・ツンデレとクリスマスプレゼント その5

 私の隣を別府君が並んで歩く。休日にこんな事なんて初めてだから、私はかなり緊張し
ていた。チラリ、と横に視線を送ると、別府君が歩いている。これだけで、私の胸がキュッ
と締め付けられるように痛む。
――あ……ダメだダメだ。こんなんじゃ……何か、話題……見つけないと……
 一緒に歩き出してから、何故か別府君は無言になっていた。せっかく機嫌が直ったのに、
また私のせいで気分が悪くなってしまったのだろうか? だとしたら私のせいだ。
 とにかく、何か話題を振ろう。そうすれば、きっと少しは気分も楽になる。そう思い、
私は無理矢理に別府君に声を掛けた。
『ねえ』
「ん? 何?」
 別府君がこっちを向くだけでドキッとしてしまう。その気持ちを押さえ込んで私は言葉
を続けた。
『そ、その……おもちゃ屋って、まだ先なの?』
 我ながら、何とつまらない事を言っているのだろう。というか、これじゃあ不満を言っ
ているようにしか聞こえないのではないか。
「と……別館だからもう少し先だけど、でも、すぐだぜ」
 特に気にした風もなく、普通に答えてくれた別府君に感謝、である。
『そ、そうなんだ。何か、思ってたより広いから……』
「委員長って、ここ、初めて?」
 私は小さく頷いた。
「へえ。普通、高校生にもなりゃ一度くらいは行くもんだと思ってたけどな。この近隣じゃ、
一番大きいショッピングモールだし。それでさっきから、おのぼりさんみたいにキョロキョ
ロとあちこち見てたのか」
『そ、そんな風にキョロキョロとなんてしてないわよ!!』
 恥ずかしくなって、私は思わず大声で抗議してしまった。そして、ムキになってしまっ
た自分がまた恥ずかしくなり、更に、別府君が軽く笑ったので、またまた恥ずかしくなっ
てしまう。
「してたしてた。初めて東京に来た田舎のおばあちゃんみたく」
『してないもの。ていうか、田舎のおばあちゃんって酷すぎるわよ』
 からかわれた事に、憤然となって抗議する。しかし別府君には、軽く笑って受け流され
てしまった。
「ていうかさ。委員長って、買い物とかも全部地元?」
 別府君の問いに、私は頷く。
『だって、別に……服とかだって、全部駅前の店で事足りるもの。わざわざ電車賃とか使
う必要ないし』
「でもさ。それってちょっと地元に引き篭もりすぎじゃね? ここ見てりゃ分かると思う
けどさ。もうちょっと足伸ばした方が、いろいろと選択肢の幅も広がると思うけど」
『よ、余計なお世話よ。私の場合、あまりたくさん選ぶものがあると、却ってどれにすれ
ばいいか、決めれなくなっちゃうもの』
 こう答えてしまう所が、私の欠点だと思う。人に勧められても、素直に良いと言えず、
頑なに断ってしまうところが。
「あー、それ。委員長らしいかも」
 また、気分を害するようなことを言ったかと冷や冷やしたが、別府君は軽く笑って同意
した。いや。それはそれで、欠点をモロに突かれたようで、心にザクッと来るものがあったけど。
「けどさ。別に買わなくても、その時あれこれ見て回って、選ぶのに悩むのも女の子って
楽しいんじゃないの? 千佳とか、散々引っ張りまわした挙句、何も買わないってのも結
構あったぜ」
『わ、私は……そういうの、嫌いじゃないけど……出不精だし……』
 一度お店に入ってしまえば、結構悩むのだけど、ウインドウショッピングをしよう、と
いう気概がそもそも湧きにくいのだ。しかし、何だか会話してても、自分のダメなトコダ
メなトコばかりが掘り起こされているようで、ちょっと辛い。
「ほら。やっぱ引き篭もりじゃん」
 からかい口調で別府君に指摘されて、ぶっすりともう一本、心臓に矢が突き立てられた
気分になった。
『出掛ける必要が無い時に、わざわざブラブラしたりしないだけよ。その……引き篭もり
