「姫様。お召し物の準備はお済みでしょうか」
「いいわよ」
「では失礼します。……姫様? 何故男物の正装なのでございますか?」
「ドレスなんてイヤだってさんざん言ったでしょう。こうして男物でも着替えただけでも妥協してるんだからね!」
「姫様……そんなに舞踏会がお嫌ですか」
「いやに決まってるじゃない! 貴族どもが媚びる様なんて、見たくないわ! 踊りだって好きじゃないもの。あーあ、早く武術会が来ないかなぁ」
「ですがここ最近姫様は熱心に舞踊の練習をしていた様子でしたが……」
「ふん! 我ながら馬鹿みたいだったわ! あんなことに熱を上げるなんて」
「そうでございますか……? ところでタカシ殿はお連れにならないので?」
「だ、か、ら! 呼ぶ意味もないでしょ!」
(タカシと踊りたくて練習したのに……それなのにあいつ……)
「もう知らないからっ!」
「……声に出てますぞ」


「……で。なんであんたがいるわけ?」
「近衛騎士は常に姫をお守りするのが務めですから」
「あぁ……もう勝手にしなさい」
「はっ。ではご一緒します」
(こっちが距離を置こうとしてたら寄って来たりして……。なんなのよタカシは……)
「ところで、何? その格好」
「はっ。舞踏会の際は周りの雰囲気に合うようこの様な格好をすることになっております。……やはり似合いませんかね」
「…………馬子にも衣装ね」
「つまり、似合っていると……」
「う、うるさいわね! いちいち言い直さないの!」
(何よ……。ちょっと格好良いじゃない……)

「姫。踊らないのですか?」
「踊る相手もいないし。そもそも私舞踏会嫌いなの」
「そうですか」
(何よ、そうですかーって。そこで私を一言誘ってみたり……)
「ではかなみ姫。まことに僭越ながら私がお相手し申し上げてもよろしいでしょうか」
「ぇ……」
(どどどどどどうしようまさか本当に誘われるなんて! チャンス? チャンスなの?! もしかして、タカシ……)

――とんでもありません。お友達などと、そのような身分違いな立場にはございません。姫の仰せの通り、私は『家来』でございます

「……」
「姫?」
「やめとくわ。タカシと『そういう仲』だって思われたくないもの。あんただってそうでしょ?」
「姫……」

「おお! これはこれはかなみ姫。舞踏会にお出でになるとはお珍しい」

『ヤマダ王子よ!』
『おお! VIP国の次男の……』
『姫の婚約者で……』

「お久しぶりですお。親愛なるかなみ姫」
「こ、こちらこそ……」
「どこぞの騎士かと見間違えるほどに凛々しいお姿ですお。聞けば、姫はこの人と決めた相手の前でしかドレスをまとわないとか……」
「いえ、単にあのヒラヒラフワフワした格好が鬱陶しいだけです」
(よくご存知ですこと)
「ところで……そちらの方はどなたですかお」
「お初にお目にかかります、殿下。私、かなみ姫付きの近衛騎士を任されておりますタカシと申します」
「騎士タカシ……。噂に聞いていますお。何でも今世一の剣の使い手とか……」
「ご冗談を。まだまだ若輩にして未熟であります」
「ふふ……果たしてそうですかお? いつかお手合わせ願いたいですお」
「王子」
「ああ、そうだったお。本日参上しましたのは他でもない。かなみ姫。あなたにこれを受け取っていただきたい」
「これって……宝石?」
「そうですお。我が国の王室では代々結婚相手にこの国宝石、『VIPの星』を贈るのですお。
 そして、受け取ってもらえたらば婚約は成立。即挙式となるのですお」
「それを、私に……」
「受け取っていただけますかお?」
「……少し、考えさせてもらえませんか? 次の舞踏会まで……」
「構いませんお。では、またその時に伺いましょう。ではかなみ姫、ごきげんよう。……近衛騎士殿も」
「はっ。お気をつけて……」
「……」

「……姫。ヤマダ王子はお父上がお決めになった婚約者。それを拒みはせずともあのような……」
「うるさいわね。母さまは私が次の舞踏会までに自分の好きな人を見つけられれば婚約を破棄してもいいって仰ってくれたのよ」
「リナ女王陛下が……。では、既に意中の人が?」
「……わからないわ。その人、とっても強くって、格好良くって、優しいんだけど、変なところで頑固だからなかなか踏み出せなくて……」
「姫にしては弱気ですね」
「……ほっといてよ」
「……失礼しました」
(弱気にもなるわよ……あんなこと言われちゃ……)

「姫様……。タカシ殿……。じいはお二人にとって一番幸せな結末を望んでおりますぞ……」


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