第11話『STUDY(前編)』

7月。
夏休みが近づき、浮き足立つ生徒たちに立ちはだかる最後の関門、期末テスト。
その答案が返されようとしていた。
そして俺、桐生隆も自分の名が呼ばれるのを待っていた。
(今回は少し点が低いかもしれない…ヤマ外したしな…)
不安になった俺はちら、と『あいつ』の顔を覗き見る。
ここ最近、気がついたら『あいつ』の顔を見る事が多くなった。
見ているだけで、気持ちが安らいでいく自分に気づく。
(これが『好き』って事なのか)
心の中とはいえ、はっきりと自分の気持ちを形にする事で、認識する。
(ああ、俺は『あいつ』が好きなんだな…)
胸のつかえが取れたような、幸せな気分に浸っていたその時、
「…りゅう、桐生!聞こえんのか!」誰かの怒声。
声の主は、テストを渡していた教師だった。どうやら俺の番らしかった。
「す、すいません。ボーっとしてました」俺は弁解の言葉を口にしながら立ち上がる。
「あっはは、怒られてやんの〜♪」
…人の失態を見るのがそんなに楽しいのか?カナリア。
「まったく…しゃんとしてください、情けない」
凛…俺をあんまり追い詰めないでくれ…
「くく、なにやってんだよバーカ」
ダメ宮…ダメ人間にバカ呼ばわり…屈辱だ…
「ふん、たるんどるな。そんな事だからこんな点数を取るんだ」先生はそう言いながら答案を俺に渡す。
その言葉に今まで外れた事の無い、言い知れぬ不吉な予感を感じつつ答案を見て、
硬直した。

31点。
テストにはそう赤い文字でデカデカと書かれていた。
ちなみにこの学校では40点未満は赤点とされていて、追試を受けさせられる。
それも落ちると補習授業と減点1がプラスされ、それが3ポイントになると留年、というわけだ。
このシステムは、生徒には当たり前だが厳しいと不評だ。
まあ、新学校というほどではないがここは曲がりなりにも関東六大学への進学者を毎年幾人も排出している。
それなりにレベルも高く、落伍者への対応も厳しくなるのだ。
ここにダメ宮とカナリアが受かったことは、個人的に小鳥遊高校の7不思議にカウントしてもいいんじゃないかと常々思う。
そんな、説明じみた思考をして現実逃避をしたくなるほど、俺はテンパっていたわけで。
授業が終わり、放課後になって耕平たちが俺の所に来るのさえ気づかなかった。
「…大丈夫ですか?」凛の心配そうな声で、俺は我に帰った。
「凛…」こういう時の気遣いは心にしみる。持つべき者は優しい妹だな。いや、本当に兄妹なわけじゃねえけど。
「そんな顔してると、バカみたいですよ?一緒に住んでいる人がそんなだと、私困るんですけど」
…泣いてもいいデスカ?神様、俺よほど前世で悪行でも積んだんでしょうか?
「ホントさっきのタカシは見てて傑作だったね。ご飯3倍はいけそうだもんね♪」
「お前だって赤点しょっちゅう取ってんじゃねえか。ていうかご飯って何だご飯って」
「で、何点だったのさ?ちょっと見せれ」机に置いてある俺の答案(裏返しにしてある)を奪い取る梨亜。
っていうか俺の反論はスルーか貴様。鳥類のくせに。
「………………………………」しばらく答案をまじまじと見る梨亜。耕平と凛も横から覗き込む。そして次の瞬間、
「何この点数!?赤点じゃん!そりゃ固まるってもんだよね〜アハハハハハバーカバーカ♪」
「その口か?この俺を笑ってくれやがりましたのはその口かぁッ!?」俺は梨亜の頬を両手でつまみ思い切り引っ張る。
「いひゃいいひゃい!ひゃにすんらよー!(痛い痛い!なにすんだよー!)」
うむ。やっぱコイツのほっぺはよく伸びるな。ちょっとスッキリした俺は梨亜を解放した。

