第5話「SICKNESS」

朝がすこぶる弱い俺にしては、早く目が覚めた。
いや、眠れなくなったというほうがいいのか。
その理由は体を襲う悪寒だった。状態を起こす。と、
「ぅあっ…!?」急に強烈な眩暈と頭痛が俺を襲う。
だがそれを何とか堪え震える足で立ち上がろうとしたその時、ドアが開かれた。
「起きてください…ってタカシさんにしては珍しいですね」と、軽く驚いたような顔をしているのは、
2〜3週間ほど前から、俺の家に下宿(というよりは同居だが)するようになった草薙 凛(くさなぎ りん)だ。
俺の通っている高校に通う事になったから、という事らしい。まあそれはさておき。
「ああ…たまにはな…今…着替えてそっち行くから…待ってろ…」
心配させないように言った言葉だったが、喉を痛めたのか、掠れた様な声が途切れ途切れにしか出ない。
「…どうしたんですか?」心配そうな顔で凛が俺の顔を覗き込む。
「いや…何でもないから下に戻ってろって…」
「何でもないようにはとても見えませんけど。どこか悪いところでも?」
「だから何でもないって、言ってるだろ…ほら、ちゃんと歩けるし」
俺はベッドから何とか立ち上がると、凛の方へ歩こうとした。
だが、再び強烈な頭痛と眩暈に俺はたたらを踏む。
「タカシさん!?」
(はは…そんな心配そうな顔するなっての…俺は大丈夫だから…)俺は何とか笑ってみせると、
(ほら、こんなに元気に…あれ?)さらに一歩踏み出す。だるくなっている足からはまるで宙に浮いているような感触がした。
(何で…床が近づいて…?)そしてその刹那。
バタリ。
鈍い音と共に、俺の意識はそこで途切れた。

目を覚ますと、俺は再びベッドの中にいた。
「大丈夫ですか?急に倒れたから、ビックリしたじゃないですか」声に、首を僅かに動かす。
と、困ったような顔で凛が俺のベッドの傍らで学習机の椅子に座っていた。
「まったく…風邪を引いたなら、無理して元気なフリなんてしないで、そう言って下さい」
凛はまるで小さな子供を叱るような口調で俺にそう言った。
「悪い…心配かけたくなくてな…」俺は決まり悪げに言い訳を口にする。
「タカシさんがそういう人なのは知ってますし、その心遣いは嬉しいですけど」
「こんな時くらい、素直に辛いと、大変だと言って下さい」
「私を…頼ってください。私に、寄りかかって下さい」
「そんなに私は、信用できませんか?」
「頼りない、力ない人間に見えますか?」
俺はその言葉にしばらく何も言えなかった。
責められた事に萎縮したとか、正論だから反論出来ないとか、そんなんじゃなかった。
凛が、俺の事を心配してるが故に言っていると、分かったから。
何か言わなきゃいけない。
だが、考えても考えても、何を言って良いのか分からない。
だから、俺は結局この言葉を口にした。
「ごめんな」散々悩んで考えて、たったコレだけしか言えない自分の語彙の乏しさが恨めしい。
だが、この4文字の言葉にありったけの思いを込めたつもりだった。
「…タカシさんはいつもそればっかりですね。進歩の無い人です」
「バカでも、風邪は引くんですね」
凛はため息と共に苦笑した。
だが、それはとても暖かいものだった。

