・ツンデレとクリスマスプレゼント その18

――何で……何で? 私がゲーム好きな方が嬉しいって……何で? 何で? 何で?
 だけど、その疑問を口に出す勇気は私には無かった。ジッと見つめたまま硬直して動け
ない私に、別府君が笑顔に戻って言う。
「今度……一緒にゲームやろうぜ。さっきみたいな殺伐とした奴じゃなくてさ。委員長に
合うような、パズルゲームとか可愛らしいキャラのアクションゲームとかで。そういうの
も、俺んちにあるからさ」
――俺んち? 俺んち? 俺んち――?
 最後の一言で、私の心臓の鼓動が、一気に跳ね上がった。
――私……誘われてるの? 別府君に――別府君の家に?
 これ以上、別府君の方を向いている事が出来ず、私はクルリと勢い良く反転して彼に背
中を向けた。息苦しくて胸が詰まる感じがする。
――どうしよう、どうしよう、どうしよう……
 何て答えたらいいのか私には分からない。そもそも別府君が本気なのか社交辞令なのか
すらも分からないし。頭の中をいろんな感情や思考がグルグルと回転して、答えが見つからない。
『けど……っ!! その……私達……受験生だし……だから、そんな……遊ぶとかは、あ
まり考えられないから……』
 辛うじて出た答えがこんなものである事に、自ら絶望した。また、自分からきっかけを
潰してしまうのか。たとえ別府君が本気で言ってなくたって……可能性の芽を、自分から
摘み取る事は無いのに。
「あれ? 何かさっきも同じような会話をしなかったっけ?」
 ふと、思い返すように、別府君が呟く。え?と、一瞬、不思議に思ったが、私もすぐに
思い出した。
『……そういえば……』
 お店に入る前、映画館の話になって、それで映画にも誘われたんだっけ。ほんの数時間
ほど前のことなのに、随分と昔の事のように感じてしまう。
「でも、まあ映画と違ってそんなに時間使う訳じゃないしな。どうせこれから冬休みなん
だしさ。息抜き程度とかでもどうよ?」
何だろう? 今日の別府君は、何だかいやに積極的に思える。本気で私を誘っているんだ
と、勘違いしたくなる。ううん。勘違いじゃなくて、ホントに本気で誘っているんだとしたら……
私は、身を緊張で、ギュッと硬くした。

――どうしよう…… 行きたい…… 男の子の家……それも、好きな男の子の家なんて……
でも……
 こんなにも行きたいのに、同時に何故か分からないけど、とっても不安で、それが私に
頷くのを躊躇わせていた。
「あ。もし俺と二人じゃ何だかなーって思うなら、千佳も呼んだっていいぜ。どうせアイ
ツは呼ばなくたって、息抜きだのなんだのゴチャゴチャ言って俺の部屋に来るんだしさ」
 友田さんの話を聞くと、ズキッと胸がまた痛む。でも、今のは私に気を使ってくれてい
るんだから、気にしちゃダメなのだが、それでも私はどうしても、彼女が羨ましいと思わ
ずにはいられない。
 何だかもう、緊張と動揺で、体が崩壊しそうだ。多分私の顔は真っ赤で、別府君になん
てとても見せられない顔になっているだろう。何とか押さえ込んではいるが、体だって今
にも震えそうだ。
――行きたい。うん、って一言……そう言えばいいのに、顎が動かない。息が出来ない。
怖い。別府君の優しさに、このまま埋没してしまうのが……凄く、怖い。
『私っ…… でもその……やっぱり……』
 心が不安で折れ、私は、いつの間にか、言っちゃダメだと思うことを口に出していた。
『追い込みの時期だし……落ち着いて、出来ないから……』
 言ってしまった。何で、どうして、肯定の言葉はあんなに努力しても、一言すら言う事
は出来ないのに、否定の言葉は、あんなにもスラスラと出てくるんだろう。
 もう、自分が情けなくて、死にたい。
「そっか…… まあ、そうだよな。俺がお気楽過ぎるか。やっぱ」
 冗談めかした言葉ではあったが、別府君の言葉からは、残念そうな響きは完全に消えて
はいなかった。
――ああ……これでまた、私は別府君の期待を裏切ったことになる。こんな事じゃ、本当
にもう、構ってすら貰えなくなるだろう。
 さすがにもはや終了だと思って、私はガクンと落ち込んだ。きっと、後々まで後悔して
泣く事になるんだろう。だけど、それは自業自得だ。
「そんじゃ、まあ…… 映画と込みで、ゲームも受験後のお楽しみって事で。それならいいだろ?」
 別府君のその言葉に、沈みかけた私の心がまた浮かんだ。

