・ツンデレとクリスマスプレゼント その4

 私達の乗る電車が、駅のホームに勢い良く滑り込んでくる。巻き起こる突風に、私は咄
嗟に、ミニスカートの裾を押さえた。コートに半分以上隠れてるし、捲くれる事などない
のだが、気分の問題である。
「委員長。座れば?」
 電車に乗ると、ちょうど私達の目の前の席が一人分だけ空いていた。別府君が勧めてく
れたが、私は首を振った。
『私はいいよ。別府君こそ……』
「いや。俺はいいよ」
 軽く手を振って拒絶する。すると、私たちがどっちも座らないと思ったのか、近くにい
た中年の女性が勢いよく私と席の間に入り、軽く一度会釈するように前かがみになると、
腰を下ろしてしまった。
「ホントに、良かったの?」
 別府君が、私の耳に微かに届くくらいの声でもう一度聞いてきた。私は小さく頷く。
『うん。ていうか、たったの二駅でしょ?』
「まあ、そうだけどさ」
 正直な所、私一人だけ座るのは、何だか気まずいし。
 それっきり私は沈黙したが、すぐに別府君が話し掛けて来た。
「そういや、委員長って、おもちゃ屋とか行く?」
 私はフルフルと首を振る。
『ううん。子供の頃はそりゃあ……行ったけど。でも、小学校までかな。もうずっと行っ
てないかも』
「そっか。子供の頃って、大きいところ?」
『ううん。駅前のショッピングセンターの中の……今でもあるじゃない。今日もてっきり
そこかと思ってたんだけど』
「ハハ…… 今日行くところはメチャクチャでっかいからさ。あんなトコとは比較にならないぜ」
『そうなんだ』
 おっきいと言われても、イマイチ実感に乏しい。テレビなんかで時々見る事はあっても、
出不精で人ごみ嫌いの私は、ショッピングでもなんでも地元で済ませてしまうので、おも
ちゃ屋に限らず行った事は無いからだ。
「俺も初めて行った時は、何かこう……おおっ、て感じでさー。すっげえ、何ていうかこ
う、ガキの頃の夢が溢れてる感じだよな。大量のおもちゃに囲まれるって。ましてや正真
正銘、ガキん時だったから、もう嬉しくなっちまってよ。夢の国に来たみたいで――」
 別府君のおしゃべりを、私は話半分にしか聞いていなかった。と、いうのも……
――ち……近過ぎる……
 別府君と私の距離が、である。
――電車の中だと……こんなに、近いんだ……
 何と言っても、腕と腕が触れ合いそうな程の距離しかない。触れ合えそうで、触れ合え
ない。この微妙な距離に、私の心は緊張で他の事など考えられる余裕などなかった。
――もし、今、電車がちょっとでも揺れたら……
 別府君か、私か。どちらかがちょっと動いただけでも、腕と腕が触れ合ってしまう。ま
してや、急ブレーキなんて掛かったりしたら、別府君の方に倒れこんでしまうだろう。
――そ、そんな事になったら…… それで、別府君が優しく私を抱き止めてくれて……優
しい笑顔で、「大丈夫?」とか言われたりしたら……
 妄想で体が熱くなる。私はそっと吊り革を離してみた。大きく揺れたりはしないだろう
かと思って。緊張で、息苦しさすら覚えた。感覚が、揺れに対して鋭敏になる。
 しかし、現実は、駅のホームに滑り込んだ時すら、私の体は全く揺らがなかったのである。
――馬鹿らしい。私ってば、何考えてるんだろう。
 諦めが気持ちを萎えさせ、私はため息をついた。
「委員長、どうしたの?」
『えっ?』
 顔を上げて別府君を見る。
『どうした、って……何が?』
「いや。何かため息ついてるからさ」
 不思議そうに私を見つめる彼に、私は慌てて首を振った。
『う……ううん。何でもない。ていうか、別府君には関係ないから』
 あんな一人相撲でため息をついたなど、別府君には毛ほども悟られたくは無い。
「……そっか。ならいいけどさ」
 そう言いながらも、何故か別府君は釈然としない様子だった。私は別府君から視線を逸
らし、顔を俯かせる。
――何か……無駄に気を使わせちゃったような……
 別府君は、会話を再開しようとはせず、黙って外を眺めている。それはそうだろう。私
は、せっかく別府君がいろいろと話しかけてくれてたのに、自分の内に没頭して、ほとん
ど話を聞いていなかったのだから。
――もしかして……機嫌、悪くしちゃったのかな……?
 チラリ、と彼の横顔を盗み見るが、そこから彼の感情は窺えなかった。私は諦めて視線
を戻す。俯いた視線の先に、席に座った中年の女性の姿を見て、私は唐突に、周囲の視線
が気になってしまった。
――私たちって……他の人からどう見えているんだろう?
 知り合いだという事は明々白々である。だけど、その先である。ただの知り合いにしか
見えないのか、兄妹みたいに見られているのか、或いは――
――恋人に……見られているとか……
 即座に心の中でそれを否定する。私は、視線を扉の方に向ける。ドアの端っこで、仲良
さそうにカップルが離している。女の子が男の人の腕に手を絡めて、話している顔もとても近い。
――私も、別府君とあんな風に……って、無理だよね……
 心の中で嘆息する。
――性格上、人前でくっつくなんて出来ないし、そもそも、私と別府君じゃあ容姿の釣り
合いだって全然取れてないし、何よりそんな事……別府君がしたがるとは思えないし……
 果たしてそうだろうか。別府君は何かにつけて私に優しくしてくれた。今年一年間、い
ろんなことがあったけど、こんなに別府君が構ってくれるなんて思わなかったし……
――でも、それは単に私が内気で、いじられやすいタイプの性格だからよね……
 一瞬だけ湧き上がる期待は、すぐさま現実的な考えにすり返られた。少なくとも、クラ
スメートとして以上の好意を、彼が持ってくれているとは思えない。今だって、ずっと黙っ
たままだし。
 私は別府君の様子が気になったが、またジロジロと見て変に思われるのが嫌だったから、
ずっと視線を逸らしていた。
――別府君、怒ってるかな? 少なくとも……良い気分じゃないわよね……
 それなのに、こんな近くに立っているくらいで、恋人同士に思われるかも、とか呑気な
考えをしている自分はどうかと思う。
――やっぱり、少し、離れた方がいいかな。付き合ってる訳でもないのに、こんなにくっ
付くくらい傍にいるのって……そりゃ、席に座ってたり、混雑してたら仕方ないけど、で
も、立ってる人の方が少ないのにこの距離は……おかしいわよね……
 私の方から離れたい訳ではなかったけど、私は勝手にそう結論付けた。足を少しずつ、
別府君から離す。吊り革を大体、一個分くらい。何故だか緊張して、私は息を呑んだ。最
後に手を動かして、それでやっとホッと吐息をつく。
 その時、視線を感じた。
 思わず、顔を上げて別府君を見た。別府君が――何だか、怪訝そうな目で――私を見ている。
『……どうかしたの?』
 そう聞くと、さっきとは逆に、今度は別府君がハッとした顔になった。
「あ……い、いやその。何でもない」
 そう言うと、彼は私から顔を逸らして前を向いてしまった。
――何だろう…… 何で、こんなに……気まずいんだろう……?
 ほんの数センチ、体を離しただけなのに、何だか私は、酷い失敗を犯したような、そん
な気分になったのだった。


