・ツンデレとクリスマスプレゼント その3

「委員長。どうした?」
『え?』
 私は携帯から顔を上げた。別府君が不思議そうな顔をしている。
「メール見て、随分険しそうな顔をしてたからさ。何かあったのかなって」
『ううん。何でもない。気にしないで』
 私は作り笑いを浮かべて首を振った。
「そっか。ならいいんだけど」
 そう言って別府君は歩き出す。私もそれに付いていきながら、自然と頭の中では友田さ
んのメールの事に向かってしまう。
――全くもうっ!! 友田さんてば、余計な事を…… お陰でますます意識しちゃうじゃ
ない。というか、これって元々仕組まれてた……? ううん。訳分かんない。何でそんな
事するのか。私と別府君をカップリングするなんて、別府君に迷惑なだけだし、そんなこ
と分かると思うんだけど……でも、いかにもそんな感じの文章だったし…… も、もしか
して、友田さんは最初っから予定が決まってて、別府君と一緒に行けないから、私を代役
にする為にこんな手を打った、とか……でも、それも意味分かんないし。あああ、でも、
学校で報告会とか言ってるしぃ……やだよぉ……絶対めちゃくちゃからかわれるに決まっ
てるんだ。ハァ……
「委員長、委員長」
 別府君が声を掛けて来てハッと私は我に返った。その途端、私の手がキュッと握られる。
『なっ……何!?』
 握ったのが別府君の手だと気付いて、私は動揺した。心の中はわたわたして大変な事に
なっているが、体は硬直してしまって全く動けない。
「そっちじゃないよ。今日はこっち」
 そう言って、彼はグイッと私を引っ張る。力の抜けた私の体は、されるがままに引っ張
られて歩いた。
『でっ……でも、お店はこっちじゃ……』
 ショッピングセンターと反対の方向に歩く別府君に聞くと、彼は私の方を向いて言った。
「今日行くところは電車に乗ってくんだよ。でっかいおもちゃ屋があるからさ。俺と千佳
はいつもそこで買ってんだ」
 そう言って、別府君は私の手を握り締めたまま先を歩く。引っ張られて歩きながら、私
は手に感じる別府君の手の感触を……体温を感じ、力が抜けて行くのを感じた。
――ダメ……もう、我慢出来ない……
『あっ、あの……別府君!!』
 たまらず、私は声を上げた。別府君がピタリと足を止め、手を握ったまま私の方を向く。
「ん? どうかしたか?」
『そ……そのっ……手……』
 私の言葉に、初めて気が付いたかのように別府君が握った手を見た。
「あ……わ、悪い」
 パッと別府君が手を離す。私は急いで手を引っ込め、握られていた手をまじまじと見つ
めた。少し汗ばんでいる。これは多分、私の汗だろう。いかにも普通の仕草っぽい別府君
に比べて、私の動揺は半端ないくらいだから。
「ご、ゴメンな。つい、いつもの調子で……」
 別府君が、ごまかすような笑顔を浮かべつつ謝罪してくる。しかし、私はその一言が気
になった。
『……いつも……って?』
 つい、私は疑問を声に出してしまった。それからすぐに後悔する。別府君と仲良く手を
握り合うような女の子が他にいたって、私が詮索するような事じゃないのに。
 しかし、別府君は慌てて弁解した。
「あ……ほ、ほら。千佳の事だよ。ほ、ほら。アイツとは幼馴染だからさ。別にそんなこ
とお互い大して気にしないし……け、けど別に、いつも握ってる訳じゃないぞ。先導する
時とか、人込みの中ではぐれないようにする時とか、そういう時くらいだから……」
『別にそんな事、聞いてないから』
 咄嗟に出たその一言が、思いのほかに厳しい言葉に聞こえて自分でもびっくりした。別
府君の目が、驚いたように見開かれ、それから申し訳なさそうな顔になる。
「悪い。その……変な事言っちまって」
 一気に空気が気まずくなる。私は自分の浅はかさに臍を噛んだ。自分から、別府君の手
を拒んだくせに、他の女の子との話に不機嫌になって、キツイ言葉を投げかけてしまうな
んて、自分は最低だ。とにかく、この気まずい空気を何とかしないと。
『べ、別にその……謝る事じゃないわよ。ただ、その……別府君と友田さんの間の事は、
私には……かっ、関係ないから……だからその、いちいち弁解する必要もないと思って、
そう言っただけで、怒ってるとかじゃないし……』
「あ、ああ。気ぃ悪くしたんじゃなきゃ、いいけど……」
 そう言いつつも、別府君は何故か気落ちしたままのように見えた。
――言い方……まずかったのかな……?
 私は、時折口調が厳しいと人から言われる事がある。私は自分なりに何とかしようと思っ
たのだが、事態はちっとも改善されていなかった。
「と、とにかく行こうぜ」
『あ…… うん』
 別府君に促され、私は小さく頷くと、彼の後について歩き出した。
――どうしよう……何か、気まずい……
 私の歩調に合わせるかのように、別府君がゆっくりと歩く。その後ろ、三歩くらい離れ
て私は付いて歩いた。一度、別府君がチラリと私を見た。何か言いたそうに口が僅かに動
いたが、結局それは声に出さず、また前を向いてしまう。
――さっき……繋がれた手を……拒まなきゃ……こんな空気には、ならなかったのに……
 けれど、それは無理だ。あの、痺れるようなゾクゾクする感覚や体の火照り、下半身の
力が抜けるような感じは、耐えられない。あそこで手を離してもらえなければ、きっとそ
の場にへたり込んでしまっただろう。
――ごめんなさい……
 私は、心の中で、別府君の背中に向けて謝罪したのだった。

 切符を買って、駅のホームに二人で並んで電車を待つ。ただ、横に並んでいるだけなの
に、何だか緊張してしょうがない。チラリ、と別府君を目の端で見るが、別府君がこっち
側を見ようとする動きをするだけで、慌てて顔を避けてしまう。
――ハァ……私ってば、臆病だな……
 でも、それは致し方ない事かもしれない。こんな風に二人っきりで外出なんてかつて無
かった事で、それは、制服を着ている時とは全然違った緊張感なのだから。
 その時、私はハッと気付いた。
――そういえば……別府君も、さっきから、全然しゃべってない……
 緊張感の理由はここにもあったのか。私は無意識に別府君を見つめた。
――別府君……何、考えてるんだろう……?
