・ツンデレとクリスマスプレゼント その8

 それにしても、ここは本当にいろんなおもちゃがある。別府君について見て回りながら、
私は感心する思いだった。まだ見始めたばかりで、さっきまでいた昔ながらの特撮ヒーロー
やロボット物アニメのプラモデルやフィギュア。怪獣。車やバイク、船や飛行機と言った
乗り物のラジコンなどなど、挙げてもキリがないくらい。
 ふと、その時、そういった男子用のおもちゃの中に、毛色の違った一角があった。
――あれ?
 可愛らしい女の子のフィギュアの数々。高校の制服を着たものから、戦闘服のような格
好をしたもの、幼女っぽいのから大人びた感じの女の子達は、いずれも可愛らしさやお色
気が強調されたデザインをしていた。
――へえ。こんなのもあるんだ。
 その中の一つ。制服を着たボブカットの少女の人形を、私は取り上げた。私が読んでい
るライトノベルのヒロインの女の子だったからである。
「委員長、どうしたの?」
 私が付いて来ていないことに気付いて、別府君が振り返って声を掛けてきた。私は慌て
て商品を棚に戻す。
『え? う、ううん。何でもない。今行くから』
 別段、こういったジャンルそのものに興味は無いので、私は慌ててこの場から立ち去ろ
うとした。が、別府君の方が戻って来てしまうと、棚に飾られたフィギュア群を見て言う。
「委員長、やっぱりこういうの、興味あるのか?」
『な、無いわよ。たまたま、その……ちょっと、私が読んでる小説のヒロインがいたから、
見てただけだもの。それと、やっぱりってどういう意味よ?』
 私ってば、図書室でラノベばっか読んでるから、誤解されているのだろうか? 違うの
に、と私は不満に思った。種類が多すぎるのと、当たり外れが多いから、よっぽど気に入っ
たシリーズ以外は買わなくて済むように、図書室を利用しているだけなのに。
「ごめん。言葉のアヤだから、忘れてくれ」
 別府君はあっさりと前言を撤回した。けど、やっぱり心のどこかではそう思っているか
らこそ、出るんだろうな、と私はショックだった。うぅ……
「あ、これかこれか」
 私が手に取った制服の女の子を目ざとく見つけると、別府君は手に取った。
「委員長、この女の子の小説好きだもんな」
『べ、別にそんな、言うほど好きじゃないわよ』
 私はそう言って否定したが、嘘ではある。何故なら、その小説は、最初こそ図書室を利
用していたが、今では全巻、私の部屋の本棚に収まっているから。
「それにしても、よく出来てるよな。こういうのも」
 別府君がフィギュアの入った箱を眺めながら呟いた。
「見ろよ。これなんてキチンと服の皺まで再現してるし」
 別府君に手渡されて、私は箱の中の人形を見た。確かに、現実というよりは、二次元の
世界を忠実に再現しているような気がする。しかし、アニメの女の子一人をよくここまで
掘り下げて作り上げているかと思うと、感心するより呆れる思いがする。
 ふと、気になって金額を見てみた。
『これって……六千円もするんだ。高っ!!』
 思わず声に出して言ってしまった。
「まあ、それくらいするよな。ここには無いけど、もっと高いのもあるし」
『そ、そうなんだ……』
 もっと高いのっていくら位なんだろう。一万円とかするのだろうか。私はあらためて、
女の子のフィギュアを眺めてみる。これ一つで、六千円かぁ……
『正直、もっと有意義な使い方があるような気がするけどな……』
 ボソリ、と言うと、別府君がそれに反論して来た。
「そりゃ、委員長にとってみればそうだろうけど、こういうのがメチャクチャ好きな奴か
らすれば、それだけの価値があるんだろ? 人それぞれだよ」
『た、確かにそれはそうだけど……でも、六千円だもん。CDより高いのよ。こっちの方な
らまだ分からなくもないと思うけど』
 私は別のフィギュアを指して言った。確かゲームか何かのヒロインだったと思う。これ
の方が動くみたいだし、金額も半額以下だし、絶対お得のような気がする。
「まあ、ファンは両方買うんじゃね? こういう萌えキャラなんてのは思い入れがあって
何ぼだと思うし。つーか、コレのシリーズならメカ物の方が多いけど、そっちなら俺も二
つ三つは持ってるしな」
