・ツンデレとクリスマスプレゼント その19

 店から出ると、私はキョロキョロと周りを見回して別府君を探した。
「委員長。こっちこっち!!」
 すぐに別府君の声が聞こえる。声のした方を向くと、別府君が大きく手を振っているの
が見えた。慌てて私は別府君の所まで小走りに走る。
「お疲れさま。結構時間掛かったね」
 しかし、私はそれどころでは無かった。
『おっ……大声で手を振るの止めてよね。目立つじゃない』
「何で? 別に誰も気にしやしないと思うけどなあ?」
 別府君は首を傾げて不思議そうに言った。こういう所は本当、私と正反対で楽観主義と
いうか、気にしないタイプだと思う。
『一瞬でも注目されるでしょ? それが、その……恥ずかしいし、それにその……万が一
にも知ってる人に気付かれるかもしれないじゃない』
 今日一日、ずっと別府君と一緒にいて、何か結構人目に付くような事をやらかしたよう
な気もするが、それでも私は気にせずにはいられなかった。しかし、別府君は案の定、笑
顔でその言葉を退けた。
「そんなの、本当に万が一の事じゃん。それに、万が一知り合いに見られたからって別に
気にする事じゃないし」
『だって……もし、学校で変な噂にでもなったりしたら……』
「委員長は、困る?」
 最後まで言葉を言う前に、別府君に逆に質問されてしまった。
『えっと……その…………まぁ……』
 迷いながらも、小さく頷く。私自身、騒がれるのは好きではないし、何より別府君に変
な迷惑が掛かる事が嫌だったから。
 しかし、私の態度に別府君は困ったような笑みを浮かべた。
「そっか……困るか…… まぁ……そうだよな、うん」
 小さく呟きながら、別府君は自分で自分を納得させているようだった。それから、視線
を上げて私の顔を見ると、はっきりとした言葉で謝罪してきた。

「委員長が迷惑に思ったなら、謝るよ。ゴメン」
 そう言われると、今度は私が、何だか申し訳ないような気持ちになって来た。別府君が
特に悪い事をした訳でもないのに、目立ちたくないという自分のワガママを押し付けて謝
らせるなんて、自分勝手もいい所だ。
 慌てて私は、別府君の謝罪を退けた。
『も、もういいわよ。済んだ事なんだし……』
 フォローするはずの言葉が、何だかスゴク偉そうに聞こえてしまった。自分自身で何様
なんだろうとか思ってしまう。
 もっとも別府君はあまり気にしていないようで、この話はもうケリが付いたとばかりに、
ニコッと笑った。
「んじゃ、ま、目立たないようにとっとと退散しようぜ」
 そう言ってクルリと身を翻すと、さっさと歩き出した。
『あ。ちょ、ちょっと待ってよ。もう!!』
 置いていかれそうになり、私は慌てて彼を追いかけるのだった。


「ところでさ。委員長、おなか空かない?」
『え?』
 歩きながらそう聞かれて、私は別府君の方を向いた。
「いや。俺的には、結構腹減ってんだよね。で、何か食べて行きたいんだけど……どう?」
 ちょうど、ファーストフード店なんかがあるコーナーだった。恐らく、別府君はそれを
見て胃袋を刺激されたと見える。
『私は……別に……』
 反射的にそう答えつつ、私は自分のおなかの状態を確かめる。確かに、もうとっくにお
なかが空いていてもおかしくない時間なのだが、不思議な事に、あまり空腹感は無かった。
きっと別府君が隣りにいるせいで緊張しているからだろう。もっとも、仮におなかが空い
ていたとしても、そんな事、みっともなくて口には出せないけど。
「そっか。そういや、普段から委員長は小食だもんな。けど、少しは食べないと、ガリガ
リになっちまうぜ」
『大きなお世話よ。そんなの、別府君に心配される事じゃないわ』