「くぅ…乙女の柔肌を弄び虐げるなんて、何て外道なんだろうね」微かに赤くなった頬をさすりながら、梨亜。
目じりに涙が浮かんでいるところを見ると、かなり痛かったらしい。これっぽっちも罪悪感など感じちゃいないが。
「お前が人の傷口に塩塗りこむような真似するからだろうが。それに、お前はどうなんだよ?人のこと笑えるのか?」
「もっちろん、ほらね」梨亜が自分の答案を俺に寄越す。そこには41点と書いてあった。
「夏休みに補修なんて絶対やだからね。ちょっと気合いれてみたんだもんね!」
「待て待て待て、お前これそんな事言える点数じゃねえだろ、ギリギリじゃねえか!」
「それでも赤点じゃないもんね。タカシと違って〜」後半を強調しながら勝ち誇ったようにいう梨亜。
「くそ…全教科の合計なら楽に勝ってるのに、この敗北感はなんなんだ…」
「へっへ〜悔しがれ悔しがれ♪」畜生…反論できない自分が何より悔しい…
「元気出せよ、追試がまだ残ってるじゃねえか。ガンバレタカシ」
「…ダメ宮、なんか嫌に余裕のある態度だな。いつもは赤点じゃない教科の方が少ないのに」
保健体育だけは常時90点以上を叩き出してるんだがな。ダメ人間呼ばわりされる理由の1つだ。
「へっ…見て驚くなよ?」そう言いながら耕平が俺に答案を手渡す。
「!」何だこの点数はッ!?
「全教科平均点を10点もオーバーしてるだとぅ!?」
「えっウソ!?…うわマジだよ。こりゃ雪でも降るんじゃないの!?」
「信じられません…」俺たち3人はそれぞれ驚きの声を発した。
「ダメ宮…」
「どうだ、俺が本気を出せばこのくらい…」
「…カンニングはいけない事だぞ?」
「してねえよ!<俺がいい点数を取る=カンニング>なのかテメエ等の認識は!?」

「イヤだって信じられないし」
「…コノヤロウ。ま、なんで俺がこんな点数を取れたかって言うとな?教えてくれる人がよかったからだ」
「誰に教わったんだよ?」俺は眉を顰め聞き返す。
「私よ」声の方を振り向くと、そこには稲穂が居た。
「ああ…稲葉か。クラス1位のお前が教えたんなら納得。でもなんでだ?お前等ケンカばっかしてんのに」ちなみに2位は凛だ。
「ま、付き合ってる奴が赤点常習者ってのは、私としてはあんまり気分の良いものじゃないから」と、稲穂。
「愛の力って奴だな。俺も補習で会えなくなるのやだし」続いて耕平が言う。
「そ、そりゃあ私だってそうだけど…あ、愛の力なんて恥ずかしい事言わないでよっ(//////)」
「へぇ、そうだったのか…て、ナニ?」なんかすごい事をさらっと言われた気がするんですが。
「付き合ってる…?」この、2人が?マジで?ケンカばっかしてたこいつ等が?
『えええええええええええええ!?』
俺、梨亜、凛、そしてそれを聞いていたクラス一同全員が異口同音に驚きの声を発した。
この時、クラスは初めて1つになった。
「で、付き合い始めたのって、いつからだよ?」
「今年の4月。花見行った時だな。もうてっきり気づいてると思ってたんだけどな」
「と、いうわけだ。さあ、俺たちを祝福しろっ!」という耕平の言葉に、
「はいはい、オメデトサン」俺は冷ややかなツッコミを返した。
「なんだよつれねえなぁ…さては妬いてるな?」
「アホか。俺は今それどころじゃないんだよ。悪いが惚気るならよそでやれ」
「へいへい。それじゃ稲穂、行こうぜ」
「分かったわよ…はあ、早まっちゃったかな…私…」
そう言いつつ、2人は歩き去って行った。