 うーん。そういうものなのかぁ、と私は首を捻った。確かに、別府君もさっきは夢中に
なって見ていたけど、でもあっちの棚はそんな高額な物は無かったような気がする。私が
見落としていただけかもしれないけど。
「それにさ。委員長だって、例えば可愛らしい動物のぬいぐるみとかだったら、思わず欲
しくなっちゃったりしない?」
 私は思わずギクッとなったが、慌てて首を振った。
『な、ならないわよ。確かにうちにだってぬいぐるみくらいあるけど、でも、そんな夢中
になったりはしないもの』
 そうは言えど、私は実は、ぬいぐるみは結構好きだったりする。けれど、さっき別府君
のコトを子供っぽいと言ってしまった手前もあり、何となく知られたくは無かった。
「そうかあ? 夢中になれるものってあった方がいい気がするけどなあ。これになら金を
惜しまないってものをさ。まあ、あんま浪費すんのはあれだけど、委員長はちょっと物事
をクールに見すぎな感じがするんだけどな」
『そ、そんな事ないわよ。別にちゃんと好きな物だってあるし。お金掛けるだけが趣味じゃ
ないもの』
 私は、懸命になって別府君の言葉を否定した。物事に冷めすぎた女だなんて、いいイメー
ジだとは思えない。別府君が私の事をそんな風に思っているなら、それはちょっとショッ
クかもしれない。
 私の言葉に、別府君は素直に納得してくれた。
「悪い。言われてみると確かにそうかも。てか、俺の方で人の価値観なんてそれぞれだな
んて言っておいておきながら、全く逆の事言ってるよな」
 別府君は、そう言って軽く笑顔を見せたが、何だか本当に申し訳なさそうなのが見え隠
れして、私の方が、よりいっそう申し訳なくなってしまった。
『別にいいわよ。いちいちそんな事気にしなくても』
 別府君をフォローするつもりで言ったのだが、思ったよりも冷たい言い方になってしまっ
た。これじゃあむしろ、気に入らないけどもういい、みたいな印象を持たれても仕方が無い。
 別府君は、まだ済まなさそうな感じで、頭を掻いた。
「うん。わかったよ。ゴメン」
 それから、フィギュアの一つを取って眺めながら言った。
「まあ、ああは言ったけど、確かに俺も、こんなのにバイト代注ぎ込むとか有り得ないけどな」
 どうして、そんな風に私に同調してくれようとするのだろうか? 間違った態度を取っ
ているのは、私の方なのに。
『別府君は、そういうのは好きじゃないの?』
 とにかく、少しでも話題を逸らそう。そう思って私は聞いてみた。もっとも、別府君の
ことなら何でも知りたいから、どうでもいい話題という訳ではないけれど。
 私の問いに、別府君はうーん、と首を捻る。
「まあ……アニメとかは結構見るし、二次元の女の子も嫌いじゃないけど、こういうのは
なあ……集めるほどじゃ……」
 嫌いじゃあないのか。もっとも、女の子中心のアニメとかまでは見ないんだろうな。こ
の分だと。別に、そういうのが好きであっても構わないけど、でも何故か、私はホッとしていた。
 手に持っていたフィギュアを棚に戻した別府君が、ふと、隣りのフィギュアに目をやった。
「あれ……?」
 そう呟くと、手に取って持ち上げる。
『そのフィギュアが……どうかしたの?』
 別府君は、ジロジロとそれを眺めながら呟いた。
「いや。何かさ、この子、委員長に似てないかなって……」
『え?』
 私は思わず聞き返した。
「ほら、見てみ。どことなくだけどさ」
 別府君が私にフィギュアを手渡して来た。私はそれを眺めてみる。黒く長い髪と眼鏡。
後は委員長という設定。共通点はそれだけのように思える。
『全然……似てないわよ。アニメ補正が入ってるにしても、私はこんなに可愛くないし胸
も無いし。地味そうなところだけじゃない』
 私はそう言ってばっさり切り捨てたが、別府君は首を捻った。
「そうかあ? 俺は似てると思うけどなあ。どこがどうって言うより、全体的な雰囲気が
さ。地味可愛いって感じで」
『なっ!?』
 ポフッと顔が茹で上がるのが自分でも分かった。別府君に可愛いなんて言われるなんて。
地味可愛いって褒められてるのかどうかは微妙だが、でも、悪い意味ではないだろう。地
味に見えるけど、よくよく見れば可愛い子だったり、とか……?