「タカシさん、今日はゆっくり安静にしててください」
「付きっ切りで看病してあげますから」凛のその言葉に、
「ああ、それじゃお言葉に…」甘えさせてもらおうか、と言おうとする前に、
(あれ…?何か忘れてないか…?)しばし考え、思い出す。
「今日、始業式じゃねえか!くっそ…初っ端から欠席なんてな…」ぼやく俺に、
「まあ、今日は仕方ないですよ」凛は諭すように俺に言うと、
「それより、私も今日は休みますから」なんてことを言ってきやがった。
流石にこれには黙ってられない。
「…ダメだ。お前はちゃんと学校に行け」
時計を見る。まだ急げば何とか間に合う時間だ。
「俺のために学校を休むな」
「…さっきも言ったでしょう?タカシさんは病人なんですから」
「素直に私の好意に甘えとけばいいんです。それに」
「タカシ兄ぃがいなきゃ、あの学校に行く意味が無いもん…(ぼそっ)」
最後の方は呟くように言っていて、よく聞こえなかった。
タダでさえ風邪で意識が朦朧としてたしな。

「とにかく、休むったら休みます!」
こうなると凛は中々引き下がらない。
コイツはどうしてこう強情と言うか、意地っ張りなんだろうな。
時間が無い。俺は妥協案を口にした。
「それなら…帰ってからゆっくり看病してくれ」
「俺はココで静かに寝てるから。これ以上悪化ってこともないだろ」
「だから、お前は安心して学校に行け」俺の言葉に凛は、
「…もう。分かりました。学校に行く事にします」
「そのかわり、絶っっっっっ対に!安静にしててくださいねっ!」
「分かってるよ」凛の剣幕に俺は苦笑で答える。
「『帰ったら』看病する事にしますから」
『帰ったら』を必要以上に強調してそう言い残すと、凛は部屋を後にした。
最後の言葉が、妙に含みのある言い方だったからか、なんとなく嫌な予感がした。
だが、何か出来るわけでもなく。
俺は耕平と担任の先生にに欠席する事を電話で伝えると、凛に言われたとおり素直に寝る事にした。
だが、その嫌な予感が見事に的中する事を、俺はまだ知らなかった。




風邪で体力を思ったより消耗していたみたいだ。
あの後俺は、しばしの間寝入っていたらしい。
時計を見ると、既に昼。
学校は今頃、昼休みだろうと思う。
寝汗で濡れてしまったパジャマと下着をもそもそと着替えると、風邪薬を飲むために下に向かう。
だが切らしていたらしく、空のパ○ロンの薬瓶が棚に転がっていた。
(仕方ない。ダメ宮に買って来て貰うか…)俺は部屋に戻ると、携帯のボタンをプッシュした。
凛に頼むって手もあるが、余計な心配をさせてしまうかもしれない。
そうしたらすぐにウチにとんぼ返りしそうだ。
まあ、そんな気遣いは無意味だったと後で思い知るのだが。
数回の呼び出し音の後、耕平が出た。
『おっす、大丈夫かタカシ?』
「ああ…何とか死なない程度にはな」
『それならいいけどよ。それで?何か用か?』
「ああ、それなんだが、風邪薬買ってきてくれないか?」
『他ならぬお前の頼みだ。OK。パブ○ンでいいよな』
「ああ、それで頼む」
『しかし、風邪、流行ってんのかね。お前以外にも休んでるの結構いんだよ』
「へぇ。そうなのか。凛に伝染ったりしなきゃいいんだが…」

『はいはいシスコンシスコン。俺のこともちっとは心配しろよなー。親友(ダチ)だろ?』
「シスコン言うな。だってお前バカじゃん。バカは風邪引かないって言うだろ」
『テメェ俺が何言われても傷つかないとでも思ってんのか…?』
『まあいいや。でもお前の心配は的中したかもな』
「?どういうことだ?」
『だって凛ちゃん具合が悪いって早退したぞ?そろそろ帰ってくるんじゃねえの?』
「何ィ?」俺は怪訝な顔で聞き返す。とてもじゃないが具合が悪そうには見えなかったんだが。
『キッツイ風邪なんだろうな。何せカナリアも休んでるくらいだからな』
「…マジか?」俺は耳を疑った。アイツが病気にかかったところなんて、目にした事が無い。
虫歯にすらなったことがない。まさに『バカは風邪引かない』を体現しているような奴なのに。
『ああ、お前が今日休むことを電話したら『アタシも風邪引いたみたいだから今日休む』ってな』
『そーゆーわけだ。今日は家でゆっくり寝てろ。後で見舞いにでも行ってやるから』
「お前どうせ俺ん家で遊び倒すだけじゃねえか…まあいいや、じゃあな」俺は電話を切った。
それから数分後、家のドアを開ける音がした。誰か来たらしい。
音の主は、俺の部屋へと真直ぐ向かっている。
足音が俺の部屋の前でピタリと止まり、ドアが開かれた。
「タカシさん、ただいま帰りました」音の主は、凛だった。