――どうして? 私……さっきから、別府君の親切を踏みにじってばかりの、嫌な女の子
なのに、何で……ここまで、誘ってくれるの?
 不思議には思っていても、やっぱり私は、嬉しかった。もうダメだと完全に諦めてただ
けに、まだチャンスをくれた別府君に感謝しなければ。
 だけど……だけど、私は、ちゃんと……はい、って……言えるだろうか? 臆病風に吹
かれて、また台無しにしてしまいかねない。
「よくよく考えれば、受験なんてあと二ヵ月後にはほぼ終わってるしな。長いように感じ
るけど、何気に年が明けたら、あっという間だしさ」
 何故だか、その言葉は、逸る気持ちを抑えようとしているように私には思えた。
『……考えとく……』
 ボソッと、私は呟いた。否定でもなく肯定でもない。ただ、返事を先に延ばすだけの答
え。だけど、それでも、受験が終わったら、またこうして別府君と会えるかもしれない。
それを思うだけで、私には十分に嬉しかった。
「うん。多分、その頃はさ。委員長の事だから、きっと無事に受験も終わって、開放的な
気分になってるよ」
『そんな事分からないじゃない。全滅して、今より落ち込んでるかも知れないし……』
 別府君が何を意図してそう言ったのかは分からないが、とりあえず、楽観的な推測だけ
は否定しておいた。自分への戒めも含めて。
「そんな事ないよ。人一倍努力型の委員長だからさ。きっと、報われるって。少なくとも、
俺はそう思うし、それを願ってもいるから」
 今の一言に、また胸がドキンと鳴った。今日の別府君はどうしたんだろう。私をドキド
キさせるような事ばかり言って、本当に困る。自分の心が、どうしようもなく浮ついてい
るのが分かる。こんな状態じゃ、別府君の顔なんて見れない。
『あっ……あの……』
 ダメだ。一回、彼から離れて、落ち着かないと。みっともない自分を、曝け出してしまう。
「何?」
 私は、一気に、畳み掛けるように言った。

『ひ……一通りは全部見たんだし、そろそろ、プレゼント……選ぼうと思うんだけど』
「え? あ、ああ。そうだな」
 戸惑いがちの彼の返事は、何だかその事をすっかり忘れていたかのように思える。しか
し、私には、そこまで気にしている余裕は無かった。
『それじゃあ、私、行くから。買い終わったら入り口で待ってて。もし私が先なら、待っ
てるから』
 それだけ言い捨てると、結局私は、別府君の顔を一度も見ずに、その場から逃げるよう
に立ち去ったのだった。

『ハア……ハア…………フゥ……………………』
 店の一番端っこの、目立たないところで私は立ち止まると、ようやく息をついた。
 右手で心臓の辺りをギュッと押さえる。まだ胸のドキドキが鳴り止まない。
――別府君が……私と二人で、ゲームをやろうって……映画だけじゃなくて……
 正直、映画の時は、話の流れで何となく誘われたという気がしてならなかった。だけど
今度は社交辞令だとは思えない。だって……

  いや……その……俺としては、その……委員長も、ゲーム好きになってくれた方が、
 嬉しいからさ……
 
 躊躇いがちに、たどたどしく話す別府君の言葉が、脳裏に焼きついて離れない。これで、
別府君が私の事を気にしているなんて思うのは思い上がりだろう。友達感覚としてなのか
もしれない。けれど、もう、私は、少なくとも単なるクラスメートじゃない。家にお呼ばれするんだから、親しい、を付てもいいかもしれない。
――別府君の家で……ゲームかぁ……それも、二人っきりで…… いや。友田さんがいて
もいい。三人でもいい。別府君の家でだなんて、それだけで夢過ぎる。
 けれど、同時に不安もあった。
 もし、別府君が、受験が終わった時に忘れていたらどうしよう。どうしようと言っても、
どうもこうも無いんだけど。そんな事、私から切り出すことじゃないし。

 もし、覚えていてくれたとしても、私はその時、素直にうんと頷けるんだろうか? ま
た、グズグズと断ったりしそうな気がする。嬉しいのに、素直になりたいのに、いざとな
ると心の奥底から不安がブワッと湧き出てきて、私を立ち止まらせてしまう。何とかした
いのに、どうにもならない。
 そして、何より肝心なのは、ちゃんと入試に受かるかどうかだ。別府君はああ言ってく
れたが、私は不安で仕方がない。一年間、浪人なんて事になったら、遊びなんて贅沢な事は言ってられない。
 不意に私はハッと気付いた。
――こんな事ばかり考えているんだから私はダメなんだ。もっと前向きに……別府君が私
を誘ってくれたって……今はその事だけ……その事だけを……
 あの時の別府君の表情。別府君の声。そして、言葉の意味。その事だけを考えて、私は
幸せな気分に浸るのだった。


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