 その表情からは、私は何も読み取ることが出来なかった。
――やっぱり、さっき私があんな事言ったから……怒ってんのかな? ううん。別府君は
そんなに心が狭くなんて無い。それだったら、もっと失礼な事、いっぱいしてるし…… て
ことは、もともと嫌われ……で、でもさっきちゃんと、私と一緒の方がいいって言ってく
れてるし、だからそこまで悲観しなくても…… でも、やっぱり機嫌悪くはしちゃったの
かも。だってあんなの、やっぱり、私の方が、その……嫌ってるような態度取っちゃった
んだし……
「委員長、どうかしたの?」
『えっ!?』
 いきなり、頭の中の考え事に別府君の声が混じり、私はびっくりして声を上げた。それ
から、別府君が話しかけてくれたのだと理解するまで五秒ほど、呆然と彼を見つめて、そ
れから慌てて答えた。
『どっ、どっ、どうかしたの? 別府君』
 的外れな言葉に、別府君はちょっと困ったような顔をする。
「どうかしたのって、俺が聞いてるんだけど。さっきからずっと俺の方見てたから、気に
なってさ」
『見てたって……私が?』
「ああ。何かボーッと口をちょっと開いてさ。こんな感じで」
 別府君が私の様子を真似る。それを見て私は、カアッと全身が火照るのを感じた。しま
った。考え事に夢中になって、失礼にも別府君をジーッと見つめたままでいるなんて。な
んて大失態を……
『ちっ、ちがっ!! 私、その……何でもないっ!!』
 慌てて別府君から顔を逸らし、前を向いて俯く。顔が真っ赤なのを気付かれてしまった
だろうか。恥ずかしい……
「いや、その……何にも無いんなら、いいんだけどさ。何か、言いたい事とか気になるこ
ととかあったら……」
『何にも無いってば、そっ、そもそも、その……私っ……別府君なんて見てないし……』
 別府君がちょっと首を捻る。
「えっ? あれ……そうか? だって、俺も勘違いかと思ってしばらくチラ見してたけど、
ずーっとこっちを向いたままだったし」
 どう見ても私が別府君を見つめていたのは間違いようの無い事実なのだが、違うと言っ
た以上、嘘は突き通さねばならない。
『だから、それは、その……別府君じゃなくて、電車!! そう。電車、早く来ないかな
って……』
「電車って……来るの、あっちからだぜ?」
『えっ!?』
 別府君が指を差したのは、反対方向。つまり、別府君から見て私のいる方向だった。私
の首が自然に別府君の差した方へと向く。それから私は、もう一度、別府君を見つめた。
――そっ……そうだった……わっ、私ってば……とんでもない勘違いを……
 いくらごまかす為とはいえ、これは酷い。私は、ザーッと血の気が引くのを感じ、それ
から、反動のように一気に頭に血が上るのを感じた。よりにもよって別府君の前でこんな
間違いをするなんて、恥ずかしくて恥ずかしくて、このままどこかに消えてしまいたかった。
 すると、別府君が、いきなり噴き出した。
「クッ……ハハハ……アッハハハハ!!」
 別府君の笑いは、私の恥ずかしさを倍加させただけだった。
――あう……笑われた……やっぱり馬鹿にされちゃったんだ……もう死にたい……グスン……
 だけど、別府君だって酷いと思う。確かに、恥ずかしい間違いだったとは思うけど、だ
からと言ってそこまで笑うことも無いと思う。
 多少イラッと来て、私は口を尖らせて別府君に文句を言った。
『なっ、何よ……その……ちょっと間違えただけじゃない。そんなに笑うこと、ないと思うけど』
 すると、別府君は笑いを収めようと腹に手を当てて力を込めた。
「いやその……ごめ……てか…………ゴホッ!! 間違いよかさ……委員長の顔が……」
『私の顔が……どうかしたの?』
 恥ずかしさと苛立ちの板ばさみでやり切れなくなりつつ私が聞き返すと、別府君はまた
笑い出す。
「だってよぉ……ハハハ……間違いに気付いた時の委員長の顔……超面白くて……目も口
も真ん丸になっちゃってさ……マンガみてー……ハハハハハ……」
 別府君の笑いのツボの真相を聞いて、私は頭がクラクラした。
――私ってば……そんな面白い顔になってたんだ…… 別府君の前で、ボケッと考え事に
夢中になってて、とんでもない間違いしちゃって、おまけに面白顔まで披露するなんて、
最低すぎる……
 自己嫌悪から来る苛立ちとやり切れなさを、私は目の前の人物にぶつけてしまった。
『だっ、だからってその……女の子の顔見て笑うなんて、最低!! バカッ!!』
 だけど、どんな罵りも効果はなく、別府君が笑いを収めるまで、結局私は恥ずかしさに
耐え抜かなければならなかった。
 せめてもの救いは、気まずかった空気がひとまずは晴れた事だったと言えよう。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system