第一話「妹、襲来」

俺の名前は桐生隆、17歳。
来年の4月から高校2年生になる身だ。
現在春休み真っ最中というわけで、思い切り朝遅くまで惰眠を貪っていたのだが…
携帯電話の音で、俺は目を覚ました。
「何だってんだこんな朝に…」そう俺はぼやきつつも携帯電話を手に取る。
携帯を見ると、メールが一通。父親と一緒に海外出張に行っている母親からだった。
「珍しいな…」俺は怪訝な顔をした。なぜなら、ウチの親はかなりの放任主義だ。
というかそうでなければ度々長期間の海外出張で息子を置いてけぼりにするものか。
生活費は振り込んでくるものの、それ以外はほぼノータッチ。
連絡があるときは何かトラブルに巻き込まれた時くらい。
俺もそのほうが気楽なのでこっちからも積極的に連絡はしなかった。
なのに、メール。何かあったのだろうか?俺は不安に駆られメールを開く。
その文面を見て俺は硬直した。

タカシ、草薙凛ちゃんって覚えてる?
昔真向かいに住んでた女の子。
今日から彼女が今日からそっちに下宿する事になったのでヨロシク。
多分もうそろそろ来るんじゃないかしら。
向こうの両親も「タカシ君なら信用できる」って快く承諾したから。
その信用を裏切って手ぇ出したりしないように!
…まあ、両者合意の上なら私は多いに結構だけど。早く孫の顔見たいし。
それじゃ、仲良くするのよ〜

メールはそれで終わりだった。
それから数分(といっても俺にとっては小一時間くらい経った様に感じられたが)後、
ようやく硬直状態から立ち直った俺は、
「なんだそりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」今は遠い地に居る両親に向かって喉を枯らすほどにツッこんだ。
親に文句を言ってやろうと思ったが、止めた。
ウチの親がああなったらどうにもならないことは俺が一番良く知っているし、
俺以外の関係者全員が了承してる時点で、俺が何を言ってもムダだ。
おそらくはそのつもりで水面下で着々と話を進めていたのだろう。うう、恨めしい。
といっても、こうやっていても事態がいい方向に向かうわけじゃなし。
「とりあえず状況整理だ…」そう俺は1人ごちると、彼女のことを思い出した。
草薙凛。5年前俺の家の真向かいに住んでいた家の一人娘。彼女は俺の妹のような存在だった。
俺にとても懐いていて、「タカ兄タカ兄〜♪」と言いながら俺の後をちょこちょこと可愛らしく追いかけてきては、
「一緒に遊んで」とせがまれたものだった。
彼女のことを思い出すうち、彼女との共同生活もいいかもしれない、と思えるようになってきた。
1人での自由気ままな生活は出来なくなるかもしれないが、自分を慕っていた女の子と一緒に暮らすというのは悪くない。
それに、俺は当時まだ思春期に入りたてのガキだったが、それでも彼女が他の女の子より可愛かったのは良く分かった。
今は、おそらく結構な美少女になっているのではないか、というのもそう思った理由の1つだった。
「ま、なるようになるさ」自分に言い聞かせるように呟いたその時、
ピンポーン。ウチのインターホンの音が家の中に響き渡った。

俺は急いで着替えると、玄関へと向かった。
そして俺は意味も無く緊張しながらドアを開け、呆然とした。
「凛…か…?」俺はそれだけしか言えなかった。
ドアの前に立っていた女性は、なんていうかこう、綺麗だった。
俺とほとんど変わらない身長。
無駄な脂肪などおそらくは一切ついていないモデル体型といえるほどのボディライン。
染めた事や脱色した事など一度もないであろうと確信させる艶々とした黒髪は腰まで伸びている。
そしてすらりと通った鼻梁、整った美しいかんばせ。
その瞳には凛々しい光が込められていた。
その美術品のような、あるいは抜き身の日本刀のような美しい姿に、俺はしばし見とれてしまったのだ。
「…何でしょう?あまりジロジロと見られるのは気持ちのいいものではないんですが」トゲのある言葉。まあ気持ちはもっともだ。
その言葉に俺は我に帰った。
「あ、ご、ゴメン!別にやらしい意味とかそういう意味じゃなくて…その…」
「…なんですか?」
「昔とずいぶん様変わりしているなぁ、と思ってさ…」
「5年も経てばそれなりに変わります。成長期ですし」
「そか、まあ親からついさっきではあるけど、話は聞いてる。これからヨロシクな」
「ええ、よろしくお願いします。タカシさん」
タカシさん、ときた。他人行儀な呼び方といい、さっきからのツンケンとした態度といい、コイツほんとに凛か?
「まあ、いいや。ロクに準備も出来てないけど、とりあえず玄関にずっと居させるのもあれだし、あがれよ」
俺はそういうと彼女がついてきているのを確認して、リビングへと向かった。

