・ツンデレとクリスマスプレゼントを買いに行く事になったら 〜序〜

『クリスマスパーティー?』
 お昼休み。弁当を食べ終わった後、クラスメイトのフミちゃんが、いきなりそんな話を
し出した。
『そう。毎年イヴの日にね。いつもの面子でやるんだけど。今年は委員長もどうかなー、
なんて』
 フミちゃんが、笑顔でそう言った。しかし、その笑顔の裏には、どこと無く探るような
表情が伺える。
『う、うーん……』
 私は考え込んでしまった。私は、クリスマスと言えば、最近はすっかり母と二人で過ご
すのが慣例となっていて、パーティーなんてものはお誘い自体、小学生の頃以来のご無沙
汰となっている。
――パーティーかあ……
 いつもの面子、といえば、当然、別府君もその中に含まれているということだ。
――別府君と……クリスマスパーティー……
 何だかちょっとドキドキする。いつになくおめかしした私に、別府君が微笑み掛けてく
れて――

「委員長。今日のその服、すごく似合ってるね」
『そ、そんな事ないもん。私なんて地味だし……』
「そんなことないって。可愛いよ。ホントに」

 とか言ってくれて……

「そうだ。これは、俺から委員長に」
 『え……何、これ……?』
 「何って、クリスマスプレゼントだよ」
 『私に……?』
 「ああ。開けてごらんよ」
 『指輪……? ダ、ダメよこんなの!! 高そうだし……』
 「いいんだよ。ていうか、実はさ……俺、委員長の事、好き……だから…… もし、イ
エスなら、受け取って……くれるか?」

 なんてことになったりとか……しないか……
『委員長、委員長』
 フミちゃんの言葉に、私はハッと我に返った。
『え? な……何?』
 いけないいけない。すっかり自分の妄想世界に耽ってしまった。私は、ごまかしの笑顔
を浮かべながら返事をする。がフミちゃんには全く通じなかった。
『何ボーッと考え事してんの? あ、分かったあ。別府君もパーティー来るもんだから、
その事考えてたんでしょ。へへー』
 何故だか嬉しそうな笑顔で、フミちゃんは人の事を突いて来た。というか、何でそんな
に的確に見抜くのだ。とにかく、私は慌ててそれを否定する。
『違うわよ。何でそこで別府君が出て来なくちゃならないのよ』
『またまたー。隠してたって顔に出てるぞ』
『嘘よ。そんなコトないもの』
 ここでフミちゃんのペースに乗せられたら、相手の思うツボだ。私は出来る限り冷静に
答えた。
『ごまかしたって無駄無駄。そっかぁ。そんなに別府君のコト想ってるんなら、当然参加
よねー』
『ちょっ、ちょっと待ってよ。勝手にそんなコト決められても困るわよ』
 私は慌てて先走るフミちゃんを諌めた。するとフミちゃんは、キョトンとした顔をして
聞いてきた。
『え、何? もしかして来れないとか?』
 その質問に私は、うんともすんとも言わず、黙って考え込んだ。
 パーティーには行きたい。何故なら、クリスマスを別府君と過ごす最初で最後の機会と
なるかも知れないから。だけど、同時にこうも思った。私何かがパーティーに行ってどう
なるのだろう。さっきの妄想のようなコトなんて起こり得ないのは分かっている。あんな
コトを本気で信じる程私は脳天気ではない。ただ、別府君と一緒にいられる機会は多いだ
ろう。それは何も自惚れての事じゃない。別府君は優しいから、きっと、初参加の私にい
ろいろと気を使ってくれるとかそういう事だ。それに、何故か友田さんが私達二人をカッ
プリングにしたがっているようだし。
 そこまで考えて、私は心を決めた。
