・ツンデレとクリスマスプレゼント その9

 得てして、後悔とはその字のごとく、時間が経ってから押し寄せてきた。気を取り直そ
うと、いろいろとおもちゃ売り場を回りながら話しかけてくる別府君の言葉に頷きながら
も、私はさっきのやり取りがだんだんと失敗では無かったのかと思い始めてきていた。
――別府君……本当は、どんなつもりであんな事言ったんだろう。私の写真を待ち受けに
したいなんて…… まあ、さっき思ったとおり、冗談なんだろうけど、でも……でも、
万が一、別府君が、本気であんな事を言ったんだとしたら。そして、もし、私があそこで、
あんな風に強く拒否しなかったら……本当に、私の写真を待ち受けにしちゃったとしたら……
 その万が一の可能性を、私は自分で潰してしまった訳で。万が一、本気だったら、きっ
と別府君は私の態度を良くは思わなかっただろう。
――でも、そんな……待ち受けに女の子の画像なんて、普通、好きなアイドルや女優だっ
たり、お嫁さんだったり、或いは恋人――だったり…… 恋人……好きな人……別府君が
私の事を……
 それが有り得ないから、私は別府君の言葉が冗談だと思ったのだが、でも、何もあそこ
まで言って潰さなくても良かったんじゃないだろうか。もう少し断るにしても言い方って
ものがあっただろうし。
「委員長。委員長」
 私の思考を破って、別府君の呼ぶ声がする。いつもより、ちょっと甲高い変な声色を使
っている。疑問に思いつつ、私は後ろを振り向いた。すると、目の前にヌッと可愛らしい
カエルのぬいぐるみが突き出てきた。
『きゃっ!?』
 驚いて、思わず小さく悲鳴を上げた。しかし、カエルのぬいぐるみは、構わずに口をパ
クパクさせてしゃべり続けた。
『委員長、初めまして。僕はケロ吉だよ』
 よくよく見ると、それはぬいぐるみではなく、パペットだった。しゃがみ込んだ別府君
が腕を伸ばし、カエルの口をパクパクと動かしながら声色を使ってしゃべっていたのだ。
その様子に、私は何だかおかしくなってしまった。
『全くもう……何やってるの?』
 別府君はスクッと立ち上がった。
「ああ。これ、あそこにたくさんあったんだけどさ。なかなか面白そうだなって思って」
 そう言って、パペットの口をパクパクとさせた。
『ダメよ。商品なんでしょ? そんな風にして遊んだりしたら怒られるんじゃない?』
 真面目な性格が災いして、つい私は別府君に注意してしまった。しかし別府君は平気そ
うである。
「別に、ちょっと試してみるくらいいいじゃん。それよかさ。委員長も、ほら」
 別府君は、もう一つ、うさぎのパペットを手に取ると、それを私に差し出した。
『私も……着けるの?』
 指で自分を指すと、別府君は頷いた。
「試しにちょっと着けてみ? 意外と着け心地もいいぜ」
 勧められるがままに、私はうさぎのパペットを受け取り、手に嵌めてみた。試しに、別
府君のように口をパクパクとさせてみる。
『へえ…… 何か、可愛い……』
 自分で動かすうさぎの姿に、私はついつい見入ってしまった。
「うさ子さんうさ子さん」
 別府君が急に、また変な甲高い声で話し掛けてきたので、私は顔を上げた。すると別府
君は、パペットのカエルを操って、手を振っている。
「やあ。こんにちは、うさ子さん」
 カエルのパペットは、どうやら私のうさぎのパペットに話しかけているようだ。
『え? 私もやるの?』
 思わず問い質すと、別府君は無言でニカッと笑った。うーん…… これは、やるしかな
いのだろうか?
