第3話「街へ。」

朝。目が覚めた俺はベッドから身を起こして時計を見る。
時間は朝の9時。何か違和感を感じる…
(…あ、凛が起こしに来ないんだ)
昨日は、朝の6時半に起こしに来たっていうのに。
(ゆっくり寝れるのは有難いけど…どうしたんだろうな)
俺は着替えると、凛が寝ている部屋に向かった。
部屋の前についた俺はドアをノックする。返事が無い。
「入るぞー?」
俺は少しずつドアを開けた。 
そこにはベッドの上で静かに寝息を立てている凛の姿が。
(…寝坊するような奴には見えなかったんだけどな)
(ま、スケジュールがきっちり決まってるわけじゃなし、無理やり起こすのもなあ…)
俺は静かに部屋を出ると、朝食を作るために台所に向かった。
だが、無人の筈の台所には見慣れた2つの顔が。
「タカシ、おっはよ〜遅いぞバカ」
「お、来たな。タカシ〜早く朝飯作ってくれよ〜腹減ったよ俺」
テーブルに座りそう言って来たのは、梨亜と耕平だった。

「カナリア…頼むからエサは自分の巣で食って来い」俺はため息をつく。
「い〜じゃんケチ〜それにダメ宮だって来てるじゃん。つーかカナリア言うな」
「ダメ宮は食材をちゃんと持ってくるからいいんだよ」
「それに、コイツの事情、忘れたわけじゃないよな?」
「う…」梨亜もその言葉には反論ができない。
耕平はとある事情から、家族から離れ1人暮らしをしている。
長くなるし、あまり気分の良い話ではないから、互いに口に出す事は無いが。
まあその話はまた今度にしよう。というわけで耕平はほぼ毎日俺の家にメシ時になると食材を調達して俺のところにやってくる。
俺は自前の食材とあわせてメシを作って食べる。分かりやすいギブ&テイクだ。
なのにこの鳥類と来たら…何も持ってこない、味の好みにはうるさいとロクなことをしない。
俺のギブオンリーなのだ。俺がため息をつくのも少しは納得できるだろう?
「ま、どうせお前の分を作らないと、食ってる横からメシを強奪されるだけだし。1人分なら何とかなるだろ。」
「作ってやるよ、ありがたく思え」俺は頭にバンダナを巻きながら梨亜に告げる。
「サンキュ〜さっすがタカシ♪」こういうときだけは調子いいんだよなぁコイツ。
「4人分か…ちと多いな」俺はそうぼやきつつも、調理を始める。
今朝の献立はオムレツにポテトサラダ、野菜スープにトーストだ。
俺たち3人が朝食を食べていると、あわただしく階段を下りてくる音。凛が起きたらしい。
凛は台所に入るなり開口一番、
「寝坊してしまってスイマセンッ!」肩で息をしている。よほど急いで下りて来たんだろう。
「別にいいって。出かける予定があるにしろ、時間をきっちり決めてたわけじゃなし」
「でも…それに昨日あんな事を言ったのに、コレじゃ…自分が情けないです」しょぼん、とうなだれる凛。
「俺は気にしてないよ。いいから席についてメシを食え。冷めちまうぞ?」俺は凛に微笑みかけた。
「はい…(//////)」その言葉に安堵したのか、凛は嬉しそうに微笑むと、朝食を食べ始めた。
その姿を見て、可愛いなあ。何て思っちまったのは内緒だ。

