・ツンデレとクリスマスプレゼント その6

「あ、ほら。あそこだよ」
 別府君の言葉に、私は顔を上げた。
『あそこって……何が?』
「お店だよ。ほら」
 別府君が指差したのは、別館の入り口を入った先である。通路が行き止まりになってい
て、広いガラス張りの入り口が見える。壁面に、カラフルなアルファベットで、お店の
名前らしきものが記されている。
「よし。それじゃあ行こうぜ」
 別府君が足を速めた。
『あ、ちょ、ちょっと待ってよ』
 私は、別府君に遅れまいと、必死で後を追った。そして、そのままお店の中に入ったその途端。
『うわぁ……』
 思わず、私は感嘆の声を上げてしまった。
 広い。そして高い。地元のスーパー地階にある食料品売り場よりもさらに広い。このス
ペース全部がおもちゃ売り場なのだ。そして、商品棚の上にまで高く積み上げられた商品
の箱。私は想像以上の広さと高さに、何だか圧倒されてしまった。
「な? すっごくでかいだろ?」
 別府君の言葉に、私は素直に頷いた。うん。さすがに高校生になった今ならともかく、
子供の頃にこんな場所に連れて来られたら、夢の国のように見えるだろう。
「とりあえず、中に入ろうぜ。こんな所で突っ立っていたら、他の人の邪魔になるし」
 ホケーッと立ち尽くしていた私を、別府君が促した。
『わ、分かってるわよ。そんな事』
 恥ずかしくて、咄嗟に強がった反応をしてしまった。それから、別府君について歩き出す。
『で、どうするの? これから。別れて適当に見て回るの?』
 プレゼントを選ぶのに二人で一緒だと秘密も何もないから、そう思って私は聞いたのだ
が、別府君は首を振った。
「いや。せっかくだし、一緒に見て回らないか?」
『で、でもそれじゃあ、お互い何選ぶか分かっちゃうんじゃ……』
 別府君の誘いに私は躊躇いを見せたが、彼はこう提案してきた。
「とりあえず、めぼしい物を見つけても表に出さなきゃいいじゃん。買う時は別行動にす
れば。それに、結構おもちゃ見て回るのって楽しいんだぜ。去年まではずっと千佳と一緒
に見て回ってたし」
『ふーん。そうなんだ』
 私は何故か、友田さんの名前が出たことにイラッとした。衝動的に、言葉がついて出て
しまう。
『今年は友田さん、来れなくて残念だったね』
「いや。別に、俺としては委員長の方がいいし」
 私の言葉に、別府君が慌ててフォローを入れる。何で彼がそんな風に言うのか分からな
かった。私の声に苛立ちが滲んだのだろうか。
『別にいいわよ。お世辞なんて言わなくても。私みたいな話下手と二人だけじゃ面白くな
いだろうし』
 今度は、はっきりと嫌な言い方をしてしまったと分かった。何でこんな風に突っ掛かる
言い方をしてしまったんだろう。それが、友田さんに対する嫉妬の気持ちだと気付くまで、
そう時間は掛からなかった。
――何で……私ってば、こんな事……
 友田さんに嫉妬するなんて、筋違いもいい所だ。むしろ、彼女は私が別府君と一緒にい
るのを積極的に支援してさえしていると言うのに。それでも、私は、別府君と幼馴染で、
気さくに話し合えて、互いの事を良く知っていて、単なる友人以上の強い絆で結ばれてい
る彼女を羨ましく思わずにはいられないのだ。
――私って、卑屈で嫌味で、最低の女だな……
 こんな自分が、別府君に釣り合うわけなんて無い。
 しかし、私がこんな事を考えているなんて知る由もない別府君は、優しくこう言ってくれた。
「確かにアイツとはギャーギャー言い合えるからそれはそれで楽しいけどさ。でも、委員
長は聞き上手で、俺の言う事をちゃんと聞いてくれるから、俺としては話しやすいし」
――私が?
