・ツンデレとクリスマスプレゼント その7

 別府君が歩いていった先は、すぐ裏の男の子向けのおもちゃが並んでいるコーナーだった。
「うん。やっぱ最初はここに来ないと始まらないぜ」
 そう独り言を言って、陳列されているロボットのおもちゃをざっと眺め渡す。何か、妙
に表情が生き生きとしていて、目が輝いている。
『別府君って……こういうの、好きだったんだ』
 嬉しそうにパッケージを手に取って眺めている別府君を見て、私は呟いた。それが聞こ
えたのか、別府君がこっちを向いて言う。
「だってよー、こういうの、男のロマンだべ? へー。これの変形機構、よく再現されて
んなあ。欲しいなー。でも18,000円かぁ。高いなー」
 すぐにまたおもちゃに注意を戻してしまった。
「うはっ。デネブイマジンのこの造形はないだろ。子供のおもちゃかよ。つーか、にしたっ
てもう少しマシな再現しろよ」
 いや。子供のおもちゃだよね。これって。
「うーん。新作のガンダム、どうも線が細い気がするんだよな。出来はいいんだけど、イ
マイチデザインが好きになれねー」
『何か……別府君。子供みたい』
 夢中になっている別府君を眺めていて、私はつい、ボソッと言ってしまった。
「確かに、そうかも知れねーなー」
『え?』
 気を悪くするかとも思ったのだが、思いもかけず同意されて、私は聞き返した。
「けどさ。いくつになってもカッコいいもんはカッコいいじゃん。確かに子供っぽいかも
知れないけどさ。でも、大人になるってのがこういうのに興味持てなくなるって言う事だっ
たら、俺はいつまでも子供の心のままでいいな」
 おもちゃを見ながらそんな事を言う別府君の横顔に、思わずドキッとしてしまった。何
故だか、カッコいいなんて思ったりしてしまう。確かに、別府君の言うとおりかもしれな
い。大人になったからといって、無理して興味まで捨てることはない。それは私にラノベ
を捨てろと言っているようなものだ。
「でもさ。女の子だって、結構人形とか、いくつになっても好きな人っていない? バー
ビーとか、リカちゃんとかさ」
『そうでもないわよ。私も、そりゃ昔は持ってたけど……小学校卒業する時、近所の子に
全部あげちゃったし。回りもみんなおしゃれとかそっちの方に興味が移っちゃったから』
 自分の子供時代を思い出しながら、私は答えた。そういえば、私はそういうのを引きず
らなかったな。何か、いつしか遊ばなくなって、お母さんに言われてあっさり手放して、
それっきりだったり。
「そっか。ま、そういえばそうか。女の子の方が何だかんだで早熟だよな。何か、小4と
か小5くらいの時に、千佳あたりからも子供っぽいって言われた事あるし」
『ほら。やっぱり』
 別府君の口から、また友田さんの名前が出た。だけど、今度は普通に対応出来たと思う。多分。
「だって小学校だぜ。なのに向こうは何か知らんけど料理とかもう本格的に始めてさ。そ
ういや、あの頃はほとんど遊ばなかったよな。アイツとも」
 そんな時期もあったのかと、私はちょっと驚いた。だって、高校に入って、二人に出会っ
た頃は、いつもセットのように見えたから。
『いつ頃から、また遊ぶようになったの?』
 何となく、昔話をする雰囲気だったので、私はちょっと聞いてみた。今まで、二人の事
を詮索する機会なんて無かったから。
「中二の時くらいだな。また……一緒に行動するようになったのは。さすがに、ガキの頃
みたく……って訳じゃないけど」
 どうしてだろうか。別府君の言葉がちょっと湿りがちになった気がする。あまり話した
くないのだろうか。だとしたら、あまりこの話題を進めるのは良くないだろうと、私は話