俺たちは朝食を食べながら今日の予定について話し合う。
といっても午前中は凛の買い物に当てられる。
だからメシは何処で食べるか〜とか、午後から何処で遊ぶか〜って言うのを列挙するだけだったが。
「メシは適当に近くにあるトコから好みや混み具合で選べばいいだろ」と、耕平。
「そうだな…なら、映画なんてどうだ?その後家に帰って軽く歓迎パーティって感じで」俺はそう提案した。
「いいね〜♪映画なら丁度今面白いのやってるし、近くにゲーセンとかあるから放映時間まで時間つぶし出来るし」と、梨亜も同意する。
「私は昨日も言った通りまだこの辺りの事には不慣れなのでお任せしますが…」
「何だ?何か聞いておきたい事でもあるか?」
「いえ…大したことではないんですが…『げーせん』とは何ですか?」
ゲーセントハナンデスカ。俺たち3人はしばらくその言葉の意味が分からず硬直した。
「…凛、ひょっとしてお前ゲーセンに言ったこと無いのか?マジで?」一足先に硬直から回復した俺はそう聞いた。
「…あったら聞きません!」凛は憮然とした顔をしていた。
「まあいいじゃねえかタカシ。凛ちゃんは真面目な子だからゲーセンなんて行ったことないのさ」
「そうか…まあ、誰だって知らない事の一つや二つ、あるよな」
「あたし達が教えてやらないとね」
「何ですかさっきからその哀れむような視線は!」凛はたまらず激昂する。
「そ…それにゲーセンがどういうところなのかは知ってます!甘く見ないで下さい!」
「ほう、じゃ言ってみ?」俺は意地の悪い笑みを浮かべて凛に聞いた。
「う…」深くツッコまれる事は予想してなかったのか、凛は微かに呻き声を上げる。
「何だ、やっぱり知らないのか?」俺はさらに聞く。ああ、今の俺の顔はさぞ邪悪な顔つきだろうなぁ。
「知ってると言いました!ゲ…ゲートボールセンター」
その余りにも予想外な答えに、俺たち3人は椅子に座りながらドリフの如く起用にズッコケた。

「凛…知らないなら知らないと素直に言おうな」
つーか聞いておきながら知ってます、って言ってる時点で矛盾してるんだが。
「お前が凛じゃ無かったら『ゲートボールセンターなんてトコに若者が遊びに行くわけねーだろボケ』って思いっきりツッコんでるぞ」
「結局言ってるじゃないですか…」
「っていうか、ゲートボールセンターって何?ゲートボール専用施設?そんなトコ在るのか?」
「流石凛ちゃん…このアタシを足ズッコケさせるなんて…」
耕平と梨亜も身を起こしながら口々にそう言った。
「うぅ…もういいです!買い物は1人で行きます!タカシさん達だけで遊んで来て下さい!」
そう言うと凛は台所から出て行ってしまった。その後に階段を上がる音。部屋に行ってしまったらしい。
「やべ…ちと言い過ぎたか。ちと凛のトコに行ってくる」
俺は梨亜達にそう告げると台所を後にした。
階段を上がり、凛の部屋の前にたどり着いた。
「凛…その…怒ってるか?」
「別に怒ってなどいません」いやどう見ても怒ってるだろお前。
「ただ私はどうにも世間知らずの様ですから。一緒に行くとタカシさん達が思う様楽しめないのではないか、と思っただけです」
痛烈な皮肉。やはりさっきのことを気にしているらしい。
「凛…そう拗ねるな…俺たちも悪かったと思ってる」
「…別に拗ねてなどいません!子供じゃあるまいし!」
あからさまに拗ねている。その態度が十分に子供っぽく見えることに凛は気づいていない。
「頼む、機嫌直してくれ。俺お前と一緒に出かけるのが楽しみでさ」
「それでついテンション上がって…あんなこと言っちまった。スマン!」俺は心の底から謝った。少なくとも、そのつもりだ。
コレで駄目だったらもう諦めるしかないか…と持っていたその時。
キィ… 僅かにドアが開くと、そこから凛が顔を覗かせた。

「…本当に、済まないと思ってますか?」
「勿論だ!」
「本当に、本当ですね?」
「ああ、この通りだ。許してくれ」俺は深々と頭を下げる。
「…仕方ないですね。そこまで言うんだったら、許してあげます」
「そうか…良かった」
「勘違いしないで下さい。これ以上言うと私が悪者みたいになってしまうからです」
「ちゃんと反省してくださいね」
「お前が機嫌直してくれるんだったら、何でもいいさ」それは俺の嘘偽り無い本音だった。
「そうですか。…1つ、聞いていいですか?」
「ん?何だ?」
「先程、『俺お前と一緒に出かけるのが楽しみ』と言いましたが、アレは本当ですか?」
「ああ。お前と一緒に遊んだりするなんて5年ぶりだからな。結構楽しみだった」
「…そうですか。なら…いいです(//////)」それだけ言うと、凛はドアを閉めた。
俺は質問の意味が良く分からなかった。
まあ気分を害しているワケでもないし別に良いか。
俺は出かける準備をするために部屋へと向かった。