「凛…お前風邪は?」
「?風邪を引いているのはタカシさんでしょう?」と不思議そうに、凛。
「いやまあそうだし何でもないならそれでもいいんだが…お前学校は?」俺の問いに凛は、
「今日は始業式だったので午前放課だったんです」そう、いけしゃあしゃあと言いやがった。
ありえない。
ウチの学校は数年前に完全週休二日制になってから、始業式、終業式でも6時限目までみっちりと授業があるはずだ。
「お前な…心配してくれるのは有難いが早退してまで来るなよ」
「確かに帰ってから看病してくれとは言ったけどさ…」
「何をバカな事を言っているんですか」
「今日は午前中で学校が終わったから帰ってきただけですよ?」
あくまでその言い分を貫き通すつもりらしい。
「いやでも」
「午・前・放・課・な・ん・で・す!」
「…了解」あまりの迫力に俺は引き下がった。
さっきの耕平との会話と言う確固たる証拠があるのだが、それは言わないでおいた。
桐生隆の半分は優しさで出来ているのだ。
残りの半分は何だって?まあなんか甘酸っぱい素敵な何かだろ。

「とにかく、これで午後からは付きっ切りで看病できますよ」
無理やりそうしたんじゃねえか、という言葉を喉元で飲み込む。
というか何でそんなに嬉しそうなんだろうか?
「あーもういいや。お言葉に甘えさせてもらうわ」反論するのを諦めた俺は半ば投げやりにそう言った。
「タカシさんにしては懸命な判断ですね。それじゃあ…」凛が行動に移ろうとしたその時。
ガララッ!俺の部屋のアルミサッシの窓が勢いよく開かれた。そこから出てきたのは、
頭の横からぴょこん、とはねるシングルテール。
くりくりとした丸くて大きめの瞳が浮かぶ、可愛い部類に入る(らしい)童顔気味の顔立ちは、何処となく猫を連想させる。
そう、耕平の話によれば「風邪で休んだ」とされる金成 梨亜、その人だった。
「タカシー!風邪ひいてるって言うから見舞いに来てやったもんね!」
「嬉しいだろ嬉しいだろうんうんそうかそれなら今すぐ土下座して有難がりな〜♪」
一息でまくし立てた梨亜はどう見ても風邪を引いているようには見えない。
(ああそうだよなコイツが風邪なんて引くわけないよなどうせ俺が風邪引いてるって聞いて学校サボって
風邪にあえいでる俺見て笑いに来たってとこかうんなんとなくそんな予感はしてたさコンチクショウ)
俺は心の中で毒ついた。
「…お前も午前放課か?」とりあえず聞いてみる。
「え?あ、う、うんそんなとこかな。あれ?『お前も』って…あ!」
梨亜が凛の存在に気づき、軽く驚きの声が上がる。
まさかいるとは思わなかったのだろう。未だ学校では授業を行っているはずだから。
凛もまさか誰か来るとは思っていなかったらしく、目を丸くしていた。

