第二話「おれの ものすごい 幼馴染」

「起きてください!」
俺の眠りはその声で唐突に終わりを告げた。
その声に俺は目を開けのろのろと身を起こし、顔を向けた先には、エプロン姿の女の子。
寝ぼけて回転の遅くなっていた俺の脳みそが、ようやく回転し始めた。
そうだ、昨日から下宿する事になったんだっけな…
彼女の名前は草薙凛。俺の家の真向かいに住んでいて、俺にとっては妹のような存在だった。
昔は良く遊んだのだが、5年前に引越ししていったのだ。
来年の春から俺の通っている高校に通う事になったので、俺の家に下宿する事と相成ったわけだ。
ちなみに俺の名前は桐生隆、17歳。凛はいっこ下の16歳だ。
だが、それを踏まえてなお俺の頭には1つの疑問が浮かんだ。
「…なんでエプロン姿なんだ?」
「決まっています。朝食を作っているからです」
「…なんでだ?メシなら俺が作るぞ?」
「タカシさんは朝が弱いでしょう?」
「下宿させてもらってる身でお世話になりっぱなしというのも気がすまないので、せめて朝食くらいは、と」
「確かに俺は朝弱いからそれは助かるが…なんでそのことを知ってる?」
「昔からそうだったでしょう?夏休みのラジオ体操だって、いつも時間ギリギリに走ってきてましたし」
まあ、幼馴染でもあるからそれくらい知ってて当然か。にしてもよくまあそんな昔の事を覚えていたもんだ。
「…まあ、それはいいとして。何でこんな朝早くに起こしに来たんだ?」
現在6時半。学校へ行くなら話は別だが、今は春休み。もうちょっと遅くまで寝ててもいいだろ。
「早起きは体にいいですから。それに休みだからって遅くまで、だらだらと寝てていい道理なんてありません」

「とにかくっ!朝ごはんできちゃいますから。早く着替えてきてくださいね」
そういい残すと凛は部屋を出て行った。
彼女が部屋から出たのを見ると、俺は即座に次の行動に移った。
ベッドに潜り込み、おもむろに目を閉じる。そう、二度寝だ。
(馬鹿馬鹿しい…休みなんだからもう少し寝かせろっての…)
(ギリギリまで寝てやれ…)
しばらく目を閉じていると、いい感じにウトウトとしてきた。この調子ならもうすぐ眠りにつくはずだった…
だが、そうはならなかった。
「起きろー!」
ゴッ。嫌に鈍い音が俺の頭蓋に響き渡ったと思った瞬間、視界がぐるりと回転しベッドから転げ落ちた。
どうやら蹴り落とされたらしい。音のわりに痛くは無かったがそれでも腹が立つ。
「何しやがるこの野郎!」俺は飛び起きそいつの胸倉を掴む。
だが俺はそいつの顔を見て手を離した。見知った顔だったからである。
「なんだ。お前か…もうちょい優しく起こせ…あといい加減2階の窓から入ってくるのは止めろ」
「休みだからってだらだらと寝てるタカシが悪いのさ。それにそっちのほうが手っ取り早いし」
俺の言葉に減らず口で返しているのはシングルテール(ポニーテールに非ず)の女の子だ。
どちらかというと可愛い部類に入る。
彼女の名前は金成梨亜(かなり りあ)。俺と同い年で幼馴染の1人。凛とも良く遊んでたっけか。
家が隣同士なのでしょっちゅう二階から入ってくるのだ。
「うるさいカナリア。ピーチクパーチク鳴くな」
「カナリアっていうなぁ!アタシの名前はか・な・り・り・あ!」眉を吊り上げ怒る梨亜。まあ、いつものことなのだが。
「相変わらずの夫婦漫才かよ、よくもまあ飽きないよな」
苦笑しながら俺の部屋のもう1つの窓から入ってくる男がいた。