―幕間―
「やべ…ちと言い過ぎたか。ちと凛のトコに行ってくる」
そう言って、台所から出て行った隆を見やりつつ梨亜は、
「タカシは昔から変わんないよね〜鈍感って言うか、デリカシーがないっていうか」
「俺もお前も多少は悪いだろ…まあ、それより」
「ん?」
「金成梨亜」
「な、何さ急に…」梨亜は少なからず戸惑った。彼がフルネームで相手の名前を言う時は、大抵真面目な話をする時だからだ。
「いい加減、素直になってもいいんじゃねえの?」
「な、何が?」
「あのな、今更何言ってるんだよ…お前がタカシの事をどう想ってるか、俺が知らないとでも思ってたのか?」
「き、急に何言ってるんだよ…べ、別に…アタシは、アイツのことなんか…その…別に、ねえ?(/////)」
急に赤くなり言葉を濁す梨亜。その様子が彼女の隆に対する感情を如実に表していた。
「そうかよ。それならそれでも別にいいけどよ。だけどな」
「何さ、まだなんかあるの?」
「凛ちゃんさ。まさかタカシじゃあるまいし、凛ちゃんがアイツのこと好きだってこと、分かってんだろ?」
「…………………」黙る梨亜。それを耕平は肯定と受け取る。
「いつまでもそんな調子だと、タカシの奴、取られちまうぞ?」
「…………………」梨亜はなおも沈黙し続けていた。その様子に耕平は小さくため息をつくと、
(まあ、フラグは立ててやったぞ…後はお前次第だぜ。タカシ)
(選ぶのは、お前なんだからな…)
と、今はここにいない親友に向かって心の中で無責任なエールを送るのだった。
物語は、まだ始まったばかり…





俺の名前は桐生 隆(きりゅう たかし)。17歳。
春から高校2年生になる身だ。
自由気ままな春休みを満喫していた俺だったが、
突然俺の元へ5年前引っ越して行った、俺の妹分である草薙 凛(くさなぎ りん)がやって来た。
何でも、俺の通っている学校へ通う事になったのでウチに下宿する事になったらしい。
(らしい、というのは俺の知らないところで話が進んでいたため)
昔は俺にとても懐いていた凛だったが、
彼女の俺や他人に対する態度は余所余所しく、きついものになっていた。
それと久しぶりに会う彼女は、とても綺麗になっていた。
初日はややギクシャクしていたが、
2日目からは凛は幼馴染である雨宮 耕平(あまみや こうへい)と金成 梨亜(かなり りあ)と久しぶりに再開し、
俺達は何とか仲良くやっていけそうな感じだな、と思えた。
まあ、まだぎこちないものはあったが。
4日目。俺と凛は引っ越して間もなく、いろんな物が不足してる凛のために買い物に付き合う事に。
だというのに何故か梨亜と耕平もついてくるという。
仕方ないので歓迎会もかねて買い物が終わったあと皆で遊ぶ事になった。
ちなみに1日置いてるのは、3日目に届いた凛の実家にあった荷物が届いたので、それを片付けていたからだ。
以上、あらすじ終わり。
486 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします::2006/01/04(水) 01:15:33.00 ID:R9DHSq+f0
かくして、凛の買い物に付き合う事になった俺達だが、俺たちの住む町は典型的なベッドタウン。
コンビニや学校くらいならあるが、本格的な買い物をしたり遊ぶ時はどうしても都市部へ行かざるを得ない。
ちなみにこの町の名は千鳥遊(たかなし)。
十数年前に神楽市に新興住宅地として作られた、歴史の浅い町だ。
というわけで、俺達は千鳥遊駅から電車に乗り、神楽市の中心街へと向かっていた。
電車の座席を確保し、一息ついた俺は、なんとなく手持ち無沙汰になり、凛に話しかけた。
「凛、とりあえず何処に行く?それさえ教えてくれれば俺が案内してやるから」
「そうですね…」凛は顎に手をやり、親指で下唇を何度もなぞる。
彼女が何か考え事をする時の癖だ。こういうとこは変わっちゃいないな。少し微笑ましい気分になる。だがその時、
「はいは〜い、アタシ○○○(店の名前)に行きた〜い」いきなり梨亜がしゃしゃり出てきてそんな事を言ってきやがった。
ちなみに梨亜の行きたい店とは、要は服やバッグを売っている店である。
俺はこういうのに全く疎いから、服が必要な時は近くの安い量販店に行っている。
というわけでよく分からないが、まあ、センスのいい店だろう。
コイツはバカだが服のセンスはいい。俺もよく2人っきりで連れまわされ、無理やりコーディネートされる。
もっとも礼と称して何か買わされたり飯を奢らされたりするのだが。
まあ、それは置いといて。俺は小さくため息をつくと、
「はいはい分かったから少し黙れ鳥類」
「むぅ〜何さその言い方〜ちょっと2人とも何か言ってやってよ!」梨亜は頬をぷくぅ、と膨らませると凛と耕平に向き直る。
「少し鳴き止んでろよカナリア」
「カナリアさん少しの間静かにしてもらえますか?」
「あぅ、凛ちゃんまで!?…ちょっと言ってみただけなのに…」梨亜は肩を落とししょげるのだった。