その後、俺達3人は雑談を交わしながら帰途についていた。
「う〜っし!テストも終わったし、あっそぶぞ〜おいタカシ!格ゲー持ち込むから勝負だ!寝かせないもんね♪」
「…あのな。俺の状況分かってて言ってるか?」
「うん。追試っしょ?でもアタシには関係ないし。アタシを楽しませるのはタカシの義務だもんね」
「はっはっは。ふざけんなよ?シメて血抜きしてローストチキンにしてやろうか?」カナリアはチキン(ニワトリ)じゃないけどな。
「へっへっへ。その前にアタシが殺してやんよ〜」
『ふふふふふふふふふふふふふふふふふ』俺と梨亜の含み笑いのユニゾンに、
「…あ、あのタカシさん?カナリアさん?ケンカは良くないと」一緒に歩いていた凛がうろたえていた。
「…っつーわけだ。追試終わったら幾らでも相手してやるよ。コレから夏休みだ。補修なきゃ幾らでも遊べるだろ?」
「わかったよ〜ったく、タカシが居ないとヒマになるんだから、せいぜい頑張れよな〜」
「ぬかせ」
「はは、それじゃね〜」と言いながらいつの間にか家の前まで来ていたらしい。梨亜は家へと帰って行った。
「…あれ?」きょとんとした顔の凛。
「どうした凛?早く家ん中入れよ」
「いや、2人ともケンカしてたんじゃ」
「あんなのケンカのうちに入るかよ。ダメ宮と稲葉じゃあるまいし。ま、今は付き合ってるからそうでもないのか」
「俺たちにとってあんなのは日常的なものでしかねぇの。だからお前が気にする必要は何もねえよ」
「べ、別に気にしてなんか…そ、それよりっ!」
「ん?」
「追試、どうするんですか?今度も赤点取らないとは限らないでしょう?」
「まあ、その辺は少し真面目に勉強すれば何とかなると…思うんだけどなぁ」
「タカシさん…自信、無いんでしょう?」
「う…」反論できない。確かに苦手な教科だし。
「…痛いところを突いてくれるな。そうだよ。確かにちとヤバイかもしれん」

「ほらやっぱり。そういうことなら、私が一肌脱ぎましょう」
「?」
「今日からみっちり、マンツーマンで勉強、教えますから」
「え!?いやそれは有難いけど申し訳ないし」
「今のタカシさんは断れる立場じゃないでしょう?」
「それとも補修、受けたいんですか?」
「いや…そんなことはないが…」
「なら、決定ですね」
「…了解。有難うな、心配してくれて」
「別に…住まわせてもらってますから。その借りを返すだけです。勘違いしないで下さい」
「おいおい、俺たちもう家族みたいなもんだろ?そんな借りだなんて寂しい事言うなよ」
「………………………………はい」
「それに、例えそうだとしても、やっぱり有難いことには変わりないんだ」
「ありがとう、凛」俺はそう言うと凛の頭を撫でようとして…止めた。
「えっ…?」手を引っ込めた俺に凛が意外そうな反応を示す。
「『えっ…?』って、お前が頭を撫でるのはやめて欲しいって言ったんだろが。それとも、撫でて欲しいのか?」
「そ、そんなわけないです!赤点取ったのは脳みそが腐ったせいですか!?」
「わかってるわかってる。その位で怒るなよ」
「わかってないよ…」微かに顔を赤くし、俯き加減に何かぼそぼそと呟く凛。
「ん?よく聞こえないぞ凛」
「な、何でもないです!それじゃ、今夜から始めますからねッ!覚悟しててください!」
そういい残すと、凛は2階にある自分の部屋へと言ってしまった。
「こりゃ…しばらくしんどそうだな…」俺は苦笑しながら1人ごちた。



