第12話『終わりの始まり〜Longest night〜』

追試のための勉強が一段落し、教えてくれた凛へのお礼もかねて、夜食を作る事にした俺。
いつもの様にバンダナとエプロンを身につけたら、準備完了。
(やっぱこうすると、気合入るな)などと思っていると、
俺の携帯から再び着信音が鳴り響く。今日は電話がよくかかってくるな。携帯を見ると、母さんだった。
「もしもし?」俺が電話に出ると、
『やっほ〜♪タカくん、元気?』能天気丸出しの声。やはり母さんだった。
「タカくんは止めてくれ母さん、つい最近まで普通に『タカシ』って呼んでたくせに…っていうかなんで携帯にかけて来るんだよ。」
『実は私も聡(さとし)さんも、あちこち飛び回ってた所為で家の電話番号忘れちゃったの。テヘ♪』忘れるものなのか?普通。
聡というのは俺の父親の名前だ。母の名前は貴子(たかこ)。もうお分かりだろうが俺の名前は両親の名前を組み合わせたモノなのだ。
「あと数年で40になるいい大人が『テヘ♪』とか言わないでくれ、気持ち悪い」ちなみにこの人は18で俺を産みました。
『いきなり御挨拶だこと。どうしてこんな可愛げの無い子に育ったのかしら?』
「子供ほったらかしで世界中飛び回ってる両親のお陰だと、言ってみようか」まあ俺もその方が気楽だからあえて反対しなかったのだが。
『…まったく、可愛げの無い子ね。梨亜ちゃんか凛ちゃんあたりと交換したいくらい』
「…一応親だというならせめてそういう事は本人の居ないところで言ってくれ。泣きたくなる」
『冗談よ。それよりタカくん』急に声音が真剣なそれになる。こういう所は、やはり人生経験の差って奴なのだろうか。
「…(ゴクリ)」妙な凄みに俺は思わず生唾を飲む。
『凛ちゃんはもうモノにしたの?』
俺は思わずズッコケた。それはもう、ドリフのコントでも1度あるかないかの見事な足ズッコケだったと、俺は思う。
『あらあら凄い音がしたわね。大丈夫?』
「アンタの所為だアンタのっ!…痛ぅ…いきなり何言ってんだよ」
『だって年頃の男女が一つ屋根の下よ?ナニも起こらないほうがおかしい』言い切るか母よ。
「人様の子を預かってるんだ。それに凛は俺にとって妹みたいなもんだ。そんなこと出来る訳ないだろ」

『そうなの?でも女として意識した事くらいはあるでしょ。それともホモなの?まあそれなら耕平君がいるのか』
一瞬俺と耕平が絡み合っている姿を想像してしまい、吐きそうな程の生理的嫌悪感が心身を襲う。いかん、何て破壊力だ。
「おぞましい事を言うな。想像しちまっただろが。…そりゃ凛は可愛いし、俺も男だから。でもそれとコレとは別」
『あっそう。…もしかしてモノにしたのは梨亜ちゃんの方?』今度は何とかズッコケられずにいられた。
「…アンタは意地でも誰かと俺をくっつけたいのか!?」
『だってぇ、早く孫の顔見たいもの』確か凛が来た日、メールにそんな事打ってあったな。本気だったのかこのアマ。
「アイツは幼馴染だ。そんなの…ありえねえだろ」
『…つまらない解答ね。お母さんちょっとガッカリ。…それなら質問の仕方を変えようかしら』今度は何だと言うのか。
「好きな子は居るの?」直球かよ。
「…………………………………………………………ああ。いるよ」俺は長い沈黙の後、俺はそう答えた。
『そしてそれは、凛ちゃんか梨亜ちゃんのどちらか、でしょ?』
「…………………………………………………………そうだよ」再び長い沈黙の後、俺は短く、しかしはっきりと肯定した。
否定する事は出来た。でもそれはしなかったし、できなかった。それは『あいつ』への気持ちを否定することになるから。
『…誰だか、聞いてもいい?』
「――――――――――」俺は『あいつ』の名前を口にした。
『そう。…よし息子の本音も聞けたし満足満足。そろそろ切るわね』
「親としてはもっと他に聞くことがあると思うんだが。アンタは修学旅行に来た中高生か?」
『いいじゃないタカくん。しっかりしてるんだから、私が心配する必要なんてないでしょ?』
「それもそうか」
『あっさり肯定されるとショックぅ〜』
『ま、いいわ。今度帰ってきたときは美味しい手料理作って上げるからね。お袋の味を味あわせてあげる♪』
「手料理?俺の方が巧いから別にいい。それとも、母親としての威厳とプライドを粉々にされたいというなら、話は別だけど」
『…ううぅ…ほんっとに、可愛くないんだからっ!タカくんのばかーーーーっ!』ブチッ!それだけ言うと、電話が切れた。
「…せめて親父にかわれよ」俺はそう呆れ顔で1人ごちると、夜食作りを再開した。
その時、2Fの俺の部屋でとんでもない事が起こっていたなんて、わかるわけもなかった。

