第15話「はじめての…(後編)」

前回に引き続き、再び俺の話だ。
俺の名前は九重 八郎太。通称ハチ。もう諦めた。
前回『いつもより若干少なめの睡眠時間の後』なんて言ったが、すいません、大嘘ぶっこいてました。見得張ってました。
3 時 間 し か 寝 て ま せ ん
…敬語で謝ったんで許せ。そんなわけで、充血で目を少し赤くした俺は、奈那との待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所はVIP百貨店の前にある、同店のマスコット内藤ホライズンの銅像。
(相変わらず、趣味悪ぃ銅像だな…)なんてて思いつつ周りを見ると、既に来ていた奈那を発見。
「遅せーッスよ」奈那は開口一番そう言った。
「うっせ。時間前に来てるじゃねえかよ」
「そういう問題じゃねッスよ。レディを待たせるのは最低ッス」
「ハチにに足りない物、それは!気遣い、時間意識、殊勝な気構え、真面目さ、几帳面さ!そして何よりもー!速さが足りない!!」
「誰だお前は。つかお前だけは八郎太って呼べよ…」項垂れる俺。最後の防衛線だったのに。
「別にいいじゃないッスか。可愛いッスよ?」
「男に可愛いって言ってもまず喜ばれないって知れっつーの」
「全く、エネマ穴のちっさい奴ッスね〜」
「年頃の少女がエネマ穴とか言うな」ちなみにエネマ穴とは尻の穴の事だ。
「細かい事言うなッス。それじゃ、とりあえず喫茶店かファミレスでも行くッスか」
「どうせハチの事ッス。何も考えてないんでしょ?」
「うるせえよ。お前の意見も聞かずに勝手に決めんのもどうかと思っただけだ」
「ふぅ〜ん…ま、そこでこの後の予定、考えればいいッス。トーゼン、奢りッスよね?」ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる奈那。
負い目があるだけに逆らえず、俺はその言葉に従うしかなかった。情け無ぇ…

近くの喫茶店に入り、今後の予定について作戦会議。
…のハズだったが、いつの間にか関係ない話題になり(楽しいから無問題だが)、そのまま雑談すること十数分。
しばらくだらだらとハナシが長引くだろうな、と思っていた矢先に、
「ハチ、そういえばその服ッスけど…それでオシャレのつもりッスか?」と、奈那。
「…なんか変か?」俺は怪訝な顔で聞き返す。
ちなみに俺の今の服装は、ユ○クロでかったフリースのトレーナーの上にスタジアムジャンパーを羽織り、
下はVIP百貨店で買ったノーブランドのズボンと言ったとこ。寧ろ結構おめかししたつもりなんだが、オカシイか?
「ふぅ…スポーツ馬鹿のハチにファッションセンスを期待するのも間違いッスね…」大げさに肩を竦め溜息をつく奈那。
「何だとコノヤロウ。よく見れば少しラフっつか場にそぐわない感じはしないでも無いけどよ」
「よく見なくても十分ダサいッスよ」ケラケラと笑いつつ、奈那。事実なんだろうがもう少しオブラートに包んで物を言えよ。
こいつに限らず俺の周りの人間は俺への配慮が絶対的に足りないと思う。いい加減泣くぞ、俺。
「何おう!?そこまで言うんなら、俺の服選んでみろよ」
「うん?別にいいッスよ。それじゃ、馴染みの店があるからそこに行くッスか」
「お、おうよ」返事しつつ、俺はあることに気付く。
(あれ?俺自然にやれてるじゃん。何をするか何処に行くか、決められてる)
―行きたい所に行って、やりたい事をやれば良いんじゃない?
―硬くならないで。肩肘張らずに、普通に楽しんで来なよ。
店長の昨日の言葉を思いだす。そっか、アンタの言ったのはこういうことだったのか。
最初から、こうすりゃよかったのか。
俺は店長への評価を僅かに上方修正しつつ、奈那の言う『店』へと向かった。