―幕間―

「頭…撫でてくれなくなっちゃったな…」
凛が、心底残念そうに呟く。
ああは言ったものの、彼に頭を撫でられるのは大好きだった。昔から、それは変わらない。
「でも…しばらくは夜も、ずぅっと、2人っきりか…えへへ」
先程とはうって変わって、満面の笑みを浮かべる凛。
「不謹慎だけど…赤点に感謝、かな」
「あ〜もう、楽しみだなぁ」
そのままベッドへと倒れこみ、ゴロゴロと転がる。
彼女を知る人間が見れば、そのいつもとは違う有様に、目を丸くすることだろう。
だが、コレこそが、彼女の素なのだ。
「でも…本当に、ここに来てよかったな…」
凛は思う。
やはり、好きな人を遠くで想うのと、ずっと一緒に居られるのは、天地ほどの違いがある。
そのお陰で、今、好きな人の力になれる。嬉しくないわけが無い。
毎日が楽しい。体が充実感で溢れるのが分かる。
他にも、気さくなクラスメイトや、隆以外の2人の幼馴染。
皆いい人たちばかりなのがまた嬉しい。
「こんな毎日が、いつまでも続けばいいな…」
願いを、凛は呟く。
けれども、その願いが叶う事は無いという事を、凛はまだ知る良しも無かった。



夕食もそこそこに終えた俺、桐生隆は部屋で凛が来るのを待っていた。
そこで何かイケナイ想像をした野郎共、残念でした。
期末テストで赤点を取りへこんでいた俺に、凛が追試を乗り切るため、勉強を教えてくれる事になったのだ。
有難い話だ。俺と一緒に勉強したって面白いわけないのに。
(ま、追試に受かったら好物でも作るか…それとも何か買ってやるか…)
などと思考を巡らせていると、
コンコン、とノックの音が。その音に俺は、
「おう、入っていいぞ」と言葉を返す。
キィ…と微かに音を立てドアが開く。
「お邪魔します…と、あれ?思ったよりも片付いてますね」と言いつつ凛が入ってきた。
「最近綺麗好きになってな。掃除の素晴らしさに目覚めたのさ」
「ウソですね。その手のことについて、至極いい加減なタカシさんに限ってありえません」言いきられたよオイ。ま、事実だが。
「…そうだよ。お前が来るのに散らかってたら、何言われるかわからねえし。慌てて片付けたわけ」
「それはいい心がけですけど…それなら定期的にちゃんと片付ければそんな慌てずに済むんですよ?」
なんか前にも同じ事言われたような…進歩してないのか俺。
「わかったわかった。説教はもういいからさっさとテスト勉強しようぜ?」
「なんか偉そうですね…タカシさんは教わる側なんですけど?」顔をしかめる凛。
「スイマセン調子に乗りすぎました」
「よろしい。ふふ、今日のところは許してあげます」と先程のしかめっ面はどこへやら。ふふ、と微笑む凛。う、可愛いなコイツ。
「それじゃ、勉強始めましょうか」と、笑顔のまま凛が告げた。
何処と無く、機嫌が良いように見える。
俺と凛はテーブルに着き、テスト勉強を開始した。

―数十分後―
「それでここはこうで…」
「お、おう」
「そっちはこういう風に考えるんです」
「ああ」
「で、そこはここを見てもらえれば…」
「う、うん」
「…タカシさん?さっきから生返事ばっかりで、どうしたんですか?」俺の様子を見て凛が堪りかねたように言って来た。
だけどなぁ…俺は心の中で溜息をつく。
凛の持ってきたテキストの文字が小さい為、2人で見るには、必然的に体が近づき、
少しでも覗き込んだりすれば、息がかかるほど近づくわけで。
健全な17歳男子としてはイロイロと落ち着かなくなってしまうのは致し方ないと思うのだがどうか。
特に凛は完全無欠の美少女(決して身内贔屓ではないとここで断言しておく)だから、なおの事である。
「真面目にやってくれないと困ります」
「補修、受けたいっていうのなら、話は別ですけどね」
そんな俺の心情など知るわけも無い、凛の痛烈な嫌味が俺のヤワなハートにチクリと突き刺さる。
「いや、そんな事は無いって…真面目にやってるぞ?」慌てて弁解するが、
「ならここの問題の答え、分かりますか?」と、テキストにある1つの問題を指しながらそう言った。
「ここ、さっき教えたところですから、分かりますよね?」
「う…」
「あれ?どうしたんですか?」
「真面目にやってるなら、分かりますよね?真面目にやってれば」
意地悪げな口調で聞いて来る凛。畜生、絶対分かってて聞いてやがる。
溜息を小さく1つつくと、白旗を上げることにした。