「…おりょ?タカシのバカいねーし。トイレか?」と、梨亜がキョロキョロと部屋を見渡していると。
「タカシさんもう作り終えたんですか…って、あれ?」ドアを開け、凛が入ってきた。どうやらトイレに行ってたのは彼女らしい。
「…何しに来たんですか?」機嫌の悪さを隠そうともしていない、険しい顔の凛。
「今日タカシさんは追試のために勉強するって言うのは、知ってたはずですよね?」
「う…うん。そうだけど…」凛の剣呑なオーラに押され、タジタジと言った様子の梨亜。
「なのに、なんで来たんですか?」
「まさか本当に、自分が楽しいならタカシさんがどうなっても気にしない、とでも思ってるんですか!?」
「ち、違うよ!それは違うよぉ…」
「ならさっさと帰ってくれませんか?…邪魔、しないで下さい」
「そ、そういうわけにはいかないもんね…ほら、コレ渡そうと思ってさ」
梨亜が手に持っていた一冊のノートを凛に見せた。
「…なんですか?それは」
「い、イナっちがテスト勉強用にテストの範囲をまとめたノート。イナっちバイトだから渡せないらしくてさ」
「…そうですか。それならそれは私が預かっておきますから―」
「だ、ダメだよ!それはだめっ。あ、アタシはタカシに直接渡したいんだ」
「…何故ですか?私が渡そうと梨亜さんが渡そうと、結果的には同じだと思うんですけど」
「そうかもしれない…でも、私もタカシの力になりたいんだよ」
「アイツバカだし鈍感な朴念仁だし結構いい加減だし料理の事になるとアタシたちなんか目に入らないトコがあるけどさ」
「でもさ、けっこうアイツイイトコあるし。それにアイツ居ないと夏休みヒマだしさ。そうしたいと思っちゃ、悪いかな?」
「別にそんな事は言ってません…それより、ちょっと、言い過ぎじゃないですか?」
「へ?」
「バカとかいい加減とか…まあ、大体当たってますし、鈍感な朴念仁って所は大いに同意ですが…でも、ちょっと言い過ぎです」
「そう?でもこれ凛ちゃんがタカシに対して、いつも言ってる事そのまま言ってるだけだよん」ニヤリ、と笑う梨亜。
「うう………………」凛は何も言えなくなった。

「そ、それよりっ!何でそこまでタカシさんの力になりたいと思うんですか?」
「へ?だ、だからアイツが追試で遊べないとアタシヒマになるし…」
「違うでしょう?その程度だったら私にそのノート、預ければいいだけ」
「直接渡す事に、そこまでこだわる理由にはならないと思うんですけど」
「あう…」
「私は、タカシさんの力になりたい。あの人の事が好きだから」
「バカで鈍感でいい加減で料理以外の事はガサツかつ大雑把だからてんでダメだしちょっと間抜けで何処かしまりが無いし」
「なんかさっきアタシが言った事よりも罵倒がグレードアップしてるような…」
「でも、好きなんです。そんなダメなところを探す方が楽な人ですけど…」
「その分いつも私達のことを第一に考えてくれる、とっても優しいあの人が、好きなんです」
「以上です。…梨亜さんは、どうなんですか?」
「………………………私も、タカシの事…好き…だ、よ」搾り出すような梨亜の告白。
だが、それが逆に彼女の本気さをよく表していた。
そして、一度言ってしまったら、もう止まらない。堰を切ったように、秘めた思いが溢れ出す。
「アイツの何処が好きだなんて…アタシ頭悪いから…上手く言えない」
「あえて言うんだったら…全部、そう全部が好きなんだよ」
「傍にタカシが居るのが当たり前だったから、いつからこう思うようになったかなんて、はっきりとはわかんない」
「だから。こういうしかないもんね」
「私、金成梨亜は…傍に居る内に…当たり前の様に…ごく自然に…桐生隆が、好きになりました」