『こ、こんにちは。えっと……ケロ吉君』
 ペコリとお辞儀をして挨拶を返す。私は声色なんて出来ないから、声はまんま自分の声だ。
「うさ子さん。今日は何だか、一段と可愛らしいですね」
『っと……そんな事ないわよ。私はいつもと変わらないもの。べっぷ……ケロ吉君も、お
世辞が上手いわね』
 思わず別府君と言いそうになって、私は慌てて言い換えた。パペットを使ったお遊びの
会話なのに、何だかちょっとドキドキしてしまう自分がバカらしく思える。
「いえいえ。多分、天気が良いせいですよ。それで、うさ子さんが余計に輝いて見えると
思うんだけどなあ」
『ホント、ケロ吉君って口だけよね。他の女の子にも、同じような事を言ってるんでしょう?』
「いやいや。そんな事ないよ。僕は正直者だからね。うさ子さんにしか言わないよ」
『ウソばっかり。調子いい事言って。信じられない』
 思わず、むっつりした口調で言ってしまう。いけないいけない。これは単なるお遊びの
会話なのに。
「うーん。褒めたつもりなんだけどなあ…… それよりうさ子さん。せっかく天気もいい
し、どこか一緒に遊びに行きませんか?」
『え? わ、私と……?』
 お芝居だと分かっているのに、ちょっとドキドキしてしまう。
「そうですよー。他に誰がいるんですか。実は、美味しいケーキ屋さんがありましてねー。
一度、是非うさ子さんを連れて行きたいと思っていたんですけど、どうですかー?」
 別府君の演技が、何だかとても上手で真に迫っている感じがして、私は思わずおかしく
なった。
『んー……どうしようかなー。ケーキは好きだけど、太っちゃうし……』
 うさ子ちゃん(仮名)の首を傾げさせて迷ってるフリをさせる。と、ケロ吉くん(仮名)
が、必死さを感じさせるように、うさ子ちゃんに迫ってくる。
「大丈夫だよ。プチケーキも種類が豊富だし、食べ過ぎさえしなければ」
『うーん…… じゃあ、ちょっとだけなら……』
 コックリと頷かせると、ケロ吉君は大げさに喜ぶ仕草を見せた。
「やった!! やりましたよ。別府君。ついにうさ子さんをデートに誘う事に成功しましたよ」
「ハハハ。良かったなあ、ケロ吉」
 別府君は一人芝居をして、ケロ吉をなでなでしている。そこに、私の操るうさ子さんが
慌てて割って入った。
『ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!! ケーキ食べに行くっていうだけで、誰もデート
だなんて思ってないんだからね!!』
 すると、別府君とケロ吉が、両方、私の方を見た。それから、別府君がクスッと軽く笑った。
「何か……委員長、めちゃくちゃ必死だな。我が事のようにって感じで」
 私はパッと顔が熱くなるのを感じた。別府君の声でデートって言われた事に過剰反応し
てあんな事を言ってしまったのは否定し得ない事実だったからだ。しかし、私はそれを必
死でごまかそうとした。
『そっ……そんな事無いわよ。いいい、今のはその、うさ子ちゃんの言葉だもの。ねえ?』
『そうよ。ケロ吉君とデートだなんて……そんなの、有り得ないもの』
 別府君を真似て、パペットと私で一人芝居をやって見せる。しかし、別府君にはイマイ
チ通じないようだった。
「そうか? ケロ吉。お前はどう思う?」
「うーん。僕には、委員長さんが必死なように見えましたけどねぇ? それよりも、うさ
子さんからデートを否定された方が悲しいですけど……ううう……」
 ガックリとうな垂れるケロ吉君。別府君は演技上手いなあと思う。私は声色もほとんど
使えないし、自分と人形の演技の区別も出来ないような大根役者だけど。
『そんな事無いもん。だって、私がデートに誘われた訳じゃないんだから、必死になる必
要がないし』
「分かった分かった。そう拗ねないでくれよ」
 機嫌の悪そうな私を窘める様に言いつつ、別府君はズボッとケロ吉を手から引き抜いた。
途端に、ケロ吉は元のカエルのパペットに戻る。
『拗ねてなんてないわよ。ホントの事言ってるだけだもの』
 文句を言いながら、私もうさぎのパペットを手から抜いた。すると、別府君がサッと私
の方に手を出した。自然に私がパペットを渡すと、別府君は、棚に二つ並べて吊り下げた。
「こうしておけば、ケロ吉も満足だろうな」
『うさ子ちゃんはきっと不満だと思うわよ』
 別府君の言葉に切り返すと、彼は軽く笑った。
「きっと文句は言うだろうな。それにしても、ちょっと驚いたよ」
『何が?』
「委員長が、俺の小芝居に付き合ってくれたこと」
 あらためてそう言われて、私は急に恥ずかしくなって、顔を俯かせた。
『あ、あれはその……だって、別府君が私に話しを振ったりするからでしょ。別に私は、
そんな事する気もなかったし……』
「うん。だけど、普通にスルーされるかと思ったからさ。だけど、しっかり演技してたじゃ
ん。何気に、委員長って結構ノリはいいとか?」