題を変える事にした。
『そうなんだ。と、あの……話は変わるけど、一つ聞いていい?』
「ん? 何だよ」
『その……もしかして、プレゼント、そういうのにする……とか?』
 実は、微妙に引っ掛かっていた事である。こういう男の子専用のおもちゃとかも対象に
なるのかなと。山田君ならともかく、かなりの高確率で女の子のところに行くわけだし。
 しかし、別府君はちょっと口を尖らせて抗議してきた。
「あ、委員長。ズルイぞ。そうやってカマ掛けんの無しだからな」
 どうやら、私が探りを入れてると思ったらしい。私は慌てて否定する。
『そ、そんなつもりは無いわよ。ただ、その……女の子がそういうの貰っても困るだけだ
し、いいのかなって……』
 すると別府君は、何やら意地悪い笑顔を浮かべた。
「フッフッフ。覚悟しとけよ。俺と山田は他人がどう思うかなんて考えないからな。純粋
に欲しい物を追い求める。これだけだ」
 私は何かちょっと嫌な予感がした。
『あの、私その……嫌だからね。こんな、電車だかロボットだか良く分かんないおもちゃ
とか貰うの』
「だからそういう事を事前に言うのなしだって。ま、俺はいくら委員長だからって容赦し
ないけどな。当たったら、ちゃんと自分で持って帰るんだぜ。ちなみに去年はフミちゃん
が山田の当たって絶叫してたっけ。確か、何かの萌えアニメのヒロインのクッションカバー
とかだったかなあ。で、会場もフミちゃんちだったから、千佳がすぐさま部屋のクッショ
ンをそれに変えちゃってさ」
『うわぁ…… そ、それは嫌すぎる……』
 フミちゃんがさも嫌そうに山田君に文句を言っている姿が容易に想像できた。山田君を
何かと目の仇にするのも分かる気がする。
「でも、委員長はそっちの方は耐性強いだろ? 最近のラノベってそんなイラストばっかりだし」
『別にイラストで選んでるわけじゃないもの。それに、好きな小説がアニメ化されたとか
って良くあるけど、そっちの方は全然興味ないから、グッズとか、何があるのかも良く知
らないし』
「まあ、そうだろうなあ」
 別府君は私の言葉に納得して頷いた。それから、イタズラっぽくニヤリと笑って言った。
「けど、俺は妥協しないぜ。今年は誰に当たるか楽しみだなあ」
 正直、そんなに自信たっぷりに言わないで欲しい。でも、同時に、心のどこかでは、別
府君がくれたものだったら何でもいいや、とも思っていた。例え、ヒーロー物のおもちゃ
でも何でも。
「とにかく、もうちょっとだけ待っててくれるか? 委員長には退屈だろうけどさ。スマン」
 片手で拝むような動作をする別府君に、私は小さくため息をついた。
『別にいいわよ。謝らなくても。プレゼント探しに来てるんだし』
「そう言ってくれると助かる。サンキューな」
 私も、せっかくなのでいろいろと手に取って眺めてみる事にした。電車とか、携帯の形
したのとか、ベルトとか、銃とか、いろんな物がある。どれもこれも、私から見ると子供
騙しのようなものだ。
――男の子って……いくつになってもこういうのが好きなんだなあ……
 別府君の姿を見ると、呆れると言うより、何だか可愛らしくて微笑ましい。
 ふと、その時、すぐ間近で男の子同士の会話が耳に付いた。二人とも小学生くらいで、
顔かたちとか、服装も似通っていたからたぶん兄弟だろう。おもちゃを前に、熱心に話し
込んでいる。
――何か、別府君って、この男の子達とちっとも変わってないな。
 ふと、このまま別府君が大人になって、父親になったとしたらどうなるのだろう。ちゃ
んと子供を躾けられる親になるのだろうか。それとも、子供と一緒になって夢中になって
おもちゃを選んじゃったりするのだろうか。