そいつは金髪に青い瞳。だが顔は日本人というちぐはぐな外見を持っていた。
コイツの名前は雨宮耕平(あめみや こうへい)。
俺のもう1人の幼馴染だ。学校の成績も悪く授業や掃除当番はしょっちゅうサボる。
運動神経はいいはずなのに常に帰宅部。またかなりのナンパ好きだが女にはモテたためしがない。黙ってれば2枚目なのだが。
ゆえについたあだ名がダメ宮。コイツの髪と目の色の理由は先天的な色素欠乏症だかららしい。
コイツらとは小中高と一緒の腐れ縁である。しょっちゅう憎まれ口を叩きあってはいるが、気心の知れた友人同士だ。
「ふ、夫婦漫才って何いってんだよダメ宮!なんでこんな奴と夫婦にならなきゃ…(/////)」顔を真っ赤にして抗議する梨亜。
「だってよ、お前等見てると付き合いの長いカップルって言うか夫婦って感じなんだもんよ」
「そ、そんな…ね、ねえタカシ、アタシたち他の人たちにもそう見えちゃう?そう見えちゃうのかな?」
俺の方を向いてそう聞いてくる梨亜。なんでそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?
「知らねえよ。それより着替えるんだ、部屋から出てけ」一度起こされただけならまだし顔を蹴られ起こされてはもう眠れない。
「はいよ。俺等はリビングでテレビでも見ながら待ってるわ。ほら、行こうぜカナリア」耕平が梨亜の肩をポン、と叩く。
「む〜…わかった…」何故か不満そうな顔をしていた梨亜だったが、渋々踵を返し部屋をあとにしようとする。
(さてと、さっさと着替えないと凛に叱られちまうな…と、ん?)シャツを脱ぎながら俺は1つの事に気がつく。
そういえば2人に凛がウチで下宿する事になった事を言うのを忘れていた。
「あ、お前等ちょっと待て。話すことがある」俺はドアに向かって歩こうとしていた2人に声を変えた。
「ん?」梨亜がその声に振り向いた瞬間、床にあったゴミを踏んづけ、体が倒れる。
転びそうになり慌てて彼女はちかくにあるものを掴んだ。すなわち俺の服を。
俺は巻き込まれる形で梨亜と重なるようにしてベッドに倒れこんだ。

「んなな…いきなり何するのさ!このケダモノ!(/////)」
「お前が俺の服を掴んだ所為で俺まで倒れたんだろうが!」
「う、うっさい!さっさとどけよバカ!」
「わかってる!ったく…」俺はベッドに手を突いて体を起こそうとした。その時。
キィ。ドアの開く音。凛が部屋に入って来たのだ。
「タカシさん、着替え終わりましたか?朝食が出来…」そういったところで凛は固まった。
ベッドに上半身裸で手をついている俺。その下には梨亜。
見様によっては俺が梨亜を押し倒しているようにも見える…というかそうにしか見えない。
「…何をしてるんですかぁっ!」顔を真っ赤にして激昂する凛。
その様子を見て必死に笑いを堪えている耕平。あのヤロあとでぶっ飛ばす。
「貴方がそんな破廉恥な人だとは知りませんでしたよ!」
「いやまて凛話を聞けコレには深い事情が」
「問答無用!」
次の瞬間、俺は凛の蹴りを喰らって思い切り吹っ飛んだ。
偶然にもそこは梨亜が俺を起こす時に蹴ったところと同じ場所だった。
そんなに頭ばっか蹴られたらパンチドランカーになっちまうっつの…ああ、この場合はキックドランカーか…?
俺は吹っ飛ばされながらそんな意味の無いことをぼんやりと考えた。



あれから。
蹴り飛ばされたショックから立ち直った俺は着替えを済ませることにした。
凛は怒って台所へと降りていき、梨亜と耕平は部屋の外で待機していた。
さすがにあの状態の凛に近寄るのは躊躇われたらしい。
(ともかく下に下りて凛に事情を説明しないとな…)
俺は手早く着替えを済ませると、台所へと向かった。
部屋を出る前に耕平の鳩尾に肘を一発叩き込んだ後に。
俺は台所につくと、さっきのことが誤解であると、朝食を共に食べながら凛に説明した。
梨亜と耕平も説明してくれただけあって、誤解はすんなり解けた。
「…つまり、梨亜さんが転びそうになって、とっさにつかまったタカシさんと一緒に倒れた…と、こういうことですね?」
「ああ、そういうことだな」
「まったく…そういうことはもっと早く言ってください」
「言おうとしたぞ。そしたら『問答無用!』って言われて蹴り飛ばされたが」
俺は半目で凛を見やりながら皮肉交じりの抗議をする。その言葉には凛も大分堪えたらしく、
「う…それは確かに少し短慮だとは思っています…」と申し訳なさそうに言う。
「それにな?良く見れば梨亜以外に耕平も居ただろうが」
「その時点でお前が誤解していたようなことなんて起こり得ないって気づけ」
ちと言いすぎかもしれないが、何度も蹴り飛ばされるわけにはいかない。
「…申し訳ありません…確かに冷静さを欠いていたとは思います……でも……」
「でも?」
「それは…貴方が…他の女性と…その…そんなことをしていたからであって…私は…その…(//////)」
顔を赤らめ何故かモジモジとしながら言いにくそうに言葉を紡ぐ凛。
だがもう声はか細くなって俺の耳には届かなくなっていた。

