第6話「学校へ行こう!」

朝。
いつもの如く凛に叩き起こされた俺は、朝食を食べるため制服に着替えた後のそのそと台所へ向かった。
足取りが重いのは風邪のせいではない。
昨日の凛たちの献身的(?)な看病の結果俺の風邪はすっかり完治した。
俺は朝が極端に弱いのだ。低血圧というわけではないんだけどな。
まあ、コレは俗説で根拠はないそうだが。
だから朝食を作ると凛に申し出てもらえたのは実はとても助かっていたりする。
それはともかく。
下に下りると凛が既にテーブルに着いていた。
まだ朝食に箸をつけていないところを見ると、俺が来るのを待っていたらしい。相変わらず律儀だ。
「なんだ…先に食べてても良かったのに」
「食器を洗うのが二度手間になるのがイヤだっただけです」
「気にする必要はありません」そっけない返事。まあ、いつもの事だが。
「そっか。それじゃ、いただきます」俺は手を合わせてそういった後、朝食を食べ始めた。
しばらく食べていると、視線を感じる。
無論それは凛のものだった。
「…何だ?」
「…料理の出来は、どうですか?」凛が妙に神妙な面持ちで、そう聞いてきた。
「幼馴染としての桐生隆の気を使いオブラートに包んだ感想か?」
「それとも料理に拘る桐生隆としての率直かつ容赦の無い感想か?」俺は真顔で問い返す。
「………………………………後者で」
しばらく何か言いたそうに沈黙していた凛だったが、ようやくそれだけを口にした。

ならば、俺は容赦なく感想を言う事にしよう。
いくら可愛い妹的な存在と言えども。
「ご飯が軟らかすぎる。水を多く入れすぎ。焼き魚は逆に硬い。片面だけに火を通しすぎだ」
「だし巻き卵は出汁を多く入れすぎたか濃くしすぎたな?少し味がくどい」
「本当に容赦がないですね…」と、半目で、凛。
「お前がそれで良いと言ったんだろ…まあ、にしても確かに料理の事になるとどうしても妥協できなくなっちまうのは確かだ。スマン」
「…まあいいですけど。にしても、他の家事もコレくらい拘ってくれれば大分私も楽できるんですが」
う、と俺は決まり悪げな顔で微かな呻き声を上げた。
「いや、だってさ。洗濯や掃除はしなくても死なないけど飯は作らなきゃ死ぬじゃん?」
「それはダメ人間の論理ですよ」凛はキッパリとそう言った。うう、反論できねぇ。
「ダメ人間は耕平さんだけで十分です」うわ、アイツひでえ言われよう。
「分かった。もう少しちゃんとするよ。それより、さっきは散々言っちまったけど」
「…何ですか?」
「料理、着実に美味しくなってると思う。頑張ってるんだな」
「…酷評されたままでは悔しいだけです」
「にしても、だ。偉いぞ、凛」
俺は凛の頭をクシャリ、と撫でてやる。
「だ、だからっ…頭を撫でるのは止めてくださいと前にいったじゃないですかぁっ…(//////)」真っ赤な顔で抗議する凛。
そんな可愛い反応をするからこそつい撫でたくなってしまう事に凛は気づいていない。

「さてと、そろそろカナリアたちが来るな」
「あいつ等の分のメシはあるのか?」
「ありますよ。耕平さんは食材を提供してくれてますから。それに…」
「カナリアさんは勝手に食べてしまうので」呆れたようにため息をつく凛。
「そうだな」俺は苦笑で返す。
と、その時、玄関の扉が開く音。うわさをすればなんとやら、だな。
「オッスタカシ〜!風邪はもう治ったか?そうならアタシのおかげだもんね!感謝しろよ〜」
と、図々しい物言いで台所に入ってきたのは梨亜。
なんで朝っぱらからこんなムダに元気なんだろうな。
「治ったのはダメ宮が買ってきたパ○ロンのお陰だ」
「うわひど!?アタシ達が一生懸命看病したのにそれは風邪薬以下ってか?冷血野郎だねタカシは」
「冗談だ。お前等には感謝してるよ。ありがとうな」
「え?あ、いやまあ、わかりゃいいんだけどさ…(//////)」
いきなりストレートに感謝されたからか、とたんにしおらしくなる梨亜。
「ようタカシ。早速だけど凛ちゃんのメシ、食べさせてもらうぜ」
家に上がりこむなりそう言って来たのは耕平だ。
図々しいのはコイツも一緒だな。
「うんうん、やっぱヤローのメシよりは、美少女の作るメシのほうが良いわやっぱ」
朝飯をぱくつきながら言う耕平は、しみじみと言っているようで、その実何も考えていない。
ココまではいつもの我が家の朝の風景。
だがいつもと違うところが1つある。
俺達は全員制服を着ていた。
そう、春休みが終わり、これからまた学校での生活が始まる。
正確には俺が昨日風邪で休んだだけで、昨日から新学期は始まっているんだが、まあそれは言いっこなしだ。
ともかく、朝食を食べ終えた俺達は、家を出ると学校へ向かった。