「…わからん。今度こそ真面目に聞くから、もう一回教えてくれ」
「最初からそう素直に言えばいいんです」
「でもなぁ…この際だから正直に言うが、その…なんだ、近すぎ…」
「体とか、当たってるし、俺も男だ」
「どうしても気になるというか気にならない方がおかしいと言うか…」
「それで集中しろといわれても中々出来ないんだよな。いや、言い訳だって事は重々承知してるが」
「当ててるの…」ボソボソと凛が何か呟いた。
「ん?今なんて言った?」
「…べ、勉強中にそんな事考えるなんて、いやらしい人だな…って言ったんです」
「…そこまで長い台詞だったかな…?まいいや。それは全面的に俺が悪かった」
そこはもう弁解のしようも無い。まったく、兄的存在として失格だ。
「まあ、その正直さに免じて、許してあげます」
その言葉に俺はホッ、と安堵の溜息をついた。
なまじ端正な顔つきをしているだけに、凛に睨まれたりするのは精神衛生上非情にヨロシクない。
「…作戦、成功」またしても凛が何事が呟く。
「?さっきからどうしたんだ凛?」
「な、何でもないです!人の独り言にいちいち聞き耳立てないで下さい!」
「す、すまん」俺は反射的に謝罪の言葉を口にしていた。
今日は謝ってばっかりだな俺。まあ、凛と一緒に居る時は大体そうなんだが。

「―ふぅ。問題集、解き終わったぞ」あの後再び勉強を再会した俺と凛。
『勉強の成果を見る』といって凛が出したのは分厚い問題集だった。その内の数ページを解け、と言ってきたのだ。
なるほど、こんなの使って勉強してりゃクラス2位くらいは楽勝なわけか。俺は妙に納得してしまった。
その上を行く稲葉は、もっとすごい事になるが。
「ご苦労様でした。それじゃ明日までに答え合わせしてますから―って、タカシさん」
「まだ追試終わったわけでもないのに、何そんなに遠い目をしてるんですか」俺を見た凛が、呆れたように笑った。
「ん?ああ、問題集云々じゃなくて、お前がここに来てからもう随分経つんだな、と思ってさ」
「まだ、4ヶ月程度じゃないですか」凛が苦笑する。
「もう、4ヶ月、だ。時間も月日もあっという間に過ぎた気がする」
「タカシさん…」
「お前が来てから、いろんなことがあったよな…」
「凛に蹴られたり罵倒されたり注意されたり説教されたり張り倒されたり嫌味言われたりバカにされたり…アレ?何か泣けてきた」
「ご愁傷様です。それは大変でしたね」
「お・ま・え・の・せ・い・だ・ろ・う・がっ!」俺は凛を指差し叫んだ。どこかで犬が吼えていたが気にしない。
「お前…?はて、私に疚しいところはありませんし…」凛は後ろを向く。そこには鏡があり俺の姿が写っていた。
「成る程。自分が悪い、と。よく分かっているじゃあないですか」
「タカシさんも随分と成長したものです。確かにもう4ヶ月、と言ったところですか」
「あああああああああ!お前分かってて言ってるだろ?絶対分かってて言ってるだろ!?」
しれっとした顔でのたまう凛に、俺は喉が枯れるほどにツッコんだが、無論その行為が報われる事などあるわけが無かった。