凛と梨亜はどうしたら良いのか分からないと言った様子で、見つめあい固まっていた。
しばらくそうしていた2人だったが、ようやく硬直状態から立ち直った凛が、口を開いた。
「タカシさんなんかのために、ワザワザ見舞いに着てくれてありがとうございます」
「でも折角『午前中で授業が終わった』んですから、どこか他の場所へ遊びに行ったらどうですか?」
「風邪が伝染ってもいけませんし」丁寧でそつの無い対応に聞こえるその言葉だったが、
要は『看病するのにお前は邪魔だからどっか行け』と言ってるのと同じだ。慇懃無礼にも程がある。
っていうか凛が俺以外にここまで刺々しい物言いをするのも初めて聞く。
それを聞いた梨亜は軽く頬を引きつらせ、
「いやいやいや、凛ちゃんこそ『午前中だけ』とはいえ新しい学校生活でイロイロと疲れてるだろうからさ」
「こんな奴の看病はアタシに任せて、遊びに行くなり部屋でゆっくり休むなりするといいよ」
「いえいえ、そういうわけにも行きません。下宿させてもらっている身ですから、コレくらいは当然の義務ですし」
「アタシだってどうせ今日はヒマだしね。気遣いは無用だよ」
2人の間にバチバチと火花が出ているような錯覚を覚える。俺の背筋を伝う汗は風邪のせいだけではあるまい。
「ならとやかくは言いませんが。手を煩わせるのもなんですし、手出しは無用ですよ」満面の笑みで、凛。
「いやいや凛ちゃんこそ、そこでゆっくり見てるだけで良いよ」気持ち悪いくらいの猫なで声で、梨亜。
と、どこからともなく、
カーン、とゴングの音が鳴り響いたような、そんな気がした。(BGM:新・仁義無き戦いのテーマ)
2人の間に挟まれた格好となった俺は、猛烈な居心地の悪さを感じつつ、
(大変なことになりそうだなぁ…)とぼんやりと思った。
事実、その通りになった。

俺の部屋をピリピリと、張り詰めた空気が支配していた。
いつまでこうしているんだろうか―
俺はベッドから上半身だけ起こし、凛と梨亜を交互に僅かに首を動かして見やると、心の中で呟いた。
あれから。
2人は看病する、とは言ったもののすべき事を見つけられず、なぜか互いに牽制しあうようににらみ合っていた。
いや、にらみ合っている、という表現は違うか。
だけど、お世辞にも友好的な視線とは言いがたかった。
2人は他の場所を見ているときでも、互いの姿が必ず視界に入るようにしていたようだった。
正直俺はワケが分からなかった。
何で俺の部屋がまるで映画のワンシーンのような緊張感あふれる空間になっちまってるんだ?
2人は『俺の看病をしにきただけ』だというのに。
この悪寒は熱の所為だろうか?
それともこの居心地の悪い空間の所為だろうか?
「寒気がしてきたな…」思わず、俺はポツリと呟いた。
が、2人は俺の言葉に劇的に反応した。
漫画だったら2人の耳は俺が呟いた瞬間ダンボの様にでかくなったんだろうな。
まあ、そんなことはどうでも良い。

「熱が上がったんですか?とりあえず氷枕かなにか…それとも…」考え込む凛。
「ああそれより熱を測らないと!」慌てたように、梨亜。
「そ、それなら体温計取ってきます!大人しくしててください!」
それは俺に向けられた言葉なのか、それとも梨亜に向けられた言葉だったのか。
凛はそう告げると部屋から出て行こうとする。が、梨亜がそれを遮る様に、
「凛ちゃん、ワザワザそんなもの持ってこなくて良いよ〜」
「さっきも言ったけど凛ちゃんは黙ってみてれば良いのさ♪」
「熱を測りたいんならさ、こ、こうやって…」と、梨亜が俺に近づき、顔を寄せてくる。
「おい梨亜、まさかお前…」俺が言い終わるより先に、
ぺとり。
俺の額にやわらかい感触。梨亜が自分の額を俺の額にくっつけたのだ。
「な…なにを…」それを見た凛が顔を強張らせる。
「熱を測るならコレが一番だもんね。ん〜…そんなに熱は無いみたいだけど…」
「ちょ、梨亜…お前…」俺の顔は真っ赤になっていた。無論、熱の所為なんかではないと断言しておこう。
「…ん?タカシどうしたのさ?馬鹿みたいな顔しちゃってさ」
「どうした、じゃねえだろ…顔、近…」そう。額と額をあわせているという事は、顔も触れそうなくらい近づいてるわけで。
梨亜の吐く息が俺の顔にかかる。異性の息遣いがココまで男をドキドキさせるとは。
それと、あまりに近いため、顔を凝視してしまう。というより視界がそれで埋まってるわけだが。
ふっくらとした唇。柔らかそうな頬(というかコイツの頬をつねり上げたことがままあるので柔らかい上よく伸びるのは実証済)。
長年気の置けない友人として付き合っていたから、こいつを異性とは意識していなかった俺だが、
コレには俺の心臓も8ビートを刻まざるを得なかった。