「そこまで言う事無いじゃん…」
「そりゃさ、アタシだってちょっと空気読めない発言だったとは思うけどさ…」
いじけ始める梨亜。ちと可哀想になってきたな。
「ったく、仕方ないな」俺は再びため息をつくと、
「そろそろ俺も服買おうと思ってたし、今度そこに行こうぜ。それで良いか?」
「え…」梨亜が驚いたような目で俺を見る。
「お前の服のセンスは良いから、一緒に来てくれると有難いしな」その俺の言葉に梨亜は、
「ま…まあそこまで言うんなら、行ってやってもいいけどさ…(//////)」
「へへ、最初からそういえばいいんだよタカシ〜♪」急に笑顔になる梨亜。
切り替えの早い奴だな…ま、そこがコイツのイイトコでもあるんだが。
「ま、そういうことだ。凛、こいつ等のことは気にしなくていいぞ」
「俺が今度埋め合わせすれば良い話だから」
「必要な買い物以外にも、行きたいトコあったら遠慮なく言えよ」
「昨日言ったゲーセンや映画だってなんなら今度にしてもいいし」
「行ける範囲で、出来る限り付き合ってやるから」
「あ…はい。分かりました(//////)」
「目的地に着くまでは時間があるし、ゆっくりと考えてくれ…って、何だよダメ宮?」
気がつくと、耕平が俺を半目で見ていた。
「…別に、何でもねぇよ」
耕平は苦笑すると大げさに肩をすくめた。