仲間と話しながらの通学路は、意外と短い。
家を出て数分後、俺達は学校へと到着していた。
つい1年前、俺達が入学した年に改築を終えたばかりの校舎は、朝日を浴びて白く輝いている。
神楽市立千鳥遊高校。
それが俺たちの通う高校の名前だ。
校門を通り、玄関へと向かう。途中には駐輪場や駐車場があるため、地味に距離がある。
と、その途中、凛が俺を見て何かに気づいたらしい。俺を見て、
「タカシさん、ネクタイ曲がってますよ」凛が俺のネクタイに手を伸ばし、真直ぐにした。形もピシッと整っている。
ネクタイをつけているのは、ウチの制服はブレザーだからだ。青白赤の爽やかなトリコロールカラーが特徴的である。
生徒たちにも好評であり、コレ目当てでこの学校を受ける奴もいるらしい。
一方で「ガ○ダムみたい」と揶揄される事実も無視できないのだが。
「はぁ、だらしの無い人ですね」小さくため息をつき、
「もうちょっとちゃんとしてください」呆れたように苦笑する凛。
「お、おう…」直してくれたのは有難いがなんと言うか…
(今の俺たち若奥様と旦那みたいだったな…)何かこう、照れる。
だが、そんな俺の浮かれた気分はすぐに消え去った。周りから(主に男の)殺気のこもった視線を感じる。
(桐生の奴、あんな可愛い子とイチャいちゃしやがって!)
(俺もあんな事されてみてぇー!)
(妬ましいー!ただひたすらにうらやましい!)
(憎い…俺はあの男が憎いぃぃぃ…!)何て心の声が聞こえてきそうだ。
まあ、凛はかなりの美少女なわけで。当然っちゃ当然の反応なんだが…

つう、と俺の体を脂汗が伝う。
嫉妬されると言うのは優越感を覚えるが、これは程度が過ぎるというものだ。
というかこの状態で気分が良いなんてのはどんなマゾヒストだ。
凛はそれに気づいていなかったらしく、
「それじゃ、また」と言って俺たちと別れると、一人で校舎へと歩き去った。
すると俺に向けられていた殺気も薄れ、いつもの登校風景が戻ってきた。
だがまだ険悪な視線を感じる。その方向を見ると、視線の主は梨亜だった。
「…なんだよカナリア?」
「カナリアいうなっての。…別に。何でもないもんね」
「それよりさ、タカシ」梨亜がニヤリ、と笑い俺のほうに手を伸ばし、
「ほら、髪に糸くずついてる」俺の髪についていた糸くずを取る。
(だけど、何でそんなに近づく必要が…うおぅ!?)ビクン!俺の体が得体の知れない恐怖に震え上がる。
先ほどとは比べ物にならない殺気が俺に注がれている。
「あのヤロ…さっきの美少女だけじゃなくて梨亜ちゃんもだとぅ!?」
「あれですか?プレイボーイっぷりを見せびらかしてるわけですか?」
もうみなさん怒りの余り心の声が口から出ていらっしゃるご様子。マ○ジンだったら「!?」の写植がいっぱいついていそうだ。
俺はあまり女として意識していなかったから忘れていたが、こいつかなり可愛い部類に入る顔なんだっけか。
だが、そんな事考えてる場合じゃなかった。すでに俺に向かって注がれるものは殺気と言うより殺意に達していた。
(殺される…!)気づいたら、俺は学校へ向かって逃げるように駆け出した、と言うか逃げた。
「待ちやがれこのスケコマシがぁーッ!」
「桐生!そろそろ死んどけぇー!」
「殺ぉす!テメェは殺ぉす!!」何て物騒な台詞を吐きながら幾人もの男子生徒が俺を追っかけてくる。
「俺が一体何をしたって言うんだぁっ!」俺は悲鳴のような叫びを上げた。
それからしばらくの間、俺は校舎を逃げ回らなくてはならなかった。