ようやく俺の言葉の意味を理解した梨亜は、たちまち頬を紅潮させる。
「な…ち、ちょっと顔近づけたくらいで、何気分出してんのさ!タカシのエロ魔人!(//////)」
「う、うるせえな!それより、熱、測り終えたんだろ…そろそろ、離れてくれ」
「あ、うん…(//////)」梨亜はまるで離れるのを惜しむようにゆっくりと顔を離していく。まあ、俺の気のせいだろうが。
「熱はそれほど高くないね。まったく無いわけじゃないから、安心できないけどさ」
「ま、だろうな…」2人の間に安堵の空気が立ち込めたその時、
「……………ません」凛が何かを言っている。
「「?」」今何を言ったのだろうか。俺と梨亜は揃ってクエスチョンマークを浮かべる。
それを見た凛は大きい声でもう一度同じ言葉を繰り返した。
「…信用できません!そんな測り方を一回したくらいで…」
「そ、それなら私も…」おい待て凛、何故貴方様までこちらに顔を近づけて来るのデスカ?
そして次の瞬間、俺の額に再び、
ぺとり。
柔らかい感触が。言うまでも無い。凛が自分の額を以下略。
「た、確かに高い熱、と言う訳ではないようですね…」
凛がなんとなくわざとらしい口調で喋っていたが俺はそれどころじゃなかった。
梨亜の時同様、顔が近い。
すらりと通った鼻梁、すべすべとした綺麗な白い肌。それが嫌でも目に入る。
(梨亜とは違うが凛の顔もまた…ってええい!何を考えている俺!)
俺は慌てて頭の中の不埒な考えを追い出した。

「もう俺に熱がどれくらいあるかどうかなんて分かっただろ、とりあえず離れろ」
「………………………?(/////)」
よく分からなかったが、凛はなぜかボーっとしていたため聞いていなかった。こいつにしちゃ珍しい。
「だから、もういいだろ?いい加減離れたほうが良いんじゃないのか?」
「それとも何か?お前は俺の額にずっと自分の額をくっつけておきたいのか?」
「そ、そんなわけ無いじゃないですか!何を馬鹿なことを言ってるんです!?熱で頭がおかしくなりましたか!?」
そんな酷いことを言いながら凛は俺から慌てて離れた。まあ、コイツのこんな台詞は今に始まったもんじゃねえけど。
「とにかく、熱がまったくないワケではないですから、とりあえず冷やしましょう!」
「氷水とタオル持ってきますね!」
「あ、それなら私も!」2人はそう言うと部屋を出て行った。
なんとなく嫌な予感がする。考えてみれば頭を冷やすための氷水とタオルを用意するのに2人も人手なんかいらない。
そして、その嫌な予感は的中した。
しばらく経って2人が部屋に戻ってきた。
2人はそれぞれ氷水の入ったボウルとタオルを持っていた。
(………………………………………………何で?)
俺はもう頭の中でそう1人ごちる事しか出来なかった。
俺の近くに座るや否や、凛は素早くタオルを絞ると俺の額に載せた。梨亜の方を向きニヤリ、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
梨亜は数分経ってタオルの冷気が無くなったのを確認すると、
即座にタオルをどかしてあらかじめ絞ってあった自分のタオルを載せた。凛の方を向いて(ry

