第20話『I remember you(後編)』

皆の反応を見て、少し愉しそうに微笑む京。そして、彼女は話を再開する。
「周りから見ればそれはもう仲睦まじい2人だった。けど、破局は…突然やってきた」
「2人の事情だからボクからは詳しく言えない。けど原因は文にあり、別れを切り出したのは那由多」
「結果的に、那由多は文に傷つけられた形になるかな。だから、彼女は親切心で忠告しているわけさ」
「それよ!それが言いたかったのよ!悪い事は言わないわ。コイツとは早々に手を切るべきね」
我が意を得たり、と言った面持ちで頷きつつ、那由多。
「そもそも今回こんな所に来たのは、ここの近くにレストランをオープンする事になってね」
「私達は会社から派遣された雇われ店長とマネージャーなの。だから近所に挨拶回りってワケ」
「聞いてもいないのにワザワザ説明的な台詞どうも」六華の皮肉めいた言葉を那由多は意に介す様子は無かった。
「そうなったら、料理の腕は良いって評判だし?ウチで雇ってもいいわよ」
「どうせウチの店が出来たらこんなちっさい店、潰れるだろうからね」
「文も、本来なら顔も見たくないところだけど…私も鬼じゃないし、それなりに仕事は出来るみたいだし」
「『どうしてもここで働きたいですお願いだから雇ってください那由多様』って言えばまあ…考えなくも無いかな」
「素直じゃないなぁ那由多。『一緒に働きたい』と言えばいいじゃないか」失笑を堪えきれない、と言った面持ちで、京。
「な、何言ってんのっ!?どこをどう取ったらそうなるかな…」癇に障ったか真っ赤になり狼狽する那由多。
「俺にはそうとしか取れないのだがな…」「そうッスね」呟く剛と奈那を那由多が鋭く睨み付ける。
2人は小さく肩を竦めそれ以上何かを言う様子は無かった。
「…ナニこのえっらそうな女は。そこはかとなくムカツクんだけど」
那由多の一方的かつ勝手な言葉に顔をしかめる六華は、同族嫌悪と言う言葉を今すぐ学ぶべきだと思った。
やっぱり、似ているんだよな。だから、僕は―
物思いにふける僕をよそに、六華が那由多に向かって口を開いた。

「お・こ・と・わ・り・よ。私、わりとこの店は気に入ってるの。この店は私が居ないと成り立たないってのもあるし」
「それに…コイツは私が居ないと、ダメなの」
「ダメなのはお前の…いやなんでも無い」何事か言いかけた剛を今度は六華が睨み以下同文。
「…ふん、理解出来ないわ」
「昔付き合ってたアタシですら、コイツのイイトコなんて20個位しか思いつかないのに」
「20『も』だと思うがな…」「惚気にしか聞こえないッス」再び呟く剛と奈那を那由多が(ry
「それは幾らなんでも酷過ぎじゃない?30くらいはあると思うけど。どんなダメな奴にだって見るところが少しはあるモノよ」
「「少し…?」」剛と奈那の疑問の言葉を六華は華麗にスルーした。
30か。僕自身は、自分の良い所なんて良く分からない。けど2人はそれ位は見つけられたのだろうし、それが普通なのかもしれない。
なんにせよ、学生時代に『クラスメイトの良い所を挙げましょう』なんていう事を行った際、
『明るい』、『優しい』、『物知り』、『スポーツが得意』辺りを使い回してた僕には与り知らぬ所である。
なんて事を考えていたら、六華の口撃の矛先が僕へと向けられた。
「ちょっとブン!なんでそんな無反応なのよ!?」
「自分の事を言われてるのよ?何か言ってやりなさいよ!」直後、皆の視線が僕へと集中する。まいったな…
「何か、といわれてもなぁ…」頭をぽりぽりと掻きながら、僕の返した言葉はその程度だった。
「アンタねぇ…最低ーとか散々な言われ様なのに何も言い返さないの?ムカついたりしないの!?」
「仕方が無いんだよ…彼女には、那由多にはそうする理由があるし、それはとても正当なモノだと思うから」
「…っ。変わってないのね、文。意気地なしで根性なしで甲斐性なし。おまけに覇気もない」
「そこの女コックの台詞じゃないけど、何か思う事があるんなら言っても良いわよ?言う事があるんならね」
「まあ、”あの事”を考えたら何も言えないだろうけど…さ」
「ホラどうしたの?今だけは言いたい事があるなら特別に聞いてあげるわよ?言えば?私に対する不満とか、いろいろ在るでしょ?」
詰め寄りながら、畳み掛けるように、那由多。それに、僕は―
「……………………………………………………」何も言わず、沈黙で答えた。