――せっかく誘ってくれたフミちゃんには悪いけど……断ろう。だって、私のせいで、別
府君の楽しみを犠牲にさせる訳には行かないもの。
 心の中には名残惜しい気持ちがあったが、それをグッと奥に押し込んで、私は顔を上げ
た。
『あの……ごめんね、フミちゃん。せっかく誘ってくれて、有り難いんだけど、私……やっぱり……』
『わっ!!』
 いきなり、目が何かに塞がれて視界が真っ暗になった。
『きゃあっ!?』
 私は悲鳴を上げて、目に張り付いた物を振り払おうと頭を振った。しかし、その前に、
それは私の顔からパッと離れる。私は反射的に後ろを向いた。
『へへー。ビックリした? した?』
 視線の先には、友田さんが悪戯っぽい笑顔を浮かべて立っていた。
『友田さん?』
 私は少し上ずった声で彼女を呼んだ。
『はい。千佳ちゃんでーす』
 彼女はいかにも無邪気そうに、かわいらしく答えた。
『ビックリしたじゃない。いきなり後ろから目隠しするなんて、心臓に悪いわよ』
 私は文句を言ったが、彼女は一向に悪びれる様子を見せなかった。
『どぉ? あたしの忍びっぷりもなかなかのもんでしょ? ニンニン』
 得意げな顔つきで忍者っぽい物まねをする。と、フミちゃんがちょっと不満げな色を見
せて反論した。
『違う違う。あたしがしっかりと委員長の注意を引き付けておいたからだもん。千佳ちゃ
んの技とは違うもん。ねえ?』
 と、フミちゃんは私に同意を求めて来たが、そんなコト聞かれても困る訳で、私はただ、
お互いを交互に見ると、ため息をついて額を人差し指と中指で押さえた。
『そんなコト、どっちでもいいわよ。それより友田さんは何しに来たの? わざわざウチ
のクラスまで』
 そう聞くと、彼女は胸を張って私を見下ろした。
『そんなもん決まってるでしょ? 委員長をパーティーに参加させる為に来たのよ』
『え?』
 どん、と自分の胸を拳で叩く友田さんに、私は戸惑った声を上げた。誘うのではなくて
参加させるって…… だが、私が二の句を告げる前に、彼女は私の鼻先にビシッと指を突
き付けて言った。
『委員長、どうせ断ろうって思ってたでしょう?』
『うっ……』
 物の見事に言い当てられて、私は口ごもった。友田さんは、呆れたように私を見つめる。
『図星ってトコね。まあ、そんな事だろうとは思ったから、わざわざここまで来たんだけ
どさ』
 私は不思議に思った。誘ってくれるのは嬉しいけど、友田さんが私の教室まで来る意味
が分からない。
『分かってたんなら、何もここまで来なくたって……』
 うっかり口にしてしまった言葉は酷く失礼で、私は最後まで言えずに語尾を濁してしま
った。気を悪くしただろうか?彼女が眉をひそめたのを見て、私は申し訳ない思いに駆ら
れた。
 だが、それは私が思っていたのとは違っていた。友田さんは、バン、と両手で私の机を
叩いて私をキッと見据えた。
『だからわざわざ来たって言ってるでしょう? あたし達四人の間では、委員長も参加さ
せるってのは決定事項なんだから、うんって言ってくれないと困るのよ』
 私はまたまた不思議に思った。別に私なんていたっていなくたって変わりない。空気の
ような存在でしかないし、むしろ気を使わなきゃ行けない分、楽しみが減ると思うのに。
だが、それを言うと、また友田さんに怒られそうなので、私は無難な言葉を選んで聞いた。
『困るって……意味分かんないんだけど……何でそんなに私を参加させたいの?』
『決まってるじゃない。楽しいからよ』
 楽しい? 私なんかがいて? 自分ではさっぱり分からない。それとも、弄って遊べる
からとか、そういう意味なのだろうか?