リビングに着いた彼女は、周りを見渡して大きなため息をついて、
「…まあ、男の1人暮らしって聞いて、覚悟はしてましたけど、ずいぶんと散らかってますね…」
確かに漫画とか雑誌とかイロイロ散らばってるし、漂う男くさい生活臭。ゴミはゴミ箱からあふれてる。
まあ、お世辞にもきれいな部屋とは言いがたいなこりゃ。
「悪い。もうちょっと早く凛が来る事が分かってりゃもうちょっとキレイにしてたんだけどな」
「言い訳はいいです。それにこういうのは日ごろの心がけです。私が来るからとか、そういうことではないでしょう?」
「いや、まあ、そうだな…」口早にまくし立てる凛に、俺はただただ圧倒された。
「もう…こんな事では困ります。これからは私もここで暮らすんですから」
「スンマセンでした…」何故か敬語になっている俺。
「謝るくらいなら、今すぐキレイにしましょう」
「とりあえずゴミと散らばってる本とかイロイロな物を片付けてください。私も手伝いますから」
その言葉に俺は唯々諾々と従うしかなかった。
結局家中大掃除する羽目になり、終わった頃には既に夕方になっていた。
「はあはあ…やっと終わった…疲れたぁ…」俺は肩で息をしつつ、途切れ途切れにそう言った。
「マメに掃除しないからこういういらぬ苦労を背負い込むんです。これからはちゃんとしてください」
「わーったよ。しかし、もうこんな時間か。メシ作らなきゃな」俺は台所へと向かおうとした。
「あ、私作りますよ。どうせ不精な貴方のことです、コンビニ弁当かインスタントラーメンとかでしょう?」
「ナメんな。コレでも俺は毎日きっちり自炊してんの。今日はお前はお客様だ。リビングで待ってろ」
「へぇ…てっきりコンビニとか外食で済ませてるものかと思ってました」
意外そうな顔つきでそういう凛。まあ、あのリビングの様子を見られたらそう思っても仕方ないよな。
「でも、それなら手伝いくらいはしますよ」
「…まあ、台所に行くか」俺はそういうと台所へ向かった。凛も俺に黙ってついてきた。

台所に着く。すると凛はまたも意外そうな顔つきで、
「あれ…台所は片付いてるんですね」といった。
「まあな。ここが片付いてないとマトモに料理も作れねぇ。ここだけは散らかさないようにしてんだよ」
「…思ったよりはしっかりしてるんですね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」俺はそう言いながら苦笑するとエプロンと髪を押さえるためのバンダナを身に着けた。
「とりあえず凛は茶碗だけ出しててくれ。後はぶっちゃけ特にしてもらう事ないし」
「いや、でも」食い下がる凛に俺はキッパリと、
「半端に手ぇ出されても邪魔なだけなんだよ。1人のほうがやりやすい時もあるんだ」と答えた。
「お前結構疲れてるだろ、ゆっくり休んどけ」俺は微笑みながらそういうと凛の髪をくしゃり、と撫でた。
「あう…こ、子供の頃じゃあるまいし、そういうことは止めてください、は、恥ずかしい…(/////)」
凛の顔は真っ赤になっていた。俺はその時初めて、彼女の素顔が僅かだが、垣間見れた気がした。
「分かりました…それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます。でも何かあったらすぐに行きますから」
「おう、テレビでも見ながら待ってろ」俺はそういうと、夕食作りを開始した。
数十分後―
「ほれ、出来たぞ」そう言いながら俺はテーブルに料理を並べていく。
今日のメニューはバラ肉と野菜の炒め物、麻婆豆腐、ミモザサラダ。ワカメと油揚げの味噌汁だ。
冷蔵庫のあまり物で作ったのにしちゃあ、まあまあだと自負している。
「ん〜事前に分かってりゃあもうちょっと豪勢なメニューに出来たんだけどな…と、これも言い訳だな。スマン」
「いえ…十分です。料理、上手なんですね…正直意外です」
「必要に迫られて覚えただけさ。コンビニ飯や外食はとかく非経済的でな」
「まあ、とにかく食え。まずくは無いと思う」
「いただきます」凛は料理を口にした。
「…おいしい」簡単のため息と共に出たその言葉に、俺は思わずガッツポーズをした。

「美味しいって言っただけなのに、やけに嬉しそうですね」
「そりゃ、自分の作った料理がおいしい、って言ってもらえれば嬉しいだろ」
「特に凛みたいな可愛い女の子に言ってもらえれば尚更な」俺は破顔一笑してそう答える。
「な、何言ってるんですか!調子のいい人ですね…(/////)」
凛は俺から目を逸らした。その頬はまたも赤く染まっていた。
「も、もうお風呂に入って寝ます。ご馳走様でした!」彼女は立ち上がった。
「おう。皿は俺が洗っとくから先に入っとけ」
「分かりました…それじゃ、おやすみなさい」
凛は結局俺と目を合わせることなく台所から逃げるように出て行ってしまった。
俺は食器を片付けつつ、
「何か怒らせたのか…?前途多難だなこりゃあ…」
と呟き、これからの共同生活のことを考え、ため息をついた。


―幕間―
凛は部屋に入ると、押入れに入っていた布団を出して寝ることにした。
あらかじめこの部屋で暮らすよう言われていたのだ。
といっても家具は来てなかったので何も無い状態だったが。
「もう…あんなに嬉しそうに笑うなんて…反則よ…」凛はぽつりと呟く。
台所では目を合わせなかったのではない、合わせられなかったのだ。
これ以上あんな顔を見たら自分がどうにかなってしまいそうで。事実、まだ胸がドキドキしている。
「怒らせちゃったかな…」そう不安げに1人ごちるが、分かっていた。
彼はそんなことをいつまでも根に持つ性格ではない。寧ろ自分に何か悪い事でもしたのではないかと悩むような人だ。
そうでなければ、彼に会う為に彼の居る高校に入ろうとなんかしない。
5年間、変わらず好きで居続けることなんて、出来ない。
懐から懐中時計を取り出す。5年間肌身離さず持ち歩いてる物だ。
蓋を開くと、中には時計ではなく、写真が入っていた。
引っ越す前に、彼と一緒にとった写真。コレを眺めているだけで、辛い事苦しい事、忘れられた。
凛はその写真に向かって、
「ただいま。タカ兄…」
そう言う彼女の顔に浮かんでいるのは、
もう誰にも見せる事の無くなった可愛らしい笑顔だった。


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