「…なにも…言わないの?…何か、言いなさいよ……言えってば………言ってよぉっ……!!!!!」
搾り出すような那由多の言葉。いつしか彼女の瞳には光るモノが浮かび、徐々にその大きさを増していく。
それでも、僕は答えない。答えられない。答えられるワケが無い。
云えるとしたら…いや、云う事が赦されているのは。この、一言だけ。
「………………………ゴメン」呟くように言った、その刹那。
頬に。鈍い、衝撃。僕は思わずたたらを踏み、転倒してしまう。
弾き飛ばされるように、椅子が倒れテーブルの位置がずれる。
ショックで床に落ちたメガネを拾い、かけ直した僕の目に映ったのは。
「ばか…ばか…ばかぁ…っ!」わなわなと肩を震わせ、涙をぽろぽろと流しながら拳を握り締める那由多だった。
「ダメじゃないか、那由多」
「な、なんだってのよ…今更文句でも言うつもり?もう聞く耳なんか―」
「グーで殴ったりしちゃダメだよ那由多。ほら…手、擦り剥いてるじゃないか。大丈夫かい?」彼女の握り拳に、僕はそっと手を触れる。
「嫁入り前の体なんだから。傷つけちゃ、ダメだろ?…まあ、僕が言える台詞じゃないのは重々承知の上だけど、さ」
「文…」
「殴りたいのなら、幾らだって殴ってもいい。…それで君の心が晴れるなら」
「君が少しでも楽になれるのなら。幾らだってこの体を差し出すよ」
「悪いのは、僕だから。君を裏切ったのは…僕、だから」
「うるさい…」那由多が僕に背を向ける。手で目を拭っている。鼻をすすり上げる音。
再び僕の方を向いた時には、ここに来た直後のような普段の彼女に戻っていた。

「ねえ…勝負、しましょうよ」
「「「「はい?」」」」いきなりの那由多の言葉に、僕等4人の目は点になった。
「今度のクリスマスの日。ウチの店とあんたの店と、どっちが高い売上金額を出せるか、勝負しようって言ってるの」
「そっちが負けたら店をたたんでウチに吸収合併されなさい」
「コッチが負けたら―まあ有り得ないけど―この町から手を引くわ」
「急なのはこの際問わないけど…そんな話になぜ乗らないといけないの?私達にメリットがあるとは思えないんだけど」
「あらそう?放っといても私達の店が売り上げ伸ばせば勝手に潰れるだけのそっちに、生き残るチャンスを与えてるんじゃない」
「断るメリットこそ無いと思うけど?それとも『Bird Nest』のシェフの六道六華さんは負けるのがこわいのかしら?」
「なっ…そんな訳無いでしょ!?いいじゃない、その勝負、乗ってやろうじゃないの!」
「おい六華…!」
「ブンうっさい!ちょっと黙ってなさい!…そっちが負けたら、この町から居なくなるって事でいいのね?」
「もちろん。まあ万が一にも無いとは思うけど」
「言ったわね。その時になってもやっぱ無しとか聞かないからね!」
「そっちこそ。店仕舞いの準備は早めにしておいた方が良いかもしれないわよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるわよ!」
「あ、そ。それじゃ今日はこの辺にして帰るわ。文…私は………ううん。なんでもない。サヨナラ」
「迷惑をかけちゃったね。ボクも失礼するよ。それじゃあね、文、『Bird Nest』の皆」
2人はそう言うと、『Bird Nest』から去って行った。
まるで嵐が過ぎた後のように、その場を静寂が支配したのもつかの間。
「塩まくわよ塩!奈那ちょっと手伝いなさい!」
「はいはい分かったッスよ〜…勝手に決めちゃって、知らないッスよ。はぁ…」
六華は肩をいからせ、奈那は肩を落とし溜息を着きながら厨房へと消えて行く。
そんな2人を見やりつつ、僕は1つの決意を固めていた。