『それにさー。タカシだって楽しみにしてるのよ。委員長が来るのを』
 その言葉に、私の心は動揺せざるを得なかった。言われると一番辛い言葉だ。だが、友
田さんはともかく、別府君が楽しみにしているなんて信じられない。私が来るのが嫌……
とまでは思いたくないが、彼にしてみればせいぜいが人数が多い方が楽しい程度だろう。
それを友田さんが、大げさに吹聴しているだけの事だ。
 だが、それを否定出来るだけの材料を持たない私とすれば、ただ黙っている以上の事は
出来なかった。
『うーん。黙られると困っちゃうんだけどな』
 友田さんが体を起こし、両手を腰に当てて私を見た。すると、今度はフミちゃんが私に
聞いて来る。
『委員長、もしかして、誘ったの、迷惑だった? パーティーとか、みんなで騒ぐの、苦
手……とか?』
 すると今度は、友田さんが私の顔を覗き込むように聞いて来た。
『そんな事ないわよねー? 海の時だってあんなに楽しんだんだし』
 あれを楽しんだのかどうかは疑問だが、今にして思えばいい思い出と言えなくもないし、
自分が騒ぎの中心にさえならなければみんなが楽しむのを見る事自体は嫌いではない。
『べ、別に迷惑とまでは……』
 私は何とも歯切れの悪い返事をした。どうしてもパーティーに行きたくないのなら、も
っとはっきりとした態度を取るべきなのだが、日頃から仲良く接してくれている二人に、
角が立つような真似はしたくなかった。そもそも、みんなに気を使わせたくないからこそ
断っているのに、ここで不快な気分にさせたら元も子もない。
『それじゃあ何? 何か特別な用事でもあるとか?』
『あ……その……えーと……まあ……』
 肯定とも否定とも取れるような曖昧な返事を私はした。出来ればその言葉に乗っかりた
かったが、口実となるような上手い用事も思い付かなかった。
『ホント、委員長てばはっきりしないわよねー。まさか、今から用事探してるとか言わな
いでよ?』
 半ば図星を突かれ、動揺しつつも、私は慌てて反論した。
『ち、違うわよ。一応、あるにはあるんだから』
 咄嗟に私は、こう口走ってしまった。すると友田さんは、ジーッと私を見つめて聞いて来た。
『ふうん。なら、教えてくれる? 言っとくけど、おばあちゃんの法事とか、そんなのは無しよ』
『ち、違うわよ。そんなごまかしみたいなのじゃないもん』
 私はちょっと口を尖らせて答えた。いくらごまかすにしても、さすがに、そんな疑わし
い理由ベストスリーに入るような言い訳はするつもりはなかった。
『フーン。そこまではっきり言い切るんなら、ちゃんとした理由があるんだー。ま、それ
次第では諦めざるを得ないかもね』
 友田さんはそう言ったが、口調から察するに、全然諦めていないのは明らかだった。
 私はそっとため息をつく。ここまで来たら、言い逃れ出来ないのは明らかだ。しかし、
本当はこれといった用事など無い。また、私は性格上、嘘を付くのが非常に苦手なのだ。
だから、変に作り話などすれば、友田さんに掛かればあっさりと見破られてしまうだろう。
『そ、そんなにちゃんとした理由って訳じゃないけど……一応……』
 私は口を濁した。すると、友田さんが少し呆れた様に声を出す。
『何よ、その曖昧な返事は。委員長のその、はっきりしない所はちょっとマイナスだと思
うわよ。別にあたしら、友達なんだしさ。遠慮せずに言えばいいのに』
『そうそう。別にあたし達、気を悪くしたりなんてしないって。ね』
 二人の言葉が、微妙に私の心を押した。とはいえ、本当に本当の理由を言えば、散々怒
られた挙句に、パーティー参加を強引に決められてしまうのは明白なのでそれは言えない。
代わりに私は、もう一つ、さっきから心で悩んでいた事を言う事にした。これも実は嘘で
はない。ただ、私の中では本当は、断る理由ではないだけで。
 私は、恐る恐る、その理由を口にした。