その後も同じ事が繰り返される。
そのうちタオルを交換する感覚が早くなってきて、ついには満足に絞られていないタオルが俺の頭に載るようになった。
俺の頭と枕がぐっしょりと濡れ、まるでカキ氷を一気食いしたときのようなキーン、とした妙な頭痛が俺を襲うようになっていた。
それはもう辛かったが、2人の鬼気迫る様子に、俺は何も言えなかった。
それからしばらくの間、そんな感じで時間は過ぎて行った。
そして数時間後。
「梨亜さん!いい加減にしてください!さっきから私の邪魔ばかり!」と、凛。
「それはこっちの台詞だもんね!お願いだからそっちで黙って座っててよ!」負けじと、梨亜。
至近距離で睨みあう2人。俺はたまらず、
「おいお前等落ち着けって…なんでケンカなんて…」
と、2人の間に割って入って静止しようとするが、
「タカシさんは黙っててください!病人のくせにでしゃばらないで!」
「うるさーい!タカシは退いてろー!」と、聞く耳を持たない。
頭が痛い…というかマジで痛い…まるで万力か何かで締めつけられてる様だ。
寒気も…強くなって…だるい…まずい…なにも考えられなくなってきた…
焦点が合わない…視界がぼやけて…もう…ダメだ…
俺は力なくベッドに倒れこむと、再び意識を失った。

―幕間―

バタリ。という音と共にタカシがベッドに倒れこむ。
呼吸が荒く顔が真っ赤だ。凛と梨亜はそれを見ると、
「タカシさん!?…梨亜さんが邪魔する所為で満足な看病が出来なかったから!」
「それはこっちの台詞だよ!」
2人はそのまま言い争う。責任をなすりつけ、落ち度を罵りあい、言葉の揚げ足を取り合う。
だが、2人を止めたのは、思わぬ人物だった。
「そろそろそのへんにしとけって」誰かの声。
2人は声の聞こえたほうを見る。すなわち部屋の入り口のほうを。
そこには、壁にもたれかかるように、耕平が立っていた。右手には小さな薬瓶。
「カナリアは珍しく休むし、凛ちゃんもいきなり早退なんて、風邪が流行ってるとはいえ変だとは思ってたけど、こういうことか」
「う…だから何ですか?関係ない人は出てってください!」
「そーだよ!看病にこれ以上人手は要らないよ!さっさと出て行く!あ、ついでに凛ちゃんも連れてってよ」
「いきなりひでぇ。まあそう言わずに、俺の質問に答えてくれないか?」
「「何さ(ですか)?」」すると耕平は、いつもの軽薄な笑みを顔に張り付かせたまま軽い調子で、
「お前等、ここに何しに来たんだよ?」と、問うた。
「何って…アタシは見舞いのついでに看病でもしてやろうかな…って…」
「おっと、あくまでついでなんだかんね!」
「わ、私は下宿させてもらってる身ですし…コレくらいは当然の義務です」
「ほぉ、看病ねぇ。プッ…クク…ハハハハハハハハハハハハハ!」突然、耕平は笑い出した。
「ソイツはひねりの聞いたジョークだな…久しぶりにスゲェ笑った」
「な…ジョークって…どういうことですか!」梨亜も同感らしく頷く。
「いや…だってさ…」