 「ほらほら。見てみろよ。この○○。カッコいいよなぁ〜」
 「バッカ。パパ、何言ってんだよ。こっちの××の方がいいに決まってるだろ。そんな
 の全然カッコ良くねーよ」
 「だからお前は子供なんだよ。そんないかにも的なデザインじゃダメなんだって。ま、
 これの渋さが分かるのには、あと10年は掛かるけどな」
 「そんな事ないって。友達もみんなダサイって言ってるもん」
 「じゃあ今度その友達を連れて来い。パパがしっかり教育してやるからな」

 とか何とか、真面目になって子供といい争いしてて――

 『止めてよ。全く、いい年して子供と一緒になってムキになって言い争いして。聞いて
 るこっちの方が恥ずかしいわよ』
 「いいや、静。こういう事は、子供のうちからキチンと教育しておかないと、正しい感
 性というものが――」
 『何が正しい感性よ。そんなものどっちだって大した違いありません。むしろタカシさ
 んの方が子供みたいじゃない』

 こんな風に、うんざりした奥さんに文句言われてたりして、でも、別府君てば結構頑固
だから、言う事聞かなくて――

 「時にはこうやって子供の目線に立って対等に話しする事が重要なんじゃないか。そう
 は思わないか?」
 『そう言って、もっともらしい言い訳したってダメよ。タカシさんが一番夢中になって
 るクセに。あなたの方がよっぽど子供です』
 「あー。パパ、ママを怒らしたー」
 「全く。静はすぐに怒るんだから。人間、もっと寛容な心を持たないとダメだと思うん
 だけどな」
 『タカシさんが悪いんでしょう。すぐにそうやって屁理屈持ち出すんだから。いい? 大
 きくなってもパパみたいな大人になっちゃダメよ』

 とか、結婚してもそんな風に奥さんに言われちゃったりして――

 そこで、私はふと気付いた。別府君のお嫁さんになる人って、どんな人なんだろう? こ
んな風に怒りっぽい人なんだろうか? いやいや。きっと綺麗で優しくて――? いや、
違う。私はこんな人は想像していなかった。もう少し真面目で……怒りっぽくて……
そこまで考えて、私は、はたと気付いた。
――それって……私!?
 自分の考えに、自分で驚いてしまった。よくよく自分の妄想を考え直してみる。

「静はすぐに怒るんだから――」「静は――」「静――」

 自分の考えに、私は自分で赤面してしまった。
――わ、私ってば何てことを……い、いくら妄想とはいえ、別府君の奥さんになってるな
んて……そ、それも、静、なんて名前で呼ばせて……あああああ……
 私はバカらしい事に、一人でドギマギしてしまっていた。キュッと両腕で体を抱きかか
えて縮み込ませると、激しく頭を振った。
――ないないない!! そんな事、絶対にない!! 有り得ないもの!! 私が別府君の
お嫁さんになんて、そんな相応しくない事……
 だけど、考えれば考えるほど、否定すればするほど、さっきの妄想が逆に頭にこびり付
いて離れなくなってしまった。
――で、でも……頭の中だけだもの。ちょっとくらいなら、夢みたって……
 さっきの男の子たちが、おもちゃの前でなかなか離れようとせずに、母親に怒られてい
る。その姿が、私の未来にと重なる。だけど、男の子の兄弟じゃなくて、親子なんだけど。

 『で、もう欲しい物は決まったの? あまりグズグズしてると、置いて行くわよ』
 「えー。ママ、もうちょっと待ってよー」
 「静は昔からせっかちだからな。もう少しくらい見させてくれたっていいだろ?」
 『もう十分見たじゃない。――だって、退屈してるわよ。ほら』

 妄想は膨らむ。私の手には小さな手が握られている。うん。男の子だけじゃなくて女の
子もいた方がいいな。出来たらだけど。きっと、可愛らしい顔立ちで、長い髪をツーテー
ルに結わえてあげて、小さいくせに、お兄ちゃんより大人びた口調とかで。