「…まあいいや。なあ凛、そろそろ休まないか?」時計を見る。それを見ると既に相当時間が経っていた。
首を動かすとゴキゴキと折れたんじゃないかと思わせるほどの盛大な音を立てた。
何か急にとても老けてしまった様な錯覚に陥り、地味にテンションダウンする俺。
「もう、辛抱が足りないんですから…とは言っても、確かに少し疲れましたね」
「今日はこの辺にしておきましょうか」
「助かる。それなら教えてくれたお礼に、何か夜食でも作ってやるよ」
「いいですよそんな。別に大したことしたわけじゃないですし…」
「遠慮するなよ。俺がそうしたいだけなんだから。それに、結構お腹減ってるだろ?」
「べ、別にお腹なんて空いて…」そこまで言ったところで、
くぅ〜…………………。
と、小さな音が静かな部屋に響き渡る。
それは凛のお腹の方から聞こえてきた。凛の顔がたちまち苺かトマトの如く耳まで真っ赤に染まる。
その様子に、俺は思わず笑ってしまった。
「うぅ〜…そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…タカシさんのバカ…(///////////)」
「ははは…悪い悪い。それじゃ何か適当に作ってくるかな」と、部屋を出たその時。
「お?」いきなり俺の携帯から着メロが鳴り出した。
ちなみに曲はユニコーンの『大迷惑』。ってことは梨亜か耕平か。
液晶画面を見る。梨亜だった。
ちなみにコイツの番号だけは電話帳の別グループに入れてある。
グループ名は何かって?そりゃ勿論、【鳥類】。
まあウソだが。本当はダメ宮と一緒に【親友】のグループに入れてある。
前にそれを見た梨亜が何ともいえない表情をしていたのをよく覚えている。
まあそれはともかく。俺は通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。

「ようどうした何か用かそうか別に大した用事じゃないのかそういうことならこの辺で切るぞサヨウナラまた明日」
『まだ何も言ってないよー!それに勝手に終わらせるな!ってゆーかそれ以前に言葉に句読点くらい入れろぉ!』
「おいおいツッコミは1つずつ頼むぜ。リアクションできないだろ?」
『うるさいバカ!』
「冗談だ。で?何の様だ?俺勉強中なんだが」もう終わりにするとこだったがその辺は黙っておく。
『勉強で疲れてるタカシにアタシの天使のような声を聞かせてリフレッシュさせてやろうと思ってね』
「やっぱくだらねえ用事じゃねえか。切るぞ」
『待ってー!もう、こらえ性の無い男だねタカシは。あ、だから早ろ』
ブツッ。ツー。ツー。ツー。俺は即座に電話を切った。すぐさま着信。仕方なく俺は電話に出る。
『ホントに切るなよぉ!まったく心の狭い奴なんだから』
「お前が変なこと言うからだろうが」
『はいはいすまそんすまそん。でもそんなに過剰に反応されるとマジなのかと思っちゃうよ?』
「また切られたくなきゃさっさと本題に入りやがれ」とりあえず断っておくが俺は断じて早漏ではない。
『いやまあ本題って言うかさ…べ、別に大した用事じゃないんだけどさ…ああ、切らないでよ?』
「いいから続けろよ。とりあえず切ったりしねえから」
『う、うん。…いやさ、勉強、頑張ってるかな、とか赤点とって凹んでないかな?とか思っちゃったわけ』
『ほらさ、タカシって結構ヘタレじゃん』
「最後のが余計だが…なんだ、心配してくれてるのか?」
『し、心配なんて…ちょっと気になっただけだもんね』
「気持ちは有難いけど、そんな事でいちいち電話かけるなよ。俺なら大丈夫だから」
『…いけない?』
「ん?」
『心配になって、電話をかけちゃいけない?それってそんなに悪い事かなぁ?』
「いや、別に悪いとまでは」
『少なくとも、アタシはタカシが大丈夫そうで、結構ホッとしたけどな』そのあまりにもストレートな言葉に、俺は何も言えない。
『まあ、それだけだから…ガンバレ、タカシ』
ガンバレ。たったそれだけの言葉が、凄く心に沁みる。胸の奥が、じんと暖かくなる。
いつもの梨亜とは少し違う彼女の気遣いに満ちた優しい言葉に、俺は目頭が熱くなった。