とは違うもの』
 不満気に抗議したが、言葉に力は無かった。
「まあ確かにそうだけどさ。けど、買い物じゃなくても、遊び行ったりとかしないか? 映
画とかさ」
 私は、ちょっと真面目に自分の行動を考えてみた。
『映画は、別に嫌いじゃないけど……テレビとかで済ませちゃうし。お茶するのも……駅
前のファーストフード店で、十分だし……後は、図書館とか……』
「まあ、委員長らしいっちゃあらしいけど……友達とワイワイ騒いでノリでどっか遊びに
行くってタイプじゃないもんな」
 別府君が納得したように頷く。同意してくれたのに、何だかやっぱり、自分のダメな所
を理解されてしまったような気がして、私はまたまた落ち込んだ。と、その時、別府君が
顔を上げて言った。
「そうだ。もし良かったらさ。今度、ここに映画見に来ないか?」
『ここに?』
 鸚鵡返しに聞き返すと、別府君が頷いた。
「ああ。ここって映画館もあるんだぜ。ほら。あそこ見てみ」
 別府君の指差した方を見ると、確かに建物の壁にVIPシネマズと書かれている。
「あ。もし良かったら、その……今日、でもいいけど……」
 思いもかけない誘いに、私は動揺した。
――こ、これってば……もしかしたら、デートのお誘い!? べ、べべべ……別府君が、
私に? こんな、地味だし可愛くもないし内気で会話も無くてつまんないしそのくせ文句
だけは一人前で場の空気も読めないような私を? 有り得ない有り得ない有り得ない!!
 心の中で否定しまくってから、私はようやく物事を冷静に考えようという気になった。
――そ、そもそも、デートに誘っているという前提がおかしいのよね。同情、とか? あ
まりに地元から出ない私を心配して。で、でも別府君が心配する意味が分からないし。と
いう事は、会話の流れ的に何となく誘った、とか…… つまりは社交辞令ってことよね。
うん。多分、これが一番しっくり来る。
 私は、自己完結させて納得した。社交辞令なら、適当に受け流しておくのが賢明だろう。
『きょ、今日はその……ちょっと…… お金もないし……』
「だよな。急にそんな事言われても困るもんな」
 別府君は軽く笑って頷いた。その言葉に、ちょっと寂しそうな響きが混じったように聞
こえたのは、多分私の気のせいだろう。
「でもさ。日を改めてって事なら、いいだろ? 学生だと割引もあるし、それに金の事な
ら気にしないでも、それくらいは俺が出すからさ」
『ダメよ、そんなの。そういう事はキッチリしないと』
 私は、即座に断った。彼氏でもないのに奢って貰うなど、甘えすぎもいい所だ。いや、
まあ、どうせ実現などしないのだから、こんなにキッパリと拒絶する必要もないのだけど。
「そういうトコ、固いよなー委員長は。まあ、そういうなら仕方ないけどさ」
 そうなんだろうか? 私の頭が固いのか? むしろ、そこに飛び付いちゃう子とかの方
が嫌な子のように思えるけど。
「いずれにしろ、それは行ってからの話だから。とにかく、映画に一緒に行く事自体はオー
ケーって事でいいんだろ?」
『え?』
 私は思わず聞き返した。いつの間に私、オーケーしたことになってるんだろう。それと
もお金の話とかしてたから、気持ちはあると思われたんだろうか。
「え? もしかして、それ自体ダメ、とか?」
 意外そうな私の声の響きに不安に思ったのか、別府君が聞き返してきた。私は返答に窮
する。ダメじゃない。むしろ私の方からお願いしたいくらい行きたい。けど同時に、心の
どこかが、私にブレーキを掛けていた。
「悪い。俺、ちょっと先走り過ぎたかな。そういや、委員長、一言も行くなんて言ってないし」
 このままじゃ立ち消えになってしまう。さっきは社交辞令だし、成立する事なんて無い