少し歩くと、目的の店に到着した。店の名前を見ると『Canary Row』とあった。
中に入ると洗練されたデザインの、いかにも高そうな服がズラズラと並んでいた。
服のタグの1つを見て、俺がいつも買ってる服との値段の差に腰を抜かしそうになったのは内緒だ。
店番だろうか、レジの向こうに座っていた女の子がこっちに向かって歩いてくる。
歩くたびに頭の横で結んだ髪がぴょこぴょこと揺れている。確かシングルテールって言うんだっけか。
『いらっしゃいませ〜ゆっくり見ていくといいんだもんね!』満面の笑みを浮かべながら言う店員さん。
少し馴れ馴れしい態度も気にならないような人懐っこい笑みだった。だけど…
「中学生をこんなトコでバイトさせて…がぁっ!?」言い終わる前に店員さんの強烈な蹴りが俺の脛に直撃した。
「誰が中学生だー!こう見えても18だもんね!」眉を吊り上げ抗議する店員さん。
マジで?この顔で18?えっちぃDVDを普通に借りれる年齢だというのか!?どうみても俺より年下にしか見えない。
「こんちわッス。コイツの服を見立ててもらいたくて来たんスよ」奈那が店員さんに向かって挨拶する。
「あ、なんだ、奈那ちゃんの彼氏だったんだ。そりゃワルイコトしたね〜」か、彼氏ィ!?俺の顔が赤くなるが、
「違うッスよ。ただの昔馴染みッス」手をヒラヒラ振りながら言う奈那…orz
「知り合いか?」
「馴染みの店だって言ったじゃないッスか。此処にはしょっちゅう来てて。それでこの子とも仲良くなったんスよ」
仲良くってどんな接点が…2人を見比べる。
視界に入る、と言うか嫌でも入るぴょこぴょこ揺れるアホ毛とシングルテール。
(………………………………………………毛友達?)
ふとそんな言葉が浮かんだが言わない事にした。俺はまだ命が惜しい。

その後いくつか服を当てられ更衣室で何度も着替えさせられ、最終的に落ち着いた色のジャケットの上下に落ち着いた。
下に着ているシャツとの色の組み合わせやデザインを考えても我ながら似合っていると思う。
この店員さん、さすがバイトしてるだけあるな、服のセンスが良い。
「へへん。どうスか、自分のお陰で多少はイイ感じになった感想は」姿見を見ている俺に、奈那。
「おお、結構…良いかも。でもよ…」気の所為だろうが、俺自身まで格好よくなった気がして思わず感嘆の溜息を漏らす俺だったが、
「なんスか?」
「お前結局服選んでねえじゃん。お前のセンス関係無いだろコレ」
「こ、こういうイイ店を知っているのがス、スス・・・」
「ステータス?」
「そう、そのステ…何とかッスよ」
「オマエ日増しに馬鹿になってるだろ」
「うるさいッス。それじゃ、今度は自分の服を見てもらうッスかね」
「ちょっと待て!お前散々俺がセンス無いとかこき下ろしておきながらっ」
「いーからいーから。ほら、さっさと来るッス!」
「それに一から見繕えなんて言って無いッス。自分の服選ぶ手伝いッスよ。選んだ服の感想言うだけでいいッスから」
慌てる俺。そんな時、家に帰った後頼んでもないのに電話をしてきた店長のアドバイスが脳裏を過る。
『もし女の子の服を選びを手伝ってあげる時があったら』
『「ちょっと派手かな?」「少し大人しめだと思う」「似合うよ」の3つさえ返せれば大体何とかなるから』
何とかなるわけねーだろ、と内心呆れたが、
「ハチにしてはケッコーまともな服選びだったッスね。見直したッスよ」
何 と か な っ た よ。…店長、俺はアンタを誤解してた。
考えてみれば『あの』六華さんと長い付き合いなんだよな…そりゃ俺より女の扱い知ってて当然だよな…
自分が一番苦手としている人物を一番頼りにしている事実を思い知り軽くヘコむ俺だった。

