第6話「みーてぃんぐ・らんぶる!(前編)」

夜。
閉店後の『Bird Nest』の事務所にて。
数人の男女が事務所内に在るデスクを寄せ合い椅子に座っていた。
僕、山田 文は椅子に座っているここの従業員である六華達を見回すと、おもむろに口を開いた。
「えーではコレより、レストラン『Bird Nest』、定例ミーティングを開始します」
「皆さん、宜しくお願いします」そう言って軽く頭を下げると、皆もそれに習う。
そう、今日は週に一度、定休日の前日に行われるミーティングの日。
本来なら毎日してもいいくらいなのだろう。
が、そう提案したら女性陣に(というか六華に)猛抗議を喰らった為週に一度となった。
定休日の前日なのは帰りが遅くなる為、疲れが残るのを危惧した為だ。
「まずその前に…草薙君、君に確認しておきたい事が在るんだけど」
「何でしょうか?」聞き返すものの、彼女の目は『どうでもいいですよ』的なオーラがにじみ出ている。
「帰りが遅くなるのは大丈夫なのかい?まあ今更なんだけど」コレは正直前々から聞きたかった事。
ミーティングをするようになってから、当然の様に毎回参加してくれているのでなんとなく言い出せなかった。
僕の言葉に凛ははあ、と小さく呆れたように溜息をつくと、
「…本当、今更ですね」
「大丈夫ですよ、私は今マンションで1人暮らしですから」
「多少帰りが遅くなったからといって、どうこう言う人は居ません」機械の様な抑揚の無い声で、彼女は答えた。
そういう問題じゃないよな、とは思った。
が、彼女が「この話はコレで終わり」とばかりに目を逸らしていたのでそれ以上聞けなかった。

「んー…それならさ…」
「せめてこれからミーティングの日は剛に送ってもらうってのはどうかな?」
「…何でそういう話になるんです?何故五代さんに送ってもらわなければいけないんですか」
パッと見、彼女は普段と変わらぬ無表情に見える。
だけど、僕には僅かに目が泳ぎ、微かに頬が赤くなっているように見えた。
「そうだぞ文。草薙君は…俺などに送られるのは嫌だと思うが」
「嫌と言うわけでは」
「そうではなく、私の為に貴方のプライベートな時間を消費するのは、間違っているのではないかと思っただけです」
感情の篭らぬ言い方とは裏腹に、その言葉は剛を気遣ったものだった。
基本的に、優しい子で感情豊かなんだろうな。と思う。ただそれを表に出さないだけで。
「そうか?俺は構わんが。君の身の安全が保障されるならその程度、大した事ではない」
「…はあ。五代さん、私の事を考えてくれるのは有難いですが、少し自分の事を大切にしては如何ですか?」
「むぅ…済まない」
「別に、謝る必要は無いです」
「ただ…そんな様子を見ていると、もどかしいと言うか苛々すると言うか…まるで…」
口篭る凛。心なしかその瞳は憂いを帯びている。
「…まるで?」その様子を見ていた剛がオウム返しに聞く。
僕同様、彼女の何処か遠くを見ている様な瞳が、気になったんだろうな。
「いえ、何でもありません。少し喋り過ぎました」
そう答えた後の凛の顔は、いつもの無表情に戻っていた。

「ちょっと、なんか話が逸れて来てるんだけど」
「あんた達も、無駄話はその辺にする。私はさっさと終わらせて帰りたいのよ。疲れてるんだから」と不機嫌そうな顔で、六華。
「無駄話って…ちょっと他に言い方が…」その彼女の物言いに弱々しく抗議しようとする僕だったが、
「何か文句でも在るの?」ギロリ!と鋭い目つきで睨む六華に、
「…イエナンデモアリマセン」僕は萎縮し唯々諾々と従うしかなかった。
「尻に敷かれてるッスね、てんちょ」意地悪げな顔でからかう様に言う奈那。
「うるさいな。…まあいいや。剛に送らせるのは単に草薙君のマンションが剛の住んでる所に近いからだよ」
「剛は信用できるしね。そう言う事だから、ミーティングの日は送ってもらう亊。一応、これ店長命令って事で」
「そうですか。なら、送ってもらう事にします」
「あくまでも安全の為に、ですが…何ニヤニヤしてるんですか?店長」
言い訳がましく付け加えるのを見て、つい口元が綻ぶ僕に訝しげな視線を浴びせる凛。
「あ、あはは、何でもないよ」額に汗を一筋垂らしつつ、誤魔化す様に言う僕を見て六華が、
「ブン、アンタ店長なんだからもうちょっとちゃんとしてよね。被害を被るのはこっちなんだから」顔を顰めつつ言う。
「ゴメンゴメン。明日食事でも奢るからさ、今日の所は多めに見てよ」まるで神に祈るように手を合わせ懇願する僕。
「えっ…食事って…私と!?」驚きに目を丸くさせる六華。
「当たり前じゃないか。一緒に行かないでどうやって奢れって言うんだい?それとも明日何か予定でもある?」
「な、無いことも無いけど、ブンの為に特別に予定、空けてやっても、いいわよ?」
「ブンにしてはまあ、気の効いた申し出だしね…それなら今回ばかりはアンタのヘボイ進行にも目を瞑ってあげようかな」
「そっか。ならこの話はお終い。それじゃ、まずは…って、六華?」
「そかそか、私を食事に誘うなんて、ブンの奴もいい度胸になったというか、甲斐性が出てきたっていうか…えへへ…まいったなぁ…」
なにやら緩みきった笑顔を浮かべブツブツと呟いたまま自分の世界に入り込んでしまったご様子の六華。そんなに外食好きだったのかな?
「…無駄話をしてるのはどっちですか」という凛の冷ややかなツッコミも、彼女には聞こえていない様だった。

