しかし、やはり勇気は出ず、私は首を振った。
『無理。出来ないものはいくら言われたって……出来ないもの』
 たかが笑顔一つで……
 私は、申し訳なくって、顔を俯かせてしまった。いや、実際には、俯かせようとしたと
ころで、別府君の制止の声が掛かった。
「ほら。ストップストップ」

『え?』
 思わず顔を上げる。視線の先には、笑顔を浮かべた彼の顔があった。
「そうやって、俯いちゃうからさ。負の連鎖になるんだって。もう俺もしつこく言わない
からさ。せめて、顔を上げて、俺の方を向いていてくれ。それなら……出来るだろ?」
 私は、息を呑んで別府君を見つめた。
 いや。別府君の方を見ているって……それだけでも、結構ハードルは高い。だって、今
日の私が俯いている理由の8割は、別府君の顔を見るのが恥ずかしいからだもの。
 だけど――だけど、それでも、さっきまでの要求に比べれば、グッと楽になったのも、
間違いは無い。
 これ以上断り続ければ、ますます彼を困らせてしまうだけだし、私は覚悟を決めた。い
や。覚悟と言っても、たかだが別府君の方を向いているだけなんだけど。
『……わ、分かったわよ。それくらいなら……』
 それだけなのに。本当に、それだけの事なのに……別府君は、何故か、満足気に頷いた。
「よし。それじゃあ、元気良く行くか」
 そう言って私を促すと、別府君は出し抜けに私の手を握った。
『あっ!? ちょ……ちょっと!!』
 先を歩き出した別府君に引き摺られるように、私も歩き出さざるを得なかった。
「ん? どうかした?」
 別府君が振り向く。しかし、その顔は何だかとても嬉しそうに見えて、私は、手の事を
言い出して水を差すことが出来なくなってしまった。
『な……何でもない。ただ、その……あの……もうちょっと、ゆっくり……ね』
「あ、悪い悪い」
 そう言って、別府君は歩調を緩める。しかし、それはより別府君と手を握る時間が長く
なったわけで、私は、顔を火照らせながら、別府君の、半歩ほど後ろを歩いていた。
――別府君が……こっちを向きませんように。
 顔を上げている事を約束した以上、どんなに恥ずかしくても俯く事は出来ない。せめて、
こんな顔をしているのが気付かれないよう、私は祈るしかなかった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system