「わ、悪いっすね…」『Canary Row』での買い物を終え街を歩いていると、申し訳なさそうに奈那が口を開いた。
「荷物を持つのは男の仕事だ、気にすんじゃねーよ」言葉の通り、俺の両手には買い物袋が握られていた。
一応言っとくが、コレは俺の拘り故の行為であり他意はない。別にコイツの為じゃないから勘違いすんなよ。
「いや、そうじゃなくてお金、払ってもらっちゃって…」そう、コイツの財布の中には僅かな金額しか入っていなかった。
「お前の詰めが甘いの所は昔っからだろ。今更なんとも思わねえ」どうやらお金を下ろし忘れたらしく、差額は俺が立て替えた。
「くぅ…事実だけに反論できないのが悔しいッス…」
「だろ?全く良くそんなで一人で頑張って来れたよな」
「ハチ調子に乗りすぎッス。それに…自分は頑張ってたワケじゃないッスから。まあ色々あったのは確かッスけど」
「色々?」聞き返すと、
「な、何でもないッス!…それより、そういえばてんちょにも同じことしてもらったッスね」奈那は急に顔を曇らせ言った。
強引にも程が過ぎる話題転換だったが話したくないらしい。俺は突っ込まない事にしたが…なんでそこで店長の話が出てくる。
「アイツがどうしたよ」不機嫌さを隠し切れない声で、俺。
「前に2人で店に必要な物買い出した時もてんちょに荷物持ってもらったんス。いいのかって聞いたら、」
「今のハチみたいにカッコつけたコト言って結局1人で全部持ったんスよ」楽しそうに言う奈那。
別れても、好きな人ってヤツか。いや振られただけで付き合っちゃ居ないが。
その後も奈那は店長の話を続ける。話していくうちに奈那のテンションも上がっているようだった。
だが、それと反比例して俺のテンションは下がっていった。比例しているのは不機嫌ゲージだけだ。
「それで、てんちょが…」なおも話を続けようとする奈那。俺はついに我慢の限界を迎えた。
「うるせえ!アイツの話なんか聞きたくねえんだよ。何でこんな所でまで…ふざけんな」
「な、なにいきなりキレてんスか!?」本気で行ってるのかこいつは。惨めな気持ちになる。
(好きな女に他の男の話をさも楽しそうに話されて、気分のいい男なんぞ居るわけねーだろ!)
そう怒鳴りたい気分だったがそれを言えば俺の想いを告げてしまう事になるから、俺は堪えるしかなかった。


俺は踵を返すと奈那の歩いている方向とは別方向に歩き出した。
「ど、何処行くッスか!?」慌てた様子の奈那。
「トイレ」俺は短くそう答えた。別に行きたくは無かったが、一人になりたかった。
数分後、出すもんも出して、少し頭も冷えた俺は、
(キレたこと、謝んねえとな…)と、軽い自己嫌悪になりつつトイレから戻り奈那の元へ向かう俺。
俺が戻ると、奈那が数人の男たちに囲まれていた。
ピアスをつけたり髪を脱色してたりアクセサリーなのかチェーンをちゃらちゃら言わせてたりと、あからさまに趣味の悪い格好だった。
俺は溜息をつきつつ男達に声をかける。
「ナンパなら他所に行けよ。コイツよりもいい女、幾らでも居るだろ?」それに惚れてるお前はなんだっつうツッコミは無しだ。
俺の言葉に男たちは低い声で笑う。胸クソが悪くなるような笑いだった。
男達のウチの1人が、俺に向かって口を開いた。
「ナンパぁ?んなワケねーだろーがバッカ。コイツはなあ、前に俺の財布をスりやがったんだよ」
その言葉にビクン!と体を震わせ顔面蒼白になる奈那。
「それで?そのお礼がしたいって?」俺の返答に満足したのか下品な笑みを深め、
「そんなとこだ。分かったらオメーは消えてろよ。ま、俺らが『使った』後なら別にどうしようと勝手だがな!」そうほざきやがった。
「ハチ…」俺を見つめる奈那。その目は助けを求める、と言うよりは赦しを請うているように見えた。
「うるせえ、手前等が消えろ。そいつは俺の連れだ」俺はそう言い放った。即答だった。答えはそれしかないから。
その後、俺がチンピラ共を叩きのめした、ってなりゃあ格好よかったんだが。多勢に無勢、俺は案の定ボコボコにされた。
「ハチ…」それを見てもなにも出来ない奈那の目の端に、じわりと涙が浮かぶ。こっちの方が、辛い。
「全くワケの分からねえヤツ。なんでこんな馬鹿女に構う」膝をつく俺に吐き棄てるように言う男。
「ホント、ロクでもねえ女だぜ。やってたのはスリだけじゃねえ、例えば―」
「知ってるよ」男の言葉を遮り、俺は言葉を紡ぐ。


