・ツンデレとクリスマスプレゼント その16

『えっ!?』
「いや。ちょっとでも興味あるんだったらさ。委員長もやってみたいんじゃないかなー、なんて」
 差し出されたコントローラーを、しかし私は、両手で拒む。
『い、いいわよ。私はそんな……興味なんて言ったってちょっと、画面が綺麗だなーって
くらいだし。それに、その……私は、反射神経鈍いから……こういうのはちょっと、その
……得意じゃないし……』
 しかし、別府君は譲らなかった。
「見るのとやるのとじゃまた違うぜ。それにさ。あくまで体験なんだから、すぐ死んじゃっ
たって、別にそれでいいじゃん。たかがゲームなんだし」
 ごもっとも過ぎる意見に、私は何も、反論の言葉は浮かばなかった。
『う……じゃ、じゃあその……ちょっとだけ……』
 躊躇いがちに手を出すと、別府君は嬉しそうに笑った。
「いいぞ。そう来なくちゃ」
 コントローラーを渡される。が、もちろん、何をどうしたらいいのかはさっぱり分からない。
『ちゃ……ちゃんと、やり方くらい教えてよ。私……さっぱり分からないんだから』
「オーケー新入り。しっかり言う事聞けよ。じっくり可愛がってやる。泣いたり笑ったり
出来なくしてやる!」
 冗談で、上官っぽい物言いを別府君がした。
『い、いやその……そんな、厳しくやられても困るんだけど……』
 私が少し困ったように言うと、別府君は一瞬はたと気付いたかのように真顔になり、そ
れからまた、彼も困ったような笑顔で返してくる。
「わ、悪い。今の、ちょっとしたネタだからさー。スルーしてくれ。頼む」
 そうなのか、と私は小首を傾げた。と言う事は、むしろ私の方がネタに付いていけなく
て申し訳ないといったところなのだろうか。
 それにしても、泣いたり笑ったりすることすら出来なくなるほど可愛がられるってどん
だけなんだろう? 私はふと、そんなくだらない考えに頭が支配された。

――別府君が教官で、私が生徒。きっと、訓練は厳しいものに違いない。それこそ、私な
んて根性無しだから、すぐにへたばっちゃうんだけど、無理矢理にも叩き起こされて、体
がバラバラになるほどしごき抜かれるんだ。だけど、それはイジメなんかじゃなくて、戦
場で命を失わないように、なんていう別府君の愛情で、時々それがチラチラと垣間見えた
りなんかして……それで、本当に命が危ないような事を私が仕出かして、それで、慌てて
助けてくれてから、一発殴られて、死ぬぞ、貴様!!とか怒鳴られた後で、でも別府君は
物凄い真剣な顔で、俺はお前を失いたくないんだ!!とか言われたりしちゃったりして……
「委員長。準備いい?」
 別府君の声に、私はくだらない妄想から我に返った。
『へっ!? そ……そんなの、いつでもいいわよ』
 慌てて取り繕うが、別府君は苦笑したままで言った。
「いや…… 何かさ。考え事してるみたいで、目の焦点が合ってなかったし」
 妄想に没頭していた事を指摘されて、私は恥ずかしさの余り、カアッと頭に血が上った。
『べっ……別に、変な妄想なんてしてないわよ!!』
 すると別府君は、意外そうな口調で答える。
「えっと……俺も、そこまでは言ってないけど……」
 私はうっかり自分が余計な事を口走ってしまった事に気付いた。これじゃあ自分から変
な妄想してますと言わんばかりじゃないか。
 いろいろと言い訳の言葉を考えてから、私はもう諦める事にした。どうせ私の事だから、
言えば言うだけ余計に深みに嵌るだけだろう。
『とっ……とにかく、教えてくれるんでしょ!! ほら!!』
 怒ったような口調で、私は話題をゲームに強引に戻した。
「ああ。そうそう、そうだったな」
 私の言葉に、別府君は頷く。
「と……まずは、移動は左スティックを使って――」
 下手な誤魔化し方だったが、別府君はそもそも、さほど気にしてはいなかったのか、あっ
さりと話題を切り替えてくれた。私はちょっとホッとする。全く、こんな所で妄想に嵌る
なんてどうかしている。ましてや別府君が目の前にいるような状況なのに。
「――とまあ、こんな感じで。簡単だろ?」
『え? あ、うん』

 半分生返事で、私は頷いた。一応今度は、心の中で自分の行いを反省しつつも、別府君
の説明はちゃんと聞いていたつもりなのだが、イマイチ操作方法がよく飲み込めていない。
別府君が言うほど簡単にはとても思えなかったのだが……
 まあいいや。とにかくやれば何とかなるだろう。ゲームなんだし。
 そう思って、私はグイッとコントローラーのスティックを前に倒した。
『きゃっ?』
 途端に、画面上の視界がグルンと回り、緑の下生えと雑草で画面が埋め尽くされる。
「委員長。逆、逆。移動は左って言ったろ」
『そ、そうだったわね』
 今度は逆のスティックを倒す。と、画面上の緑が流れた。
「委員長。視界、戻さないと」
『え? あ、そうか』
 もたついた動きで私は視界を前に戻そうとスティックを操作する。が、今度は行き過ぎ
てしまい。鬱蒼と茂った高い木々が空に伸びているのが、画面に映し出される。
 と、その時だった。
 バババババッ!!と、軽快な乱射音がしたかと思うと、画面が明滅する。
「わっ!! 委員長、撃たれてる撃たれてる。隠れないと」
『きゃっ!! だ、だって隠れるったってどこ向いてんだか分かんない』
 とにかく逃げようと、慌ててキャラを操作するものの、敵の位置も分からないし、自分
がどっちを向いているかすら分からない。やっとの事で、銃弾から回避出来るところまで
キャラを動かす事が出来た。
「とにかく、元の隠れ場所まで戻らないと。ここだと、またすぐに見つかるぞ。もう体力
ゲージも無いんだし」
『う、うん』
 返事はしたものの、まだキャラの操作が覚束ない。
『えっと、方向変えるのは……あれ、違う。動くんじゃなくって』
 また操作を間違えてしまい、私は慌ててしまった。
「委員長。右スティックだって。ほら、急がないと」
『わ、わっ!! ちょっと……急かさないで――』
 その時、一発の銃弾が、ものの見事に私のキャラを狙い撃った。