目的の駅にたどり着く。神楽市の中心であるココは県内でも有数の都市で、休日となれば多くの人が押し寄せる。
だが春休み真っ只中の学生に、曜日感覚なんて無いに等しいわけで。
今日が日曜だという事をすっかり失念した俺は、メインストリートの大混雑を見て、いきなりウンザリとした気分にさせられた。
「うっわ、すっげぇな…この混み様。こりゃ平日のほうが良かったな、タカシ」
「本当ですね…人ごみに酔いそう」
耕平と凛は辟易とした様子だ。まあ俺も同感なのだが。
「まあ、こうしてたって人がいなくなるわけじゃないし、早くどっかいこ〜よ」と梨亜。
「そうだな。凛、何処に行く?」
「はい、それじゃ…」凛は店の名前など分からないので買う必要のある物を挙げて行く。
身の回りの生活用品や調度品、それ以外にも細々としたもの。
「これらの物を買いたいんですが、いいところが在りますかね?」
「それなら、VIP百貨店に行こう。あそこなら大抵揃うだろ」VIP百貨店とはこの街で一番大きいデパートだ。
「そうですか、ならそこに案内してもらえますか?」
「OK。それじゃ行くか」俺は凛の手をとる。
「な、いきなり何を!(//////)」凛の抗議。後ろを見れば梨亜が怖い顔でこちらを見ている。俺そんなおかしい事してるか?
「何って…この大混雑だしな…はぐれたら大変だろ」
「それは分かりますけど!女の手を軽々しく握るなんて…何を考えてるんですか?」
「それは今言ったろ」俺はサラリと答える。だってそれ以外に理由なんてないしなぁ。
「だから、そうじゃなくて…もういいです」諦めたようにため息をつく凛。結局何が言いたかったんだ?
「確かにはぐれたら困りますし、手…繋ぎましょうか」
「その代わり…」
「その代わり?」オウム返しに聞く俺。
「手…離さないで下さいよ?離したら…承知しませんから(//////)」
「了解」俺は苦笑すると、凛の手を離さないよう強く握った。

VIP百貨店での買い物は思ったよりも早く終わった。
まあ買う物はハッキリ決まってたから当たり前といえば当たり前なのだが。
デパート内のレストランで早めの昼食を済ませた俺達はゲーセンへと向かっていた。
「さて…思ったよりも時間が空いちまったな…ま、放映時刻までココで時間つぶせばいいだろ」
ちなみにこのデパートの最上階には映画館がある。凛をココに連れてきた理由の1つだ。
「それとも凛、他に行きたいトコあるか?」
「いえ、特には…しかし、ココが『げーせん』ですか…結構騒々しい場所なんですね」
顔をしかめる凛。まあ、最初は誰でもそう思うよな。
「ま、じきに慣れるだろ。さて何がしたい?」
「いきなりそういわれても…うわぁっ!」悲鳴を上げる凛。
前を見ると着ぐるみがこちらに向かって疾走している。手を肩のところまで上げている。まるで翼の様に。
着ぐるみは「ブーン!」とワケの分からない鳴き声を上げると次々と通行人を跳ね飛ばして去って行った。
「何ですか…アレ…」凛は呆然としている。まあ、当然の反応だな。
「俺が説明しよう!アレはVIP百貨店のマスコット『内藤ホライズン』だ」突然耕平が説明を始める。
「…変な名前ですね」
「まあね。でも子供たちには大人気なんだぜ?」
「…さっき人を何人も跳ね飛ばしてるように見えたんですが…」
「ああ、大丈夫大丈夫。良く見れば分かったろうけど、アレが跳ね飛ばしているのはカップルのみだ」
「いや、カップルを跳ね飛ばしてもダメでしょう…」
「そうだよな…いつも思うけど、よく苦情出ないよなアレ…」俺も凛の言葉に同意する。
「だってよ、カップルなんて、周りの人間にとっては百害あって一利ナシだぞ?」耕平はあっけらかんとそう言う。
「この調子で公衆の面前でいちゃつくカップルを撲滅してくれる事を祈ってるぜ、俺は」
「満面の笑みで腐った台詞を吐くな。だからダメ宮って呼ばれるんだろ…」俺はため息と共にツッコんだ。