「…アリガトな」
『な、なにさ急に神妙になっちゃってさ…別に礼なんて言われるほどの事なんかしてないもんね』
「はは、そうだな」
『そう言われると、それはそれでちょっとムカつく』
「どうすりゃいいんだよ」俺は苦笑した。
「とにかく、勉強については大丈夫だ。順調すぎるくらい。凛が付きっ切りで教えてくれてるからな」
『凛ちゃんと、一緒に勉強してるの?』
「俺が一方的に教わってるだけだ。だから心配はいらねえ、と思う」断言できない自分が情けない。
『そ、そう…』
「それじゃあな、切るぞ?」
『あ、タカシ…』
「ん?」
『う、ううん。やっぱ何でもない。それじゃね』
「おう」
『間違っても手だすなよぉ?』
「前も言ったが、天地神明に誓ってそんな事はしねえよ」
『…ん。わかった。またね』
「ああ、またな」俺は電話を切った。
なんか、急に元気が出てきたような気がする。
「うっし、明日からまた頑張るか」
とりあえず夜食、張り切って作るかな。
俺は腕まくりし1人ごちると、意気揚々と台所へと向かった。




―幕間―

「ふぅ…」
梨亜は窓の方をじっと見つめていた。正確には、そこから見える窓にカーテンのかかっている隆の部屋を。
「…おい」そんな様子を見ていた耕平が梨亜に声をかけるが、
「はあ…」聞いちゃいなかった。
「人の話を聞けって、の!」耕平は梨亜の頭を掴むと、強引に自分の方を振り向かせた。
「あ痛ぁっ!?急に何するのさ!?首痛めたらどうすんだよー!」
「お前が人の話を聞かないだろうがよ。ったくよぉ、『遊びに来い』って人を誘っておいてそれはねえだろ」
「なにさ、イナっちに振られて一人寂しく部屋に居たくせに」
「ふられてねえよ鳥類。稲穂は今日バイトなの。それよりも、そんなに気になるならタカシん家行きゃいいじゃねえか」
「そ、そういうわけにもいかないもんね…勉強中にアタシが来た事を追試落ちた言い訳にされたくないし」
「要するに、勉強の邪魔はしたくねえ、と。…はあ、健気だねぇ…」
「そういうトコを普段から見せてりゃタカシの態度だって違うと思うんだけどなぁ…」
「う、うるさいなぁ…とにかく、いけないもんはいけないの」
「ああもう、しょうがねえなぁ。ほら、コレ持ってけ」と、耕平は一冊のノートを梨亜に渡した。
「な、何コレ?」
「稲穂がテスト勉強用にテストの範囲をまとめたノートだ。『後で桐生に渡してあげて』って言われてたんだが」
「お前がタカシに渡してやれ。ほら、これでアイツのトコに行く理由が出来たろ?」
「だから行けよ金成梨亜。お前はもうちょっと焦れ。凛ちゃんはタカシを追っかけてワザワザこっちに引っ越してきたんだぜ?」
「隙あらばアプローチもかけてる。のんびりしてる場合じゃないだろ」
「ビビって遠慮してこんなトコでウジウジしてんじゃねえよ」
「…うん。わかった、行って来る。…サンキュ」梨亜は窓枠に手を書け、隆の部屋のベランダに飛び移り、中に入って行った。
その様子を見ていた耕平は、
「…無粋なのは承知。野暮なのもわかってる。大きなお世話だって言う認識もある」
「だけど、こうやって背中を押してやるくらい、してもいいよな…」と、誰に言うでもなく呟くのだった。


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