『その……クリスマスは……毎年、お母さんと、二人で一緒に過ごしてるから……』
『は? 何、それ?』
 二人が、ほぼ同時に声を出した。その瞬間、私は、身が縮こまるような気持ちになって
体を硬くした。私だって、高校生にもなってこんな理由を言い訳にするのはどうかと思う。
『委員長。アンタねー、どんだけお母さん好きなのか知らないけど、今時小学生だってそ
んな事言わないわよ』
『へー。委員長って、お母さんっ子だったんだー。何か、自立してるイメージあったんだ
けど、意外だなー』
 友田さんとフミちゃんが呆れとからかいの混じった言葉を送ってくる。もちろん、そん
な事くらい私だって予想はしている。だから、私は慌てて、用意していた言い訳を言った。
『だ、だってその……、ウチのお父さん、毎年、この時期はいつも忙しくて、今年も出張
でいないし、それで私まで出掛けたら、イヴの夜は一人ぼっちになっちゃうもの。だから……』
 私の言葉に、二人の顔から笑みが消えた。よし。ここまでは上手く行っているようだ。
私はさらに言葉を続けた。
『そりゃ、お母さんだって、パーティーに行っていい?って聞けば、いいって言ってくれ
ると思うけど……毎年、クリスマスはケーキと御馳走を用意してくれて、今年も何にしよ
うかいろいろと考えてくれていると思うの。だから……何か、一人にさせておくのも悪い
かな……って』
 言うべき事を全部言い終えると、私は小さく息を吐いた。友田さんはうーん、と難しい
顔をしている。
『なーるほど。お母さん思いなんだ。委員長は』
 友田さんにそう言われると、何だか非常にこそばゆい感覚がする。確かに、そんな気持
ちもどこかにあるけれど、多分うちの母なら、本当は私なんていなくたって、別に気にな
どしないと思う。けれどそれは、心の奥に仕舞っておかなければならない。
『でもさー。そこまで親に気を使わなくたっていいんじゃない? 確かにクリスマスに一
人ってのもあれだけど、大人なんだし、そこまで気にするかな?』
 フミちゃんの疑問に、意外にも友田さんが反論してくれた。
『いやいやいや。やっぱりさ。年を取っても寂しいものは寂しいと思うよ。あたしが委員
長のお母さんの立場なら、やっぱり少しは寂しいかもね。まあ、半分は引っ込み思案な娘
がパーティーに誘われて行くなんて嬉しいとも思うだろうけど』
『うん……私も、そう思うの。ていうか、お父さんがいれば、全然気にもしないんだけど……』
 友田さんが味方してくれた事に心強さを覚えつつ、私は小さく頷いた。すると、友田さ
んが私の両肩をいきなり、ガシッと掴んだ。
『委員長、偉いっ!!』
『は?』
 突然の事に、私は一瞬、呆然としてしまった。しかし、友田さんは、そんな私に構わず、
興奮したように話し掛けて来る。
『そこまでお母さんのことを考える娘なんて、今時なかなかいないわよ。みーんな、親と
の会話なんて喧嘩ばっかりとかいう今の世の中で。ちょっと良い話よね、これ』
 パッと私の肩から両手を離すと、友田さんは両手を胸で組んで、うっとりと目を瞑る。
私とフミちゃんは思わず顔を見合わせた。
『そうなの? そこまで大げさな話なの、これ?』
 フミちゃんの言葉に、私ですら首を捻った。
『う……うん…… 友田さんに掛かれば、そうなのかも』
『そこでよ!!』
 バンッ、と私の机を友田さんが叩く。私は思わずビクッとして体を仰け反らせた。
『お母さん思いの委員長の為に、良い案を思いついたわ』
『良い……案……?』
 何だろう? 私にすれば、何かすごく悪い予感がする。引き気味な私はそっちのけで、
フミちゃんが興味に目を輝かせた。
『何なに? 何なのよ千佳ちゃん』
『つまりさー』
 得意げに、友田さんは指を振って言った。
『クリスマスパーティーの会場、今年は委員長の家でって事で、どう?』
『おー!! それはナイスアイデア!!』
 友田さんの案に、即座にフミちゃんが同意した。