「さて…気を取り直して、何で遊ぶかな…」
「私よく分からないから…お任せします」その凛の言葉に耕平は、
「よっしゃ、それなら俺が手取り足取り腰取り、ゲーセンの楽しみ方をレクチャーしてやるぜ!」
耕平は凛の手を取り引っ張っていく。
「いや、あの、耕平さん?ちょっと!?っていうか腰取りって何ですか!?」
いきなりの事に凛はなすがままに耕平に引っ張られていく。
去り際に耕平が梨亜に向かって、なにやら目配せをしたように見えた。
「あいつ…余計な事しちゃってさ…」梨亜の呟き。どういう意味だろうか。
「余計な事?」
「あ、いや何でもない!それよりも、折角だから遊んでいこ〜よ!」梨亜がゲーセンへと歩き出す。
「ん?あ、ああ…」俺は何か引っかかるものを感じつつもゲーセンへと足を踏み入れた。
付き合いが長いとこういう時楽だ。どんなゲームが好きかとか良く分かっているし、遠慮もいらない。
いくつかのゲームを回り、次に何で遊ぶかと2人で筐体を見て回っていると、1つのUFOキャッチャーが目に入った。
「あれやっていこうよ!」梨亜がUFOキャッチャーに向かって駆け出していく。
「別にいいけど…最近のプライズ物のゲームってロクな景品ないんじゃないか?」
梨亜を追いかけてUFOキャッチャー前に来た俺は梨亜に向かってそう告げる。
「分かってないな〜だからお前はアホなのだ〜」
「東○不敗かよ…で、俺の何処がアホだって?言葉によっちゃ泣いたり笑ったり出来なくしてやるからな?」
「何だよその脅し文句…まあ、この景品を見てよ!内藤ホライズン人形とノマねこだよ?コレは取るでしょ!?」
(…やっぱ微妙じゃねえか…)俺は心の中で呟く。
「俺はいいや。取りたいなら早く取っちゃえよ」
「言われなくてもそうするっての」梨亜はコインを投入した。

―数分後―
「むき〜!何で取れないんだよ〜!」
UFOキャッチャーの筐体をバンバン叩きながら梨亜が文句を言う。
「お前が単に下手なだけだろ…」
「何だと〜?だったらタカシやってみろっての!つーか取って」
「ヤだね面倒くさい…」
「なんだよそのくらいいいじゃん〜鬼〜悪魔〜キ○・ヤマト〜」
「何だと?鬼や悪魔はともかく、○ラ・ヤマト呼ばわりは許さねぇ」
「そこまで言うんだったらやってやる…久しぶりにキレちまったよ」俺はコインを投入した。
―さらに数分後―
「くっ…取れねぇ…」俺は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「あれあれあれぇ〜?タカシも十分へたじゃん〜」ほくそ笑む梨亜。
「くっそ…認める…このUFOキャッチャームズい…」
「ホントだよね〜ったくふざけんなっての!」
ガンッ!梨亜はUFOキャッチャーを蹴った。すると、穴の近くにあった人形が落ちそうになる。
「あ、コレもう少し蹴ったら穴に落ちるんじゃないかな?」
ガンガンガンッ! 調子にのった梨亜はなおも蹴り続ける。
「おい、止めとけって…」俺は制止しようとする。
「だいじょ〜ぶだって。景品取れたらとっとと逃げりゃいいし、タカシも手伝え」
確かに…このまま行けば景品がゲットできそうである。
(やってみるか…?)俺が誘惑に負けそうになったそのとき。
「こら!何してるお前等!」ゲームセンターの店員の怒声。
「やば!見つかっちゃったよ!なんでもっとちゃんと見張っとかないんだよ、役立たず〜」勝手なことを言う梨亜。
俺達はゲーセンの店長にこってりと絞られ、10数分後ようやく解放された。

解放された俺達は、一息つくためにベンチに座った。
「まったく…お前がバカな事するから…」俺は梨亜に向かってぼやく。
「なんだよ〜タカシだって蹴ろうとしてたじゃんか〜」
「俺はまだ未遂だ」
「セコ」
「うるせぇ」
「…そういえばさ」梨亜は急にしんみりとした口調で話し出す。
「アタシたち、いっつもこんなバカばっかりやってるよね」
「俺はお前やダメ宮の後始末ばっかりやってる気もするが」
「よく言うよ、タカシだって結構バカなことやってるくせに」
「…否定はしねぇ」
「…ま、そういうバカなことやってる時が、一番楽しかったりするけどね」
「確かにな。でも周りに迷惑かけまくりだけどな」
「そうだね」そう言った後、俺と梨亜は顔を見合わせて苦笑した。
「でもさ、バカなことやってるタカシだから、アタシは好きなんだけどね(//////)」
「あ…キモイ勘違いすんなよ?友達、友人、フレンズって意味だかんね?」
「分かってるよ。…俺も、梨亜や耕平の事は、何だかんだ言ってダチだって思ってるからな」ああ、こんな台詞、照れるぜ。
「そっか…そだね」俺はその時、なんとなく梨亜の表情に影が差したように見えた。だが次の瞬間、
「このままこうしてても仕方ないしさ、そろそろ行こうよ!」
「まだまだ遊び足りないもんね!」
梨亜はいつもと変わらぬ明るい調子でそう言うのだった。