―幕間―

『俺が一体何をしたって言うんだぁっ!』タカシの悲鳴じみた絶叫。
逃げ回るタカシを見やり、梨亜は意地悪げな笑みを浮かべる。
「ふんだ。タカシの奴、凛ちゃんにネクタイ直されたからってデレデレしちゃってさ」
「いい気味だもんね」
「ヤキモチとは大人気ねえなぁ…ま、可愛いもんだけどな」
と、いつもの軽薄な笑みを浮かべながら、耕平。
「や、ヤキモチなんかじゃ…(//////)」
「アレがヤキモチじゃないってんなら、国語辞典全部書き直さなきゃな」
「勝手にいってろっての。でも、それなら何で止めなかったのさ」
「んー……面白そうだったから?」
「何で疑問系なのさ?サイテーだねダメ人間」
「原因作ったヤキモチ焼きに言われたかねえなぁカナリア」
軽口を叩きあいながら校舎へと入っていく2人だった。

―幕間 終―



あれからようやく追っ手をまいた俺は教室の俺の席に力なく座った。
「はあはあ…死ぬかと思った…なんで朝からあんなに体力使わなきゃならんのだ…」
「よ、お疲れさん」いつの間にか耕平が近くまで来ていた。
「労うくらいなら助けてくれよ…」俺はぼやいた。
「お前逃げ足割と早いし、逃げ切れると思ってたからな。楽しませてもらったぜ」
「このダメ人間が…」
「その言葉は聞き飽きたっての」
「ま、本気でお前を誰かがどうにかしたら、もしくはしようとする奴がいたら」
「したら?」
「殺す。決まってんだろ?」真顔でそういう事を言うな。
「そこまでは行かなくともとりあえず整形外科送りくらいにはさせてもらうけどな」
「お前の場合本気だから怖いんだよな…ダメ人間から危険人物にクラスチェンジするつもりか?」
「そいつは丁重に断らせてもらうかな。おっと、ホームルーム始まるから戻らせてもらうぜ」
「おう」耕平が席に戻った直後、チャイムが鳴り響き、担任の教師が教室へと入ってきた。
「皆サンオッハヨウゴザイマース!元気デシタカー?」
などと似非外国人のような挨拶をしながら入ってきたのが、ウチの担任のジョージ先生。
胡散臭いオーラを全身から放ってはいるが、面倒見のいい生徒思いの教師だ。
と、話がそれた。挨拶が終わり、このままホームルームが始まると思っていたのだが、
「エー。今日カラー。新シイ生徒ガーコノクラスニ加ワル事ニナーリマシター」
「転校生ッテヤツデスネー」いつもの如くこの独特の喋り方はかなり苛つくんだよな…ほんと、コレさえなきゃいい先生なんだが。
転校生、の言葉に皆がざわめく。
「ストップストーップ!スピーキングストーップ!コレカラ紹介スルカラ黙レオマエラー!」
「ソレデハー、入ッテキテクダサーイ」その言葉に教室の外にいた人影が、教室の戸を開け入って来た。
人影の正体を見て、俺は驚愕した。