「何が言いたいんだ?良く聞こえないぞ?」
「あ〜もうじれってぇな、いいかタカシ…」
「何だダメ宮?」
どうせコイツの事だ、ロクでもないことを言うに決まっている。
が、まあ一応聞いてやろうと、言葉の続きを促す。
「だからな、俺が思うに凛ちゃんがあんな態度をとったのはな?きっとお前の事が」そこまで行ったところで、
スコンッ! 小気味いい音を立てて壁に何かが刺さる。
ギギギ、という音が聞こえてきそうな、ギクシャクとした動きで耕平が壁に刺さった「モノ」を見る。
それは包丁だった。耕平が喋っている間に棚から素早く取り出して投擲したのだ。
その動きたるや電光石火というに相応しいものだった。凛以外の全員の背筋に寒気が走った。
「…何か?」
凛は般若のような満面の笑み(何かオカシイ表現だとは思うがそうとしか言えない)で、耕平に問う。
「い、いやあ、何でもないデスよ?あ、アハハ…俺ってば何を変なことを言おうとしてたのかなぁ…」
耕平は青ざめた顔で首を左右にブンブンと振りつつ、震える声で言った。
頬にはうっすらと赤い筋。どうやら包丁が掠ったらしい。
「…ダメ宮、だからお前はもっと慎重に言葉を選べよ」
「それより。凛、何を言おうとしてたんだ?」
「…別に、大したことじゃありません。どうせ私が悪い事には変わらないんですし」
どこか拗ねた様子で凛はそういうと、コレでこの話題が終わりとばかりに黙々と朝食を食べるのを再開した。

俺もそれに習い朝食を食べるのを再開する。
ちなみに梨亜と耕平はTVをつけて見ることにしたらしい。
もっともこんな時間だったからニュースしかなかったが。
しばらくそうしていたが、梨亜が俺のほうに向き直り、
「あのさ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「何でここに凛ちゃんが居るわけ?」
ゴン。
ちなみに今の音は俺、凛、耕平の3人が揃ってテーブルに突っ伏した音である。
「…お前なぁ…俺だって大体事情は想像ついてたってのに…」さしもの耕平も呆れ顔だ。
「…いやまあしょうがないだろ。だってコイツバカだし」俺はもう突っ込む気力も無かった。
「むきー!誰がバカだ誰がぁっ!」
「「お前」」俺と耕平は声をハモらせキッパリとそう言った。まあ、耕平も大概バカだが。
ちなみに学校では俺たち3人のことは3バカトリオと言われている。
この2人と一緒に「バカ」のカテゴリーに入れられるのは大いに納得がいかないんだがなぁ。
「説明してやるからとりあえず落ち着け、な」
「ぶっちゃけると、凛がこっちの高校に通う事になったから、ウチで暮らす事になったってことだ」
「…ま、そんなことだろうと思った。凛ちゃんの家大分遠いもんな」と、納得顔で、耕平。
「そういうことです。少なくとも高校卒業までは、ここに御厄介になると思います」
「ふんふん、なるほどね…」と梨亜も納得したのか、頷いていたが、
「って、ウチで暮らすってどういうことだタカシーーーーーーー!」
梨亜は急に激昂したかと思うと、俺の襟首を掴んで思い切り締め上げる。
「ちょ…っと…おち…つけ…梨亜…っていうか…頚動脈…締まってる…死ぬ…死ぬから…ヤメロ…」
「うるさいうるさーい!」なおも俺を締め上げる梨亜。
「だ、からっ…いい加減にしろっ!」
ビスッ!俺は梨亜に地獄突きを喰らわせた。結構効いたらしく梨亜は俺から手を離した。