『そ、そんな事ないってば!! あんなの、一応演技っぽくしては見たけど、ほとんど地
の言葉と変わってないし…… た、ただその……何となく、付き合ってあげなくちゃいけ
ないのかなって思ったから……』
 一生懸命私は否定した。自分でも、何でそんなに必死にならなくちゃ分からないけど。
「ありがとな」
 思いもかけずにお礼を言われて、私は驚いて顔を上げた。別府君の優しそうな顔が、目
の前にあった。
「何か、その……おかげで、思いの他、楽しかったから……俺も、ついノリノリで遊べた
し。うん」
『そ、そんな事でお礼なんて……言わないでよ』
 何だかとても気恥ずかしくて、私は別府君のお礼を退けた。でも、内心では何か、とて
も嬉しくて、心がムズムズするような、変な感じだった。
――別府君……楽しんでくれたんだ……あんなやり取りでも……
 何かもう、それだけで私の気分は満ち足りた思いになってしまった。
「委員長は、どうだった?」
『え?』
 いきなり質問されて、私はドキッとして聞き返した。
「いや、その……少しは、楽しめたのかなって思って」
 躊躇いがちに、ちょっと照れ臭そうに別府君が聞いてくる。
 もちろん、楽しかった。あんな風に、別府君と二人で遊べるなんて、それだけでも満ち
足りた気分で、ましてや別府君が楽しかったって言ってくれたんだから、今の気持ちはハッ
ピーそのものである。
 それなのに、私の心は、素直に楽しかったっていう返事を出すのを拒否してしまった。
『私は……別に……』
 否定するような言葉が口からついて出そうになり、私はグッと堪えた。せっかく別府君
が喜んでいるのに、わざわざ水を差す言葉を言おうとするなんて、私はバカだ。
――ダメ。これくらいは、ちゃんと言わないと。素直に……楽しかったって。
 心の中でそう念じてみても、なかなか言葉になってくれない自分が情けない。小さく、
二度ほど深呼吸をしてから、やっと私は弱々しく言葉を発した。
『えと……その、ちょっとは…… ケロ吉君も、可愛かったし……』
 一生懸命頑張って、やっとこれだけの事しか言えないなんて我ながら情けない。にもか
かわらず、別府君は笑顔を見せて言った。
「そっか。良かった。勝手に振っておいてなんだけど、迷惑なだけだったらさすがに俺も
気が咎めるしな」
 彼の言葉に、私は救われた思いでホッと肩の力を抜く。たったこれだけの言葉でも、笑
顔を見せてくれるのに、普段の私は何をやっているのだろう。
『大丈夫よ。いちいち心配しなくたって、本当に迷惑だったら、その……はっきりと断るから』
「そうか? 委員長ってさ。何か嫌な事あっても、結構我慢しちゃうタイプに思えたから……」
 別府君の言う事は間違ってはいない。その代わり、逆に嬉しかった事や楽しかった事も、
素直にそうとは言えないけど。
『そ、そんな事ないわよ。別府君には……ちゃんと、言ってるし……』
 心の中とは裏腹に、そう反論すると、別府君はあごに指を付いて考え込んだ。
「うーん……確かに。俺、普段から委員長を怒らせてばっかりだしなぁ……」
 ゴメンなさい、と心の中で呟く。からかわれてムキになったことはあっても、本心から
怒ってる事なんて一度も無いのに、別府君には散々嫌な思いさせてきたんだな、と今更な
がらに呆れてしまう。
 なのに、言葉は全く逆の事を言ってしまう。
『そ、そうよ。だから、その……私は、全然、我慢とかしてないから……』
「そっか。それならいいんだけど――そうだ!」
 別府君は何かを思いついたのか、一言叫ぶと、さっきのパペットの棚に戻った。
「いっそさ。俺たちでこれ買わないか? で、パーティーの時に余興として人形劇みたく
やったら、きっと受けるぜ。うん」
 急な提案に、私はドキッとしてしまった。咄嗟に心の中で妄想が広がる。
――別府君と二人で、人形劇……パーティーで……みんなの前で……あれを……
 そのことを考えただけでも、私は物凄く恥ずかしくなってしまった。
『ちょ……ちょっと!! 冗談じゃないわよそんな事……むむむ、無理!! 絶対無理だ
から!! ていうか、さっきだってその……迷惑とまでは言わないけど、ちょっとは驚い
たんだからね!! だからその……ちょ、調子に乗らないでよ……』
 真っ赤になって必死に拒否すると、別府君はおっきな声で笑った。
「あっははは!! 冗談。冗談だってば。俺だって委員長がホントにやるとか思ってない
し。ただ、どんな反応するかちょっと見たくてさ。うん。思い通りで良かったよホント」
 からかわれただけだと知り、私は二重に恥ずかしさが増してしまった。
『あぅ…… も、もう……最低!!』
 思わず、別府君に向けて罵声を浴びせたが、彼は全く気にした様子も無く、ますます笑っ
ただけだった。


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