「お前等看病に来たわけじゃないだろ。『タカシの看病をする事で自分の事をアピールしに来ただけ』じゃん」
「な…アタシはそんな…」
「私だって…」
「へえ?そうじゃない?タカシの事が心配で?早く治ってもらいたくて来たと?それじゃよ…」
「なんで、コイツは今ベッドで高熱にうなされてんだよ。あまつさえそれをほっといて2人とも何言い争ってんだよ」
「アイツは少なくとも昼間では喋れる程度には元気だった」
「なあ、風邪ってそこまで急激に容態が悪化すんのか?」そこで、2人はようやく気づいた。
雨宮耕平は、怒っている。軽薄な笑みは顔に張り付いたままだったが、その目は笑っていなかった。
「お前等別にタカシのために看病してたわけじゃないだろ?タカシに好感を持ってもらいたかっただけだろ?」
「自分の事しか考えてなかったんだろ?そうじゃなきゃ…」
「お前等は協力できたはずだ。目的は同じはずなんだからな。でも今、タカシはぶっ倒れてる」
「だから聞いてんだよ。『お前等一体何しに来たんだ』ってな」
「多分、アイツはお前等の事なんか怒っても恨んでもいないと思う。何でケンカしてたのか首傾げるくらいだろうさ」
「アイツは馬鹿だからな。でもさ…だからこそ…だからこそな」
「お前等の身勝手な行動とみっともない言い争いに、我慢ができないんだよ」
「なあ、最初はアイツの事が心配で来たんだろ?ならさ、」
「協力して、タカシの風邪を治す事に専念してくれ。それができないなら」
「悪いけどさ、ここから消えてくれよ。俺は2人を殴りたくない」その言葉に、2人はしばし沈黙していたが、
「「ごめんなさい…」」2人は、青菜に塩とばかりにシュンとなって謝った。
「俺に謝ってどうするよ。謝るなら、タカシに謝ってくれ」2人の言葉に耕平はにべにもなくそう答えた。

―幕間 終―

目を覚ますと、既に外は暗くなっていた。
長い間寝ていたからか、体はかなり楽になっていた。
「よ、タカシ大丈夫か?」振り向くと、耕平が部屋の壁にもたれかかるようにして立っていた。
「ほら、パブロン、買ってきてやったぜ」耕平は薬瓶を投げて寄越す。
「ああ、なんとかな…」俺は身を起こし、それを受け取った。
「ならいいんだけどよ。カナリアと凛ちゃんには感謝しとけよ?お前の事ずっと看病しててくれたんだからな」
「そうだな」俺は苦笑した。方法はどうあれ、2人の気持ちは有難かったから。
と、ドアの開く音。噂をすればなんとやら。2人が部屋に戻ってきた。凛は鍋を、梨亜はマグカップをそれぞれ持っている。
「あ、もう大分良くなったみたいですね…よかった」
「とりあえず、一安心だね」2人は安堵のため息を漏らす。
「ああ、お前等のお陰だ、ありがとう」俺は2人に感謝の気持ちを告げた。
「べ…別に貴方が倒れたままだと、家事を全部私がしなければならないので不便だったから…感謝される言われはないです」
「あ、アタシもヒマだったから、アンタの様子見て笑いに来ただけだもんね。コレはそのついで」
「そっか」俺は再び苦笑した。
「「あ、タカシ(さん)…」」2人がおずおずと何かを言おうとしていた。まるで、叱られた子供のような顔で。
「ん?」
「あ…いえ…なんでもないです…(/////)それより、これお粥です…お腹すくと思って…」
「あ、アタシはたまご酒作ってきたよ。風邪にはコレだよ。飲んどけ(//////)」
2人の気持ちは有難かったが、俺が意識を失う前と明らかに様子が違う。耕平は何故かそんな2人を見てニヤニヤと笑っている。
「なあ…ダメ宮、一体何があったんだ?いつの間にか2人共仲直りしてるし…」粥やたまご酒を口に運びながら、俺は雨宮に聞いた。
「さあ?俺よくわかんねぇ。俺は2人とあま〜いトークタイムを過ごしてただけだからよ」
と、耕平はいつもの軽いノリでそう答えると再びニヤリ、と笑った。


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