人影の正体は、凛だった。梨亜と耕平も驚いた顔のまま固まっている。
凛は教壇まで歩くと、こちらのほうを向くと、気をつけの姿勢をとった。
「コノ子ガー、今日カラクラスノ仲間入リスル事ニナッタ草薙凛サンデース」
「草薙凛です。よろしくお願いします」凛は静かに、深々と礼をした。その仕草は折り目正しく、非の打ち所がなかった。
「本来ナラー、昨日カラ来ル筈ダッタノデスガー、始業式ガ終ワッタ後気分ガ悪クナッテ帰ッテシマッタノデス」
だから昨日学校へ着てたはずの耕平も驚いてるわけだ。
それを聞いた凛は俺のほうを見て決まり悪げな顔をした。
まだばれていないと思っていたらしい。ある意味良い根性をしている。
だがまあ、そんな事はどうでも良い。俺は聞かなければいけない事がある。
「先生、ちょっといいですか?」
「ドウゾー」
「何でお前がこのクラスに来るんだ?」
「オヤ、オ知リ合イダッタノデスカー?ラブコメミタイデスネー」俺と凛は先生の戯言を華麗にスルーした。
「御挨拶ですね。来てはいけないんですか?」
「そうじゃない。お前俺のいっこ下なのに何で2年のウチの教室に来るんだ?」
「私、3月生まれですから。学年が繰り上がるんです。誕生日くらい覚えていてください」たしかにそれなら納得がいく。
言葉をなくした俺を見て、話が終わったと判断した凛は先生に指示された座席へと座った。



休み時間になると他の生徒が凛へと殺到し質問攻めにあっていた。
だから、俺たち3人が、凛と話せるようになったのは放課後だった。
まあ、皆に(大半は男だったが)言い寄られ珍しくあたふたしている凛を見るのは中々に楽しかったわけだが。
「しかし、ビックリしたよなー。凛ちゃんがウチのクラスになるなんてよ」と、耕平。
「ま、クラスに可愛い子が増える分には俺は万々歳だけどな」確かに。それはクラスの男子の総意だろうな。
「凛ちゃんも一言いってくれればいいのにさ、水臭いぞ〜」と梨亜が軽く抗議する。
「すいません、いろいろとゴタゴタしてて、言いそびれたまま忘れてました」凛は素直に謝った。
「それより、あの…タカシさん」
「お前は昨日少し早く帰ってきて俺の看病をしてくれた。ただそれだけだ。お前が気に病む事は何もねえよ」
俺は凛の言葉をさえぎるようにして言った。桐生隆は過ぎた事をウダウダと言う男ではない。
「あ、はい…(/////)」凛は安堵の笑みを浮かべる。
「カナリア、お前もな」
「べ、別にアタシは何もいってないもんね…(//////)」と言いつつもこいつもどこかホッとした様な顔つきだった。
そんな感じに話していた俺たちに、誰か声をかける人がいた。というか、見知った顔だったが。
「草薙さん、どう?もうこのクラスには慣れた?」
「休み時間はごめんね。ウチのクラスの男共は遠慮がないから」そういうと、苦笑する。
そいつは、野暮ったい黒いフレームのメガネをかけ、胸まである髪を後ろで縛っていた。
「凛でいいです…ええと、名前…」凛が彼女の名前を聞こうとしたが、耕平が先に答えた。
「稲葉稲穂だよ、凛ちゃん。ウチのクラスの委員長」
そう、彼女こそ教師や俺たちを含む曲者揃いのこのクラスを纏め上げる、
委員長の稲葉 稲穂(いなば いなほ)その人だった。
ついでに言うと、耕平の天敵である。



「ダメ宮、何でアンタが答えるのよ」稲穂が口を尖らせる。
「へっ、凛ちゃんにお前みたいなガミガミ女の話を聞かせてたら、どんな悪影響が出るかワカンネェからな」
「悪影響なんて、ダメ人間のアンタにだけは言われたくないわよ…!」
稲穂は眉を吊り上げると耕平になにやら複雑な関節技を極める。
「ぐあ…稲葉お前卍固めなんて何処で覚えてきやがった…!」
「毎度毎度俺に何らかの関節技仕掛けてきやがって…」
「護身のためにイロイロとね。今のところアンタみたいな馬鹿を懲らしめる事にしか、使い道がないけどね…ッ!」
稲葉はさらに強く締め上げる。
「あがががが、痛い痛い痛い!ギブギブギブ!」耕平が降参したように机をバンバンと俺の机を叩く。
その様子を見て満足したのか、ようやく稲葉は耕平を解放した。
「っ痛ぅ〜…思いっきり締め上げやがって、この暴力女」と、涙目で、耕平。
「何?もう一回喰らいたいの?」
「んなわけねぇだろ。いい加減にしねぇと殴るぞ?」
「あら?ダメ宮アンタ一応フェミニストで通してるんじゃなかったの?」
「お前みたいな口やかましい暴力女、女のうちに入るかよ。カナリアの方がまだ女らしいっての」
「なんですってぇ!?」
「何だ文句あんのか!?」2人はそのまま口喧嘩モードに突入していった。
俺達3人はというと、すっかり蚊帳の外になっていた。