からと思っていたくせに、いざそうなりそうになると、私は焦ってしまった。
『ダッ、ダメとは言わないけど、でも、その……私たち、受験生だし、だからほら、まだ
そんな遊んでられないし……』
 咄嗟に出た言葉がこれだった。別府君は小さく息を吐くと、穏やかな顔つきになる。
「受験生だからって息抜きくらいいいんじゃね? 一日中机に向かってると、俺なんて逆
に頭に入らなくなるタイプだし」
『ダメよ。最後の追い込みだし、気を抜いたりしたら。受験に失敗した時に、あの時ちゃ
んと勉強していたら、なんて後悔したくないし』
 何だかちょっと説教口調になってしまった。しかし、私の言葉にも、別府君は笑顔を見
せてこう言った。
「大丈夫だよ。委員長なら、きっと志望校に受かるって」
 不思議と、彼の言葉に私はドキッとしてしまった。カアッと顔が火照り、私は思わず俯
いてしまう。
『こ、根拠も無しにそんな事言わないでよ。別府君てば、無責任過ぎるわよ……』
 言葉とは裏腹に、私は彼の言葉が何だか嬉しくて仕方が無かった。その言葉に何の根拠
が無くても、別府君が発した言葉は、私にとっては物凄く勇気付けられる言葉だった。
 そして、私の言葉に別府君はこう答えた。
「根拠無い事ないさ。委員長、以前からずーっと、勉強頑張ってたじゃん。努力すれば、
必ず報われるって。だから、委員長は大丈夫だよ」
 必ずしもその言葉は真実では無かったが、私は別府君の言葉は信じたかった。
「だからさ。一日くらい大丈夫だよ。ていうか、夜にまたしっかり勉強すればいいんだし」
 私は思わず、別府君に頷きそうになっていた。この言葉に流されたい。いいよって、た
だそれだけ言えば、デートの約束が出来る。だけど、心の半分は、別府君の好意に甘えて
はいけないという思いも、依然強く残っていた。
『だっ……ダメよ。そういう甘えは。それに、私はともかく、別府君がそれで受験に落ち
たら、今度は私の寝覚めが悪いもの』
 私の欲望。理性に完全敗北。ううん。違う。理性という名を借りた臆病さ、にだ。別府
君と親しくなりすぎる事で、何かが変わっていく事への恐れ。それが、私にこんな言葉を
言わせたのである。
「お、俺の事なら気にすんなよ。一日くらいの勉強で賢くなるほど物覚え良いわけじゃな
いしさ。それに俺から誘ってるんだから、仮にそのせいで落ちたとしても、委員長のせい
なんかじゃないしさ」
 だが、一度言った事に対して私は頑固だった。
『毎日の積み重ねが、結果に係わって来るの。それに、気持ちの問題だもの。今ここで緩
ませたら、他の日にまで影響してくるし。こんな事で別府君が受験に失敗したら、いくら
誘われたとはいえ、私にも責任は出てくるし、そうなったら友田さんにも顔向け出来ないもの』
「何でそこで千佳が出て来るんだよ」
 別府君は不満そうに言った。私は、一瞬ハッとなったが、素知らぬフリで言葉を続けた。
『保護者みたいなものでしょ。だからよ。と、とにかく、この話は受験が終わってからっ
て事で。いい?』
「分かったよ。ま、委員長がそういうんなら、俺は従うしかないじゃん」
 渋々と、別府君は同意した。私は俯いて小さくため息をつく。
――ハア…… 断っちゃったあ…… もう二度とないチャンスだったのに。せっかく……
せっかく、別府君が、ちゃんと誘ってくれてたのに。自分からフラグへし折っちゃうなん
て。きっと、受験が終わる頃には別府君は私を誘った事自体忘れてるんだろう。きっとそ
うだ。私のバカ!! バカバカバカ!! あううううう……
 しかし、自分自身を呪い、心の中で散々罵っても、断った事実はもう変えられない。自
ら付けた心の傷に、私は悶々と悶え苦しんだのだった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system