『実はさ、これって毎年、みんなの家を持ち回りでやってるのよ。本当は今年はあたしん
ちの予定だったんだけど、これなら委員長のお母さんも寂しくないでしょ? どうよ』
 物の見事に大逆転を食らってしまい、私は頭を抱え込んだ。うちでやるなんて、全く持
って思っても見なかったから、そんな事言われるなんて、頭の片隅にすら入っていなかっ
たのである。しかし、これで、パーティーをお断りするのはほぼ、絶望的になってしまっ
た。今更他の理由など付け足す訳には行かないし。
『でもさでもさ』
 と、フミちゃんが再び口を開いた。
『あたし達だけでそんな事決めちゃマズイよね。委員長の家の事情もあるだろうしさ。結
構騒ぐから、マンションとかだったら近所迷惑になっちゃうだろうし』
『大丈夫よ。委員長の家は一戸建てだし、結構大きいって事は、タカシからちゃんと聞い
てるから』
 そうなのだ。我が家には誰も招待した事は無いが、別府君には家まで送って貰った事は
ある。と言っても、ほんの一、二度なのだが。別にうちの事など隠す必要は何も無い訳だ
けど、まさかこんな所でその情報が仇になるとは。もっとも、嘘なんて、バレた時の事を
考えると、とても付けたものではないが。
『で、どう? 委員長がうんって言ってくれないと、そもそも成立しないんだけど』
 友田さんに問い詰められて、私はちょっと困って俯いた。
『わ……私は、別にその……ただ……お母さんが、何て言うか……』
 気が進まないなんて言うに言えず、私はまた、人の意見に縋ろうとしてしまった。そし
て、次の瞬間、後悔した。
『委員長。携帯、持ってるよね?』
 友田さんに聞かれて、言われるがままに頷く。
『え? あ……うん……』
 すると、友田さんはニッコリと笑って片目を瞑ってウインクして見せた。
『善は急げよ。ほら。お母さんに電話、電話』
 友田さんと、そしてフミちゃんも、期待に満ちたような目で私を見る。
『う……うん……』
 私は渋々頷くと、携帯電話をポケットから取り出した。
――お母さんに聞いたら……絶対、オッケーって言うだろうなあ……
 うちの母親は、見た目こそおっとりした感じだが、実は人と騒ぐのが大好きなのだ。近
所のおばさん達とお茶会やらお食事会をやったり、地区や市のいろんな会合に参加したり
と、私とは正反対の性格なのである。だから、私が友達を連れてパーティーをやるなんて
言ったら、きっと大喜びであれこれと世話を焼きたがるに決まっている。
――いっそ……掛けたフリして……ダメだったことにしちゃおうかな……
 だが、そんな演技力は私には無い。バレたらきっと、二人とも気分を害するだろう。
『ほら。何ボーッと考え事してんの? 時間、無くなっちゃうわよ』
 そう言うと、友田さんは私の携帯をパッと奪い取った。隙を突かれた私は慌てて携帯に
手を伸ばす。
『ちょ、ちょっと!! 返してよ』
『心配しないで。委員長の自宅はっと……これね』
 友田さんは、いとも簡単に私の携帯を操作すると、電話帳から私の自宅の電話番号を見
つけ、ボタンを押した。
『はい。説得、頼むわよ。委員長』
『な、何で私が……』
 呼び出し音を聞きつつ、私は小さく呟く。決めたのは友田さん達で、私は全然乗り気じゃ
ないと言うのに……
『もしもし? どうしたの。静。何かあったの?』
 コール七回で、いきなり母が私の名前を呼んだ。自宅の電話機にも私の携帯の電話番号
が登録されているので、私からだとすぐに分かる。うん。実に便利な世の中だ。
『えーと……実は、ね…… その……友達と……クリスマスパーティーをやろうっていう
話になってて……』
『クリスマスパーティー!?』
『きゃっ!?』
 鸚鵡返しに返ってきた母親の声が余りにも大きくて、私はびっくりした。
『良かったじゃない。高校生にもなって、いっつもイヴの夜に家にいるんだもの。お母さ
ん、内心心配してたんだからね』