「痛ったぁ…か弱い女のコに地獄突きなんて…マジデビルだよ…」
「ゴホッゴホッ…か弱い女の子は人の首を極めないと思うが…死んだ爺さんに会ってきちまったじゃねえか…」
しかし今日はよく死に掛けるな俺。
「っていうか高校に通うために俺の家に下宿する事がそんなにおかしいか?」
「まあ、下宿というよりは同居か居候って感じだが」
「おかしいに決まってるじゃん!そんな、年頃の男女が1つ屋根の下なんてさ!」
「何かマチガイでもあったらどうするのさ!」
「凛は俺の妹分みたいなもんだぞ?天地神明に誓ってそんな事はしない」
「……………」凛はなにやら複雑そうな顔をしている。
まあ、同じ家に住んでいる人間が自分を襲うかもしれない、なんて言われて気分が言い訳が無いよな。
「それにだ。コレは互いの親も了承済みっていうかそっちのほうでほぼ勝手に進んだ話だ」
「俺に言ったってどうにかなるもんじゃないんだよ」
梨亜はまだ納得がいかないという表情をしていたが、結局それ以上何か言ってくる事は無かった。

朝食を食べるのも終わりに近づいてきたその時、
しばらく、何か思い悩むような顔をしていた凛が、やがて意を決したように凛がおずおずと口を開いた。
「あ、タカシさん…あの、ちょっと…」
「ん?何だ?」
「引越ししたばっかりで、色々無い物とかあるんですけど」
「おう。それで?」
「それで…その…細々としたものを買いに行きたいんですが、まだここの地理には不慣れで」
「その…よければで、いいんですけど」
「町の案内もかねて、買い物に付き合ってくれませんか?」
恐る恐る、といった感じで凛は俺に聞いてきた。緊張でもしていたのだろうか。
まあ無理も無い。昔仲良くしていた間柄とはいえ、他人の家に下宿させてもらっているのだ。
今日の朝食といい、彼女なりに精一杯気を使っているのだろう。
今も、俺の迷惑になるんじゃないかと、相当な葛藤があったに違いない。
(…バカだな。今更そんな遠慮することなんてないのに)
俺は苦笑すると、凛の頭をクシャリ、と撫でた。
「…お前はほんとにいい娘(こ)だなぁ。この2人に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
「な、なんですかその言い方は…それに頭を撫でるのは止めてくださいと言った筈です…(//////)」凛の顔が朱に染まる。
「悪い、いじらしいお前があまりにも可愛くてつい、な」
「〜〜〜〜〜〜っ!!!!!(//////)」俯き、真っ赤な顔まま黙り込む凛。ちと言い過ぎたかな?

「それなら、今日は引越しの業者が来て荷物を運び入れるだろうから。その始末で1日使うだろうし」
「明日でどうだ?何か不都合あったら別の日にするが」
「分かりました。それで構いません」
「よし、それで決まりだな。それじゃメシも食べ終わった事だし片付けるか…」俺が席を立とうとしたその時、
「あたしも行く」梨亜がおもむろにそんな事を言ってきた。
「…何で?」その時の俺の顔はさぞ間の抜けたものだったろうな。
「だって、2人っきりにしてたらタカシ何するか分からないし」信用ねえなぁ俺。
「だからそんな事しねぇっつの…まあ、来たいんなら来てもいいけどよ…」
というか駄目って言ってもついて来そうだったが。
「へっへ〜きっちりかっちり監視してやんよ〜」なんか妙に嬉しそうだなコイツ。
「…そういうことなら俺も行くかな」
「何だ、結局全員かよ」
「ダメ宮も来るなら、ついでに凛の歓迎会もやるか。凛、それでいいか?」
「…別に良いんじゃないですか?それじゃ、部屋に戻りますから」
それだけ言うと凛は台所から出て行った。
「…なんか俺、怒らせるようなこと言ったか?」
俺は二人に聞く。頭撫でたときのがそんなに気に障ったのか?
「知らないよ〜そんな事」と、梨亜。
「まあ、俺も悪かったけどよ…自分で考えろ、この朴念仁」耕平は呆れ顔でため息をついた。
「ワケわかんねぇ」俺は途方にくれるしかなかった。



―幕間―
夜。
「…タカ兄のバカ…私は2人っきりで行きたかったのに…」
不満げに凛は部屋で呟く。
必死の思いで誘ったのにあの男と来たら。
自分の想いにも意図にもまったく気づいちゃくれない。
それに、あの言葉。
『凛は俺の妹分みたいなもんだ』
その言葉が小さなトゲとなって凛の心に突き刺さる。
(私はタカ兄にとって妹分でしかないのかな…)
そう考えると気分が重くなる。
「…もう寝よう」凛は布団に潜り込む。
だが、そんな精神状態では中々眠れるわけも無く―
彼女が眠りにつくころには東の空が白み始めていた。
そして、朝を迎えた。


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