あの…あの2人、どういう関係なんですか?」2人の様子を見ていた凛がおずおずと俺に聞いてきた。
「ああ、俺たちほどじゃないけど、稲葉も俺たちと付き合いが長いんだよ」
「知り合ったのは中学からだから、お前が知らないのも無理ないけどな」
「ご覧の通り、ダメ人間と委員長っていう正反対のキャラだからな」
「顔をあわせてはケンカばっかしてるんだよ」
「でもまあ、仲が悪いって言うのとは違うな」
「そうだね〜ま、すぐ慣れるよ」
「この2人のケンカはウチのクラスでは日常茶飯事だから」と、梨亜が付け加えた。
というか、あの2人はケンカをコミュニケーションの手段として使っているふしがある。
そう。互いを意識し、理解しあう遠まわしな手段。当人たちにその自覚はないだろうが。
ついでに言っておくと、この学校は生徒同士が問題でも起こしたりしない限り、クラス替えがない。担任もずっと一緒だ。
「あいつらの事はほっとこう。しばらくすれば収まる」
「それより、凛、コレからお前、何か予定あるか?」
「いえ、ありませんが…」
「それならさ、コレから花見なんてどうだ?」俺はそう提案した。
「花見、ですか?」
「そうそう、この近くにある千鳥遊公園はさ、この時期桜が満開になるんだよ、露店もいっぱい並ぶし」と、うきうきした様子で、梨亜。
「いいですね。私も桜は好きですから、行きましょう」凛も笑顔で同意する。
「よし決定だな。それにしても…」俺は今だ口げんかをしている耕平と稲穂を見やる。
「どうしたんですか?」と、凛。

「いやさ、あいつら見てると歯がゆくてさ」
「はあ…そういうものですか」
「いやだってさ、稲葉の住んでる部屋って、耕平の部屋の間隣なんだぜ?」
「ジョージ先生の台詞じゃないけど、なんていうか、ラブコメみたいだろ?」
「そんな環境にいるのにさ、浮ついた話の一つも出てこない」
「お互い憎からず思ってるだろうにさ、勿体無いじゃないか…って、あれ?」
「何でお前等そんな離れて…」
次の瞬間、凛と梨亜は走り出すと、高く跳躍した。
離れていたのは助走をつけるためだったらしい。
「「タカシ(さん)」」
放物線の頂点に達する二人。
「「それだけは」」
きりもみ回転の後、
「「貴方(アンタ)に」」
ライ○ーキックの様に足を突き出し、俺のほうへ…ってうわぁ!
「「言う資格はなーい!!!!!」」
ドゴォン!2人の靴底が俺の顔面にめり込む。ジャストミートだ。
ガガガガガガガガガガ…ドォン!
勢いは止まらない。顔面に足がめり込んだまま俺は壁まで叩きつけられた。
「すげぇ…ユ○ゾンキックだ…」
「息ピッタリ…」
稲穂と耕平はケンカするのも忘れ、呆然と呟いていた。
(なぜ蹴られるのか良く分からんけど…ケンカを止められたからまあいい…か)

「大丈夫か?タカシ」俺は耕平が差し伸べた手につかまり起き上がる。
アレだけの一撃を喰らったのに痛むところもなく意識を失う事もなかった。
蹴られ続けた結果だろうか。耐性がついたというか、しぶとく頑丈になったということらしい。
だからといって、素直に喜べるものではないのだけど。
「痛つつ…あ、そうだ、放課後お前等も来るよな?」
「あん?何の事だ?」
「来る?どこへ?」」耕平と稲穂が聞き返す。
「花見だよ。お前等がケンカしてる間にそういう事になった」まあ、提案したのは俺だが。
「あ、私は今日掃除当番だから、一緒には行けないな。ごめん、桐生」手をパチン、とあわせて謝る稲穂。
凛に負けず劣らず真面目で律儀な性格をしている。でなければ委員長なんぞやってられないだろうが。
「なんだよ稲葉、付き合い悪りぃな。今日くらいサボりゃいいだろ」
「ま、俺としてはお前みたいな口うるさいのがいなけりゃ、いろいろやりやすいけどな」
「誰もがサボリ魔のアンタみたいな自堕落な精神構造してると思ってんじゃないわよ」
「今日だけ、今日だけってずるずるとサボリ続けちゃうもんなの」
「アンタがいい例じゃない。それに、そっちも今週掃除当番でしょうが」
「ヤダね。掃除なんてかったるい事してられっかよ」
「俺はサボって花見と洒落込ませてもらうぜ」
さすがダメ宮。中々に腐った事を言いやがる。
「はぁ…勝手にすれば?どうせ期待してなかったしね」と、どこか諦めたように、稲穂。少しコイツに同情する。
「んじゃ、行くか隆…って、待て。他に誰が行くんだよ?」