その後。
俺達2人は引き続きゲーセンで遊ぶ事にした。
「今度はあの格ゲーやろうよ!」梨亜が提案する。
「そうだな。行こうぜ」俺も2つ返事で了承する。
俺は梨亜と筐体を挟んで向かい合って座る。
「へっへ〜叩きのめしてやんよ〜」
「やめてよね。本気で対戦したらカナリアが俺にかなうわけないだろ」
こうして俺達は対戦を始めた。
だが、俺は1つ、やらなきゃいけない事があった。
(でもそのためには一旦ココを離れないとな…しかしどうすれば…)
その時だった。俺はこちらに注がれている視線に気づく。
振り向くと、俺の後ろに少し離れた位置で子供がこっちを見ていた。
「…やるかい?」
俺はゲームを指差してその子にそう言ってやる。
その言葉にその子は瞳を輝かせて頷いた。
(それじゃ、行くかな…)
俺はゲームをその子に任せると、梨亜に見つからないよう、そっとその場を離れた。

俺が目的を果たして戻ると、そこには不機嫌顔の梨亜が。
「一体何処ほっつき歩いてたのさ〜」
「いつの間にか知らない子がアタシと対戦してるんだもん」
「悪い、ちと用事があってな」
「何さ?その用事って」
「言っとくけど、しょうもない用事だったら怒っちゃうもんね!」
「ああ、その事だけどな…ほれ」
俺はそう言うと、後ろ手に隠していた「モノ」を梨亜に投げて寄越す。
「わ、いきなり何を…ってこれ…」梨亜の驚く声。
そう、俺が渡した物はさっきのUFOキャッチャーの景品だ。
「時間なかったからノマねこだけな」
「わざわざ取りに行ってくれてたの…?」
「勘違いすんな。取れなかったのが悔しかっただけだ」
「ただのリベンジ。だから気にするな」
「まあ、そう言うならそう言う事にしといてやんよ〜」
そう言う梨亜の顔は嬉しそうだった。財布を軽くした甲斐があったな。
「…ありがと」梨亜の小さな小さな呟き。俺は聞こえないフリをした。
「そろそろ放映時間が近いな。行こうぜ梨亜」
俺達は凛たちと合流するために、最上階の映画館へと向かった。



―幕間―
「そろそろ放映時間が近いな。行こうぜ梨亜」タカシはそう言うと歩き出した。
「えへへ…」梨亜はタカシに見えないようにさっき貰った人形をぎゅっ、と愛おしげに抱きしめる。
梨亜はタカシの事が好きだった。
好きになったきっかけなんて、なかった。
気がついたら、タカシの事が、どうしようもなく好きになっていた。
でも、梨亜はどうしても、次のステップ―恋人同士になるということ―のための一歩が踏み出せなかった。
余りにも2人の心の距離が近すぎて。
想いを告げてしまう事で、この関係が崩れる事が怖かった。
『凛ちゃんさ。まさかタカシじゃあるまいし、凛ちゃんがアイツのこと好きだってこと、分かってんだろ?』
『いつまでもそんな調子だと、タカシの奴、取られちまうぞ?』
耕平の言葉が頭の中で蘇る。
そんな事、分かってる。凛が隆のことを好きだって事も、言われなくたって分かった。
いずれは決着をつけなければいけない問題だって事も、分かる。でも…
(もう少し…もう少しだけ…この幸せな夢を見させて…)
梨亜はタカシと同じ時間を過ごす間、この悲痛な想いを胸に秘めていた。
その想いを抱きつつ、梨亜はタカシを追いかけるのだった。


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