 私は意外に思った。だって、私は、時折自分の考えの中に篭ってしまって、人の話をロ
クに聞いていないことがしょっちゅうあるというのに。
『そんな事……ないわよ』
 私は、それだけ口にした。しかし、別府君はあっさりと私の否定を跳ね返す。
「いいや。だって、こうして委員長と話してる俺が言うんだから、間違いないって。だか
ら気にする事ないよ」
 別府君の顔を見ると、彼は大真面目な顔つきで私を見つめていた。気恥ずかしくなって、
私はすぐに顔を逸らし俯いた。
『だっ……だったら、そう思っていれば。けど、私は、その……そんなの、信じないんだから……』
 そう言って、私は先に立って、店内を歩き出した。コートの左胸の所をギュッと掴む。
――私と……一緒の方が、いいって……
 胸が、キュッと苦しくなる。
――私は、聞き上手だから、話しやすいって……
 そんな事はない。そんな事はないのだけど……例え、お世辞だとしても、ご機嫌取りで
しか無かったとしても、それでも私は、別府君にそう言って貰えた事が、嬉しくて仕方なかった。
「ああ。委員長、こっちこっち」
 別府君に呼び止められ、私は背筋をピクン、と伸ばして振り返った。
「そっちはテレビゲームのコーナーだからさ。あんまり見てもしょうがないし」
 見ると、棚一面にテレビゲームのゲームソフトが並んでいる。
『そっか……』
 確か、テレビゲームは対象外だったっけ。それに、どのみち予算オーバーだろうし。私
は身を翻して、別府君の所に急ぎ足で戻った。
「だから、とりあえずはこっちだな」
 別府君が、ゲームコーナーの裏手の列を指す。私は頷いて、そっちへと向きを変えて歩き出す。
『そういえば、別府君ってテレビゲームとか、やらないの?』
 ふと、気になって私は聞いてみた。興味があるなら、プレゼントの対象外でも冷やかし
くらいしたくなるのではないだろうか?
「いや。やるけど。でもまあ、ゲーム漬けになるほどじゃねーな。山田はそういうの大好
きだけど」
『いいの? 見て行かなくても』
 だったら、と思って聞いてみたが、別府君は首を振った。
「別に、ゲームなんて店で選ぶもんじゃないし。買いたいソフトなんてのは大体、雑誌で
チェックしてるしな」
 そういえば、休み時間に、山田君とよく雑誌を見てたっけ、と私は学校での光景を思い
出した。
『でも、女の子だって、お買い物に行く前にいろいろ雑誌でチェックしてあれ欲しいコレ
欲しいってなるけど、結局お店行くとまた悩んじゃったりとか……そういう事とかは無いの?』
 正直、テレビゲームは良く分からないのでどちらかと言えば、買い物はその場でいろい
ろ見て選ぶ方の私からすれば、その感覚は良く分からなかった。私の質問に、別府君は
ちょっと渋い表情をする。
「ゲームはそういうことないな。ていうか、委員長の言うとおり、確かに女って買い物に
無駄に時間掛けるよな。あれがいいこれがいいってさあ。事前に欲しい物くらい大体頭に
入れとけっての」
 何で、別府君はこんなに嫌な表情をするんだろうかと私は疑問に思い――そして、すぐ
に答えが出た。
――そっか…… 友田さんの買い物に付き合わされてるから……
 納得して、私は頷いた。
『友田さん。あちこちお店見て回るの好きだもんね』
 私の言葉に、別府君が驚いたように私を見た。それから、ちょっと気まずそうに顔を逸らす。
「あー……その…… ゴメン」
 何故か、別府君の口から謝罪の言葉が出た。私は咄嗟に聞き返す。
『何で謝るの?』
「何でって…… いや、そっか。おかしいよな。ハハハ……ハ……」
 彼は無理に作り笑いを浮かべた。たどたどしい、ごまかすような笑い。だけど、何だか
それ以上は追求しちゃいけない気がして、私は黙った。
 そもそも、何で別府君が私に気を使う必要があるんだろう。友田さんと一緒に買い物に
行くくらい、彼にとっては普通の事なんだし。
 そこまで考えて、私はふと、背筋がゾクッとするような感覚に見舞われた。
――もしかして……バレてる!?
 あの、醜い嫉妬が。
 だとしたら、終わったも同然だ。きっと内心で別府君は不審に思っているに違いない。
それどころか、軽蔑されたり嫌われたりするかもしれない。ううん。きっとそうなる。
「で、委員長はゲームソフトとか、見たい?」
 別府君の言葉に、私はハッと我に返った。
『え? わ、私は別に、ゲームとかやらないし……』
「だよな。なら、次行こうぜ」
 別府君が先に立って歩き出す。私が感じたところ、別府君の声や表情には毛ほどの変化
も見られなかった。
――良かった…… 私の気にし過ぎで……
 私はちょっとホッとした。だけど、気をつけないと。正直、自分がこんなにも嫉妬深い
だなんて思いもしなかった。うん。友田さんの話題が出たからって、苛立ったりしないよ
うにしないと。別府君にとっては、友田さんと一緒にいるのは普通の事なんだし、何より、
自分には嫉妬する資格なんて有りはしないのだから……


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