「ん?この前町に買い物に言ったときと同じ、凛と梨亜だけど、それがどうかしたか?」
「なるほどな…そうか、そういうことなら…」耕平がなにやらぶつぶつと言っているが、声が小さくてよく聞こえない。
「やっぱ、俺も掃除してくわ。たまにはやらねえとコイツに何されるかワカンネェし」
「どうしたんだよ、お前が掃除当番真面目にやるなんて、天変地異の前触れか?」いや、ホント信じられない。
「うるせ。俺だってたまにはいい行いってやつをしたくなったのさ」
「というわけだから、3人で楽しんで来いよ」
「そうか…それなら凛、カナリア。行こう」
「あ、はい」
「なんだ、ダメ宮こないんだ。つまんねーの」
耕平たちを残し、俺達は教室を後にした。
「そうだ…凛、流石に花見はした事あるよな?」
学校を出て、公園へと続く道を歩きながら、俺はなんとはなしに凛に問いかけた。
「…蹴られたいんですか?」凛が不愉快だ、と言わんばかりに顔をしかめる。
マズ、いくら世間知らずとはいえそれくらいは知ってるよな。馬鹿な質問をした。
「すまん、流石に馬鹿にしすぎだな」俺は即座に謝った。何度も蹴られるのはゴメンだ。
「そうだぞタカシ、乙女を傷つけることいってんなっての」と、梨亜。
言ってる事は間違っちゃいないが何故そこでお前がしゃしゃり出てくる?
「お詫びとして露店での買い物は全部代金そっちもちって事で」
「何でだコラ。あんま調子に乗るなよ?人間様に鳥類がナマ言ってんじゃねーの」
「んだとこのー!」ブンブンと腕を振り怒る梨亜。
そんな俺たちのやり取りを見ていた凛が、
「………………」無言で俺の手を取る。当然、俺は引っ張られるかたちとなる。
顔を見る。凛はどこか不機嫌そうな顔で頬をぷくぅ、と軽く膨らませていた。

「お、おいどうした凛」
「…早く行きましょう?さっさとしないと日が暮れます。まあ夜桜はそれはそれでいいものですが」
「あ、ああ…」その理屈は分からないでもないが、何でそんなに機嫌が悪そうな顔をしてるんだろうか?
「なんで怒ってるんだ凛?」
「怒ってません」
「いやでも」
「怒ってませんってば!」声を荒げる凛。こりゃ幾ら聞いてもムダだな。
(俺ただカナリアと話してただけだよな…?)凛に引っ張られながら、俺は軽く首を傾げる。
「何首傾げてんのさ。タカシは馬鹿なんだからいくら考えたところでムダだよ」
俺たちに追いつくために、少し早歩きになりながら、梨亜。
「うわバカに馬鹿って言われた、超ショック」凹むぜ、マジで。
「馬鹿はタカシだけだっての。アタシは心が純真なだけなんだもんね♪」
「自分でそういうことを言うからお前は真正バカなんだ」と、その時。
ギュウウウウウウッ!俺の手が凄まじい力で握り締められる。
「痛い!?凛お前いきなり何するんだよ!?」
「ああ、すみません、少し力を入れすぎたみたいですね」すました顔で、凛。妙に眼つきが怖い。
明らかに少しじゃなかったような気がする…が、何か怖いので黙っている事にした。
「…ばか」凛の小さな呟き。
それはおそらくは俺に向けられたものであるとは思うのだが、
公園へ歩きながら俺はその理由を考え続けても、さっぱり分からなかった。
梨亜の言うとおり、俺はバカなのかもしれないな。
俺は考えるのをやめて、黙々と歩くのに専念する事にした。