『はうっ!!』
 思わず叫び声を上げる。同時に、画面が真っ赤になり、キャラがスローモーションで倒
れていく。
「あああ。やられちまったか。まあ、まだ全然進んでないしな」
 私はちょっと放心していたように画面を見つめていた。ほとんど、思うようにゲームを
プレイする事が出来なかった。ハァ……と、小さくため息をつく。
『はい』
 私は別府君にコントローラーを返した。
「あれ? もういいの? ほとんどやってないじゃん」
 別府君の問いに、私は首を横に振った。
『いい。やっぱり、こういうゲームって私には合ってないし』
 別府君とわいわいプレイしてみたい気持ちも、心の片隅には残っていたが、それよりも
彼の目の前で晒す醜態の方が嫌だった。
「合ってないも何も、最初はあんなもんだと思うけどなあ。委員長って、ゲーム自体ほと
んどやってないんだろ?」
 その質問には頷きつつも、私は拒否の姿勢を貫いた。
『でも……戦争ゲーム自体、何か面白くないし……』
 それは嘘である。ゲーム自体の内容はともかくとして、別府君にいろいろと教えて貰い
ながらゲームをする事は、私にとって貴重な体験でもあったから。
「そっか。なら、しょうがないよな。無理強いして薦めるもんでもないし」
 あっさりと別府君は言うと、コントローラーを置いた。
『やりたければ……別府君は、やっててもいいよ』
 私のせいで楽しさに水を差したのではないかと思い、私は慌ててフォローする。しかし、
別府君は首を振って答えた。
「いや。もともと、委員長が見終わるまでのつもりだったから。どのみち、おもちゃ屋で
なんて、そんな夢中になってプレイするもんでも無いしな」
 そう言われても、やっぱり何か邪魔したような、水を差したような、そんな気分である
事は否めない。
『別に……私の事なんて気にしなくていいのに』
 そう言うと、別府君が真顔になって抗弁した。

「そういう訳にも行かないだろ。せっかく一緒に来てるんだしさ」
 私は小さくため息をついた。私といる事で、別府君が気ばっか使ってちっとも楽しめて
ないように思える。つくづく、私ってば、邪魔な存在なんだと、そんな気分になってしまう。
 と、その時、別府君が不意に動き出した。私の横を擦りぬけ、歩いていく彼を、私は視
線で追った。その先には、何やら、児童用のコーナーなのか、小さい子供達が固まって遊
んでいる。その方向へ、別府君はまっすぐに歩いていった。
 あんな所に、何の目的があるんだろうか? そう訝しく思っていると、別府君が立ち止
まって私を呼んだ。
「委員長。こっち来てみ?」
 私は訝しげに小首を傾げた。子供向けのおもちゃ売り場に何の用事があると言うんだろう。
 もっとも、呼ばれて無視するわけにも行かず、私は小走りに別府君の所まで駆け寄った。
『何なの? 一体』
「いや。最近のガキってこういうので遊んでるんだなあって……」
 別府君の意図が分からず、私は首を捻る。すると、別府君は、一台のゲーム機らしきも
のを指し示した。
「ほら。見てみ?」
 言われるがままに、私はそのゲーム機らしきものを見た。いや。ゲーム機というか、形
としてはノートパソコンのような大きさで、正面以外にも、キーボードの部分にも代わり
に画面があり、ペンで書くようになっている。
『へえ……』
 隣の台では、実際に子供がペンを使って遊んでいた。器用にペンで文字を選んで、ゲー
ム感覚で漢字の勉強をしている。
「こういうの見てると、何か世の中って進んでるなって感じがしないか?」
『でも……別府君だって、あんなゲームで遊んでるんだし、子供向けがあってもおかしく
ないんじゃない?』
 考え込みつつそう言うと、珍しく別府君が反論する。
「でもさー。小さい頃からこうやってコンピューターで遊ぶのって、俺らの頃とは随分感
じが違うなって思わないか? 俺がガキの頃なんて、パソコンなんて、天才の大人の人が
使うもんだって思ってたし」

 確かに、そう言われればその通りである。というか、実は、私自身、学校の授業でくら
いしかパソコンを使った事が無かった。もちろん、家にもあるにはあるが、もっぱら使う
のは母親で、私は自分ではスイッチを入れた事すらない。
 ふと、その時別府君が子供用のコンピューターと私を、交互に見ているのに気が付いた。
どうしたんだろうと疑問に思っていると、別府君は、最後に私の顔を見て言った。
「そだ。委員長さ。試しにちょっとやってみたら?」
 別府君がにこやかに笑ってゲームを指す。その提案に私は、え?と思わず固まってしまった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system