 またスタイルの話題になりそうだったので、私はピシャリと打ち切る。どうせ、別府君
の調子のいいお世辞が飛び出すだけだろうし。
 別府君は、少し何か言いたそうな雰囲気にも見えたが、結局彼もその話題はそれ以上諦
めたのか、話題を元に戻した。
「まあ、あまりおなか空いてないんなら申し訳ないんだけどさ。出来れば、ちょっと付き
合って欲しいかなって。一人で寄っても味気ないしさ。もちろん、ドリンクとか奢るから」
 遠慮がちな別府君の誘いに、むしろ私の方が恐縮してしまう。申し訳ないなんてとんで
もない。私なんかが誘ってもらえるだけで光栄なのに。ましてや奢って貰うなんて、有り得ない。
『い……いいわよ。そんな……気を使わなくたって…… どうせ、ここまで一緒だったん
だから、最後まで付き合うわよ……』
 私の答えは、はっきり言えたのは最初だけで、後はどんどん声が小さく、低くなってし
まい、最後の方は本当にモゴモゴした言い方になってしまった。この程度の事を言うこと
すら、ハッキリと言えないなんて、正直我ながら情けない。
 だけど、別府君にはちゃんと聞こえたらしく、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「サンキュー。でも、委員長こそ気を使わなくていいんだぜ。俺のワガママに付き合って
貰うんだし、何より、奢りたいってのも俺の勝手だから。迷惑でなければ、是非そうした
いんだけど……いいだろ?」
 そこまで別府君に言われると、私にはもう断る事は出来なかった。
『それなら、その……私は知らないから、好きにすれば?』
 口に出してから、自分の言い方の拙さに後悔する。同じ意味合いでも、もっと棘のない
言い方がいくらでもあると言うのに、何でこういう言い方になってしまうのか。自分で自
分が嫌になる。
「よし。じゃあ、決定な」
 明るく言う別府君に、私は救われた思いになった。本当は、ちょっとくらいはムッとし
ているのかも知れない。だけど、それを表に出さないあたり、意外に大人だったりするん
だな、と感心してしまう。
「それじゃ、行こうぜ」
 そう言うと、彼はまた、ごく自然に私の手を掴んだ。

『あっ!?』
 ビクッと体が緊張する。
「何?」
 私の動揺を不思議に思い、別府君が聞いてきた。あらためて、別府君にとって、女の子
の手を握る事は自然な事なんだと実感する。確かに、彼は、友田さんと言う非常に親しい、
幼馴染の女の子がいるから、何の抵抗もないんだろうけど。
 しかし、そこで私も思い返す。今日、別府君に手を握られるのは何度目になるのか? 少
なくとも、二回はあったはず。となれば、私だって少しは慣れていいはずだ。うん。
 決然と勇気を奮い起こして、私は首を振った。
『ううん。何でもない』
 そう答えた途端、私の手を握る別府君の手の感触が、異様にハッキリと感じられた。
 別府君は、私をちょっとだけ不思議そうに見つめたが、すぐに笑顔に戻った。
「そっか。まあ、いいや。とにかく行こうぜ。何気に腹、減りすぎて限界だし」
 最後、冗談めかした口調で言うと、別府君はお腹に手を当てた。その様子に思わず笑み
がこぼれそうになるが、ちょっと失礼かなと思い、何とか我慢して私は無言で頷いた。そ
れを見て、彼は歩き出す。最初、ちょっとだけ引かれる形になったが、すぐに、自然に手
を繋いだまま並んで歩く体勢になる。
 フゥ、と聞こえないように、私は小さく息を吐いた。最初、手を握られた時は思わず拒
んでしまった。次の時は、何とか拒まずに済んだが、別府君にほとんど引っ張られている
ような感じだった。今は……そう。自分の意思で、並んで、手を繋いだまま一緒に歩いている。
――ああ……ダメだ……やっぱり、恥ずかし過ぎて頭がクラクラする…… しかも、俯い
ちゃダメなんて、これはもう拷問かも……
 もう、周囲なんて何も見えない。握られている、手の感触しか感じられなかった。
「委員長、何にする?」
 えっ?と、私は別府君の方を向いた。いつの間にか、もうカウンターまで来ていた事に、
私は全く気付いていなかった。驚いた瞬間、思わず私は、握られた手を振りほどいてしまう。
 驚いたように見る彼を、私は挑むような視線で見つめ返した。