「委員長。こっち」
『ちょっと待ってよ。そんなに急がないで』
 気まずい気分のまま電車を降り、その後私達は、バスに乗って、ショッピングモールに
着いた。
――良かった…… 別府君の機嫌、良くなったみたい……
 バスを降りた途端、元気におもちゃ屋目指して歩き出した別府君に文句を言いつつ、私
は内心ホッとした思いだった。あのままムスッとされたままだったらどうしようかと思っ
ていたのだ。
 私に、別府君の機嫌を直す自信など、有りはしないのだから。
「悪い悪い。早く店に入りたくてさ」
 そんなにおもちゃ屋が好きなんだろうか? もっとも、子供みたいな別府君も、また違っ
た魅力があって良いと思うけど。
『だからって、人を置いて行くコトないと思う』
 自分の鈍臭さを恨めしく思う。同時に、私に全く構わずに先へ行こうとする別府君に、
少し腹が立ったのも事実だ。
 しかし、別府君は申し訳なさそうにしつつも、こう言った。
「ゴメン。けど、委員長もちょっとゆっくり歩き過ぎじゃないか? 千佳やフミちゃんな
ら、このペースで普通だと思うぞ」
『そんな事ないわよ。どう考えても、別府君の足が速過ぎるの』
 抗議しつつも、別府君に馬鹿にされてしまったことが悲しすぎる。うぅ……
「分かったよ。委員長のペースに合わせるからさ。さっさと行こうぜ」
 渋々といった感じで同意すると、別府君は、私の方を振り向いたまま、立ち止まっていた。
『どうしたの? 早く行くんじゃないの?』
 私が聞くと、別府君は、ちょっとポカンとした顔をした。
「行くっつっても……委員長が来なきゃ、先に進めないんだけど……」
『わ、私はちゃんと後からついて行くから、さっさと歩いてよ』
 隣に並んで歩くなんて恐れ多い。だけど別府君は、こう答えた。
「並んで歩かなきゃ、委員長のペースに合わせられないんだけど」
 うっ、と私は口ごもった。確かにそれは一理あるのだが、必ずしもそうしないと出来な
いわけでもないはずだ。そう思って私は反論した。
『時々……一緒に帰る時とかは、別に並んで歩いてなんかいないじゃない。別府君が、少
し気をつけてくれれば、それで良いと思うけど』
 しかし、彼は納得しなかった。
「確かに、俺もいつもより速いペースだったけどさ。委員長だって、いつもより足、遅かったぜ」
『そ、それは……』
 彼の言葉は事実である。それは私も認めざるを得ない。だけど、私にだって言い分はあった。
『仕方ないじゃない。初めて来る所なんだし、それにこれだけ人が多いんだもの。いつも
のペースで歩くのだって無理よ』
 そう言って抗議すると、別府君はさも当然といった口調で答えた。
「だろ? だから、一緒に並んで歩いた方がいいって言ってるんだけど」
 全くもって、その通りだった。言い訳をするつもりが自ら墓穴を掘ってしまい、私はこ
れ以上彼に反論する事が出来なくなってしまった。しかし、どうしても隣に並んで歩く勇
気が出ない私に、別府君がこう付け足した。
「それとも、さっきみたく手を繋いだ方がいいか?」
『そ、それはダメ!! 絶対止めて!!』
 手なんて繋いだら、腰がヘニャヘニャになって歩くどころじゃなくなってしまう。慌て
て拒否すると、何故か別府君が嘆息したように見えた。
「分かったよ。でも、せめて隣同士で並んで歩くくらいなら……いいだろ?」
『う……うん。分かった……』
 心もち、緊張しながら、私は小さく頷いたのだった。


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