『おっ、お母さん!! 声大きいってば!!』
 母親の興奮した声を、私は慌てて諌めた。音が漏れ聞こえないかと二人を見る。と、何
か二人の表情がニヤついていた。どうやら、完全に聞こえていたようだ。もう、どんな言
い逃れも効きそうに無い。
『どうやら、心配されていたのは委員長の方だったようね』
 友田さんの一言が、私の心臓をぐっさりと突き刺した。とどめの一撃だ。これでもう、
私の言い訳など、何を言っても通らなくなってしまった。
『ごめんなさい。お母さん。ようやく静も独り立ち出来るのかと嬉しくてつい……』
 自分の母親にまでそんな事を言われて、私は何か悲しくなってきた。これ以上言われて
立ち直れなくなる前に、本題に入らないといけないと、私は話題を切り替える。
『それはもういいから。それでね、その……友達がね。うちで出来ないかどうか、お母さ
んに聞いてくれるって頼まれちゃって』
『うちで? ええ。もちろんいいわよ。賑やかになればお母さんだって嬉しいし』
 予想通り即答だった。雲行き的には仮にうちがダメだったとしても、私がパーティーに
参加せざるを得ない雰囲気は濃厚だったが、それでも最後の抵抗を試みる。
『で、でも……結構みんな騒ぐし、近所の迷惑とかになっちゃうんじゃ……』
『何言ってるの。子供はそこまで気にしなくて良いの。そういう事は大人に任せて、安心
してみんなを連れてらっしゃい』
 手持ちのカード。全て出し尽くして玉砕。私は返事も出来ず、一瞬、凍りついたままに
なった。と、そこに友田さんが私に声を掛けてくる。
『委員長。ちょっと携帯貸して』
『え?』
 私がうんともすんとも言う前に、友田さんは私の手から携帯をかっさらうと、いきなり
うちの母親に向けてしゃべりだした。
『もしもし。あ、すいません。私、音無さんの友人の友田といいます。この度はご無理を
言って申し訳ありません』
『すごい。千佳ちゃんって、大人の対応出来るんだー』
 フミちゃんが感心したように言うが、私はそれどころじゃなかった。
『ちょ、ちょっと友田さん!! 私は良いなんて一言も――』
 だが、彼女はクルリと私に背を向けて、携帯をしっかりガードした。
『はい……はい……いえいえ、とんでもないです。お世話になってるのは私達の方で……
いいええ。あ、有難うございます。感謝します』
 母が何を言っているのかは聞こえないが、大歓迎する旨を伝えているのだろう。私は天
を仰いだ。
『え? 男の子ですか? いますよー。ええ、ええ。あ、そんなのじゃないです。期待し
てていいですよ。はい』
『ちょ、ちょっとぉ!! 何しゃべってんの!!』
 友田さんの言葉に、私は思わず我を忘れて詰め寄った。しかし、彼女は容易に私に電話
を返そうとせず、母親と楽しそうに談笑を続けている。
『あ、何か、音無さんがお母さんと話したいことがあるそうなので代わりますね。ええ。
すみません。当日はご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします』
 それから、彼女はようやく、携帯を耳から離すと私に返してくれた。私は、ふんだくる
ように携帯を取り返すと、慌てて母に向けて話し始める。
『お母さん。ちょっと、何か変な事聞いてなかった?』
『変な事? 別に何も。ただ、男の子が来るのかどうか、ちょっと興味があったから聞い
てみただけよ』
 私は大げさにため息をついた。そんな事をいちいち娘の友人に聞かないで欲しい。
『十分に変な事聞いてるじゃない。ていうか、そんな事聞いてどうするのよ?』
『ええ。パーティーとはいえ、初めて娘が男の子を我が家に連れて来るんですもの。これ
はちょっと張り切らないといけないかなって』
 ウキウキした母の言葉に、私は不安を覚え、慌てて釘を刺した。母はあれで早とちりな
ところがあるから、勝手に彼氏認定とかされたらたまらない。