―10数時間後。『Bird Nest』裏手にて。
ここは、ゴミを捨てる時くらいしか用事が無い。
すなわち大抵人気が無く、それは内緒の話をするのにはもってこいの場所だと言う事を意味する。
僕は、そこにあった適当な一斗缶に腰掛け、ピースの煙を燻らせながらある人物を待っていた。
ここに通じる勝手口が開く音。待ち人来る、か。僕は煙を肺から一気に吐き出すと、地面に擦り付けタバコの火を消した。
その人物はコックさんの格好をしていた。そう、六道六華、その人だった。
「話って、何よ?」怪訝な顔で問う六華。
「ああ、それなんだけど。…朝来た、彼女達の事なんだけどさ」僕の言葉に、六華の顔がたちまち曇る。
「そんな顔しないでくれよ。あれからね、僕は彼女の…那由多の涙の意味をずっと考えていたんだ」
「…それで?」不機嫌そうな、それでいて少し苛立ったような面持ちで、六華は話の続きを促す。
「焦らないで。それで、気づいたんだ」
「僕は、逃げていただけだったのかもしれない」
「全部彼女のなすがままに受け入れて、罪を償おうとしているつもりだった。でも…」
「実際は、罪を償っている気になっていただけなのに、そんな自分に陶酔していただけなんだって、わかったんだ」
「『罪を償っている自分』に浸る事で、楽になろうとしていただけなんだって」
「だからもう…逃げないよ」
「初めから、解かっていたんだ。犯した罪は、過ちは、決して償う事なんて出来ない取り返しのつかないモノなんだって」
「一生受け止め、背負い続けるしかないんだって。もし償いと言えるモノが在るならば、それだけなんだって」
「それが私と何の関係が在るっていうの?」
「今から話そうと思うんだ。なんで僕と那由多が別れたかを。気になっていたんだろう?」
「え?あ、うん…でも」六華が言いかけるのを遮る様に僕は云う。
「コレは、君にも関係が在る事なんだ。だから…話すんだ」
「わ、分かったわ…話して」
「うん。僕はね―」

「那由多に、君の姿を重ねていたんだ」
「え…」
「大学時代に、僕は彼女と知り合った。そして、どこか君に似ていた彼女の事が気になり始めた」
「次第に話したり遊びに行く事が多くなって…しばらくして、那由多に告白された」
「僕は、それを受け入れた」
「…それで?」
「あの時京が言った通り、長い間僕達はそれなりにうまくやっていた。お似合いだとか言われて、いい気になった時もあった」
「でも、卒業する少し前のある日、那由多に指摘されたんだ」
「『文は私の事を見て居ない。私を通してここには居ない誰かを見ている』って」
「『しょっちゅう話に出てくる、六華って女じゃないのか?』とも言われた。僕はそれを…否定しきれなかった」
「もしかしたら、”君に似ていた”ってのはきっかけに過ぎなくて、本当に彼女を好きだったのかもしれない」
「でも僕は、そうだとは言えなかった。那由多への気持ちが本物だと、言い切れなかった」
「彼女が好きだったのか、それとも、好きだと錯覚したのか、わからなくなってしまったんだ」
「だから、その後一方的に「別れて欲しい」と言われた時、僕は黙ってそれを受け入れたのさ」
「そう、なんだ…。でも、なんでよ…?なんで私に似ているからって、そう言う話になるのよ」
「多分僕は―」
「君が居なくなって、寂しかったんだと思う。自分が思っている以上に。…女々しい男なのかもしれないな、僕は」
「な…」六華の顔が朱に染まる。まあ、まるで告白じみた台詞だものな。
「六華」そんな六華に構わず、僕は続ける。
「ひゃ、ひゃい!?」
「クリスマスの日。もし勝負に勝ったら…君に言いたい事が在るんだ」

「え、あ…そ、それって―」
「その答えは、クリスマスに言うよ。…勝ったら、の話だけどね」
「うぅ…そんな事言われたら、もう勝つしかないじゃない。…まあ最初っからそのつもりだけど」
「その意気だよ。勝とうよ、六華」
「君に全てを告げるため、両親から託されたこの店を無くさないため、負けるわけにはいかない」
「なんかくさいっていうか芝居がかってるっていうか…でも、悪くはないかな」
「あ、あのねブン。私も、勝ったら言いたい事が…ううん。言わなきゃいけない事があるの」
「…そっか。じゃ、頑張ろう、2人で」
「うん…」僕と六華の視線が重なり、見詰め合う格好になった次の瞬間。
「何を勝手な事を言っている、文」背後から、剛の声が聞こえた。
「「うわぁ!?」」
「そこまで驚かれると少し傷つくのだがな…お前達が何時まで経っても戻ってこないんだ。気になって見に来るのも当然だと思うが?」
「そ、それは悪かったよ、剛」
「ふん、まあいい。だが2人で頑張るというのは、少々水臭いのではないか?…俺が、居るだろうが」
彼にしては珍しく拗ねたように言うその言葉に、僕の目頭が熱くなる。
「私もまあ、可能な限り手伝いますよ。…剛さんに会わせてくれた店ですしね」
剛の傍らに寄り添いながら、照れたように顔を逸らし少し頬を赤くしながら、凛。
「…俺も。バイト代、サービスしろよな」と、厨房からこちらに背を向けた状態で皿洗いをしながら、八郎太。
「自分も居るッスよ〜」勝手口から顔を出しながら、奈那。
「ここは自分の家、自分の居場所ッス。ゼッタイ無くすわけにはいかないッス」
「剛、草薙君に奈那君…。有難う。皆、頑張ろう。頑張って、勝とう」
「うん!」「ああ…!」「はい」「…はいよ」「応ッス!」
寒空の下、僕らの心はこの時確かに、1つになった。


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