「7月○日、コンビニで万引き。俺と孤児院のガキンチョ達で店員さんにお金を払って謝った」
「なっ…」奈那が顔を強張らせる。構わず俺は続ける。
「8月○日、電車内でスリ。奈那が棄てた財布を、ばれないように寝てたおっさんの懐に戻すのは骨が折れたぜ」
「9月○日、援助交際を迫ったオヤジを睡眠薬で眠らせて金だけ奪って逃走」
「そいつの恥ずかしい写真とって『警察に話したら写真ばら撒く』って脅しといた」
「他にもイロイロ。そんなのとっくに知ってんだよ」呆れ顔で、俺。知ってねえのはお人よしの院長位だ。
「なんでソコまで庇うんだよ。ああそうか、オマエ馬鹿?」
「うるせえっつってんだろ。確かにコイツはやっちゃいけねえコトを山ほどしたかもしんねえよ」
「でもな、そうせざるを得ない状況にしたのは俺達なんだ」
「孤児院の経営がヤバくなっても俺たちには何も出来なかった。その所為で、奈那を追い込んじまった」
「コレが警察沙汰になったら孤児院は終わり。でも出来る事はせいぜい後始末やフォロー。俺たちじゃアイツを救ってやれなかった」
そんなアイツに職と住む場所を提供してくれた店長にはホントは、幾ら感謝したって足りない。
俺達がどうしても出来なかった事を、アイツはやってくれた。俺よりも、何倍も凄い奴なんだ。
でも、そんな奴に、奈那は惚れてて。そいつに、俺はどうしても敵わなくて、届かなくて。
ああ、そうだよ。苦手とかじゃなくて、ただ単に、嫉妬してたんだ。ホントは、とっくにアイツの事を認めてたんだ。
そんな思い等おくびにも出さず、俺はさらに続ける。
「だから、俺たちこそ奈那に責められるべきなんだ。仮に、奈那を責めるとしたら―」
「それをしていいのは、俺達だけなんだよ!手前等がガタガタ抜かしてんじゃねえ!!!!!」
「ハチぃ…っ!」堪えきれなかったのか、奈那の目からは大粒の涙がポロポロと流れ、顔はくしゃくしゃに歪んでいた。
「さっきからゴチャゴチャとうるせぇんだよ!」拳を振りかぶる男。あー死ぬな俺。そう覚悟を決めた刹那、
「よく言ったね、ハチ君」その拳が、何者かの手によって受け止められていた。
「もう、大丈夫だから」男の手を受け止めていたのは、ウチの店長の、山田 文だった。


「何で此処に居るんだよ。もしかして…」尾行てたんじゃねえだろうな、と言う前に店長が。
「そう思われても仕方ないタイミングだけどさ。今度のは偶然。通りかかっただけなんだってば」言い、男たちに向き直る。
「さて君達。この子達は僕の部下なんだけど…なんでこんな事をしたのかな?」問う店長。
いつものあの顔に張り付いてる微笑はそのままなのに、その瞳は全く笑っていなかった。
「まあいいや。理由なんてどうでもいい。問題なのは、君達が僕の部下を1人を袋叩きにして、もう1人を泣かせたってことだ」
「とてもじゃないが赦す事なんて出来ない、と言いたい所だけど」
「今すぐ地面に跪いて土下座して『もうしません許してください私が馬鹿でした』って100回謝ってくれたら赦すかな」
真顔で言う店長。その言葉に激昂した男の1人が店長に詰め寄り、
「はぁ?なに言ってんだテメ」そこまで言った所で、
「跪けよ」店長の言葉と同時に、鈍い音と共に彼の目の前に居た男の体が綺麗に回転し、地面に体を思い切り打ち付ける。
鈍い音は、店長が男にローキックを喰らわせた音だった。
倒れ悶絶する男の足は有り得ない方向に曲がっている。
「謝る気が無いなら…死んでみるかい?」その顔から笑みすら消えた。
気圧された男達は捨て台詞だろうか、一言二言何か言って倒れた男を連れ逃げるように何処かへ去ってしまった。
「…ふぅ。居なくなってくれて良かった。あの人数だとちょっと…」
「疲れるから」疲れるだけかよ。コイツあらゆる意味で底知れねえ。
「…さて、六華を待たせてるからそろそろ行くよ。僕が居なくても大丈夫?」
「ここで『そうじゃない』なんて言えるかよ」強がるものの、実の所意識が朦朧としてた。
「そう。まあ奈那君が居るから大丈夫か。じゃあね」そう言い残し、店長はその場を後にした。
その後とりあえず俺達は近くのベンチに腰を下ろした。とにかく休みたかった。