「そうですか。でも…タカシさんは、渡せません」
「凛ちゃん違うよ。その言い方は違う」
「タカシは…モノじゃないもんね。『渡す』なんて言い方、ダメだよ」
「そんな人に…タカシは任せられないよ。あのバカの傍には…アタシが居ないと」
「それはこっちの台詞ですよ」
「負けない、もんね」
「こちらこそ、負けません」
「「………………………………………………………」」しばらく、2人は睨みあっていたが、
「…ぷはぁっ。もうダメ〜凛ちゃん降参降参。もうこういうヤな感じなのは止めようよ〜?」
「…タカシさんを諦めるんですか?」
「それはないよ」即答だった。
「でも、仲良くしたい、と?なんか図々しいというかなんというか…」
「そうだよ?だってアタシ空気読めないもんね。アタシ達は恋のライバル同士。でも、仲良くしちゃいけない決まりはないじゃん?」
「貴方って人は…くすっ。…もうなんかどうでもよくなっちゃいました」
「お、タカシのこと諦めた?」
「まさか」コレも、即答。
「「ぷっ…あはははははっ」」2人は、思い切り笑った。
「梨亜さんとは…改めて、仲良くできそうです」
「アタシも…でもさ、それなら梨亜『さん』なんて他人行儀な呼び方はしないでよ」
「そ、そうですか…?なら、梨亜…ちゃんとかどうですか?」
「おっけー!それで行こう!」梨亜が親指をぐっと、下に立てた。
「それ、逆ですよ?」苦笑しながら指摘する凛。
「え…ホント?」次の瞬間、再び2人は大笑いした。だがその時、
「笑い声が外まで聞こえてきたんだが…お前等何してんだ?」と、誰かの声。振り向くと、
タカシが居た。

「た、タカシさん!?へ、部屋に入る時はノックしてください!基本的なエチケットでしょう?だから女にもモテないんですよ」
「ここは俺の部屋だ…っていうかなんでそこまで言われなきゃいけないんだ…?」
「た、タカシ…いつからそこに居たの?」
「…………今来たとこだ。っていうかそれは俺の台詞なんだがなぁ」
「そ、そっか」梨亜が安堵の溜息を漏らす。
「…聞かれたくない事でも、話してたのか?」
「う、うるさいな…なんでもないもんね!」
「あ、そうだコレ、イナっちがテスト範囲ノートにまとめた奴。使ってくれってさ」
「…助かる」
「そうだろ、感謝しろよタカシ♪」
「なんでお前に感謝するんだ?まとめたのは稲葉だろ」
「んだとー!この恩知らずのド畜生がっ!」
「冗談だよ。サンキュな」
「う、うん…(//////)」
「それより…なんでお前等俺と目を合わせようとしない?」
「こ、細かい事は気にしないで下さい!」
「そうだよ、いつもは凄い大雑把なくせに〜」
「…まあ、その方が俺にとっても好都合だけどな」隆が小声で何か呟いた。
「?何か言った?」
「…何でもねえよ。まあ、料理は2人分しか作ってないからコレ、2人で食え。俺は疲れたからもう寝る」
「あ、どうも。それなら私、梨亜ちゃんの所に行って来ますね」
「ダメ宮と3人で遊んでくるもんね!へっへ〜羨ましがれ」
「そうか。じゃあな、おやすみ」タカシは手をひらひらと振った。
「「……………………?」」その様子に何か違和感を覚えつつも、2人は梨亜の家へと向かって行った。

「はぁ……………………」2人が居なくなった後、俺は長い長い溜息を吐き出した。
「なんとか、バレなかったか…」俺は呟いた。
そして、俺は独白を続ける。
「…言えないよな。全部、聞いてたなんて」
そう、俺は2人の会話の一部始終を、ドアの向こう側で聞いた。
そして、知っちまった。
「好きって…マジかよ…夢じゃ、ないんだよな…」梨亜と凛、2人の気持ちを。
彼女たちの俺に対する不自然な言動、必要以上に俺にきつくなる態度。
それらの全てが、今1つに繋がり、2人に対して抱えていた疑問の全てが氷解した。
2人が俺から目を逸らしてくれて、正直、助かった。
今、俺は2人の顔をまともに見るなんて、とてもじゃないが出来ない。
2人の好意は、嬉しい。嬉しいに決まってる。
だが―いや、だからこそ、苦しい。
俺は迷わず『あいつ』を選ぶ。
だが、それは残ったもう1人を傷つけることになる。
そして、そうなれば、もう今までの関係では、絶対に居られない。
誰もが幸せになるなんて事、ありえない。
幸せになる奴が居れば、その影で不幸になり、涙する奴が居る。
そんなの当たり前だって、分かっていたつもりだった。
だって、分かっているのなら―
「くそぉっ…なんでだよ…胸が…痛ぇ…っ!」
俺は…どうすればいい?
今夜は、眠れそうになかった。


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