『もっ……もう、いいでしょ……』
 慌てて、取ってつけたように私は言った。咄嗟に行動してしまったので、どうフォロー
していいか分からない。別府君が、機嫌悪くしなければいいのだけど……
「あ、ああ…… そうだね。ゴメン」
 ニコッと笑って彼は謝る。
――何で謝るんだろう……悪いのは、私なのに……
 重苦しい気分のままで、私はテーブルの上のメニューを見た。グズグズしていると、ま
たボーッとしていると思われそうだし、店員にも後ろの客にも迷惑だし。
『えっと……』
 何を頼めばいいか、咄嗟に分からなくなってしまった。
――おなか空いてないって言ったのに、セット物とか頼めないし……でも、ハンバーガー
一個くらいならいいのかな? それとも、無難に飲み物だけ、とか……でももし、感じて
ないだけでホントはおなか空いてたりして、別府君の食べるのに感化されておなか鳴っちゃっ
たりしたら恥ずかし過ぎるし……やっぱり、何か頼んだ方が…… って、グズグズしない
で早く決めないと、別府君に迷惑だって言うのに……あああああ……
 しかし、散々悩んだ末に出た言葉は、こうだった。
『わ、私はその……軽い物だったら何でもいいから……』
「え?」
 別府君、私を見て聞き返して来た。言葉足らずだったのかと、今度はもっと具体的に、
別府君に答える。
『別府君に任せるって言ってるの。私は別に……これと言って食べたいものとかないけど
……別府君が、どうしても奢るって言うんなら、任せるから……』
 それだけ言うと、私は体ごと、別府君からそっぽを向いてしまった。
 要は、自分では決められそうにないから、別府君に丸投げしてしまっただけなのだが。
全くもう、どんだけ優柔不断なんだと、自分で自分が情けなくて仕方がない。
――こんなんじゃ……別府君に呆れられても、仕方ないわよね……
 もっとも、今から嘆いたところで、後の祭りではあるが。
 そんな事ばかり考えて、思考が堂々巡りに陥っていると、やがて、別府君から声が掛かった。

「委員長」
 彼に呼ばれて、私の体がビクッと反応する。しかし、私には、振り向くだけの勇気はなかった。
『えっと…… 何よ?』
「いや。委員長が、俺のお勧めで注文して良いって言ったから頼んだんだけど……これで
良かったかなって」
 そう言われて、私の視線がごく自然に、トレイの方へと向いた。その上には、ドリンク
が二つと、大き目のポテトと、チキンの入ったサラダが乗っていた。
「サラダなら、食欲無くても食べられるかなって思ったんだけど、少しは腹の足しにもし
なきゃいけないかなって…… もし、チキンが余計なら、それは俺が貰っても良いし……」
 私は驚いて別府君を見た。私のわがままで、彼に注文まで押し付けたってのに、私のこ
とをいろいろと考えた上でメニューを選んでくれるなんて。別府君がそこまで気を遣って
くれることが、何よりも、嬉しくて仕方が無かった。
「で……大丈夫? これだけで。ああ。もちろんポテトは二人で一つだけどさ」
 念を押すように別府君に聞かれる。そうだった。別府君にちゃんと答えないと。
『……任せるって言ったんだもの。文句なんて言わないわよ……』
「そっか。なら良かった。正直、ちょっと自信無かったからさ」
 棘の含んだような答え方をしたにも係わらず、別府君は全然気にせず、安心したように
ニコッと微笑んだ。
「あ、そうそう。ドリンクはアップルティーにしておいたから。確か委員長って、紅茶の
方が好きだったと思って」
 別府君の言葉に、私は小さく頷く。
『あ、うん…… それでいい……』
 何だか、自分が随分と偉そうな態度を取っているように思えて、酷く嫌だった。別府君
がこんなにも気を遣ってくれているんだから、もう少し愛想良くするべきなのに。
 もっとも、ガチガチに緊張している今の状態で、それは無理な話なのだが。別府君と二
人だけでこういうお店に来るのは初めてではないのに、ちっとも馴れる事が無い。
『お待たせしましたぁ』
 元気のいい店員の女の人が、ハンバーガーを二つトレイに置いて言った。別府君がサッ
とトレイを持ち上げる。

「さ。行こうぜ」
『あっ…… ちょ、ちょっと待って』
「何?」
 私の制止に、別府君が首を傾げて聞いてきた。
『えっ……えっと……』
 私と比べると、別府君の荷物は圧倒的に多い。おもちゃ屋のビニール袋も三つは持って
いる。一体何を買ったのかはいいとして、あれだとトレイを持つのも大変だろう。それく
らい、私が持った方がいいのではないかと思って、私は声を掛けたのだ。
 だけど、結局その勇気は出なかった。
『……ごめんなさい。何でもない……』
「何だよ。変な委員長だな」
『変とか言わないでよ。もう!!』
 別府君にからかわれて怒る私を軽く笑顔で受け流すと、別府君はトレイを持って歩き出
した。私はその後ろを、何だか借りてきた猫のように大人しく付いて歩くのだった。
――何だってば……私って、こうも簡単な一言が言えないんだろうな…… たかが、トレ
イを持つって言う事くらい…… ダメだな、私って……
 自己嫌悪に陥り、私は小さくため息をつくのだった。


前へ   トップへ   次へ
inserted by FC2 system