―幕間―

その時耕平と稲穂は、黙々と掃除をしていた。
だが不意に、耕平が立ち止まり窓の外を見る。
正確には校庭の方を見下ろしていたわけだが。
「ぼーっとしてないで、ちゃんと掃除する。アンタだってさっさと帰りたいでしょ?」と、稲穂。
「ん?あ、ああ…」耕平の気のない返事。いつもの彼らしくない。稲穂は訝しげな顔をする。
「…なに見てるの?」稲穂も窓に近寄り、下を見下ろす。
耕平の視線の先には、タカシ達がいた。3人で何か話している。無論ここから聞こえるはずもないが。
「何?寂しいわけ?なら一緒に行けばよかったのに」
「何だ?サボりは許せないんじゃないのかよ?」
「確かにそうだけど、アンタがそんな感じだと、調子狂うのよね」
「お気遣いどうも」
「礼を言われるほどじゃないわよ、ばーか」
「にしても、なんで急に手伝う気になったわけよ?タカシじゃないけど天変地異でも引き起こす気?」
「アイツ等と一緒に行ったら、花見会場でカワイコちゃんをナンパできないだろ?」
「はあ、不純な動機ですこと…でも、ウソでしょ?」
「あ?なんで俺がそんな事でウソつく必要があるんだよ?」
「どーせアンタの事だから、カナリアとタカシに気を使ったってトコでしょ?」
「で、それを誰かに言うのも照れくさい、と。こんな感じかしら」
「…分かった風な口聞いてんじゃねーよ」
「でも、当たってるでしょ?」その言葉に耕平はしばらく黙っていたが、
「………まーな」とだけ、口にした。
「まったく、アンタっていつもそうよね」

「実は誰よりも友達思いのくせして、それをおくびにも出さないんだから。なに?カッコつけてるつもり?」
「そんなんじゃねえよ。ただそんな事は他人に言いふらしたり俺は○○したぞーなんて、アピールするもんじゃないだろ」
「…ホント、不器用なんだから」稲穂は小さな、でも暖かいため息をついた。
「それじゃ話は終わり。さ、掃除するわよ」と、その時。
踵を返し掃除を再開しようとした稲穂は、靴紐が緩んでいる事に気づかず、それを踏んで転んでしまった。
「いたた…もう最悪…」
「人に関節技かけて痛い目にばっかあわせたバチだな」耕平がほくそ笑む。
「うるさいわね…と、あれ?メガネ、メガネ…」稲穂はせわしなく手を動かし眼鏡を探す。
彼女は視力がかなり低く、またかなりの乱視であるため、眼鏡をはずすとほぼなにも見えなくなるのだ。
「一昔前のコントかよ…眼鏡なら拾っておいたぜ」
「ありがと…って、早く渡しなさいよ」何故か耕平は眼鏡を稲穂に手渡さず、こちらを向いてまま動かない。
「…なんだ、稲葉ってあの野暮ったい眼鏡取ると、結構カワイイのな」
「な、急になに言ってんのよ、バカ!(//////)」
「さっさと渡しなさいよ…もう」
「悪りぃ悪りぃ。ほらよ。でも、マジでコンタクトにしたらどうだ?」
「コンタクトは苦手なのよ…」と、眼鏡をかけなおしながら、稲穂。
「ならもうちょっとお洒落な眼鏡にしろよ。なんか勿体ないぜ」
「余計なお世話よ。ま、そこまで言うなら買い換えてあげてもいいけど。その代わり、付き合いなさいよ。言いだしっぺなんだから」
「何で俺が…ま、どうせヒマだしいいか。ついでに花見も2人で行くか」
「お前も一応女だし、いないよりはマシだし。枯れ木も山のなんとやらだな」
「いちいち一言余計なのよね…まあ、今に始まった事じゃないか」
「それなら、なおさらさっさと掃除終わらせるわよ」
「へいへい」2人は掃除を再開した。
素早く掃除を終えた2人は、花見の会場である公園へと足を運んだ。


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