『お母さんてば!! 余計な事しないでよ? その……二人とも、ただのクラスメイトっ
てだけで、別にそれ以上は何でもないんだから』
 何でもない、と言った時に、微妙に胸がチクリとした気がしたが、私は意図的にそれを
無視した。今はそれどころではない。
『へえ。二人も来るの? それは楽しみねぇ。さて、意中の男の子はどっちなのか、楽し
みにしてるわね』
 予想通り、母は勝手な思い込みをしている。私は更に必死になって否定しに掛かる。
『ちょっ……全然聞いてないでしょ? だから、そんな関係じゃなくて――』
 しかし、私の言葉は、一方的に打ち切られた。
『あら? ごめん、静。ちょっとお客さんみたいだから、積もる話は帰ってからね。それ
じゃあ』
『お、お母さん!! ちょっと待ってよ。ちょっと――』
 ブツッ……ツーツーツーツー……
 切られた電話を空しく見つめ、私は仕方なしに、電話を切った。友田さんとフミちゃん。
二人が笑顔で私を見つめている。その視線が痛い。
『いいお母さんじゃん。優しそうだし、物分りも良さそうだし、お話好きで』
 友田さんが羨ましそうに言った。私は小さく首を振ってそれを否定する。
『隣の芝生が青く見えてるだけよ。しょっちゅうお友達を呼んでおしゃべりしてるから、
私のご飯忘れるときもあるし、時には家事も無理矢理させられるし、しかも言葉巧みだか
ら文句も言えないし』
 友田さん相手にこんな文句を言っても仕方ない訳だが、つい、私は愚痴をこぼしてしま
った。しかし、彼女はこの話題はこれ以上広げようとはせず、ニッコリ笑って話題を元に
戻した。
『とにかく、これで今年のパーティーはめでたく、委員長の家に決定ね。うはっ。何か楽
しみになって来た』
 フミちゃんも満面の笑顔で同意する。
『うんうん。委員長、よろしくーっ!! あたしも楽しみだな』
 嬉しそうな二人を見ると、これ以上水を差す気にはなれず、私は小さくため息を付いた。
もうこうなったら仕方が無い。パーティーの時は、出来る限り別府君の楽しみを妨害しな
いように、大人しくしていよう。まあ、幸いうちだから、いろいろと仕事していればそん
なに別府君も気を使わなくていいはずだし。うん。
 気を取り直したところで、フミちゃんが友田さんに話しかけた。
『そういえば、千佳ちゃん。委員長って、プレゼントのこと知らないんじゃない?』
『あ、そうか。説明しとかないと』
 思い出したように言う彼女に、私は気になって聞いてみた。
『何それ? プレゼントって』
 聞き返してから私は愚問だと思った。クリスマスなんだから、プレゼントを持ち寄るく
らいは普通にやるだろう。だが、その事には突っ込まず、友田さんが説明してくれる。
『んーとね。パーティーの時に、各自一人づつ、プレゼントを持ち寄るの。まあ、予算は
千円から三千円くらいまでかな。あんまり高価な物だと引いちゃうし、かといって安物過
ぎるのも差が出ちゃうからね。それで、持ち寄った物を集めて、くじ引きで誰にあげるか
を決めるって言う、まあそれだけなんだけどね』
 私はコクコクと頷いた。確かに、誰の物が当たるか分からないと言うのはなかなか面白
い。しかし、私はちょっと考え込んだ。金額だけ言われても、果たしてどんな物を持って
行けばいいのか、ちょっと想像が付かなかった。
――別府君へのプレゼントだったら……いくらでも思い付くんだけどな……
 ふと、そんな事を考えてしまったり。それを振り払って私は聞いた。
『プレゼントって言われても……なかなか急に思いつかないんだけど。だって、男の子で
も喜ぶようなものじゃないとマズイでしょ?』
 するとフミちゃんが肩を竦めて首を振った。
『そんなの気にしなくていいのよ。自分が欲しいと思うものなら何でもいいの。聞いてよ
ー。去年なんてさー、山田の持ってきた目覚まし時計が当たっちゃって、もう最悪』