『無いっ!! 無いわよそんな事。絶対あり得ないから。別府君の感性がおかしいのよ。
そうに決まってるわ』
 恥ずかしさのあまり、私は必要以上にムキになって否定した。しかし、別府君もこれは
何故か譲れないらしく、納得はしてくれなかった。
「ちょっと写メ撮ってみようぜ。他の連中に聞けば、似てるかどうかはっきりするしさ。
委員長、ちょっとそれこっちに向けて」
『や、やめてよ。そういうの……』
 私は別府君の言葉に逆らい、物を隠そうとした。しかし、別府君は意地悪にも、こんな
事を言った。
「あれ? もしかして委員長、自分の言葉に自信ないとか?」
 私はギクッとなった。
『べ、別に自信が無いわけじゃないわよ。た、ただそんな、くだらない事に付き合いたく
ないだけで』
「俺にとってはもう、くだらない事じゃないぜ。感性がおかしいって言われりゃあ、ちょっ
と納得出来ないし。ま、委員長が隠したって、こっちにもあるから別にいいんだけど」
 そう言って、別府君は棚の方にある、同じ商品に携帯のレンズを向けようとした。
『ちょ、ちょっと待ってよ』
 私は別府君と商品の間に割り込んだ。しかし、その瞬間、私の方に隙が出来た。別府君
は素早く、私の持っているフィギュアに携帯を近づけ、シャッターを押した。
『あーっ!!』
 慌てふためく私を尻目に、別府君はカメラ画像を確認する。
「おー。ちょっとブレてっけど、思ったより良く撮れてるや。うん」
『酷い。そんなの。ちょっと貸してよ。すぐ消すから』
 私は別府君から携帯を取り上げようとしたが、別府君はひらりと身をかわして逃げた。
「ダメダメ。大事な証拠画像だし。それより委員長。そのまま動かないで」
『え?』
 動かないで、と言われて私は反射的に体の動きを止めた。その瞬間、別府君が私の顔に
向けて、携帯を構え、パッとフラッシュが炊かれた。
『きゃっ!? な……何するのよ!!』
 それが自分の顔を撮影したものだと知って、私は別府君に抗議した。しかし、別府君は
平気な顔で携帯をいじっている。
「いや。参考画像として、本物があった方がいいかなって思ってさ。ちょっと待って。今
みんなに送るから」
『やーっ!! 止めてよ!!』
 そんな事されたらたまらない。私は必死になって別府君の携帯操作を邪魔しようとした
が、別府君は一度腕を上に伸ばして私の手を回避すると、クルリと私に背を向けて妨害出
来なくしてしまった。
「ちょいちょいちょいっ、と…… よし。これで完了っ!!」
『酷いっ!! 止めてって言ったのに……』
 私は思いっきり別府君を睨みつけて文句を言ったが、別府君は今度ばかりはむしろ面白
がった顔をしていた。
「いや。だってさあ。この子が委員長に似てるかどうか、やっぱみんなにジャッジして貰
わなきゃわかんないじゃん。これで、まあ山田はともかく千佳やフミちゃんが似てないっ
て言ったら、俺も納得するし」
『そんなの、いちいちメールで送って聞くことじゃないのに……』
 別府君の言葉にも理があるのは心のどこかで分かっていたが、それでも私はまだ不満だっ
た。大体、みんな私の顔くらい知ってるのに、私の写真まで撮ることは無いのに。
「ま、もう送っちまったしな。あとは、みんなの感想がどうか、楽しみに待ってようぜ」
 いけしゃあしゃあと別府君はそんな事を言った。あの写真を見たみんながどんな反応を
するのだろうか? 考えるだけでも恥ずかしい。
 その時、私ははたと気付いた。
――私……どんな顔してたんだろ?