 『ママ。バカなおとこたちはおいていって、あっちにいこ』

 とか言って、ぐいぐい私の手を引っ張ったりして。

――ああ……そんな未来だったら、幸せなのになぁ……有り得ないけど。だって、そもそ
も私と別府君が結婚なんて無理だし、ましてや、その……子作りなんて……
 そこに想いを馳せた途端、私は急にまた、恥ずかしくなった。
『そ、そんなこと……だってだって、私なんて体だって貧相だし、別府君を満足させるな
んて――』
「ん? 何が満足するだって?」
『いや、だってその、私なんて経験も知識もまるでないし……そりゃ、その頃になれば多
少は増えてると思うけどって――え?』
 わたわたと答えてから、私はようやく質問をしたのが、現実の声である事に気付いて、
顔をあげた。その途端、別府君の顔が視界に入る。
『んきゃあっ!?』
 思わず、変な悲鳴を上げて私は飛び退った。別府君は不思議そうな顔で私を見て言った。
「どうしたんだよ委員長。身悶えしながら、小声で何やらブツブツと呟いてるかと思った
ら、急に変な声上げて。何かあったのか?」
『べっ……べべべべべ、別府君のせいじゃない!! 急に声も掛けずに傍に寄るんだもの。
誰だって驚くわよ』
 私はキッと別府君を睨み付けて彼を非難した。一人で妄想している姿を別府君に見られ
てしまった。しかも、別府君の奥さんになっている妄想の時に。私はもう、恥ずかしくて
恥ずかしくて、このまま死んでしまいたかった。
「いや。何か、熱心に考え事してるみたいだから、邪魔しちゃ悪いかなって思ったんだけ
ど、何かブツブツ呟いてるし、一体何のことなんだろうって気になってさ」
『ひ、人の考え事にいちいち興味持たないでよ。プライバシーの侵害なんだからね』
 ホントにもう、お願いだからそこに突っ込まないで欲しいと私は心底から願った。心臓
に熱したナイフを突き刺してグリグリかき回しているような感覚を覚える。
 しかし、別府君は容赦なかった。
「でも、やっぱ気になるじゃん。せめて、口に出してたことだけでもさ。何を満足させる
って? 経験とか知識が無いって何のこと?」
 探られたくない妄想の中でも、特に一番突っ込まれたく無い所を突付かれて、私は心の
中で、うぐぅ、と苦悶の声を上げた。それはまあ、声に出して言ったりしてたから、気を
揉ませるような真似をしたのは私なのだが。
『もう、しつこい!! 聞かないでって言ってるでしょ? たかがとりとめのない考え事
の一つや二つ、詮索しないでよ。本当に』
 恥ずかしさや居たたまれなさを覆い隠そうとして、私はついついキツイ言葉を浴びせて
しまった。すると、別府君がちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「あー…… 気にしたならゴメン。てか、嫌だったら答える必要ないからさ。だからそん
なにムキになって断る必要とか無いからさ。うん」
 また別府君に気を使わせてしまった事に気付き、私の胸がちょっぴり痛む。
『聞かれたくも無い事をいちいち詮索されたら誰だって怒るわよ。大体、そもそもが別府
君のせいなんだし』
「俺のせい……って、何が?」
『だ、だって、別府君がこんなに夢中になって時間取らなきゃ、考え事に耽ってる時間な
んて無かったんだし……』
 そう言って、私は別府君を責めた。だけど、心の中では分かっていた。こんなのは責任
転嫁に過ぎない。何故なら、別府君がもう少し見て行きたいって言った時にそれを承諾し
ているんだから。なのに、後になってから、それを理由に別府君を非難するなんて、自分
は卑怯だとも思う。
 それなのに、別府君は申し訳なさそうに、素直に謝ってきた。
「いや。それはまあ、俺もちょっと時間取り過ぎたかな、とは思うよ。うん。それに関し
ては謝る。けど、だからそろそろ切り上げようと思って委員長に声掛けようと思ったんだけど……」
『だったら、すぐに声掛けてくれればいいじゃない。あんな風に傍で人の変なところを眺
めている事ないと思う』
「うん…… でも、何か邪魔しちゃいけないような気にもなったもんで、ちょっと躊躇っ
てたんだけど、何か小声で呟いてたから、それが気になってさ。うん。俺が悪かったよ」
 別府君はもう一度謝ると、俯いて後頭部を掻いた。そんな風に済まなさそうな態度をし
ないで欲しい。悪いのは、本当は私なんだから。
『分かった。もういいわよ。その……とにかく、もう気は済んだのよね』
 そう聞くと、別府君は気を取り直したように軽く笑顔を見せた。
「ああ。おかげさまで十分チェック出来たぜ。まあ、まだどうするか分かんないけど、幾
つかリストアップもしたしな」
 イタズラっぽいその答え方に、私はちょっと嫌な予感を覚えた。
『お願いだから、変なのは止めてよね』
 別府君からのプレゼントなら、何だって大切にはするけど、出来る事ならせめて部屋に
ちゃんと飾って置けるものの方がいいと思って私は釘を刺した。しかし、別府君は胸を張っ
て私の意見を一蹴した。
「こればっかりは委員長のお願いだってダメだぜ。毎年、貰った奴の反応が楽しみでしょ
うがないんだからな」
 私は小さくため息をついた。
『ハァ……何か、心配だなあ……』
 別府君はクスッと小さく笑う。さっきの済まなさそうな様子はもう微塵も無かった。そ
うやってすぐに気分を切り替えられるのも、彼のスゴイ所だと私は思う。
「ま、せいぜい俺のプレゼントが当たらないように祈っておいた方がいいぜ。じゃあ、そ
ろそろ行くか」
『う……うん……』
 先に立って歩き出した別府君に付いて歩きながら、私はそれだけは無理だなと思った。
だって、やっぱり、たとえどんな変なおもちゃでも、私にとっては別府君がくれた、とい
うそれだけで、十分に価値のあるものになるのだから。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system