『ああ。そうそう。何だっけ? アニメか何かの女の子の目覚ましだっけ』
 友田さんが思い出したように言うと、フミちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。
『そうよ。それも、ベルの代わりに女の子の声で【ちょっと!! いつまで寝てんのよ。
早く起きなさい!!】とか言うのよ。冗談じゃないわ』
『そんな、露骨に個人の趣味丸出しのものでもいいんだ……』
 私は、ちょっと驚いて言った。何だか、それはそれで怖いとも思う。もっとも、だから
こそくじ引きの面白さがあるのかも知れないが。
『お願いだから委員長は変なのにしないでよね。大抵男連中のは当てにならないんだから』
 縋るように、フミちゃんがお願いしてくるので、私は躊躇いがちに笑顔を見せて頷いた。
『えと……多分大丈夫だとは思うけど……』
 しかし、友田さんは逆の事を興味深そうに呟いた。
『あたしはむしろ、委員長の趣味丸出しのプレゼントって見てみたいなー。どんなのが出
てくるのか、楽しみじゃない?』
 すると、フミちゃんも思い直したように頷く。
『確かにそれはそうかも。あたしらが思いも付かないようなものなら、むしろそれはそれ
でネタになるかも』
 ワクワクして話す二人を見ても、私は困ったような顔しか見せられなかった。
『う……そんなに期待されても……まだどんなのにしようかとか、全然想像も付かないし……』
『そっかー。何となく、雰囲気掴みにくいかねえ?』
 友田さんの言葉に私は頷く。すると、彼女は私の方に身を乗り出すようにして、笑顔を
見せて言った。
『だったらさ。プレゼント。あたしと一緒に買いに行かない?』
『え? と、友田さんと……?』
 私はちょっと首を捻った。
『ちょ、ちょっと待って。プレゼントって、当たるまで何が入ってるかは秘密なのよね?』
 私の問いに、彼女は頷いた。
『もちろん。お互い、買うときは別々よ。でも、何となく最初にグルッと一緒にお店を見
て回っておしゃべりしてれば、何となくいい物が見つかるんじゃないかと思って。一人で
何時間もうろうろとして迷うよりはいいでしょ?』
『私、そんなに優柔不断かなぁ?』
 最後の一言が気になって少し突っ込んでみると、友田さんはアハハッと笑った。
『ゴメンゴメン。冗談よ、冗談。で、どう? 一緒に行く?』
 彼女の誘いを考えてみる。確かに、どういうお店で、どんな品物があるかを一緒に見て
回るだけで、いいアイデアが浮かぶかも知れない。それに、前にどんなプレゼントがあっ
たかを聞けば、去年とかと被ったようなプレゼントにならなくて済むかもしれないし。
『うん。私は別に構わないけど……』
『よし。じゃあ決まりね。じゃあ、今週の日曜に。時間とかはまたメールするから』
 その時、昼休みの終了を告げるべく、予鈴が鳴り響いた。
『おっと。それじゃあ教室に戻らないと。じゃあ、宜しくね、委員長』
 友田さんは元気良く手を振りながら教室から出て行った。私は、作り笑いを浮かべてそ
れを見送った。
『何か……物凄く、騙されたような……嵌められたような、そんな気がするんだけど……』
 小さく呟くと、それを聞いたフミちゃんが、笑顔で否定した。
『そんな事無いって。まあ、ちょっと強引過ぎて悪かったかなーとは思うけど。でも、あ
たしも千佳ちゃんも、委員長に来て欲しいからこそ、こうやって誘ってるんだからね』
 そう言われると、もはや言うべき言葉も無い。
『アハハ……その……その気持ちは、有難く受け取っておくね……』
 何で私みたいなつまらない女の子を誘うのかは意味が分からなかったが、とにもかくに
も、ああして熱心に誘ってくれる友達がいるのはいい事だ。二人の気持ちは大切にしよう、
と私は心の中で、そう思うのだった。


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