 しまった。別府君にメールさせるにしても、せめて顔写真くらい確認させるべきだった。
そもそもメールを妨害する事に夢中になっていたから、そんな事すっかり頭の中になかった。
『別府君!!』
「な、何だよ?」
 勢い込んで詰め寄った私に、別府君は戸惑いがちに聞き返した。
『私の写真、どんな風に撮ったの? 見せてよ』
「え? ああ。別にいいけど」
 別府君は携帯を開くと、画像を開いて私に示してくれた。
――や、やだ……ホントに私だ……
 別府君の携帯の中に、私の写真が収まっている。その事自体が信じられなくて、私はも
のすごく興奮して、胸がドキドキしてしまった。
――これって、要するに……私が、いつでも、その……別府君と一緒にいる事に……
 何か、そんな風に考えると、もう、何ていうかこう、全身がむず痒くなるような気分に
なってしまった。もう、本当に、ゾクゾクして、おかしくなりそう。
「どう? 速攻で撮ったにしては、結構可愛く撮れたろ?」
 何故だか、別府君はちょっと得意げにそんなことを言った。私は慌てふためいてそれを
力いっぱい否定する。
『そんな事ないわよ!! 可愛いとかないってば!! だ、だって私、何かポカンとした
顔してて、すっごい変な顔してるもん』
「そうかあ? ちょっと貸してみ?」
 私から携帯を取り戻すと、別府君は、私の画像をまじまじと見つめた。
――そ、そんな風に見つめないでよ……何か、すっごい変な気分になる……
 写真を見つめられると言うのも、それはそれでスゴイ恥ずかしかった。ブルッと身体の
心から震えが起こる。
「いや。どう見ても可愛いって。常識で考えても」
『だからそんな事ないってば!! お世辞で言ってるだけでしょ? そうでなければ、別
府君の目がおかしいのよ。そうに決まってる』
 正直な話、せっかく別府君が褒めてくれているのに何をそんなに否定したがっているの
か自分でも良く分からないが、とにかく私は、ムキになって必死に否定した。しかし、別
府君もそうやすやすとは引き下がらない。
「別にお世辞なんかじゃないってば。ま、俺の美的センスがおかしいって言うのはどうか
分かんないけど、俺の視点じゃあ、マジで可愛いぜ。ホントに。このまま待ち受けに指定
しようかと思ってるしさ」
『やめて!! それだけはやめて。お願いだから絶対にやめて!!』
 既に、別府君の携帯に画像として収まっているだけでも恥ずかしくて仕方が無いのに、待ち受けになどされたら死んでしまう。
「えーっ。まあ、委員長がどうしてもイヤだって言うなら、待ち受けは止めとくけどさ」
 何だか、がっかりした感じで別府君が言った。何でそんな、私の画像なんて待ち受けに
したがるんだろう。全然可愛くなくて、華なんて一つも無いのに。
 その時、私は一つの結論に達した。
――そうだ。きっと別府君は私をからかって、面白がっているんだ。残念そうな声も縁起
に違いない。私があんなふうに慌てふためいて必死になって嫌がっているから……きっと
そうだ。だって、私の画像を待ち受けにしたがるなんて有り得ないもの。画像だって、ネ
タで撮っただけだから、家に帰れば削除してしまうに違いない。
 とにかく、ムキになるのはよそう。努めて冷静になれば、別府君もつまらなくなるだろ
うから、これ以上変なことは言わないだろう。
『とにかく、それだけはやめてよね。メールとかは、もう送っちゃったものはしょうがな
いけど。もし、本当にやったら、もう別府君とは口利かないから』
 ちょっと厳しい言い方だったと、言ったそばから私は後悔した。別府君が見る間に落胆
したような顔になる。
「分かったから、そんなに怒らないでくれよ。ゴメン」
『別に、まだ怒ってないわよ。本当にやられた訳じゃないから。それより、もう行かない?
まだ見るものはたくさんあるし』
 そう言って私はフィギュアを棚に戻した。
「あ、ああ。そうだな……うん」
 戸惑いがちに別府君は頷いた。私は、その答えを聞くと、先に立ってその場から離れた
のだった。


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