「…それじゃ、そろそろ本格的にミーティング、始めようか」
アナザワールドに行ってしまっている六華の事はとりあえず保留し、僕はミーティングを進行させる。
「話し合った内容はホワイトボードに書き込んで、後でまとめて経営方針を決めるのに役立てるつもり」
「だから、じゃんじゃん発言するよーに」僕がそこまで言った所で、
「オイちょっと待て」ホワイトボードの傍らに立っている少年が、マーカーを持つ手をプルプルと震わせながら僕の言葉を遮った。
「どうしたんだい八郎太君?そんな機嫌の悪そうな顔して。六華みたいだよ?」
「どうしたじゃねえ!何で俺がこんな事をしなくちゃ行けないんだよ!?俺は奈那が『用事が在る』って言うから来たんだぞ!」
「嘘はついて無いよ?奈那君には『このミーティングに出席する』って言う用事が在るわけだし」
「僕は別に『奈那君が君に用事が在る』なんて一言も言って無いよ?」
「こっ…コノヤロウ…っ」
「諦めろ。文に目をつけられたのが運の尽きだ」
「屁理屈と詭弁でこの人に勝てる人が小鳥遊町に居るとは思えないスね。信じられないッス」
「いやあ、照れるなぁ」
「「「「褒めてねえよ」」」」六華以外全員の声が見事にハモった。
「いや、悪いとは思ったんだけどさ」僕は八郎太に弁解する。
「この時間帯に舌先三寸で丸めこ…じゃなくてお願いして」
「体よくパシ…でもなく快く協力してくれる人なんて、君意外思いつかなかったんだよ」
「所々本音が漏れ出てるぞこの野郎!くそっ、そういう事なら俺は帰る!」踵を返し帰ろうとする八郎太。
「時給1000円」その言葉に、八郎太はピタリ、と足を止めた。だがそれでも彼にも意地が在るのか、
「ふ、ふざけるなよ?俺は金如きで自分の意見を翻すような安い男じゃ、ねえよ」と虚勢を張る。揺れ動いてるのがバレバレだが。
「仕方ない…八郎太君、ちょっとこっちに来てくれないか?」
僕は席を立つと、机から離れた所まで行ってから彼に向かって手招きした。

「…何だよ」胡乱気な目つきで僕の所に来る八郎太。
「いや、皆に聞かれるとちょっとマズイから」
「ロクでもない事なら俺は帰るからな」
「まあまあ。…ちょっとコレを見てよ」そう言うと僕は懐から写真を取り出す。
「こ、これは…っ」小さく驚きの声を発する八郎太。
その写真にはウェイトレス姿の奈那が写っていた。
「ウチに来た客の中にウェイトレスマニアが居てさ」
「一応この店は店内撮影禁止だから、没収しておいたんだ。ネガごと」
「これからもミーティングの際に協力してくれると言うのなら、お金とは別にコレをあげよう」
「今なら草薙君の写真もつけるよ」さらに懐から写真を取り出す僕。
「…し、しょうがねえ。協力してやるよ。その代わり、その写真は必ず寄越せよな」
「その写真をお前が持ってたら何に使うか分かったもんじゃねえ」
「コレは俺が厳重に誰の目も届かないよう保管させてもらう」
「ただそれだけだぞ?別に俺は奈那みたいな色気の無いガキの写真なんか、いらねえんだからな!その辺履き違えんじゃねえぞ」
「うんうん、よぉく分かってるさ」よし、落ちた。満足げに僕は頷くと、席に戻った。
「それじゃ、話も丸くおさまった所で最初の議題に移ろうか。まずは―」
こうして、ミーティングは開始30分を過ぎてから、ようやく始まった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system