「…なんであんな事言ったんスか。直ぐ謝るか、放っといて逃げるかすれば良かったじゃないッスか」
その言葉に、俺は掠れた声で答える。
「…殴られたっていい。馬鹿にされたっていい。いや良くはねえけど…我慢できる。でも、な」
「間違っていないのに謝る事と仲間を見捨てる事だけは…我慢できなかったんだよ」
「…バカ。ハチはバカッス。結局、助けられて無いし」
「それは言うなよ。泣きたくなるから」
「うるさいッスよ。ハチのくせにカッコつけるなんて、調子に乗りすぎッス」
「ばーか。…俺はカッコつけてねえよ。ただ言いたい事言ってやりたいことやっただけだし」
「お前の言う通りだよ。俺も、バカだから」
俺も、あの店長みたいに器用に、巧くやれたら。強く在れたら。
コイツを、奈那を、護れたんだろうか。泣く事の無いように、出来たんだろうか。
答えは、出せそうに無かった。
その事が、俺はまだ無力なガキだって、思い知らされてる様で、悔しかった。
そんな事を考えているうちに、意識が朧気になっていく。
視界がどんどん真っ白になっていく。
「………………………」奈那が何か言っている。
もう、よく聞こえなかった。
奈那が俺の顔を覗き込む。
そんなに見るなよ。今の俺の顔、痣で酷いぜ?
そして、なぜか奈那の顔が近づいてくる様な気がした次の瞬間―
俺の意識が途切れた。


―幕間―

目を閉じ(実はその時点では完全に意識が途切れていたわけではなかったが)気を失った八郎太を見て、奈那は思う。
自分より年下で、まだまだ子供だって思っていたのに。
そんな奴に、迷惑をかけていた。
なのに、だまって助けてくれていた。
なんだ。子供だったのは、自分の方じゃないか。
生活の為、生きる為、何て言っておきながら。
結局、周りが見えていなかったのは、自分だった。
そんな自分に、彼はこう言ってくれた。
『俺たちこそ奈那に責められるべきなんだ。仮に、奈那を責めるとしたら―』
『それをしていいのは、俺達だけなんだよ!手前等がガタガタ抜かしてんじゃねえ!!!!!』
嬉しかった。彼の思いに、救われた様な気がして、その言葉に涙が溢れた。
彼の顔を覗き込むと、胸に熱いものがこみ上げてくる。
だがそれは、文と共に居たときの温かいそれではなく。
炎の様に燃え盛る、激情ともいえるもので。
(はぁ…自分って、こんなに惚れっぽい人間だったんスかねぇ…)思わず苦笑する。
奈那は体を近づける。まるで吸い寄せられる様だった。
「確かにバカで不器用で、まだまだな未熟者なガキッスけど…」
「でも確かに、さっきと今この瞬間は、誰よりも格好よかったッスよ」
今度は優しげな笑みを浮かべながら言う。
ゆっくりと奈那の顔が近づき、そして―

―幕間 終―


眼を開けると、そこは見慣れた天井。
俺は孤児院の、自分の部屋のベッドに寝かされていた。だが、誰がいつの間に?
とりあえず身を起こす。体の節々が痛い。口の中も少し切ったようだ。
「あ、きがついたー」「だいじょぶかーハチロー」「いきてたんだー」声に振り向くと、院のガキンチョ共が居た。
「ん?…ああ。大丈夫だ、大丈夫だからちょっと静かにしてくれよ。傷に響くだろ」俺の言葉に不満げな顔を浮かべるガキンチョ共。
すると、ドアの開く音。部屋に入ってきたのは、院長である友子さんだった。
「いきなり傷だらけで担がれて帰ってくるんだもの。ビックリしちゃったわ」
「驚かせてスイマセンした。あと迷惑かけちゃいましたね」とりあえず謝る俺。
「大したこと無いわよ。その言葉は私じゃなく奈那ちゃんに言ってね」
「…え」嫌な予感がする。
「…えっと。もしかして俺を此処につれて来たのって…奈那?」
「ええ。『重くて疲れた』とかいってたわね」
マジか。ってことは…
突然キレた上、チンピラ相手に何も出来ずボコボコにされ。
あまつさえ気絶して家に送ってもらったってことかよ…あかん。絶対に呆れられた。
『コイツダメダメッスね』とか思われたに違いねえよ…
情け無いって思われてもしかたないもんなぁ…orz
俺の様子を見て心配そうな顔をする院長をよそに、俺はひたすらに落ち込み、打ちひしがれていた。
だから、ふと浮かんだ疑問など、すぐに頭の片隅に追いやられてしまった。
その疑問というか、腑に落ちないことってのは―
(唇に残ってる、柔らかい感触はなんなんだろうな…?)
っていう些細で、小さな事だった。


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